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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
五章 万里一空の章
93/314

#17 万象お繰り合わせの上、速やかにお逃げください

 



 永禄十二年(1569)六月四日






 天彦は吹っ切れた。振り切れたと言い換えても意味は同じか。けれど投げやりとは違う感情で。

 国人にすぐさま自領に戻らせて信濃十郡すべてにお触れを出させた。信濃領内の奴隷をすべて買戻し相場の倍にて買い付ける、と。


 反響は凄まじいものとなることが予想された。即ち買値の六倍だから。それだけの額が動くのだ。するとそれと同じだけ悪巧みも予想される。たとえば村ぐるみで奴隷身分をでっちあげるとか。

 奴隷証なるものは存在するがあくまで書付一枚きり。何か烙印でも焼き付けられているわけではないためいくらでも偽造できてしまう仕様。

 しかも制度設計上その人物の所属を始めとしてありとあらゆる正当性を証明する術もない。なぜなら信州。思いの外惣村が多かったのだ。

 惣村とは簡単に言ってしまえば自治村のこと。国人や豪族の管理が及ばない村のこと。すると代官である名主及び庄屋は置かれず、様々な仕組みが内部で独自に完結している。よって即ち構成員など知る由もないのである。ここに言いたい放題の仕組みが出来上がっていた。


 村が安く買い付けて菊亭に高く売りつけることも可能となる。しかも売った奴隷は解放されるとなれば更なる悪事を考え付く者も少なくないと予測される。

 つまり村ぐるみで仕組まれたら打つ手はない。然りとて領民の善良性に問うなどナンセンス。彼らは彼らで強かだ。

 時として平民は生きることへの執着心にかけては地位ある者より強いかもしれない。あるいは比較にならないほどずっとどん欲に。


 馬鹿げている。菊亭家人を除く皆が口を揃えて天彦に進言した。信濃国人衆などは真摯に諫めようと中には涙を流して説得を試みる者まで現れたくらい。

 だが天彦は頑として首を縦には振らなかった。すべてに対して快く支払ってやると頑なに言い張った。

 阿保と罵るなら罵るがいい。愚か者と誹るなら誹るがいい。それらの声もすべて纏めて悪名として轟かせて必ずや利益に転じさせて回収してみせると天彦は豪語して不安視を一蹴した。

 一蹴したはさすがに盛った。それでも食い下がる者は少なくなかった。特に信濃衆は善良で懸命に天彦の無謀を止めようと言葉を尽くして説き伏せにかかった。

 詐欺までいかなくとも虚偽だって様々な手法で相当数に上るはずである。たとえば親兄弟子供等がすでに他国へ売り払われてしまっているだとか。そうなってしまえば支払額は青天井となってしまう。如何なお大尽菊亭であっても支払い切れる代物ではない。……果たしてそうかな。


 部分的な感情は一旦脇に置き、その説には天彦も手放しで同意できた。人はどんな嘘でも思いつくとしたものである。それは未来の現在も変わっていない。人には人の数だけ理屈と理由があるらしいので。

 早い話が目の前にニンジンをぶら下げられて正しい倫理観の下、正常な判断力を保てるニンゲンはそう多くないという話であり、言い換えるなら妥当性の話である。


 猶、奴隷の売値は子供二貫(120000)、大人男性三貫~五貫となっていて、買戻しの相場は三倍戻し。そして天彦の宣言はその倍。つまり子供一人十二貫で買い戻し、大人一人最大四十五貫で買い戻す計算となる。それがざっと見立てて数万人規模。心配するには十分な金額であったのだ。


 むろん吉田屋にはマリアナ海溝より深く遜った丁寧なお強請りメールを送っているが、だが天彦はそれらマイナス要素をすべて想定して含んだ上で、銭どぶ上等の啖呵を切って信州一円にその確固たる意思を届け広めさせたのである。

 たった一言、参議菊亭家が信濃国を救うと決めたのだ。そんな吝嗇な真似ができるものか。まんまと大見栄を切ってみせて雑音を消去したのだった。


 さてこの粋り大演説。

 菊亭家人にとってはいつもの光景いつもの日常。あるいは親の顔よりよく見た予定調和なのだろう。だろうな顔で納得ずくの頷きで応じ、拍手の数もまばらだった。というのも天彦、どが付くほどの吝嗇んぼなのは周知の事実。自他ともに認めるほどの。だから策意を見抜かれて、殿さんまた何かゆーとんでの感情の方が強く作用したのだろう。きっと。

 他方それ以外の者たちは呆れ顔でぽかんと天彦の演説を訊いていた。むろん信濃衆の誰ひとりとして納得感はまるでない。だが執拗に食い下がる者はもういなかった。天彦の言葉には妙な説得力があったのだ。


 ある意味で信濃国人衆の感覚は正しかった。善意が単なる善意だけのはずがない。策の策定者は天彦である。実行者も天彦。そこに他意や含意がないはずがなかった。

 但しむろん天彦のこと。内なる策意は秘めたまま。熱い思いは一切表には出さずにしまい込んで道化を演じて今日に至る。

 よって天彦、信濃衆からもお狐さまと呼ばれている。半ば公然と。天彦も一々咎めないので広まりは早い。するといよいよ得体の知れなさが天下(五畿内)を超えてワールドワイドになりつつあった。


「若とのさん、少しお窶れになられましたね」

「体重は落ちたやろうな。お雪ちゃんこそどうもないか」

「ご飯はちゃんと呼ばれてます。それに若とのさんにせがんだんは某らです。弱音なんて吐けません」

「おおご立派さんなことや。さては偽物やな」

「はは、本体は陣屋で高いびきですか。そやとええんですけど」

「ほんまやなぁ」


 笑いもついつい乾いてしまう。声に張りも当然ない。

 身体の疲れなど眠れば治る。なにせ菊亭は皆ばりばりに若いのだ。だがこの疲れの取れなさは異質のもの。むしろ若き菊亭家人たちだからこそ経験のない未知の疲労の蓄積だった。


 この触れを出すと下知して早十日。既に解放した奴隷は万を優に超えていた。

 まだまだ続々とこの名も知らぬ惣村にやってきていることだろう。

 連日引きも切らない奴隷解放を望む者たちの列に、当初こそやる気に満ち満ちていた菊亭諸太夫文官たちの表情も日に日に冴えを失くしていった。


 ハッキリ言うと馬鹿馬鹿しいのと空しいのとで、慈善活動を行っている実感など遥か彼方に押しやられていた。皆、どいつもこいつも来るもの来るもの大法螺吹きの大嘘つき大会なのである。

 しかもそれを敬愛して已まない主君に強請ったのが自分たちであるという地獄具合も相まって、情けないやら愚かしいやら腹立たしいやらで感情に整理がつかない毎日を送ってうんざりげんなりの徒労感に苛まれているのである。


 それはすべての責任を自薦で勝ち取った長野是知慈善活動担当奉行でさえ同じである。是知は何なら感情さえも殺してしまいただひたすら奴隷を開放するために大判を押すだけ事務マシーンと化している。まるで自らに罰を科しているかのように無心となって。それほどに凄まじい数に上る事務処理数に達していた。半分以上が虚偽申告の。


 むろん天彦は事務方ではない。だが天彦は天彦で雑務に忙殺されていてへとへと。人生で二番目くらいには疲れているのではないだろうか。

 それもこれも常に悪巧みの片棒を担いでくれていた射干党が不在なため。ここでの繊細かつ大胆な細工を自分一人で仕切らなければならなかったから。

 イルダとコンスエラ。あんなでもいないと不便。やはり直参に取り立てるべきか。考えて一瞬で「そうはならんやろ」可能性を放棄した。


 ここでの教訓として得られたのは再現性の重要度。即ち日々のルーティンと確固たるメソッドこそ何を差し置いても徹底しなければならない最優先事項だとつくづく痛感したのである。




 ◇




「よ、ようこそお越しくださいました」

「貴様に歓迎されるいわれはない」

「あ、も、申し訳ございません」

「退け下郎」

「し、失礼を――ぐはっ」


 惣村の入り口付近で門衛をしていたかつての乙名が高虎に実質的に一蹴されて吹っ飛ばされた先でへにょりと凹む。自演乙。それともちょっとしたエスニックジョークだろうか。

 天彦はその横を通過していく。一瞥すらせずに。


 つくづく実感した教訓を脳裏にしまい込んで、数名の護衛と雪之丞を供に連れた天彦が惣村に入った。物の序でにアブラナ畑のある惣村を奴隷買い付け会場とした名もなき惣村に。あ、今は菜種油採取村か(棒)。

 菊亭来臨の情報を売った元乙名もさぞや本望だろう。己が代表を務める名もなき村が信州奴隷解放の栄えある発祥地となるのだから。むろん惣村はすでに村民ごと纏めて没収されているが。信濃国の公領として、お役人として。

 延々とあるいは永遠に菜種油を絞るだけの村として機能してもらうことに相成った。万座一致で。惣村ひっくるめて村人全員グルだと判明したその瞬間から。


 当然である。天彦だってこの戦乱渦巻く戦国室町の住民である。ともするとど真ん中の王道を行く住民である。舐められて引く道はない。即ち流儀に倣って菊亭が舐められたら誰であろうとコロスのである。むろん社会的に。時と場合によっては物理的にも。


「あの乙名、裏で奴隷商もやってたんやて。ほんまいい気味ですね。そんな大悪党が成敗されて」

「あんなもん小悪党や。でもあかんでお雪ちゃん、こんなことに喜ぶようではお品がないさかいにな」

「あ。ご自分だけええかっこして。ほな何で笑てはるん」

「気のせいやろ。ほら参るで」

「ずっる。待ってください」


 ふはは。ざまあ。そういうこと。天彦はまず菜種油の煎り場に向かった。


 到着。


 職人たちが威勢よく釜目掛けて薪を炎にくべている。職人といっても急造した国人の家来の誰かである。

 お役目とあらば何でもする侍の潔さに感服しつつ、遠巻きからその出来映えを観察する。

 菜種の品質は種の煎りが命と言われている。この煎る工程が製品の肝となり今後必ず出回るだろう類似品と信濃産菜種油との差異を生み出す技となるのだ。

 だから彼らは何度もその具合を試している。温度や一度に入れる量などで出来映えが相当変わってくることが判明していた。


 むろん天彦にその知識はない。精々83斤の種から1斗の油が採れるということくらいでほとんど無知に等しかった。

 だからすべてを試すのだ。うろ覚えでの製法でも既に物にはなっていた。採取して煎って搾るだけなので複雑なことはなにもない。

 出来映えと味は正直微妙だが当面の用途(照明用燃料)を思えば十分及第点は出ていると自負している。


「ご苦労さん。どないや」

「はっ。御足労頂きまして――」

「もうそういうのはええ。どないや」

「はっ。雑草が大銭に化けるとこの目でまざまざと見せつけられて以降、我ら仁科党一同、まさに狐に抓まれた思いで日々製法の策定に汗しております」


 人を錬金術師みたいに。まあええわ。ちょっと上手かったし。

 どうやら順調のようである。うんうんと満足げに頷いているとそこにこの地で現地採用している側用人が駆けよってくる姿が目に入った。


「はぁはぁも、申し上げますっ」

「まあ一旦水でも飲んで落ちつき源三郎」

「も、申し訳ございませぬ。ぜぇぜぇごくごくごきゅん。ぷはぁ。美味い! 武田の殿様がおよそ二里先の旅籠にご到着なさいました」

「ほう。ここが目当てか」

「然様。我が父も向かっておりまするが菊亭のお殿様は如何なさいまするか」

「訊いて参れと誰に言われた」

「……高遠諏訪の殿にござる」

「ふーん。あれもそこまでか。ええわ。ほな源三郎、託ってくれるか」

「はっ何なりと仰せつかりまする」

「藤原本流たる菊亭が田舎源氏の木っ端侍の下へ参ることなど天地が引っ繰り返ってもありはせん。とな。確と高遠に申し伝えよ。甲斐の田舎侍の御前で」


 天彦、控えめに言って激オコだった。


「僭越ですが菊亭の殿様」

「なんや」

「揉めまするが。それもばちばちに」

「身共はそうは思わんが、まあその可能性もなくはないか。それがどないした」

「某は確実に揉めると思います。武田はいつも偉そうですから。殿様は甲斐が恐ろしくはないのでございまするか」

「恐ろしい。はて、なんでや」

「お、おぉ! ますます某、殿様に惚れ申した」

「ようゆう。お前さんが惚れているんは戦乱の気風だけやろ」

「あははは。お察しとは恐れ入りまする」

「まったく。とんだ血の気の多いお侍さんやで。ほら早う参り」


 周囲はむろん困り果てる。まったく関心を示さない雪之丞を除くと困り果てる以上の感情で困り果てている。

 だが源三郎はにっこにこ。おそらく火種が出来て嬉しいくらいに思っているのだろう。やたらと揉め事が好きな若侍であった。


「では伝えに参ります! 御前失礼いたします」

「お駄賃要らんのんか」

「大盛りでもう十分頂きましたので」

「盛るのも大概にしときや」

「おお上手いこと申される。さすがは雅なお方ですな。ですが某その申されようですと少しなら盛って宜しいと解釈しますが」

「くっくく、ええさんや。そのくらいで丁度ええ。あれには一回教えたらなアカンと思てた」

「は、はい……」


 天彦の言葉にできない感情に飲まれたのか、さすがの源三郎も言葉を失い唖然とするばかりであった。




 ◇




 奴隷買い付け広場に場所を変える。

 天彦が現場を訪れると作業の手を止めてしまうのだ。全員がその場に膝をついてしまうため。だから遠ざかっていたのだが担当奉行から呼び出しがかかってしまっては仕方がない。呼び出しとはつまり催促の意味と受け取っていいだろう。

 是知もたまには直に言葉をかけて労ってやらないと最近のやつは拗ねて仕方がないのである。


 身バレを避けようにもどうしたって即バレ必至。何しろイツメン青侍衆といったら絶対に最低でもスリーマンセル2パーティー護衛体制を譲らないのだ。六名もの物々しい護衛を引き連れたお子様など目立ってしかたがないのである。


「おおあちらが例のお公家様か」

「こら、頭が高いぞ」

「おっ母、儂より小さいぞ」

「こら梅、喰われるらしいぞ。目を合わすなよ」

「ええあいつ人さん食うの。こっわ」

「菊亭様は越後を成敗なさるらしいぞ」

「そのために参ったんか。なるほど納得じゃ」

「儂らはその尖兵か。気張らにゃならんのう」

「厭じゃろ。せっかく助かったのに」

「お前なんぞ戦力になるかい、ひょろ牛蒡が」

「なにを、言わせておけば」

「飯を食わせてくれると聞いたがまだかのう」

「ありがたやありがたや」

「なんまんだぶなんまんだぶ」


 多くが風評被害だが中には本願寺の信徒もいるらしく不意に天彦の脳裏に茶々丸の姿が思い浮かんでついほっこりしてしまう。

 だが一方では風説の流布の精度も計れた。ハッキリ言って天彦の満足度は相当低い。35点といったところか。むろん百点満点中の。この噂の中には菊亭陣営が意図的に流しているものもあって、やはり射干党の不在は痛恨であった。


「佐吉」

「はっここに」


 佐吉が身体を寄せてくる。もう膝をついての拝聴姿勢は取らない。佐吉は出世したのである。違う。精神的に成長したのだ。場面に応じた対応が瞬時に図れるようになった。

 天彦はその急成長中の佐吉に顔を寄せて小声でごにょごにょ密談を始める。


「越後侵攻流布、ちょっと弱いようにお思いさんやが」

「はっ。某もそう思いまする」

「銭は撒いたんやな」

「はい。それはもうふんだんに」

「さよか。ほな考え得る可能性はお一つさん。どこかのどなたさんかが意図的に止めてなさっておいでやな」

「然り。某、武田の歩き巫女かと愚考いたしまする」

「愚考なことあるかいな。佐吉は賢いなぁ。身共はてっきり越後屋さんかと思うてたわ」

「……あ、いや。なるほど然り。その可能性には思いつきも致しませんでした。さすがは殿、感服仕ってござる」

「いいやどっちもあった。この場合は七三や」

「はいいいえ。考えれば考えるほど殿のお考えが正しく思いまする」

「うん。佐吉は素直さんやなぁ。お雪ちゃんも佐吉の十分の一でも素直やったら嬉しいさんなんやけど」

「某愚考致しますに、それでは植田殿の数少ない良さが失われると存じまする」

「それもそうか。あはは」


 はは、あははは。


 二人して意気投合。勘だけはいい雪之丞が一瞬振り返り目を眇めて怪訝な顔をしている様をしり目に会話をつづける。


「殿、某にご教授ください」

「うん。あくまで仮説や。この噂、武田が焦る以上に上杉も焦るは必定。何せ今回の侵攻、ぜーんぶ越後ドラゴンさんの単独作戦やからな」

「駿河の侵攻と当家の撹乱にございまするな」

「そや。忌々しいドラゴンめ。絶対に煮え湯飲ましたらな気が済まへん」

「はっ同感にてござる」

「上杉からすれば織田を脅せれば策は半ばなったんやろ。北条を傘下に従え盤石な状態で織田を下し上洛する。如何にも主役さんの好む王道の戦術や。華はあっても味気がないねん」

「なるほど。そして京には殿が居られると。……つまり与六殿は間者にござったのか。無念」


 天彦は違うともそうだとも言わずに流す。今は結論を出す時ではない。

 何よりどうあっても救い出すと決めているので答えなどどうだっていいのである。


「少なくともうちの戦力や交友関係、影響範囲は筒抜けと思うてて間違いないやろな」

「はっ。心得ましてございまする」

「他にもいくつか思い当たる手はあるが、ざっとこんなとこと違うか」

「ありがとう存じまする。故に武田とは絶対に談合していなければならないのですな……上杉殿、敵ながらつくづく王道を行かれますな」

「そや。しかも戦にむちゃんこ強いときてる。なんせ軍神さんやからな。敵に回すと少々手を焼く」

「得心行きましてござる。すると甲斐はお許しに成られますので」

「はは、まさか」

「では」

「四郎。あのボケ茄子侍大将の応接次第でどっちもある。いずれにしても策はなった」

「はっ然り。おそらくはそれで血相を変えて参られた由に思われまする」

「血相、変えてると思うか」

「それはもう赤に青に白にと大忙しにありましょう。今現在は確実に真っ青であると存じまする」

「うふふ。上手いことゆうた。じわるわ」

「じわる、のでございまするか。某には」

「佐吉はわからんでええさんや。身共の戯言など気にしたら負け。しかしざまあ見曝みさらせ田舎武者が。菊亭を舐め腐るとどうなるか。その身を以って教えたろ。授業料はそやな、二度と天下を覗えんの巻、なんかどないさんやろ。なあ佐吉」

「はっ! 某、少々不足に思いまする。武田家はそれでも宜しいが、個人の罰は下されねば。我が殿を愚弄した罪、八つ裂きに裂いてもまだ猶不足。故に死以外に贖えるもの無しと考えまする」

「あ、うん」

「はっ」

「でも佐吉、それはどうやろか」

「はっ。家中一同の総意であると絶対に確実に信じるところにござりまする」


 あ、はい。


 ちょっと思い込み激しいきらいは強いけど、可愛いからまあええわ。

 さて四郎、駿河くんだりからわざわざお越しとは。くふっ、ご苦労さんなことにあらしゃります。


 こんな二人の微笑ましいやり取りを盗み聞きして猛烈に後悔する青侍衆たちが顔を真っ青にぷるぷる震えていると、そこに長野家の家来である伝令が静かによってきた。


「申し上げます」

「参ったか」

「はっ、諏訪神大膳太夫四郎様、殿との謁見をお望みにございまする」

「ほう。一つ訊くが武田とは名乗らんかったんやな」

「はい。確とその様に託っておりまする」

「相分かった。では参ろう」

「乙名屋敷にてお待ちでございまする」


 策はなった。細工は流々。には程遠いが仕上げは御覧じろとばかり天彦は勝頼の要求に沿ってやるべく乙名屋敷へと足を運ぶのであった。












【文中補足】

 1、惣村

 原則として自治・自衛の村、乙名(寄合合議の代表者)と沙汰人・若集からなる。荘園領主(国人)や地頭(豪族)への年貢は惣村が直接納付していた。











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[一言] 吉田屋「きっちり回収しますね」 奴隷解放という名で銭をじゃぶじゃぶさせるとかケインズさんも驚きの手法ですわ
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