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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
肆章 切切偲偲の章
76/314

#14 雅楽家の矜持、銀音奏でる伯仲の二重奏

 

 



 永禄十二年(1569)四月二十五日






「ふぁぁようさん寝た。まあ完全に復活したわけやが」

「何を白々しい。そのまま横になっていないとシバキますよ」

「おい」

「ほんまですから。冗談や思て調子乗らはったらきっちり教えますから」

「ギブ」


 雪之丞の本気を舐めたらヤバいことは菊亭家中では浸透している。何しろ魔王宅に突貫していく無茶なお人さんなので。しかも織田鉄砲隊を指揮して内裏に向かって砲撃させるとんでもさん。そんじょそこらの無茶ではないのである。

 しかも実は雪之丞、織田親衛隊DQN軍団からの人気が凄まじく、本人は鼻高だが周囲はドン引きなのである。


 さて倒れて丸24時間ぶっ通しで眠りつづけた天彦は寝覚めるなりルーティンに則り書簡を片付けようとした。こいつはこいつで相当痛いやつなのだが現実問題として案件抱えすぎ問題はあった。但し今回はあるいはきっとそうでもしていないと居心地が悪かったのだろう。周りがあまりにも優しすぎて。明日氏ぬんやろか。


 天彦はそんな得体のしれない強迫観念とでもいうのか具体性のない漠然とした不安と向き合いつつ、どうにか交渉して身体を起こす許可だけは勝ち取った。勝ち取るって! ……まあしゃーない。


「若とのさん、ほなら行きますよってじっとしといてくださいね。与六、頼んだで」

「畏まってござる」


 雪之丞が立ち上がると、おそらく頃合いを見計らっていたのだろう文官がすかさず詰め寄ってくる。


「植田殿、先ほどの件にござるが」

「ここは主殿や。今参る」

「忝い。ご無礼仕りました」


 植田殿て! だれ。だれ植田。


 天彦はお約束的に内心で雪之丞(改Ⅱ)にツッコミを入れるも、雪之丞は眼の色を変えるどころかむしろ逆に平然と雑務を手際よく仕切って捌いているではないか。思わず感動してしまっていた。これが世に訊くヒヨコの産毛が抜けたときの感覚か。思ったり思わなかったり。

 むろん菊亭の実務者レベルが優秀なのは大前提だとしても、昨日までの雪之丞しか知らないラウラがこの状況を見れば声も身体も引っ繰り返ることは必定である。そんな見事な仕事っぷりだった。


「善きご家来ですな」

「まさかお雪ちゃん?」

「はい植田殿にござる」

「家来、家来。……まあそうなんやろな。ぴんと来んけど」


 天彦としては家来枠と言われてもしっくりこない率直な感情を発露する。

 一方問いかけた樋口与六は天彦のその衒いない応答にくつくつと誤魔化しのない正直な笑い声を響かせた。


「参議、腹具合は如何にござる」

「そやな。少し減ったかもしれへんな」

「では。おい膳を支度せい」

「はい。お待ちください」


 もううちの子ツラやな、与六くんわ。

 天彦の内心通り与六は菊亭側用人にまるで我が城や主格のように振舞い下知をくだす。

 天彦としては主人として本来なら僭越だと叱らなければならない場面である。他所様に好き勝手振舞われては家中の威厳が損なわれる。

 だがそれ以前に天彦に威厳などすでにない。倒れた時点でゼロである。むろん当主としての資質云々の話ではなく大人扱いされないという元服前の状況に戻ったというレベルですでに威厳は失われていた。


 これはきっとラウラの教示。ラウラの薫陶の賜物であろう。ラウラは天彦をお子様と君主との二面性で扱ってはいた。場面場面きちんと正しく使い分けて。

 だがしかし家中では一転、ほとんどの場面でお子様扱いしてきたので、家人も知らずその感覚に慣れさせられていたのだろう。その揺り戻し。まんまと術中に嵌っている。居らずしてラウラは菊亭家中を差配していた。


 そんな家中はしかし漫然とだが何やらいつもと違っている。家人用人、誰もが忙しなく仕事はしている。だが妙に浮足立っているとでもいうのか、柔和な表情の中にもどこか張り詰めたような感じにあって、やはり大黒柱の昏倒はけっして小さくない悪影響を家中に落としていたのであろう。


 そんな中にあって唯一どこかこの状況を面白がっている節が覗える人物がここにお一人。樋口与六。越後国関東管領家上杉景虎の寵愛著しい先を嘱望された武士もののふである。

 けれどその与六は面白がりながらも反面、家中で一、二を競うほどこの24時間ずっと天彦の至近に陣取り甲斐甲斐しく看病役を買って出ていた。生粋の越後人だけに甲斐甲斐しく。あ、はい。

 おそらく一睡もしていないだろうに、まったくそんな素振りも覗わせずに嫌がる天彦の口元に今もあーんと半分弄りながら白米を運んでいるのである。


「あーん」

「あーん」

「美味いでござろう」

「もぐもぐもぐ。第一感はまあハズいな」

「はずいにござるか。菊亭語録は難解にござる」

「聞き流すが寛容さんやで。そら陣屋の女将は料理上手さんやから美味しいさんやけどな。なんで与六が得意がるん」

「よくぞお聞きくださった。我が進言によってこの宿陣屋を主家が買い取ることに相成り申した。むろん買い取ったのは主家に命じられた越後屋にござるが」


 いや越後屋! むっちゃ有名どころの大店出た。我が菊亭コンプラはゆるゆるですよって賄賂は随時受け付けておりますです、はい。

 と、一人脳内でちょけていると、与六が茶碗を見つめて頻りに感心した風に言う。


「馴れ申したがやはりつくづく驚く」

「白飯か」

「あいや失敬、心内の独白が漏れ出て申した。はい。殿さまでも召し上がられない高級米にござる」


 この時代武士や庶民は麦や粟などを混ぜ赤米や黒米を主食とした。白米など余程のことがあっても食さない。与六の感嘆も尤もであった。

 猶菊亭もつい最近まで食せていない。のは絶対にナイショである。大事なことやから二回ゆうでお雪ちゃん。絶対ナイショな。


「そやろな。ほなお食べ」

「よろしいので」

「ええさんや。たまには役得ないとな」

「ではお言葉に甘え御相伴に預かるでござる。用人、箸を持て」

「はい」


 さて陣屋。何の意図だか越後の手に渡った。だが誰の手に渡ろうともはや天彦には無縁。まだ与六には明かしていないが近々引っ越しの予定を立てていた。内裏に遠いと日々の暮らしに不便なので。身共の勝ちなん。


 猶この室町後期。白米など食せるのは公家くらいのもの。大名や高級侍も金銭的には食べられるが彼らは好んでは食べなかった。公家は贅沢なあふぉ、ではなく雅がお勤め的なライフワークの一環に組み込まれている人種なので好んで白米を食していた。

 しかも白米が食べられないと涙に暮れては家の困窮と我が身の不幸を詩に読むという謎のムーブをかましていた。額に汗もせずに。さすがはお公家、天晴である。


 今や天彦もそんなお公家さんのど真ん中の王道を歩んでいる。要するにお前ら阿保やろ糞やろと味噌カスに誹られる側のお人さんになったのだ。

 何をどう思われようと自らの力で勝ち取った席。本来なら誇っていいはず。実際誇らしいし。だがこれっぽっちも嬉しくないのはなんでかなぁ。それは天彦に依然としてさもしい庶民感覚と一般ピープル感情が抜けきっていないから。


 この感覚や感情を早く処理して適応しないといずれ致命的な怪我をする。天彦はすでに致命傷寸前の重症を負っていることをバカみたいに記憶から消し去ってそんなことを思ったり思わなかったり。

 実はさっきからずっと与六の謎ムーブからどうやって逃げようかと抗っているそんな麗らかな午後、与六に完全にとっ捕まってしまっていた。


「ようやく膝を突き合わせて語らい合いませる」

「一昼夜起きっぱりの看病はナンボなんでもお身体さん、張りすぎやと身共は思うで」

「何のこれしきの事。こうでもしなければ参議には逃げられてばかりなので。ご無礼承知で仕りまする」

「無礼なことなんかあらへんけどな」


 何となく雰囲気から察していた天彦も白旗を上げて罠にかかった。

 本来なら絶対に回避した。与六との会話は家人との会話とは訳が違う。彼の意思は越後という超大国を左右する力を秘めているのだ。慎重に慎重をきしてちょうどいいとこ。

 よってさすがの天彦とて迂闊に物は言えなかった。だから敢えて深刻ムーブだけは避けてきたのだが。でもしゃーない。望まれているのなら。

 こうして世話になったのだ。24時間分くらいは義理を返そうという率直な思いもあって天彦は与六の言葉に耳を貸すことに決めたのだった。


「勘の鋭いお人さん苦手なん。悪意はないん。堪忍さんやで」

「なんの。ですがご自分が更に輪をかけて鋭い御方なので、あるいは同類を嫌われるのではござらぬか」

「こんな鈍臭つかまえてようゆわんわ。それと勘違いはせんといて。身共は与六が大好きなん」

「……しかしまあ、参議は言葉の奇術師にござるな。佐吉が常々痺れると申す気持ちもわかり申す。参議にそう衒いなく御心の内を明かされてはくらっとこぬ武士もののふは居らぬでござろう」

「そうでもないと思うけど。おおきにさん」

「いえ勿体なく存ずる。さて参議、織田殿とは今後どうなさいます御積りで」

「えらい真っすぐな言葉やな」

「真っすぐには真っすぐで応接する。言い換えるならば心には心を。刃には刃を。菊亭に参っていの一番に学んだ流儀にござ候。如何」


 危急を要する案件絡みか。天彦は与六の目から事態の急を推し量った。

 脳内で苦手なパズルをくみ上げる。上がってくる情報の裏表、日々寄せられる書簡の中身や行間など。現状、未来の史実、変化が引き起こす可能性含めてすべてを探り読み解いていく。……ほえー。


 ややあって組みあがったパズルの出来形に天彦は飛び切りの渋面を浮かべて唸った。


「んがっ、遂に北条さん陥落か。いや正しくは領地部分割譲後停戦やろか。戦力的に」

「……ほとほと恐ろしい御方だ。織田殿が軍師にと熱望なされる気持ちがわかる」

「そうでもあるけど。で、どないさん」

「はっ。お見事な御慧眼にござる。正しくは伊豆一国、相模半国の割譲にござる」

「残すは下総と相模半国。小田原城があるとは申せ、そんなん完全屈服と意味は同じや」

「然様」


 救援の見込めない籠城ほど脆い戦術はないのである。ましてや兵糧も望めないとあらば。開戦する前から勝敗は決まったのも同然。意地以外に粘る意味はほとんどない。


「すると甲越同盟は進路を模索か。北上すれば温和やが征西すれば旨味の塊。あるいは天下すら望めてしまうやも。それとももう関東管領さんには腹積もりが御決まりさんやろか。天下取りに名を挙げると」

「某の口からは」

「ふむ。なるほど」


 それゆーたのもおんなじやで。


 天彦は内心の毒を吐かずにそっと飲み込み、次の瞬間には思考の闇に落ち込んだ。視線をぼんやり表に預けて。メジロがちゅん。それを契機に扇子を手繰り寄せて手に取り、ぱちんぱちんリズムを刻む。半分脅しか。与六に聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声でつぶやくと、


「お好きにどうぞ。なさってください。関東管領殿にはそうお伝えくだされば結構さんにあらしゃります」

「ですが」

「与六」

「はい」

「菊亭はあらゆるシナリオを網羅してる。つまり弾正忠さんもや。織田を舐めるなとお伝えさんや。やるならとことん。この大戦、いずれかの滅亡は必至さんにおじゃりますよって」

「くっ――、畏まってござる」

「身共はまだ早い。まだその時期ではないと思うております」

「……お伝えしても」

「どうせするくせに。しらこいお侍さん」

「ふふ、然り。茶は如何にござる」

「お呼ばれしよ」

「して、“しなりお”とは戦術の解釈でよろしいか」

「ええよ。正しくは脚本やけど」

「なるほど忝く。学びになり申した」

「さよか」


 げに恐ろしきは織田にあらず。


 与六はこのときの会話を自説と私心を大いに交えて力説したとかしないとか。

 だが結果的に甲越同盟は軍勢を西に向けることはなかったのである。


 樋口与六も歴史にその名を燦然と刻む天才の一人であることに間違いない。だがその与六をして天彦には勝てる気がしない。あるいは挑む気すら失せているのか。それなりの期間寝食を共にしてほとんど何も掴めていない。それが何よりの証だと与六は自惚れ交じりに豪語する。


 だが一つこれだけは確かなことが言えた。仕掛ければ連合軍は確実に敗北するであろう。一敗地に塗れること必至。与六の筆は確とそう認めてあったとか。

 常は押せば折れそうな子供なのに。口をひらけばおふざけか泣き言ばかり吐いているのに。ひとたび気炎を上げれば最後、その凄味たるや天下に二人といない傑物へと豹変す、と追記して。


 すると与六。唐突に立ち上がり鍛え上げられた右腕をすっと差し出す。

 何も申さずとも阿吽の呼吸か。与六の従者がすっと何かを手渡した。二尺足らずほどの布に包まれる何かを。誰もが不穏を想像したのか室内にやや緊張が走る中、


「癪に障るクソガキめ」

「おい唐突にどないした。お前も同じクソガキさん」


 与六は吠えた。やんわりと。

 天彦は応えた。嬉しがって。


 なに笑てんねん。自分も可笑しさが隠しきれていないくせに、天彦は露悪的に言い放ち与六の作り上げようとしているオモシロに全力で乗っかった。


「これが笑わずに居られようか。参議。いや天彦。いざ尋常に勝負!」

「普通に厭やろ」

「む。ならば退路を断って進ぜる」

「もっと厭やろ。フリちゃうでほんまにやめてや」


 勝負事なら話は別。全力で退避一択。だが与六は有言実行。まんまと天彦の退路を断ったみせた。布に包まれた物体を取り出し、見せつけるように勝負を挑んだ。ええ、これなんのムーブなん。

 意味不明な与六の行動に天彦は面食らいつつけれどじっと様子を覗う。

 与六はどうやら愛用らしき使い込まれた篠笛にそっと唇を乗せて試し吹きの旋律を奏でた。典型的な何の変哲もない横笛はなのに絶品の音色を奏でた。


「いざ参る」


 ぴろぴろと奏でられた音色は実に透明で清らかという表現がこれ以上ないほど当て嵌まる素晴らしい音色であった。

 何たる音色、何たる色気。これが何事も寸鉄の切れ味で解決を図る武士(DQN)の織り成す音色なのか。にわかには信じがたく、そして控えめに言って絶技だった。音の奥行きが違うのだ。


 天彦が思わず聞き入ってしまったように家中の誰もが手を止め足を止めて思わずと言った風に聞き入ってしまっている。そして家中の関心を一手に引き受ける与六はそれでも音色は凛然と揺らぎもしない。それどころかぴろぴろと鼓膜を響かせる華やかな指打ち音で更なる関心を惹き付ける始末。そして実に小気味いい音を更に被せ奏でて、音で目で散々に煽って天彦の参戦を促したのだ。


 なるほど。なーるほど。


 確かに退路は断たれてしまったようだった。伝統和楽器での尋常な果たし合いを挑まれてしまっては。

 雅楽の笛とは違うとはいえ、雅楽家として引く道理などありはしない。

 厳密にはむちゃくちゃあるのだが家人の熱視線がそれをけっして善しとはしない。ぬぐぐぐ、覚えとれよお前さんら。これに勝つとか普通に無理やからな。やるけど。


 天彦は全世界の不承不承をその坦々とした顔に張り付け、なぜだか既に脇に置かれた愛用の琵琶をそっと抱えた。

 通常琵琶は四弦だが菊亭の弦は五弦ある。その五弦の調律を手慣れた様子でさくさく済ませる。猶五弦は音色に深みが出るのだそう。知らんし「ふー」儀式的に半月(音を響かせる孔)に息を吹きかけ、ぼろん。べんべんべんべんべん、ぼろん、てぃん。

 ばちを弾いて戦闘態勢準備完了。吹っ掛けられた二重奏けんかを買って勇ましく、は完全に盛った。おっかなびっくりセッションに参戦した。


 べんべんべんべんぴーひょろろ。


 じっじとたまにセッションはする。だが笛とはお初。勝手が違った。

 与六の技量(強弱、リズム、音程、アクセント)は控えめに言って絶技の域で、横(繋ぐ、盛り上げる、逆に引く)に至っては言葉もないほど完璧で、対する天彦は……、つらたんです。


 本来横笛の相棒は太鼓である。などと苦しい言い訳をしながらも、けれど妙な心地よさを感じていた。なんで。

 ずっと心にあったわだかまりのような何かが溶けるように薄れていく感覚は、きっと世間ではこれを楽しいと言うのだろう。解れた感情は至上の心地よさを誘った。


 ええい意地は放ったる。楽しいのだ。意地や邪魔な思考などこの楽しさには必要ない。感じるままに弾くがええねん。純粋に率直に。なんこれむっちゃおもろいやん。二重奏セッションが。

 リードされているのもあるのだが、音がいいのだ。自分の音ではないような響き。まさか伝統和楽器雅楽の琵琶がこれほど自由度が高い楽器だとは今日の今まで思いもしないことだった。


 あかん笑てまうわ。こんなん。


 気付けば天彦。最近すっかり見なくなった満面の笑みを咲かせていた。


「愉しいさんや。与六、ほんまおおきにな」

「ぴーひょろろ」


 笛返事! ええけど。


 捨てる親友ずっトモあれば拾う親友ずっトモあり、か。何も光宣が捨てたと決まったわけではないけれど、少なくとも天彦の心は完全に快気していることだけは確か。すると、


「殿、某もご一緒してもよろしいか」

「ええさんやで。おいで佐吉」

「はっ」


 佐吉が珍しく小鼓を軽快に叩き鳴らしてセッションに参入した。やりおる。

 しばらく三重奏が続いていると、しゃりんしゃりん。


 誰、巫女鈴。巫女鈴だれ。おお是知、でも何で巫女鈴。まあええわ。四重奏となり、すると木魚、鈴、銅鑼、板木など様々な楽器がセッションに加わってきた。こうなったらもうむちゃくちゃ。


 ややあってぼぉー。


「おいって。法螺貝はさすがにアカンやろ。……ええねんけど」


 そんな哀しい顔されたら。ていうか誰さん。知らんねんけど。まあええわ。

 もはや楽器かどうかさえ怪しくなった楽器を手に、陣屋は菊亭オーケストラでやんやの大演奏会。やんやの喝采も交えて意図せぬ大盛り上がりを見せていく。


 果たして与六が伝えたかったことが何なのか。それは天彦にはわからない。

 何となくこうではないかと感じる手応えは確かにあって、けれど答えなど勘繰るだけ無粋というもの。今は生まれて初めての経験に身を委ね、気が済むまで音の世界に酔いしれよう。


「なんと楽しい。若とのさん。これが雅楽の伝奏なんですね」


 それは違うよお雪ちゃん。伝奏なんてこれっぽっちも……。


 天彦は頭を空っぽに心行くまで琵琶を奏でた。家人たちのこれでもかという盛大な歓声を背中に感じて。















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― 新着の感想 ―
[良い点] 銀の襲撃、ラウラの離脱、光宣との派閥ゆえの別離。天彦の肉体的にも精神的にもつらい展開が続いていて読んでいるこちらも胸が痛んでました。そこに与六とのシリアスな会話に与六ともお別れが近いのかと…
[良い点] 木魚、鈴、銅鑼、板木など様々な楽器がセッション・・・天彦さんの周りらしいセッションに、法螺貝まで出た時には絵面を想像して思わず笑かしてもらいました(´∀`*) お雪ちゃん達も与六君達も良…
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