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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
参章 雲外蒼天の章
50/314

#03 性質と本質、あるいは物事の神髄とか

 



 永禄十二年(1569)二月十四日






「天彦ぉ、そんな吝嗇けちなこと言わんでよぉ。儂とお前様の仲だぎゃ」

「藤吉郎さん、決定的な誤認におじゃります」

「何がなも」

「何がって、まず名で呼ばれるほど親しくおじゃりません。延いては儂とお前様の仲ではおじゃりません。訂正を求めたいところにあらしゃりますが、次から気ぃ付けてくれはったらよろしいです」

「ほう。たあぎゃあ連れない御曹司だぎゃあ」


 藤吉郎はまるで推し量るように天彦に値踏みの視線をぶつける。これまで辛うじて残されていた配慮の感情を一切捨てて。

 何の切っ掛けかはわからない。天彦を完全なる陣営側と見たのか、あるいはまったくその逆か。いずれにしても藤吉郎は彼の素の部分を100に近しい感情で天彦にぶつけた。


 薄々知ってはいたが天彦はこの瞬間に痛感した。惟任と藤吉郎。まるで同じ人種であると。片や相手に緊張を強い、片や相手に油断を強いる。だがその本質はお互いにレギュレーションを大いに脱した違反者であると気付いたのだ。

 見た目こそ180度真逆の二人の本質部分は似通っていた。最も簡単に共通項を公約するならただの凄味の塊と言える。


 天彦は藤吉郎考課が終わるまでじっと待つ。気の済むまでやらせてやる。

 ややあって藤吉郎はにやけた表情にすっと険を差しこんだ。たったそれだけのことで周囲の気配までが変化した。乾燥している空気がまるで湿り気でも帯びたかのように重苦しさを纏い始めた。

 これが水呑百姓から成りあがった男の凄味か。天彦は恐怖感と同じくらいの関心度で藤吉郎を興味深く観察した。


「ふむ。このとろくさいのんが京風、それが清華家今出川の流儀なも。どえりゃあわかった。なもんで今に見とりゃあ。この木下藤吉郎秀吉である儂が言うとるんにゃあ。必ずそうして見せるだぎゃあ」

「あ、……はい」


 こっわ。まじでこっわ。なるやろ、そのお通りさんに。


「ほなら参らまいか」

「あ、はい」


 結局来るんかーい!


 しかしやはり苦手だ。言葉を飾らず言うなら嫌いだ。天彦は数日置いて再会してみて改めて確信した。藤吉郎が嫌いであると。

 先ず世界の中心に自分がいないといけないところがすごく厭。そして少数が安定するために大多数が不安定にさせられる図は割とある。過去も現在も未来の現代も。その善悪を問うているわけではなく、あくまで結果の事実として。

 敢えて例えはしないけれど木下藤吉郎、今まさにそのことを具体化させて実行に移している。誰も一言も許可を出していないのに、まるで然も自分主体の行事のように当然顔でこの交流会に参加しようとしている。この性質がとても厭。寒イボが出そうになるほど本当に厭。

 身内の集まりになにしとん、開口一番ハウスゆうたよね。武士はそんなに偉いのんか。刀はそんなに強いのんか。


 天彦は冷めた目で藤吉郎と並んで歩く。


「今出川の御曹司。同行している人物をご紹介くださらんのか」

「下さりません。同行しているのはあんたさんや」

「随分とあたりが厳しやせんかい。今出川さんにはお土産ようさん送ってあるなも」

「……それはお気遣いを頂いてありがとうさんにおじゃります。ですが身共の預かり存じぬことにあらしゃいます。無礼にはご無礼を。それが菊亭の、菊亭の家訓におじゃりますれば何卒ご理解のほどを」

「ほう。儂、なんぞ間違えたようですな」


 だ、か、ら! いちいち気配一変させるなっちゅうねん。コワすぎやろっ。

 天彦だってかなり頑張って菊亭の部分に自分なりの気勢を張ったのだ。しかも敢えて二度言って。まるで伝わってはいないようだが。

 さてどう応接する。むっちゃキレとるし。あるいはこのキレさえ演技の可能性を否めないとしても対応は間違えられない。ムズい。しんどい。やっぱこいつキライ。ていうかこの時代の偉人さんみんなイヤ。


 天彦はほんの一瞬だけ家人に救いの目を向けるが秒で諦め、すでに使い物にならない文科系家人には匙を放って自分で対処することに決めた。体育会系武官家来には一切合切なにも預けられないので端から検討陣には入れていない。だってすぐに斬りたがるから。

 片や取柄がただ可愛いだけの癒し文科系ポンコツ文官と、片やすぐ死活問題に発展させたがるDQN系体育会ノリ武官と。どっちも極端でこういった危急を要する場面では使い勝手が悪すぎた。


 だが彼ら、やる気と気持ちだけは人一倍、いや人百倍満ち満ちているので油断するとすぐ前に出ようとする。

 天彦は視線で文官をとがめ、手で武官をいさめた。が、天彦も感情ある動物。次の瞬間には雪之丞に有りっ丈のジト目をぶつける。一秒で逸らされるが。お雪ちゃんだけ前に出えへんって何なん。マジなんなん。


 この切な苦しい感情のまま教えたろ。

 お雪ちゃん、平然と文官枠に居座ってるけど、あんたさんばちくそ武官枠やからね。念のため。


 天彦は藤吉郎と向き合った。これぞ交渉術をみせてやるという公家の気概で。当主としての矜持で。そんな高等な交渉術や高尚な気概があればだが。

 だが結果として藤吉郎には意図が伝わった。急造討論会の開催である。


「儂はなんぞ間違えたようですな。御返答は如何」

「お人さんは間違える生き物にあらしゃいます。お気になさらず」

「ほう。拙者が間違えたとお認めか。ふん、それは寛大な御心で。それで何を間違えたんかいのう。後学のために教えて下され」

「何でもかんでもくれくれと。それではお外さんとおんなじや」

「……某が野良の犬畜生と同じと申されるか」

「お犬さん好きやわぁ。お犬さん可愛い。ときに先の初陣の一件ではお世話さんにあらしゃいます。なんやお手間さんかけたようで」

「会話が噛み合うてないようにござるが、何のそれしき。公家さんの御気分に振り回されるのは慣れっこにござる。それに予定が前倒しになりむしろ好都合にござった」


 あっぶ。ずっとオニキレてるやん。おもくそしくった、どないしよ。


 本心では一秒でも早くこの場から逃げ去りたい。だが家来の手前、負けられないので扇子を取り出しぱちんぱちんと調子を取る。こっち見んな。お前らのせいやぞ。引くに引けんの。


「但馬国でおじゃりましたか。藤吉郎さんはお手伝い戦に参ってはったんと違いますの」

「四日で片付け申した」

「お、お強うさんにあらしゃりますな」

「なんのこれしきのこと。ですが尾張一と自負してござる」


 ……これ! チャンス。ここしかない。


「ほうそらまた景気のええお話さんで。すると藤吉郎さんは柴田さんも佐久間さんも悠々凌がはると。ほー、へー、ふーん。なるほど、なーるほど。これはこれは御見それさんにあらしゃりました。菊亭天彦。ここにこうして感服さんにおじゃります。お手紙書こ。柴田さんと丹羽さんに。身共こう見えて筆まめさんなん。楽しみやわぁ」

「へ」

「感服におじゃります」

「う゛」

「か、ん、ぷ、く、さんにおじゃります」

「ゆ、ゆ、ゆうとらんだぎゃあ。お、い、い、今出川の御曹司の耳は節穴だみゃあ。どえりゃ迷惑だぎゃ、やめてちょおよ。な、な、ないことをある風に――」


 勝った。知らんと思て舐めてたら許さんの巻。


 あんたさん、これから(1573年)必至のぱっちで媚び売って丹羽さんの羽と柴田さんの柴を頂戴して氏変えはるもんねぇ。ぷぷぷ。それは動揺しはるやろ。ずっと氏んどけ。トドメ刺したろ。


「おかげさんをもちまして今出川は円満さんで廃嫡となりました。これからは半家菊亭として精進してお参りさんにおじゃりますんで、今後ともお引き立てのほど、お願いさんにあらしゃいます」

「あ、いや、待たれよ」

「はい。お幾らさんでも待ちましょ」


 御サルさん、弟御サルさんとごにょごにょごにょ。

 兄御サルさんはたちまち顔色を失くして深々と一礼。弟御サルは更に慇懃に謝意を示す。


「……ご丁寧な挨拶忝く。当家こそ末永い御縁を御願い奉りまする。甚だご無礼なれども拙者、急用を思い出してござる。これにて御前を失礼仕る」


 御サルさん御一行様、お帰りでーす。勝ったやろ。


 生家から廃嫡された相手を前に、知らずとはいえ形式上とはいえ絶縁された旧家の家名を連発するのは侮辱行為に等しく、ましてや天彦の場合事実はどうあれ表に聞こえているのは甲斐の乗っ取り。そうでなくとも無礼千万の利敵行為である。

 また仮にこれが武家同士ならその場で抜き差しならぬ間柄になっていても不思議はない。藤吉郎はその事実に気づき逃げ去るように座を辞した。木下家知恵袋のどこか陰湿な視線を置き去りにして。


 するとそう遠くない距離から、「小竹ぇ、おみゃあさんのゆうとる話とまるで違うだぎゃあ。どないなっとんのぉ」愚痴とも叱責ともとれる声が聞こえてくるのだった。


 長かった。あー、しんど。


 一人圧力団体が退散して天彦はやっとこさ肩の重い荷を下ろす。


「菊亭の若殿さん、あのお方」

「はい。京都奉行所所司代、木下藤吉郎秀吉さんです」

「まあなんと。京でお噂の魔王さんの懐刀やおませんか」

「どうですかね。信長さん、ああ見えてそうとう懐の深いお人さんやから懐刀が何振りもあったりして」

「ふふふ、相変わらずからいお人や」

「そうですか。これでかなり甘党やけど」

「では悪いお人やね」

「善いとは言い難いのでここらで堪忍さんです」


 茶屋へ向かった。




 ◇




 けっして狭い店ではない。だが菊亭家吉田家の家人用人で半ば満員御礼状態。いつもは威勢のいい看板娘もこの日ばかりは品を作ってご愛敬さん。何しろ人出がすべてお城建設のお披露目式に奪われていて、ここらはまだ比較的人通りがあるとはいえ、どこもかしこも閑古鳥が鳴いていた。どんな声やろ。閑古鳥の鳴き声って。


「新作甘味全部乗せで」

「……お公家さん、いっつもそれゆわはるけど、うちにそんなんあらへんの」

「知ってる。お松の困った顔が見たいだけや」

「残念でした! と言うのは先週まで。あります全部乗せ。おっかさん全部乗せ増し増しで一丁」

「あ。マシマシはアカンやろ」

「やた。その涼しいお顔にヒビ入れたった。冗談てんごうで揶揄われるようになった日からいつか仕返したろ、思うてましたん」

「お松の執念勝ちか。参ったさんや。でもお松は出禁。もうお店に来たらアカンで」

「ここはおっ母とうちのお店やけど」


 あははははは――。


 平和か。平和やな。


 だが周囲の柔和な雰囲気とは違い天彦の瞳の奥に笑みはない。なぜなら天彦の脳裏には世にもおぞましい光景が浮かび上がっていた。

 何でも美味しいものを組み合わせたら百倍美味しい説は小学生の頃、誰しもが通る道である。遅咲きの者なら中学デビューも。いずれにしても誰しもが通る道である。異論は認めない絶対に一度はやったはずだから。

 しかもその99.9で泣きを見るのである。ぎゃん泣きだ。異論は認める。極稀に奇跡の出逢いもあったから。だが今は戦国室町、美味くなる要素が見当たらない。やっば。震える。


 天彦が脳内にドナドナを流していると、


「菊亭の――」

「兄弟子。もうよろしいやん。身共と兄弟子の仲や」

「そやな。ほな。天彦さんはほんまに甘党やねんな」

「はは、流れ的にそうなっているだけで完全に誤解ですけど、今となってはまあ嫌いではありません」

「ん? 乾いた笑いに引きつった笑み。あれ違たんや」


 じっじの専属料理人に始まりレシピの開発等。完璧に甘党だと思われているが実際は普通。普通に好きだしなくとも困らない。甘味スイーツとはその程度の距離感だった。むろん銭がざくざく音を立てるならその限りではないのだけれど。


 すると与七が不意に背中をぴんっと改まった。


「天彦さん。儂に教えたってください」

「はい。身共が知っていることならなんでも」

「お言葉に甘えまして。実は――」


 与七曰く、二条城建設工事並びに普請には参入できた。当たり前だが一社ではなく大小七社が参画した。七社で共同企業体を組むのだが、果たしてJV(ジョイントベンチャー)の幹事メインを取るかどうかで悩んでいるとのことらしい。

 出資比率が大きい分だけ利幅もデカい。反面、しくじったときのリスクもでかい。あれほどの普請だ。巨額の一言では片付けられない額が動くだろうことは容易に想像がついてしまう。それに絡む賄賂や利権の配慮等諸々も付随して、かなり複雑な捌きを求められるだろう。物も人も。


 天彦はそれほど考えこまずやや小考して答えた。


「この巨大事業、先の御仁が捌かれます。持ちかけた身でたいへん心苦しいのですが、イチかバチか懸けてくれませんか」

「木下さんに。それとも天彦さんに」

「どちらでも結果は同じと存じます」

「いいえ。まったく違います。如何か」


 これには天彦も即答を避けた。勝算はあるが完全ではない。しかも藤吉郎のことだ。どんなウルトラCを捻り出してくるとも限らない。慎重に言葉を選ぶ。


「身共にその価値があるかは存じません。ですがこれまで一度たりとも御味方を裏切ったことなどありません。答えになっていないですけど」

「……茶々丸は。茶々丸は御味方ではなかったですか」


 あ、しくった。完璧にしくじった。


 天彦は顔色を失くしてしまう。絶対に味方。今でも親友ずっトモ。それは易々と宣言できるのに、その裏付けが話せない。話したところで、という観点からも話しても信じてはもらえない。つまり詰み。

 この指摘によって天彦の言葉はすべてが裏付けを失い信憑性を限りなく軽くする。お仕舞いです。


 冗談にもこんな意地悪をいう人柄ではないのに。そんな為人ひととなりやないのに。

 つまり裏を返せばそれだけこの事業の失敗が吉田屋の命運を左右する規模ということ。天彦にも同意できた。だから引こう。この事業からは。

 積み上げればいつか届く。この信念に従いまた一から信用を積み上げ、ゼロから出直せばいい。そう決めた。なのに……、


「わかりました」

「え」

「信じます。天彦さんにすべてをお賭け致しましょう」

「どない!? 身共がいっちゃん驚きなんやが」

「取ります。幹事権」

「なんで」

「しょうもない不安に駆られた自分が恥ずかしい。基本のきに立ち返ればこんな簡単なお式はありませんのに」

「え」

「私が天彦さんを信じるか否か。このお話はそもそもの立ち上がりからしてその一言に尽きたのです。ご無礼をお許しください。そして何卒これからも永久とこしえに御友人として御傍に侍らせてくださいませ」


 天彦は言葉なく頷く。すると、おおぉぉぉ――。


 聞き耳を立てていた吉田家の番頭衆から賞賛だか感嘆だかのどよめきが巻き起こった。ええ家人さんらや。にしてもうちの家人ども……!

 あんたさんら主人が丁々発止やってるのに、何を愉快そうにスイーツ談議に花を咲かせて……、あ、おもろ。そっち混ざろ。

 ちょっと失礼。など冗談でも言えるはずもなく叶うはずもない。むろん端からする気もない。天彦はそっとしれっと兄弟子与七に視線を戻す。


「いいんですか。ほんまに」

「はい」

「わかりました。それで儲けは出そうですか。身共、そればっかしが心配なん」

「出ます。ご案じなさいますな」

「如何ほど。か、訊いてもええです?」

「粗利でざっと二十二万貫。実利で十八万貫と算定しております」


 二十二万貫。ざっと264億円。……って、わっつ。

 でもきっとそれより儲かる。なにせ建築資材を……、今は後やな。


 天彦は感心しつつ驚嘆する。

 史実で角倉了以が行った高瀬川開削事業に匹敵するか凌駕する見込み利益。まじかぁ。そして見込んでいる経費額もパない。四万貫(50億円)もの見込み必要経費、果たしてどう処理されるのか興味がないといえば嘘になろう。訊いたろ。いやいやさすがに無理や。さもしすぎる。


「むろん四万貫は情報提供者への謝礼金にございますよ。ご安心ください」

「むはっ! よ、余計に案じてしまうんですけど。……ほんま?」

「はい。ですので必ずや成功裏に納めなければ」

「死ぬ気で挑みます。このプロジェクトシップ、けっして泥船にはさせません」

「ぷろじくとしっぷとは」

「あはは、事業を船に例えました。ごめんなさい。つい興奮して」

「なるほど。しかし御心強い。ならば大船の鉄鋼船に乗ったつもりでおりましょう」


 お洒落さんなお人やね。すぐさま船で例え返した。しかもこの時代のともすると最先端さえ超えた最新の例えで。率直に感心する。この後すぐ織田が鉄鋼船を建造する。


 その与七は為人を表すかのように上品に笑った。番頭連中も与七に倣ってお上品に笑う。

 対する菊亭家うちのときたら。特にラウラ、すわ我が事のように身を乗り出しそれまでの著しくなかった存在感を誇示し始めたではないか。蒼い瞳を$建てにして。この主人にしてこの家来ありか。そう考えるとお似合いだった。あるかいっ、舐めるな。


 だがそんな中にも救いはあった。


「殿、ならば各方面への根回しが肝要にございますね」

「うん。さすがは佐吉、その通りや」

「はっ。お褒めに預かり光栄です。ではこのご担当は……」

「なんや、したいんか」

「……僭越ながら、お役御免となりましたので」

「あ、祇園さんの件なぁ。佐吉には悪いことした。……うん、やってみるか」

「はいっ。是非にござる」

「かなり厳しい案件やで。相手はあの魔王の懐刀さんや」

「必ずや。身命を賭……、すと御家訓に背きますので一所懸命に」

「そや。よし。ほなら任せよ」

「殿の御心づけに違わぬよう、身命を賭して必勝に尽力いたします」

「賭すんかいっ! 結局賭すよね。佐吉はいっつも賭しちゃうよね。どうなんやろ。身共が舐められているんやろか」

「あ、え、いや、そんな、まさか……」

「はは、でもええよ。今回だけは目ぇ瞑ろ。無理はせんとお気張りさんやす」

「はっ」


 佐吉に足りていないのは多面的思考力。この年ですでにもう垂直思考(論理的思考力)は持っている。特に盤上の(現状の)数学的な解を求める能力にかけては天才を自負していい。早くて正確。やはり優秀。うちの子ぱない。

 そして今回の巨大事業で営業力を養えれば鬼に金棒、佐吉に感情。画一的な感情ではなく多面的な情操を育みたいなら人と接するのが最短近道。しかもより多くの情報ヒトと接する方が平均値を導きやすい。数学的には。

 実際はどうだろうか。知らない。何しろ天彦、心のライセンスしか持っていないので。


 だが方針は定まった。菊亭ファミリアで二条城増築並びに周辺普請を仕上げてみせると意気込む天彦であった。公家なのに。


 と、そこに煌びやかな直衣姿の360度全方位からお公家さんルックの若人が茶店に舞い込んだ。周囲の視線を釘づけにして。

 給仕の看板娘さんなどは運びかけの甘味をお盆ごと落としてしまうほと放心している。がちゃん、ばりん。けっして小さくない音を響かせてもまだ我に返らないほど。


 天彦は呆れ返って人物を迎え入れた。


「実益さん、御無沙汰さんにおじゃります」

「うん。やはりここに居ったんか。なんやそのごっついの。美味いんか。食べたろぱく、もぐもぐ……ぺっぺっぺっ、なんやこれ! おい、さては嵌めたな」

「あははおもろ。実益さんやなかったらシバいてますよ」

「なにを」

「勝手に食べといてそれは通らんでしょ」

「ふん、戯れている間はない。参るぞ子龍。即刻参内致せる衣装に着替えよ」

「へ」

「へやあらへんのや。ようやっと主上さんがお呼びや。もさもさしてんと急がんかいっ」

「は、はひっ」


 あ、はい。本業ですね。了解です。


 よもや現在の主君の主君、つまり元の主ご本人御自らのお出迎えであった。


「兄弟子。佐吉が当家の担当者です。また改めてご挨拶に参上させますので今日のところは失礼します。あんじょう御頼みさんにあらしゃいます」

「よろしゅうに。佐吉もな。そんなことより早く参ってください」

「では。お言葉に甘えまして」


 天彦は兄弟子与七に断りを入れて急ぎ、御着替えに戻った。









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― 新着の感想 ―
[一言] こうガツガツしていかないとあそこまで成り上がれないのかな。 秀吉と反りが合わないならノッブ生存ルートいかないと秀吉の天下になったら虐められそうですね。 自分のミスとはいえやられた分は絶対忘れ…
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