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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十九章 有財餓鬼の章
307/314

#04 ぎこちない優しさと第一回それでいいのかロビー活動選手権と

 



 元亀二年(1571)四月朔日






 四月朔日。上杉家上洛の影響が目に見えて出始めているそんな頃。


 菊亭家の一人ご主人である天彦くんは今日も今日とて公家町をひっそり徘徊。ロビー活動に勤しんでいる。表向き用の表の顔で。


 尤もロビー活動とはいえ、内裏内で表立っての交渉事はできない。

 故に活動の場は専らが邸宅となる。



 かこーん。



 鹿威しの音色がまるで静寂の庭にピリオドを穿つかのように、そっと静かに鳴り響く。


 そんな中庭を臨む一室には二人の公卿が相対している。

 片や壮年、片やキッズ年代の年の離れた二人だが、彼我の関係性に年代差は感じられない。少なくとも緊張以上緊迫未満の空気感には微塵も柔和さが感じられない。


 主座(上座)に胡坐を掻いた壮年の人物は、対面の下座に座るキッズに対し実に胡散臭そうな眼差しを向けて言った。


「鷹司の再興。……新政権の旨味、いや理念は相分かっておじゃる。なるほど当家にとっても悪うない提案におじゃる。だからこそ味な真似をしておじゃる。そう評する他ないさんにあらしゃいますなぁ」

「味などと。精一杯の背伸び、有りっ丈の小癪さんにおじゃりますぅ」

「ふむ。亜相さんのお言葉。額面通り受け止めるには、少々お痛が過ぎたわな」

「滅相もなく。およよ」

「おおこわ。しばらく見んうちに一層芝居が上手なってしもて。そやけど亜相さん。あんたさんは悪党でも心得たはる。それだけは及第点を出しとこうか」

「おおきにさんにおじゃります。ほな……!」

「急くんやない。一旦持ち帰ります」

「……あ、はい」


 天彦は目に見えてへにょりんしょぼんを体現して凹む。

 それが本心かはさて措いて。


 すると、


「本心で?」

「本心以外に、こない落ち込めるはずがあるとでも」

「しんどいんか」

「それはもう。上も下も凡骨さん揃いで」

「ほう、……なるほど。御化身さんでも落ち込まはることあるんやな。それだけでもええ土産を貰うた気分におじゃる」


 交渉相手である壮年の公卿が、おほほほほ。小気味よい公家笑いを高らかに響かせた。

 するとこの日初めて室内の緊迫感が幾分か和らいだ気がした。


 交渉相手は新政権運営の今後を占う大本命と目されているさきの関白、近衛前久である。

 清華家――三条家(転法輪家)、徳大寺家、花山院家、大炊御門家といった同門にはいずれもけんもほろろに追い返されてしまっていた。痛恨!

 天彦が大袈裟に痛恨ぶるほど深刻な状況ではないにしても、ここを逃すと今後を占うどころかすでに終わってしまっている予感くらいはひしひしと感じる。近衛家とはそんなポジションの大家であった。


 故にどうしても落としておきたい。

 天彦は内心のニンマリをおくびにも出さず、殊勝な態度で応接をつづける。


「それはもう落ち込んでばっかりで。まつりごととは斯くも厳しいものかと現実を思い知らされている次第におじゃりますぅ」

「まあそやろな。如何な英雄家さんとは申せ、政は別物。経験不足は否めへん。ましてや五摂家を蔑ろにした刷新人事など、新発意しんぼちさんの唱える御経と同じ。効力には甚だ疑問がおありさんにあらしゃいます」

「はい。肝に銘じます」

「ん、そうしい」


 言い方や口調こそ柔らかいものの、例え話はかなりきつい。天彦はさて措き、新政権の要である太政大臣を新発意と揶揄したのだから。

 加えて双眸も終始鋭く天彦を捉えて離さず、控えめに言って友好的とは言い難い。


 そんな前久だが、けれど天彦は反発するわけにはいかなかった。

 再三言うがここ(近衛家)を逃せば新政権の運営は控えめに言って茨の道が待ち受けている。根気よく懐柔態度を崩さず終始下手に徹する他ないのである。


「ご同情に便乗し、五摂家筆頭であらしゃいます前の関白さんにお知恵を拝借したく存じます」

「どこも受けてくれへんのやろ」

「はい。さすがの御慧眼にあらしゃいます」

「ふっ、何が慧眼や。そんなもん当り前やろ」

「で、しょうか」


 天彦は本気で首を捻った。

 なぜ新政権人事採用打診に了という返事が返ってこないのか。なぜ返事を渋るのか。天彦は本気で理解していなかった。


「呆れたお人さんや」

「え」

「あんたさんのせいやろ」

「……と申されますと」


 前久は自らは答えを語らず、まるで見咎めるように片目を眇めて天彦をじっと見つめる。

 だが一向に答えに辿り着けないでいる天彦に痺れを切らしたのか、扇子の先端を庭先にそっと手向けて天彦の視線を誘った。


「……あ」

「ようやっとお気づきさんで。案外噂も風呂敷を広げられているんやなぁ」


 天彦は軽い嫌味にも反応せず、じっと扇子が指し示すその光景に見入っていた。

 天彦の視線の先には庭先で何かを啄む雀が数羽。そして侘び寂びの象徴的アイテムである小さな人口竹林があった。


 竹に雀。言わずと知れた上杉謙信公が好んで使用する上杉家の代表的家紋である。


「そうや。上杉さんを招き入れたあんたさんに、公卿どもは一線を引いたんや」

「そんな」

「意図は知らんし訊く気もない。そやけど亜相さん。これだけは覚えておき。お武家さんと我ら公家。見た目は同じでも中身はまるで別物やと」

「重々承知しておじゃりますが……」

「してへん。してるかいな。重々承知しているもんが、なんで都に上杉家を引き入れる。謙信公が上洛して早七日。いまだ両家の会談は成立しておじゃらぬ。これの意味するところは……。公家は誰もがかつての都を思い起こし、戦々恐々として門戸を固く閉じておじゃる」

「そんな!」

「わけがないと。あんたさん以外に誰が確信できるんや」

「……あ、はい」


 天彦にとって大きな誤算はない。意外だったのは一切のリアクションを見せない魔王の反応ただ一点。それ以外は概ね想定の範囲であった。故に面食らってしまっていた。


「それとな」

「はい」

「上杉さん。あんたさんの一門に加わったとの噂が独り歩きしているのもよくない」

「噂ではなく、ほんまさんにおじゃりますぅ」

「な……!」


 否定したところで、いずれ事実は露見する。

 何しろドラゴン氏自ら周囲に喧伝しているのだ。なんなら積極的でさえあるほどに。隠したくも無理があった。

 裏を返せばそれだけ天彦の平和理念と日ノ本の千年国家計画に賛同してくれている証なのだが、あまりにも周囲の反応が強すぎて劇薬感が否めない。


 上杉家との連立政権は、現状ではマイナス領域に触れていた。


 むろん天彦はそれも織り込み済み。成果はそう遠くない未来に出るのだが、周囲の反応は思いの外過剰だった。


「亜相さん。あんたさんはお武家さんが恐ろしゅうないんか」

「恐ろしいです。それこそ視界に入れたくないほどには」

「ほななんで進んで接点を持たはるんや」

「お武家さんはたしかに別もん。ですが政には切っても切れない存在故に。ならば近づく他ないかと」

「好かれず嫌われず。は無理にしても、付かず離れずの処世術くらいお手のもんやろ」

「ひどい! ……でもまあ。はい。やれと申されればできんことはないさんにおじゃります」

「ほななんでや」


 天彦はやたらと内面に踏み込んでくる前久にうんざりする。

 これでは独身を気に病む下町長屋のお節介奥さんではないか。


 と、思い立った瞬間。はたと気づく。表情を律し感情を鬱陶しいからありがたいに切り替えて臨んだ。


「親身になってもろて、ありがたくおじゃりますぅ。でもなんで」

「大蔵卿さんからも倅をあんじょう気に掛けたってと頼まれてる。だから一遍くらいは倅や思うて接してみたろ。言うたら好奇心やな。それだけのことにあらしゃいます」

「……」



 嗚呼……、まんじ。



 公家のぱっぱ。“おいとぽいさんやわぁ”でお馴染みの未来のスーパー女官基子ちゃんぱっぱ、宮内卿持明院基孝がこうして気に掛けてくれていた。

 四面楚歌だと思っていた天彦からすれば、その事実だけで十分。瞼をじんわりと熱くさせてくれる情報だった。しかもこうして結果までついてきてくれるとなると歓びも一入。


 やはりつくづく思ってしまう。情けは人の為ではないと。


「その点、父御前は寒くおじゃるが」

「てい!」

「織田さんに袖にされた今度は、上杉さんにすり寄ったはるとか。公家の鏡さんにおじゃりますなぁ」

「あ、はい」


 いまそれいる? の感情で生家実父情報を軽く聞き流し、


「何卒、この浅慮な木っ端公卿に叡智の一端をご教授くださいませ」


 真摯に助力を希った。


 天彦の衒いなき真摯な態度が響いたのか、それとも元から鼻薬(鷹司家再興案の上奏)は効いていたのか。

 いずれにせよ近衛前久は厳しいながらも、どこか優しさを感じさせる真剣味を帯びた表情で言った。


「叡智はあんたさんの代名詞やろ。そやけど亜相さん。これだけは糺しとこ。織田と上杉は相容れるんやろな」

「はい。身共の名に懸けましても」

「麻呂や」

「磨の名に懸けましても」

「ん。そうか。ほな一遍は信じよ」

「はい」


 どこかのお師匠のように言葉遣いを叱られつつ。

 天彦は前久の向けてくる真剣な視線を、同じかそれ以上の温度感で受け止める。


「ほな亜相さん達てのお強請りや。訊かんわけにもまいりませんな。この厳しい現状も、人事次第では幾分か和らげられるとお思いさんやが、どないお考えさんにあらしゃいますやろ」

「では!」


 遠回しな入閣の打診に、天彦の声も上擦っていた。


「そう急くもんやない。打診はあくまで一般論や。まだ喪中。そうでおじゃろう」

「はい。磨もそない考えておじゃります。ならばその節は何卒、ご指導ご鞭撻のほど、よろしゅうお頼み申し上げさんにおじゃりますぅ」


 合意はなった。

 天彦は会心の有職故実で感謝の意を表した。


「相わかっておじゃる。そやけど亜相さん。本来なら相国が自ら出向くんが本筋やと考えておじゃるがどないさんやろ」

「はい。磨も同意におじゃりますぅ。相国さんには困ったもんで」

「おほほほほ。水清ければ魚住まず。さすがの御化身さんでも、あの潔癖な御気性には手を焼かされておじゃるか」

「はい。それはもう。一度決めれば最後、巌として訊いてくださいません」

「困ったもので」

「困ったもので」



 おほほほほ。


 おほほほほ。



 当初からは想像もつかないほど、柔らかい笑い声が響いていた。

 天彦からすればそれほど困っていないとしても。対する前久からしても、困ってくれて大いに結構だとしても。

 二人は困った、困ったと実益の潔癖さを引き合いに出して大いに共感しあって笑う。


 結論、天彦は確信する。これでお仕事は終えられたと。


「前関白さん、またこうして気安く寄せてもろてもええさんにおじゃりますか」

「奇しくもお隣さんとなったんや。無粋なことを申されますな」

「はい。おおきにさんにあらしゃいます」

「ん、おおきにさん。ほな別当さん、内々(上奏)の件だけはくれぐれもよしなに」

「はい。お任せください」

「そや頼み事序にもうおひとつ。頼まれておじゃる」

「どうぞ何なりと申されませ」

「一条さん。公家町に返したってほしい」

「……」


 天彦は一瞬だけ苦い表情を浮かべた。

 だがそれもすぐに噛み殺すと、御意に。肯定の言葉に変えて請け負った。


 一条内基は織田家に弓した大罪人だ。そもそも帝の意にも反していた。だがなるほどそのしぶとさと守銭奴的節操の無さには学ぶべき点が多くある。

 天彦は感心しつつ半ば呆れて、脳内に仕舞ってある公家町マップを呼び起こし新一条邸となる空き地の配置図を思い描いた。


 むろんただでは転んでやらないのだが。


「五千貫。建設費とは別に、この菊亭に用立てるよう申し付けください」

「三千」

「四千」

「三千五百」

「刻みすぎ!」

「貸りておくでおじゃる」

「っ――、ええい持ってけ泥棒! 三千五百!」

「一条には五千と申し伝えておこ。ほほ、おほほほほほ」



 出た! 妖怪いっちょ噛み爺。



 だがこの手練手管もどこか小気味よく洒落ていた。


 と、思っていた一秒前の自分をぼこぼこにシバキたい。


「ほな亜相さん。茶会の費用、前払いで頂戴しましょうか」

「え」

「そうやな。五千貫ほどあったら足りますやろ」


 うそーん。


 差し引き±マイナやん! マイナやんやん!!!


 対価は銭という名のスコアーだった。当たり前だが高いほどよいとされているやつ。


「ちゃうねん!」

「ん?」

「あ、いえ。こちらのお話におじゃります」

「さよか」


 交渉相手である近衛前久が、おほほほほ。小気味よい公家笑いを高らかに響かせ会談はお開きとなった。






 ◇






 内裏の北門正面に立つ大邸宅を後にした天彦は、肩を落として公家町を行く。

 体裁があるので実益に用立ててもらったレンタル牛車でとほほ。気分はもはやドナドナである。


 菊亭の公家町での新居は近衛家の斜交い向かい隣に建つ、旧一条家邸である。

 一行はその新居を背にして公家町を離れる。


 と、


 イツメンの誰もが躊躇い、気がねし、遠慮する沈痛ムードを、とくに気にする風でもない人物がひとり。


「某、こうなったら家内で広まっている噂を信じますわ」


 軽快な言葉を無遠慮に発した。ノンデリ雪之丞である。

 このノンデリには極稀に救われることもあるので差し引きでは±ゼロ。としておこう。


「何をや、お雪ちゃん」

「何をて菊亭を蝕む呪いの噂ですやん。知りませんのん」

「知ってるでお雪ちゃん、座を排除され首を括った商人の呪いやろ」

「それですわ! おーこわ」

「阿呆らしい。そんなもんが有効なんやったら藤原も武家も、勝ち残ってきたお家さんはみーんなとうに滅んでるわ」

「あ」

「あ」


 この掛け合いに正論はダメらしい。天彦は勝ちを譲った。


「そやかて若とのさん。今日で六日連続、お公家さんを訪れるたび銭をせびられ大赤字のまっかっかですやん」

「それを因果関係の錯誤というんや。まあ要するにこじ付けやな」

「でもお人さんはそのこじつけに恐怖します。例えば、菊亭の主家乗っ取りだとか、帝位簒奪の悪巧みだとか」


「朱雀殿!」

「おのれ朱雀!」

「朱雀!」


 天彦よりも先に、周囲から雪之丞の失言を責める言葉が矢継ぎ早に飛んだ。

 だが雪之丞は核心を突いていた。この場合は事実の開示か。いずれにせよ菊亭での御法度を、どうどうと公言できるのは彼の数少ない強みだった。


 そう。近頃巷では天彦による専横と簒奪が実しやかに囁かれ始めていたのである。天彦にとって控えめに言ってお笑いなのだが。

 公家しか白米を食べられなかった。それも極めて裕福な公卿だけ。これは天彦のみが知る史実での事実。

 だが今ではどうだ。公家は公卿に限らずほとんどが何らかの形で収入を得て、誰かを集らずとも白米が食せている。ギリ市民も。


 この現状ひとつ取ってしても天彦にはすでにやり遂げた感でお腹いっぱい。

 これ以上の何を臨むと言うのか。地位とか名誉とか、ふざけろ要らねー。


 欲しいのは銭。それに尽きた。


 加えて中間目標である公武の横断的な定めもかなり浸透しつつある昨今。

 これ以上、いったい何を望むのか。……銭! 銭に決まってるん。


 げふん。それはあくまで個人の努力目標だ。公式見解には関係しない。


 けれど反面、天彦の性格や為人を知らない野次馬からすれば実にあり得そうな噂であることもまた事実だった。

 とくに上杉家の上洛などは、何をどう取って付けても天彦に有利な材料は一ミリもなく、なるほど噂の信憑性にかなり大きく加担していた。


 あの妖怪狸爺(近衛前久)でさえ危惧を言葉にするほどなのだ。関心が巷に溢れ返っていて不思議はなかった。


「お殿様。捨て置けないだりん」

「風魔党に任せてある」

「やつらでは火消しが遅いっ」

「ルカ。身共の代わりに怒ってくれて、おおきにさん。頼りにしてる」

「っ――」


 声を荒げたルカだったが、目を瞬かせるとどこか恥ずかしそうに集団に紛れるように引き下がった。


 天彦はルカにはいつまでも見た目美少女な、中身ギャル店員でいてほしい。

 だがこのままでは確実に病む。その兆候が色濃く出ていた。本当に病むべくはおバカコンビの方なのだが。あいつらのメンタルはオニほどバカ強いのでどう考えても病みそうにない。


 射干党に乱破働きは任せられない。これは評定で秘密裏に決まった大方針であった。

 やはり血縁を主とした繋がりとしない一門の、偽らざる顕著な弊害、いや弱点だった。

 この件はむろんラウラも承知している。むしろ諸太夫として格上げとなったことを素直かどうかはさて措き、肯定的に捉えている。おそらくは本心だと思われ。


 だがルカには知らされていない。やや思い詰めている感の強い彼女には伏せておこうというのがイツメンたちの総意だった。天彦もその隠された優しさには100の同意で応じている。


「――に、してもや。お前さんら、呑気すぎん?」

「にん」

「にん」


 イルダとコンスエラは、元部下の苦悩などいざ知らず。

 あるいは知っていても無関心を貫いて、呑気に三色団子を頬張っている。それも両手に三本ずつ。


 織田との繋ぎの一件で謹慎処分(公称)は解けている。

 だからといってフリー素材として扱うには危うすぎる。ということで侍従させているのだが、どうにも使い勝手が悪かった。主に心情的に。


 ルカの発言が遠慮がちになり、天彦の傍に控えることをどうしても敬遠しがちになってしまうから。


「ピコはさ。カッコつけてるだけで、何一つ一人ではできないんだから悩んでも仕方ないって。ドンマイ」

「それな。てかピコの親父くそすぎんか? うちが乗り込んでってケジメつけてやろっか」



 お前ら、自由にも程が。しばく。



 しかし、

 誰やろ、誰さん……?


 噂の策意は容易。解釈の余地はない。だが発生源は杳として知れず。

 大した手練だと認めざるを得ない。

 会ってみたいと思うのはルカへの裏切りだろうか。とか。そんな考えは秒で思い直す。


「寺社やろなぁ」

「寺社でしょうな」

「寺社にござろう」

「寺社です」

「寺社だね」


 きっぱり。


 皆が見解の口を揃えた。


 おそらくは寺社なのだろう。相手も達者だが要するに、天彦には思い当たる節が多すぎたのだった。


 と、


「殿、御実城様のご提案をご一考なさっては如何か」

「一昨日のあれか。与六が申すと冗句に聞こえへんのん」

「冗談ではございませんので、その御認識で正しいかと存じまする」

「おいて」


 目障りな敵は皆コロセ。

 亜相が穢れを嫌うなら、汚れ役は余がすべて請け負ってやろう。


 謙信公は天彦にそう進言したのだ。至って真顔で。


 そんなことをすれば。冗談ポイ。

 最後は地下壕に籠って震えて羊を数えるのか。厭すぎる。ポイすらできない。


「殿の御潔白さ。ほんの爪の先分でも分けてくださいますれば、この直江。今以上の御奉公が叶いましょうや」

「ははは、冗談ぽいねん」

「冗談ではございませぬぞ」

「ええか与六。どうやら敵対は避けられへんようや。でも戦場は身共の自由に選べるんやで」

「……」


 延暦寺、妙覚寺、護国寺、祇園社、清水寺、岩清水八幡宮、聖衆寺、根来寺、つまり日蓮宗、天台宗、浄土宗、真言宗、新義真言宗等々。


 浄土真宗を除くありとあらゆるすべての宗派と神派が敵性の可能性を匂わせてくる。結局寺社とは敵対する宿命なのだ。


 天彦は想像に震えつつ、果たして第何番目になるのか。新たな敵の出現でないことを願いながら、


「いったん二条の執務室に戻ろ」

「はっ」



 さーねーまーすー、あそぼーぜー!



 カツオを誘うイツメン中島のテンションで。けれど実益におもくそダル絡みすることを決めて天彦は、本日の外回り業務を仕舞うことにするのだった。


 あたかも内なる邪悪と戦っている風を装って。













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