#02 見栄っ張りの気取り屋となてり
元亀二年(1571)三月二十四日
公家町菊亭屋敷。早朝。
天彦は大津遠征前夜、織田中央政権の経済基盤を支える主だった商人たちを呼び寄せる指示を出していた。名目は懇親として。だが実際は牽制。あるいは諮問である。
その役目を留守居役であった菊池権守家の若き当主に申し付けていたのだが。
返書には主だったところで坂田、交野、神宮司、橘、茶屋の顔ぶれはあるらしい。だが。
天彦の招集に応じた商家は八家。招集は十二家(十屋号)。どう勘定しても二家足りない。
これでは天彦の面目はもちろん、堺に居残りこの案件を担当した菊池権守家御曹司の面目は丸潰れであろう。
「面目、次第も、……ございませぬ」
その菊池家の御曹司九郎重隆は、天彦に合わせる顔が無いとばかり、再会してから今この瞬間までずっと一段低い中庭の砂利に額をこすり付け、謝罪、というよりももはや己の不甲斐なさに絶望している。
天彦が再三“もうええ直れ”と頼み込んでも、まったく聞き入れる素振りを見せずに。
「与六、なんとか取り成してほしい」
「あの面。腹を召す心算でしょうな」
「なんでそこまで思い詰めるん。笑ってごめんで済む話ねん」
「殿の面目を潰したのです。常ならば腹を召して然るべき。寛恕されたとて厳しく叱責される場面。ですがお優しい殿はそれをけっしてなされない。そのことを知るからこそ、九郎殿は恥じておられる。故に某からは何もございませぬ。某からは何も」
「ん……?」
与六の意味ありげな重複の言葉に、引っ掛かりを覚えた天彦は、家内で事が荒立てればだいたいこいつが絡んでいるでお馴染みの側近取り次ぎ役に視線を送った。――さっ。
是知が秒で目を逸らした。その不自然さたるや。一周回って笑けるほど。
天彦は秒で事態を察する。同時にちょっとした深刻さと、それに相反する嬉しみも覚えながら。
九郎にもこの是知の意地汚くも生き汚い図太さを学んでほしいものである。
だが他方では、臆面なく出世レースに名乗りを挙げる九郎は見たくないかも。そんな心境に心が揺れ動きつつ。
だが是知の洗礼を受けたのだ。いよいよ菊池権守の御曹司もお客様から脱したのだろう。天彦は皮肉な状況に苦笑いを浮かべた。
「九郎」
「はっ」
「腹を召すこと罷りならぬ。厳と肝に銘じるでおじゃる」
「……」
「聞こえたか!」
「ははっ、確と聞き届けてございまする」
「九州男児がうじうじするな。暗い顔は九郎には似合わへん」
「……殿」
「何度も申させるな。身共は九郎が大好きねん」
「殿!」
一件落着。
だが一方で、
「イルダ。コンスエラも」
「にん」
「ござる」
……こいつら、絶好調かよ。
不覚にもちょっと笑ってしまう天彦だが、さすがに場面が場面だけに踏みとどまって口を真一文字に固く結んだ。そして厳しい口調で言い放った。
「其の方らにも同じ役目を申し付けたはずやったが」
「だね」
「どういうことや」
「詫びないよ。だってピコの申し付け通りにちゃんとお仕事したもの」
「なに」
「ほら。どうぞ」
天彦はイルダから手渡された一通の文に目を通し、通し、通し……。
「な……っ」
驚愕を顔に張りつけ、驚愕の絶句を言葉にした。
「どやさ」
「どやぁ」
下がれ。
言葉少なにイルダとコンスエラを引き下がらせる。ただ単に腹立たしさ100の感情で。だってキッズだもんと開き直って。
そしてこの激怒の感情をすり替える。
キャンセル勢は絶対に許さん。急所を突きに突いてやる。殺る。――と。
天彦は気分を一新。側近イツメンたちですら一歩仰け反るいつもの本調子のいい(悪い)顔で固く誓うのであった。
「直臣五十人ぽっちの小さいお家。何をいがみ合うことがあるんやろ」
「お言葉ですが殿」
「なに与六」
「五十ぽっちと申されますが、蒲生殿、片岡殿は城を構える大名であり、某も上杉家の重鎮家家名を頂戴いたしました。それ以外の御家来衆も各々が家来を抱えておりまする。けっして小さくはございませぬぞ」
「つまり侍所を預かる直江としては、主君たる身共が軽く考えすぎやと申したいんか」
「いいえ。はい。言葉を飾らず申さば、然様にござる」
「む」
なるほど。
与六の方針、あるいはスタンスは十二分に伝わった。
与六は菊亭を大家にしようと画策している。あるいはシフトを切り替えたか。
彼は本来傾奇者。けっして型に嵌りたがる性質ではない。だがその彼が正道を訴えてきた。
つまり与六はラウラと手を組んだと推測できて、彼は公家社会に倣った厳密な縦割り制度を敷こうとしている。と読み解ける。
なるほど菊亭も大家に片足を突っ込んだのか。
天彦は嬉し悲しうふふおよよの感情で“うん”と頷く。意味ありげに。
アットホームさが失われなければ何でもいい派の天彦とすれば、断固反対の立場も取れず、さりとて積極賛成の意思も持てない。それが正直な感想だった。
「君臨せずとも統治せず。それが最善やと思うのならいつでも申せ。身共はむしろ望むところ。いつだって与六の想いのままを演じたろ」
「お人が悪い。この世でどなたが上杉家より領地を切り取ってこられましょうや」
「あ、そんな認識なのね。ちゃうで」
「ふっお戯れを。何より某、殿以上の経綸論客を他に存じ上げませぬ。殿こそが天下に向けて大号令をかけられる唯一にして絶対の御方であると、某をはじめ家中一同。誰違わず固く信じてござりますれば」
重い――! 重すぎる。
「本気やけど。まあええわ。では、ほな会いに参ろうさん」
「はっ」
急遽約束を取り付けた実益との会談の場所、二条城二の丸御殿に向かうのであった。
◇
立てた政策は積極的に実行していかなければならない。けれどそれと同じか、あるいはそれ以上に課題なのが財源の確保である。
絵に描いた餅はどれほど旨そうに映っても所詮は絵。あくまで眼福止まりであり、けっして腹は満たされない。
だから天彦は最善を追い求めない。目下の試案はともすると次善ですらないかもしれない。だが前に進む。進まなければならないのだ。それがたとえ僅かな効力しか見込めないとしても。
「どうなさったのです。ため息などお吐きになられて」
「射干のお転婆どものことや」
「あ、……いや……、申し訳ございません」
「ふふ、冗談ねん」
「まあお人が悪い。ですがほんとうにご迷惑を――」
「いや、今回ばかりは災いが転じた」
「で、あればよろしいのですが。わたくしからも再度きつく申しつけておきますので、どうか」
「わかってる」
「では、いったい何にご憂慮なさっておいでです」
「銭がないん」
「……なるほど。もはや重症ですね。我らが菊亭の金欠症は」
「違う。違わんけど、今回のお悩みは政権運営資金ねん」
「ああ、そちらも。ですが西園寺様なら……、あ」
「そう。あ。やろ」
「はい。あでございました」
ラウラは何かに気づいて発言を取り下げた。
実益は目下領国を奪還するため莫大な戦費を徳川の西国遠征軍に浪費(投資)している。故に素寒貧どころか借金大魔王状態にあった。
むろん長い目で見れば回収は可能。だが現状はゼロよりも深いマイナス領域に落ちこんでいる。
「お得意の御商売でもなさればよろしいのでは。商売の種はいくらでもおありなのでしょう?」
「ある。そやけど抵抗勢力の邪魔がえぐうて手出しできん」
「まあ」
「そやろ、ルカ」
「だりん。エグいです」
むろん利権者の。そのために商家を招聘していたのだが。
彼らの強気も半端なく、裏に同等かそれ以上の権威が控えていることは誰の目にも明らかであった。
ならばなぜ強引にでも淘汰しないのか。今の天彦ならば可能なはず。何しろ魔王ですら恐れ戦慄くあのドラゴンさんを麾下に従えているのだから。
できない。できっこない。理由は至極簡単である。未来の薩長に変わる潜在的抵抗勢力を生み出すわけにはいかないから。暴力での解決を封印しているのは偏に、この一言に尽きるのだ。
何より九条閥を筆頭とした五摂家は歴史上有為な人材を輩出する一大宝庫でもある。やんわりとご退場頂く分には一向に差し支えはないが、消滅してもらっては天彦の都合が悪かった。
「抵抗結構におじゃる。その際は次の御前評定にて、御名指しでご批判申し上げるがよろしいな」
「殿、御心のお声が……」
「反対派との会話の練習ねん」
「僭越ながら申し上げます。そのお言葉。実際には御封印なさるが最善かと」
「やっぱし?」
「はっ。浅慮ながら某、そのように強く思いまする。殿のお考えが和解の提案なれば猶更に」
「お武家に効くんや。公家ならさぞ効くことやろうなぁ」
「はい。効きすぎるかと存じまする」
与六ほどの人材にも効くのだ。ほな使おう。
「ふっ。勝ったな」
二条城二の丸に辿り着いた。
◇
着くなり上座で胡坐を掻いていた二の丸の主人が吠えた。
「謙信公を従えたと訊いたが本当かッ!」
「お手元に、謁見の申し出が届いておりましょう。それを見ろ」
「うむ。であったな。だがでかしたぞ子龍。それでこそ我が友にして股肱の臣である。くれ」
「やるか!」
「ならば貸せ。上杉の強兵があれば――」
「黙れ。ハウスや」
「ふん。……戯れを申したまでじゃ。貴様に倣ってな」
「一言よけー」
果たしてそうかな。ワンチャンくらいは目論んでいたのでは。
天彦が胡乱な目を向けて問い質すと、実益は疑念ごと追い払うように話題を変えた。
明らかな憤懣をご自慢の美顔に浮かべて、殊更強い口調で言い放つ。
「おい子龍、許可がおりぬぞ」
「……って言う」
だがだからといって怒りをぶつけているふうではなかった。見るに実益は怒りを通し越していっそ呆れ果てているようだった。
天彦も何の許可なのかはすぐに察した。目下の居はここ二条第に間借りしている。立地的には申し分ないのだが如何せん居心地が悪すぎた。第一に室町の亡霊が住み着いていることと、第二にここは魔王城。本丸住まいの信長とあまりにも距離が近過ぎたのだ。
第三に色が付き過ぎている。実益は今後、織田とは旗色の違う別の政治色を打ち立てていかなければならない。すべてにおいて不都合だった。
といった精神的な圧迫感も然ることながら、物理的距離感の近さが一番の凶である。
なにせ彼は人使いの鬼。人使いの粗さでは右に出る者はいないだろうオニブラック上司である。地位的には実益が上位者だが実権ともなるとほとほと怪しい。
故の執務場所の確保並びに建設なのだろうと察せられた。
「せやろ。ちゃう?」
「みなまで訊くな」
「うん。そやったら建設地は内裏に程近い今出川辺りが最善かと」
「そやろ。麿もそう考えておった。おったんじゃがな……。儂は上手く立ち回っている。と思っているが、するとどうじゃ。つまりお前が悪いのじゃ」
「舐めすぎねん」
「まあ一旦訊け」
「はい。謝罪は後ほど頂戴します」
「せぬが」
「しろ」
「せぬ。黙れ子龍の分際で」
「あ、はい」
出たよ。実益節が。
だが天彦はちょっとだけ嬉しくなった。ぜんぶひっくるめて実益だったから。
善きにつけ悪しきにつけ、いつもと変わらぬ彼だった。
天彦は久しぶりの会話に胸がじんわりと熱くなるのを感じ取り、ああ日常が戻ってきたのだと実感できた。
「なんや笑うて、薄気味の悪い」
「ひどっ!? ……で」
「うむ」
あちらの言い分はこうだ。
要約すると、建前上は目下の権限者は関白たる二条昭実である。裁可を扇ぐのが筋であろう。ましてや喪中。多方面に渡って道理が通らぬとの言い分であった。……ふっ笑う。
早速の牽制球を投げ込んできたのは京都普請奉行島田弥右衛門秀順であった。
彼は言わずと知れた前田玄以一派であり、前田玄以は嫡男信忠付きの京都奉行の一人。そして天下所司代村井貞勝の娘婿でもあった。
つまりこれは村井派の掣肘である。
といったことを織田家の文化大臣であり、数少ない中立派でもある細川藤孝から聞き出していたのが、そう。何を隠そうイルダとコンスエラであり、愚か者お二人さんの件の強気の理由であった。
あの場面で彼女たちがお役目放棄の不問となった理由がこれ。文には藤孝の手によってそうなった経緯や意図までもが克明に記されていた。
イルダとコンスエラ。彼女たちは射干党が寝返り織田方に付いたほんの僅かな期間で、がっつり内部に食い込んでいたのである。
二人が極めて愚かなことは紛れもない事実。が、一方では至極有能であることもまた紛れもなかった。
真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である。
この金言に従うのなら、彼女たちはどうなるのか。有能で無能。雑魚で大物。正体不明の家来である。
いずれにしてもボナパルトが神には膝を屈したのなら、身共はその上を超えようではないか。
天彦は不敵に嗤うと、
「この膝は神仏にさえ屈せず」
いつにない主人公ムーブで嘯いた。
「実に頼もしい宣誓でおじゃるが。下座で申すのか、それを」
「やめろください」
「ふっ、その締まらなさ。それでこそ我が子龍であるぞ」
「こんなんは雰囲気もんです。締まるとか締まらんとか……、うるさいボケぇ」
「ふっ」
くそ。これだから戦国大名堕ちした公家は。侘び寂びの機微が……。
だが思い直す。そもそも実益は出会った頃の三つからずっと侘び寂びだの機微だのには疎く、むしろそんな脆弱さからは隔絶された強さが強みであったのだ。
そしてその強みにこそ惹かれ、魅了されていった日々を思い返し、
「痛恨」
「ん?」
と、率直にぼやくのであった。
実益の胡乱はさて措き、いやさて措けなかった。
「子龍貴様、今、極めて不遜なことを考えおったな。そこへ直れ」
「はは、あははは、もう実益ったら。誤解ですやん」
「直れ」
「ひっ」
拳骨こわい。
だがこれで判然とした。村井派は信忠派であり、二条派(旧九条派)と結託している。
あるいは敵の敵は味方理論で結ばれているだけかもしれないが、結果は同じ。
天彦の脳内には明瞭なトライアングル相関図が出来上がっていた。
【西園寺新政権敵対派】
織田家
織田信忠(嫡男)
>村井貞勝(天下所司代)
>前田玄以(信忠付き京都奉行)
>長谷川宗仁(刑部卿法印・京都町衆総元締め)
>島田秀順(普請奉行※建設大臣)
>坂井一用(生野銀山担当奉行)
>祖父江秀重(安土城留守居役)
内裏太政官府
二条昭実(関白太政大臣)
>九条兼孝(左大臣)
>一条内基(右大臣)
>久我通堅(左近衛大将)
内裏宮内省
>清原国賢(宮内省主水司)
>利権に集る公家衆(主に大臣家のご面々)
猶、五摂家で内裏中立派は前の関白近衛前久ただ一人である。
中でもとくに注目すべきは宮内省であろう。
これは天彦の失策。あるいは失策ともいえない読み違いも大いに影響を及ぼしていた。
というのも天彦が世に送り出した生野銀山を所管することになったのが宮内省であり、その宮内省が思わぬ権力を持ってしまっていたのである。
主水司という宮内省内でも一部署にしかすぎない役人が、天彦に異を唱えることができる時点でお察しなのだが、要するに銭イズパワーなのである。
加えて朝家の家内周りを管轄する部署でもあるので侍従職(中務省)に次ぐか同等程度に権威もピカ一であることは語るまでもないだろう。
それが独立採算を十分可能とするふんだんな予算を手に入れてしまっているのだ。非情にめんどい相手となってしまっていた。
しかもこの清原国賢主水司。本名を“いと”という、あの清原マリアの実兄である。
後に忠興の妻となる明智玉の二女となる、あの清原マリアなのである。
すると清原家は細川藤孝の縁戚筋ともなるのだが、目下藤孝の子である細川忠興は惟任光秀に付いて九州に下向している。またぞろ惟任の影を感じて、如何にも不穏極まりなかった。
所詮は小さな点と点。結ばれたとて細い線。だがこの細い繋がりを無視できないのが愚かにも温かみのある血縁大国戦国元亀の宿命であった。
閑話休題、
つまるところ、
「敵多っ! おお敵さん」
それに尽きた。
天彦は上座にジト目を向ける。あの太々しいイケメン面が憎々しい。
「ほんで、そこで偉そうにふんぞり返って胡坐掻いてる実益派はどこねん」
「胡坐は偉そうではない。何よりけっして踏ん反り返ってなどおらぬ」
「どこねん!」
「……評定はこれまで。菊亭、大儀におじゃった」
「待て。このまま終われると思ったか」
「うむ。ならばよきに計らえ」
って、ゆー。
こうなることが読めていたので参謀を引き受けたのだが、さすがにここまでポンコ……、放任だとは思いもせず。
「まあええわ。実益、ひとつお願い事を」
「申してみよ」
「はい。実益名義の認可状をください」
「よいが悪用するなよ」
「するかっ!」
「わかっておると思うが子龍、これ以上の分断は看過できぬぞ」
「……はい」
天彦の歯切れは悪い。分断を招いているのは自分ではないという思いが強いから。
だが実益の言葉に絶対の真理があることも承知している。公家政治を目指す上で欠かせない“絶対のぜ”あるいは“絶対のZ”の意が込められていたから。
二条派を閣内に取り込まなければ天彦の、延いては実益の思う治世は永遠に訪れない。五摂家とはそれほどの隔絶した格式ある良血なのである。
仮に五摂家を排除して政を行えばどうなるのか。そこに連なる一門衆はもちろんのこと、多くの派閥公家家が離脱することは火を見るよりも明らかであった。
するとそこに目を付けた敵対勢力が、彼ら公卿を取り込み……。想像しただけでもぞっとする。控えめに言って恐怖である。
史実ではなかった、あるいはあったとしても経済的事情で許されなかった自由意志。それがこの時代の公家にはある。自由意志での離脱が可能なほどに目下公家の懐は潤っていた。これも天彦の大いなる誤算の一つであったのだろう。
悔やむとは違う。けれど痛恨とはもっと違う。言うなればなんだかなぁの感情で黄昏るやつ。
いずれにせよいくら実益や天彦の清華家が奮起したところで、どう足掻いても越えられない血筋の壁が厚く高く立ちはだかっていたのである。
「で、誰宛てじゃ」
「二通。東宮さんと織田さん宛てにいただきたいのです」
「……途轍もなく厭な予感がするのじゃが、麿の勘繰り、気のせいであると申してくれ」
「厭やろ」
「おいコラ」
「何か」
「……ふん。で、何を企んでおる。その見慣れたツラで」
「かわいいさんやろ」
「いつにも増して不細工やぞ」
「しばく」
天彦はお約束のツッコミをひとつ、軽快に放り込んで扇子をばさっ。
得意げに取り出しばさばさと仰ぐ。
そしてその円らな瞳に仄かだが確かな妖艶な光を宿していつも以上に得意がった。
「組閣人事。早うしてください」
「叩き台も上がっておらぬのにか」
「そのくらいご自分でやってくださいよ」
「厭やろ」
「あ」
お得意の台詞を奪われた格好の天彦は、意趣返しとばかりわざとらしく勿体つけた。
「おい子龍、いつまで勿体ぶっておる。貴様が見栄っ張りの気取り屋であることなど三つの頃より承知しておるぞ。やめい」
「誰がじゃい!」
「貴様が、と申したがな。見ないうちに耄碌したか」
「するかっ」
「ならばよい。それと先ほど来からの変顔、貴様の中でキメておった心算なら親心から申してやるが、不細工はどう足掻いたところで不変に不細工じゃぞ。小細工せずに疾く申せ」
「ぱっぱ」
お約束なのでボケはするが。こいつ……まじキライ。DQN撲滅――ッ!
の感情で実益を睨みつけるも、これ以上は酷いことになる。オチはどつかれてお仕舞いに決まっている。
散々粘って勿体ぶってはみたものの、結局はやり込められてしまった天彦はさらっと言った。
「味方が少なければ引き入れればいいじゃないの巻」
と。
【文中補足】
1、清原マリア
大伯母が細川藤孝の生母であることから細川家に奉公した。後に細川忠興の正室・明智珠の侍女となる。




