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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十八章 神算鬼謀の章
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#13 能動的な都ミームは反撃への布石

 



 元亀二年(1571)三月二十日






「使用人の分際で、いみじくも大清華家筆頭たる菊亭家の当主に向かって口答えするとはいったい如何なる了見におじゃる」


 浅野長吉との会談直後、天彦は声高らかに激憤を叫ぶ。


 もう少し声変わりが進めば猶完璧であろう。

 そして扇子が指し示す対象が、目を凝らして見なければ見逃してしまいそうな物体でなければ威厳は保たれていたことだろう。


「お口が付いていればよろしいのに。ほんならきっとお天道さんも、お前アホやろと申さはりますわ」

「お殿様、ご気分は晴れましたか。斯様に小さな七星殿に八つ当たりをなされて、さぞや痛快なことだりん」


 二人とも返しゼロ点。

 ちょっといじけてテントウムシと戯れていただけやろがい!


 このお茶目を理解できないお雪とルカは減俸です。強権を発動します。

 の、感情で天彦は数舜二人を睨みつけ、けれど実際は何一つ言葉には発さずに、


「お茶ぁ」


 吐き捨てるように乱暴にお茶を要求するのであった。南無さん。


「何やら神仏のお告げがあったとか。果たして本当なのでしょうか」


 ルカの問いに天彦は更なる渋面を浮かべて答えとした。

 常なら秒で、神仏の姿が見えたり声が聞こえたりしたらそれは詐欺か統合失調症である。と、即断して切って捨てているところを。


 しかし今ばかりは歯切れが悪い。


「ほんまやろか」

「あはは」


 御冗談を。ルカの乾いた笑いが堪える。


 効くからやめてね。

 神仏の思し召し。それは自身が多用しているからではなく、多用していることを逆手に取って利用されているからで。妙に気分がささくれる。


 去り際、浅野長吉に問いかけた。なぜご家中で評判の著しくよろしくない菊亭との共闘を選択したのかと。

 すると長吉は抜け抜けと言った。神仏の思し召しにございます、と。

 まるでそれが真実であるかのような神妙な面持ちで。あるいは予め用意していたかのような反射速度で答えたのだ。


 行動原理を探りたかった天彦からすれば、実にだるい回答だった。満額を10とするなら-1。

 そう。この何の足しにもならない回答は一周回ってムカついた。明らかに煽って来ていることは明白で、尚且つまるで鏡に向かって会話しているようでむかっ腹がたってしかたなかった。


 おちょくられるとこんなにもムカつくのか。


 今更ながら痛感し、これまでの行いを戒め……る、わけないやろあほんだら。


「舐めすぎねん」

「はい。さすがにイラっときました。これが策ならば浅野。大した策士ではございません」

「だりん」


 これが彼を遣いに寄越した人物のお考えならまだ笑える。だがおそらくは違うはず。

 これは浅野長吉の考えであり、対話をしてみてアドリブで捻り出された答えだったのだろうと推察された。90%の確度であたる予感的なサムシングやつ。


 舐められている。


 身共はキッズ、大人じゃないもん。


 天彦は有名子犬キャラを脳裏に思い浮かべながら、浅野長吉の登用に対する言外の拒絶表明をそっと受け止めていた。

 何も言葉にはされていないので徒に凹む必要はない。

 だが、お前では役不足である。メッセージ性としては申し分のない満額返答だった。凹む。


 ずずずず。


 感傷に浸ったのが悪手であった。所詮はキッズ。あるいは弱い公家だと値踏みされたか。


 天彦が茶を啜りながらお茶を濁していると、


「お殿様。結局のところ、あやつは何を伝えたかったのでしょう」

「さあ、何やろな」


 確信的なことは何一つとして伝えられていない。

 だが脈略的になら伝わっている。


 菊亭は朝廷と商家対策を。あちらは織田家中を取り纏める。

 おそらくはそんなメッセージだったと思われる。

 天彦の手元には追加資料として、織田家御用達商家リストが預け渡されているのだから。


 即ち、浅野長吉が謁見を申して出た理由は共闘であった。

 菊亭と織田家中の何某派閥との共闘。そしてその何某はいずれ明かされると。


「危うい橋にございまするな」

「殿」

「渡ってはなりませぬぞ。あの者、何やら信用なりませぬ」

「応よ。某も同じく。あやつ無性に気に入らぬでござる」

「然り。扶殿の三倍は腹立たしい面相をしておったな」

「いや軽く五倍」

「いいやどっこいどっこい虫唾の走る面構えであったぞ」


 是知被弾。

 もしこの場に居れば震えながら復讐リストに名を刻んでいたことだろう。


 だが与六他、侍所の面々は概ね拒否の姿勢を示したことは事実である。

 天彦も今となっては半分同意。残り半分は、あの程度の人材を使いこなせずして天下の黒幕フィクサーを名乗れるのかという思いがあった。


 いずれにせよ即ち長吉はすでに織田家中の誰かの家来となっており、今回の件はその誰かの遣いでやってきていた。ということになる。

 だが結局最後までその誰かはその場では明かされなかった。しかし推測は容易である。

 なぜなら三介派の急先鋒と目されている天彦に接近してきたのだ。それは反信忠派に他ならなかった。あるいは反村井派か。いずれにせよ同じこと。敵の敵が味方ならば。


 そして彼は中道派の祐筆、万見仙千代の文を持ってきた。

 つまり人物の所属は中道派を意味し、中道派の首魁ならば畿内管領殿。一人に限っている。


 そう。右衛門尉・佐久間半羽介信盛、その人である。


「右衛門尉さん。満を持してご登場お遊ばせさんや。どない思うラウラ」

「天彦さんのお考えに相違ないかと存じます」

「ルカは」

「わかりません。ですがお殿様の見立てが正しいとして。右衛門督様がお殿様の後見に。悪い話ではないように思います」

「与六は」

「使用人の分際で大清華家筆頭たる主家菊亭家のご当主様に意見する口などもってござらぬ」


 くくく、ふふふ。うふふふ――。


 声こそ忍ばれているものの、大ウケしとるやんけ! やんけ。


 与六のボケに家内の風通しの良さを実感して、ぷい。

 不貞たフリをして更なる大笑いを引き出したところで、気分を一新。


「ルカ。ほんまにそう思うか。後見に右衛門督を付けて、ほんまに利得があると思うか」

「はいだりん」


 お利巧さんのルカは言う。

 だが天彦もラウラも手拍子でその意見に賛同はできなかった。


 天彦とラウラの受け止め方はまったく違う。

 ラウラはさて措き天彦は、佐久間信盛を油断ならない相手であり、自分とは相性がよくない人物だと感じていた。


 佐久間信盛は近い将来、畿内軍団長と織田家筆頭家老の地位を追われることとなる。

 そして宣教師ルイス・フロイス曰く、佐久間殿(信盛)の外には五畿内において此の如く善き教育を受けた人を見たことがないとか。思慮あり、諸人に対して礼儀正しく又大なる勇士であると記述するほど、一々において卒なく抜け目ない人物像が思い描けて然るべき人物であった。


 つまり三介とも相性は激ワルだろう。三介と誰が相性がよいのかはさて措いても、史実を改変してまで助け船を出す意味が、さしてあるとは思えなかった。ましてや際疾い橋を渡って。


 即ち天彦にとって、この筆頭家老殿も将来的な排除対象の一人であった。

 すると一つの危惧が急浮上してくる。

 三雄の内、一つは欠けた。そして残り一つも欠けてしまうと。

 必然的に村井が勝ち残ってしまう。それは想定する中でも最悪のシナリオであった。

 村井派閥は最悪でも実益政権発足前にご退場いただかなければならなかった。

 三介体制を盤石なものとするために。


 故にとても悩ましい。方針をまたしても転換させるのか。

 佐久間を救済して史実を改変させる。そして佐久間を陣営に取り込む。

 なくはない。最悪シナリオよりかは随分ましだ。だが……。


 だが厭だった。感情的に。

 それは浅野長吉に敗北を喫した気がしてならないから。


 何よりもう一点。

 天彦が潜在的に敵視している相手である。相手の腹心算だけが違うとなぜ思える。そういうこと。


「臭い。臭すぎまする。殿、これは罠にございますぞ」

「某も扶殿に同意。知恵者、策に溺れてござる」


 遅ればせながら評定に馳せ参じた是知と佐吉が非常に珍しく意見を合わせて具申した。

 だが中身はまるで別物で。

 是知はわかりやすく有能な文官(同族)を嫌悪して、佐吉は本心からの危惧を意見した。


 天彦は笑いを噛み殺しながらも、首を小さく縦に振った。


 言えることはただ一つ。織田家中は喫緊で激動する。


 天彦はそれに備えなければならなかった。粛々と。

 だが今は後。


 せっかちな魔王のこと。来るなり会談を始めるだろう。

 会談の方向性が読めないため謙信公には報せていない。成り行き次第では信長の身柄を即座に押さえられてしまう危険性があった。信長のこの行動。突発的にも程があった。


 自身が置き去りにことが進んでいく恐怖。居ても立っても居られない心境なのは理解できる。主君とは孤独としたものだから。

 だがこれでは先が思いやられる。天下人ともなればそんな状況は日常的にあり触れるはず。魔王にも学んでいってもらわなければならない。


 家ではなく国を預かるという単位の違いを。スケールの違いを以前と同じ感覚で揮われたのでは下はやっていられない。というより秒で破綻する。外国を攻めろとか言い出した阿呆のように。


 そうならないために天彦は領地ではない俸禄という概念。経済の発展と経済圏の拡充に力を入れてきたのである。


 だが問題は山積みで。

 ひとつに人様のお命さんがあまりにも軽々しいことが挙げられる。

 これを何とかしたかった。だが現状では如何ともしがたく。まったく力が及んでいない。

 管理者にライフハックという超絶チートを与えられながら、このときばかりは己の無力を痛感して病む。


 まんじ。


 この失態で果たして何人の官僚の首が飛ぶのか。天彦は考えただけでも胃のあたりがちくちくと痛んだ。


「さあ魔王さんの御来臨や。皆さん、気を引き締めてお茶づけの支度したってや」



 はは――ッ!


 

 失笑を漏らしつつ、イツメンたちは天彦の天彦らしい檄に応じる。

 この数刻後には始まるだろう魔王との会談に臨むべく、各々が自分たちなりの覚悟を以って。























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