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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十八章 神算鬼謀の章
294/314

#08 ステータス53点、中央値ちょい下ぱない感やつ

 



 元亀二年(1571)三月十七日






 大前提、世界はすでに天彦の知る史実世界ではない。未知のレベルの新たな世界線に突入している。

 と、仮定はしない。なぜなら疑う余地なく絶対だから。


 だから手立てがないなどと匙は投げない。

 だから五里霧中、手当たり次第に可能性を探るような愚かな真似もけしてしない。

 それでは生存確率の著しい欠如を招くだけ。


 何度でも言う。菊亭天彦という人物は、一流の詭弁師であり寝業師であり策士である。

 あと食わせ者の如何様師であり名うての詐欺師であり稀代のペテン師でもあるのか。あと自己欺瞞著しい小悪党でもあるのか。あと……、げふん。


 だがけっして山師ではない。それだけはない。人種が違う。

 要するに分の悪い勝負にはけっして打って出ないのである。

 最低でも勝率は、100の試行回数に対して80回は欲しいところ。むろん大数の定理(法則)を大原則とした上で。


 ならばこの相変わらず修羅の跋扈する新元亀世界で、正確に未来を予測できなくなってしまった世界線で、いったいどのように生きれば生き延びられるのか。


 結論。知性に裏付けされた大局観を養うこと。


 これに尽きた。


 武力でも地位でも銭でも……、たぶんなく、これが遠くて近い一番の正解。もしくは最も確実性の高い生存戦略。天彦はそう固く信じる。あってお願い!


 いずれにせよ世界は未知に突入している。部分的予測は立てられたとしても、もはやメタレベルでの予測は不能である。ならば予見する他あるまい。その消去法的必然性に従って。


 ならばどうせ目指すのならメタレベルでの確度の高い予見を目指す。

 天彦は意識高い系公家でもあった。



 閑話休題、

 やはり予想通り天彦は賊に襲われた。それもどこに居るのかわからないはずの細心の注意を払った宿泊滞在先にも関わらず。


 広大な敷地の城内を知っていたかのようにピンポイントに襲撃された。


 だがまったく驚かない。菊亭も上杉も、この襲撃は織り込み済みなのであった。

 万全の態勢で賊を生け捕りにするため網を張って待ち構えていたのである。


 ではなぜ。予測など不可能な状況下で。


 答えは簡単。賊の襲撃を手引きした城主が自ら申告したから。


 訊けば容易い。しょうもない。だがそうなるまでの道筋はそう口で言うほど容易くはない。口を割らせる相手は侍で、しかも首謀者の縁者なのだ。


 天彦は悪巧み師の本領を発揮した。

 ここぞとばかり全力で絡み取りにいったのだ。それこそ使えるライフハックは惜しみなくすべて駆使して。仕えるコネクションも惜しみなくすべて駆使して。

 万見仙千代には随分と骨を折ってもらったが、最後の決め手は啓示であった。

 どのような構図でどういう経路をたどって切腹並びにお家断絶となるのかの。事細かく記載した超絶細緻なシナリオ啓示を開示してやったのである。


 やはり頼むべきは神仏の御加護なのである(棒)。


「天彦さんのこと。数ある権謀術策の中から迷い抜いて最善を選ばれたのでしょう。ですが、ほんとうに?」

「お殿様えぐい!」

「若とのさん詐欺ですやん。大津殿、ええお人さんに思いますけど」

「興亡が武家の常だとしても。ほんの少し、大津殿が憐れにござるな」

「……殿」

「殿……」



 ぽまいらぁ……。



 もはやちくちく言葉でさえないただの非難。なんたる不敬、何たる侮辱。いったい身共を何と心得ているのか。

 家来たちの、もはやちくちく言葉でさえないただの非難の言葉に天彦は、自身のステータスアベレージの低さを痛感してしまう。53/100点。


 この時代を駆け抜ける俊英・英傑たちの煌めかしいステータスからすれば、平均いや中央値にすら届いていない。雑魚モブキャラな自分。


 こんな切ない感情に苛まされるとは。おのれぐぬぬ。


 天彦はいっそ報酬で仕返ししてやろうかとも思ったが、そもそも正規で支払われていない(棒)。終わってる。怒る権利がそもそもなかった。

 だから天彦は耐える。自称一番を僭称する言いたい放題の家来たちの侮辱の言葉にも耐えて忍ぶ。構ってしまうとお話が一向に前に進まないから。


「ええいやかましわ! 疾く去ね」


 はーい。


 半分は言いたいだけ勢なので話は早い。本気の非難勢が少々粘ったが、それでも強権を発動させ、ラウラ(家令)をはじめルカ(一門衆筆頭)、雪之丞(一族衆代表※といっても天彦との二人きり)、与六(侍所扶)、是知(政所扶)、佐吉(祐筆筆頭)といった各セクションのグループリーダーを退散させて、ひとり孤独に熟考シンキングタイムに入った。


 果たして最善だったのかを。感想戦こそが大局観もしくは対局観を磨く一番の手段だと信じて。


 検証その一、ではそれほど酷な策だったのだろうか。


 裏切った大津伝十郎の進路は絶たれた。妻の実家であり恩顧深い惟住家との縁は切れ、延いては織田家中にもはや居場所はないであろう。

 それだけを箇条書きに羅列するとたしかにえぐい。えっっっげつない。


 だがさしあたり太い退路は用意している。されている。上杉がこの城を接収するから。

 その城代として着任すれば実質領地は安堵となる。そこまでの専横をいくら瑕疵があるからと信長公が許容するとは思えないので。つまり現状維持である。いい意味での。そういい意味での。

 では結果を評価してみよう。大津伝十郎は近い未来、濡れ衣で詰め腹を切らされ家名廃絶させられる。ところがどうだ。その可能性は限りなく払拭されたではないのだろうか。された。

 そんなろくでもない不条理な世界線より断然マシだと思われる。天彦だけの勝手な所感だけれど。


「身共わるない」


 しかもこうして信長不在で織田家の版図が切り取れたのだ。これは後日仕込みに気づいた信長も思わず敵(味方)ながら天晴れの賛辞を送ってくれると確信している。思い切り強烈な拳骨は頂戴するかもしれないけれど。


 やはり検証の結果、正着であったと思われる。思いたい。だったらいいな。

 いずれにせよこれは天彦がたった一人で練った悪巧み。当初から立てていて筋書き通りの流れである。

 天彦はこの一連の流れのお芝居と想定される結果込みで、謙信公に連立政権参与の打診をしていたのだった。


 謙信公。あるいは見立てとはかなり違ってかなりの策士なのかもしれない。

 その片鱗を垣間見れただけでも大収穫。とするべきであろう。


 しかし結果的に万事予定調和で事は運んだ。驚くべきは織田家天下総御番役さんである。チョロすぎんか惟住(丹羽)さん。

 だが好材料である。惟住のチョロさに不満はない。こうして大津城は実質上杉・北条連合軍の実質的な拠点となったのだから。


 そして肝心要の魔王様。

 信長に異は唱えられない。何があっても絶対に。


 天彦は織田家の名代としてこの会談に臨んでいる。言わばオフィシャル外交官なのである。

 その天彦が襲撃された上に、会談相手である上杉家に罪を擦り付けようとまでしていたのである。(下手人自白談)


 それが虚偽であったとしても、上杉家が談合すると決心してくれた今日という中央政権にとって記念すべき日を血で汚してしまったのだ。控えめにいって終わっている。

 これは家来の大失態。それも家臣筆頭級の家老が犯した大失態ともなれば、知らぬ存ぜぬでは済まされない。

 むろん信長公も被害者みたいなものなのだが、それが政治、外交である。

 故にこの事案、通常なら即会戦。よくても当事者を始めとした多くの関係者が腹を詰めなければならなかったはずである。


 ところがそれを一切合切不問とする。ここまでが悪巧み策の全容である。


「くくく、魔王さん貸しひとつねん。それも飛び切りどでかい特大のやつ」


 そういうこと。


 これにはさすがの魔王も、薄い唇を噛み締め口元を歪めながらもこの条件を飲まざるを得ないことだろう。

 我慢ならんと戦に踏み切る心算ならその限りではないだろうが、そもそもその心算ならこうして天彦を名代には立てていないはず。

 結論、やはり武家は弱みをみせてはいけない。常に強がり涼しい顔をしていなければこうして足元を掬われる。


 故に通る。無理筋だが、こうなるまで家来感情を放置していた信長も完全に部外者とは言い切れないのだ。


 永遠に口を噤むその代わりに大津城一帯の土地の接収である。

 大津城は何かと好都合であった。条件的に上杉・後北条連合軍の纏まった軍勢が駐留できる範囲の土地はおいそれとは見つからず、加えて地政学的に軍勢が半日以内に京へと昇れる立地となれば指折り数えられる程もなかった。ある意味で一本釣り。なのである。

 釣られたのは織田家中に燻る反菊亭派の面々であり、なんとこの面々、奇遇にも大多数が織田信忠一派らしかった(鼻ほじ)。


 いずれにせよこの掣肘はかなり効くはず。当面は織田家の風通しはよくなるはずで、敷居もきっと低くなるはず。

 そして惟住御大並びに命令を下したであろう嫡男信忠、今頃は苦痛と恐怖に顔色を変えて、さぞ震えていることだろう。ざまあ。


「殿。よろしいでしょうか」

「ええさんやで」


 と、是知が姿を見せた。


 天彦は書き認めた手帳を仕舞い、入室に許可を与える。


「はっ、失礼いたしまする。先ほど来北条家陣中より御使者が参られ、相模守殿、拝謁のお伺いを立ててこられましてございまする」

「ほう。なんやろ。東国平定は当初の予定通り。……さしあたって思い当たる節がないな。是知、なんか火急の用件あったやろか」


 これは天彦の自惚れではなく、殿上人とは武家の頭領が急に会いたいから会ってよといって会える格の人物ではない。という事実である。

 仮にそれが可能なのは目下武家ではただお一人。あの人を除き他にはない。


 その上での天彦の率直な疑問なのであった。


「はっ。倅のことかと愚考いたしまする」

「ああ国王丸か。どないさんや」

「はっ。御料地で丁重にお預かりしておりまする」

「やんなぁ。氏郷に抜かりはないはず。すでに訊かせているそれ意外に目新しい話はないさんやが。それは彼方さんも先刻承知のはず」

「はい。ですのであるいは倅にかこつけて。此度の殿の御炯眼、並びに権謀術策に恐れを為し、改めてご機嫌伺いに参られるのではないでしょうか」

「持ち上げすぎねん。なんかお強請りでもしたいんか」

「まさかにございまする。ですがお一つ」

「あるんかーい!」


 お強請りはなんてことはなく、単なる情報収集であった。大津城下の探索だったのでむろん秒で許可を与える。

 しかもこれはかなり前向きな好材料が含まれたお強請りであった。


「ルカと手を結んだな」

「……手を結ぶなど滅相もございませぬ。ですが少し射干と折り合ってみようかと。浅はかでしたでございましょうか」

「嬉しい! 大いにええさんや。身共はお前さんらの仲ええのんが、何よりいっちゃん嬉しく思う」

「はっ」


 是知の顔には少しの恐怖と目に見える苦痛の色が浮かんでいた。だがそれにも増してこの苦手を乗り越えてやるという強い意志も見て取れた。

 常に内向き志向な是知の、目に見えた成長の兆しに天彦の頬も知らず緩んでしまっていた。にんまりにぱ。


「身共も負けてられへんな」

「勿体ないお言葉。このご厚情を支えに粉骨砕身、益々お家にお仕え致しまする所存にて」

「ん。頼んだで。頼りにしてる。……しかし何やろ」

「ならば大御所殿の御容態では。射干医療班を提供しておりますし」

「ふむ。父御前の。たしかに経過報告くらいはあるか。いずれにせよややこい話とはちゃいそうやな。ほなすぐ会お。是知、あんじょう手配したって」

「はっ、直ちに」


 辞去する是知の頭頂部を見送りつつ、午後一番には謙信公との昼餐会が予定されている。そしてその後夕刻には追っ付け駆けつける織田家家臣筆頭・畿内管領佐久間信盛御大との会談が予定されていた。


 いずれも外せない重要基壇である、だが天彦はこの予期せず合間を縫ってくるスケジューリングにややげんなり眉を顰める。

 気を張るのが単純にしんどいというのもあるが、自分の言動ひとつで夥しい血が流れ凄まじい数の人が不幸になるかと思うと、どうしても気分が滅入ってしまうのである。


 しかしこの状況はつづくのだろう。あるいは入閣した今後は、更に差し迫ってくることだろう。天彦は気概以上に、リアルな応対として個人秘書の必要性を強く感じる。


 だが非常に難しい。イツメンにこれ以上の負担はかけられない。やり遂げてしまうだけに潰れてしまうだろうから。

 何よりスケジュール管理とは即ちオニ個人情報扱い人である。その気になれば暗殺も容易となる。

 果たしてそれほどの情報を預けて管理してもらえる人材が、現状他にいるのだろうか。

 人材不足もそうだが一方で、見方を変えればかなり厳しいあたりをするだろうイツメンたち対応にも配慮しなければならなくなる。

 是知あたりなどは秒で始末しにかかるだろうことが考えずとも秒で想像できてしまう。ルカも案外。与六らも。


 なんにも気にしないのは雪之丞くらいのもの。

 故にそれら家来と真っ向から当たっても砕けない武家的体感を持つ文官人材が必要となる。


 それらを併せ持つ人物で、かつ天彦に所縁のある人物となると、


「……まあ、あの御仁ひとりさんなんやろうけど」


 さすがに大物すぎて声に出すのも憚られた。ウソ。それは盛った。むしろ弄った。


「以々、あれからどないしてるんやろ。相変わらずもちもちしてるんやろかぁ。以々だけに。でゅふ、でゅふふふ」


 しかし薄以々卿を除くと思い当たる人物像は他になかった。

 かつてならいた。それも両手で数えて足りないくらい。

 だがそれら有為の人材はすべて兄弟子の離反に伴い処分されたか放逐されたか自ら去っていってしまった。


 今思い返してみても、あれは本当に痛恨の出来事であった。


 そういった意味でも天彦は今後、軸足の置き方に更に慎重さを求められた。

 織田家に偏ると上杉家を軽んじ、譜代家来に偏向すると新参家来の不満が尽きない。

 すべてにおいて完璧なバランスなど存在はしないのだろう。だがけれどだからこそバランス感覚は養わなければならないのだ。

 天彦はそれでも限りなくフラットな視線が求めらる地位にあることを自覚しなければならなかった。


 さしあたって、


「お手紙書いてみよ。どうやってびびらしたろ。むふふ」



 きゃあ以々くん、大急ぎで逃げて――――!!!












【文中補足】

 1、類語の精度 予想<予測<予見<予知


 予想>あくまで想像や推測のレベル。ほとんど主観的なイメージ。

 予測>データや過去の実績に基づいた分析。極めて客観的なイメージ。

 予見>経験則や大局観によって磨かれる感性。主観と客観のバランスが最もよいイメージ。

 予知>通常では不可能な正確さで先を見通せるスピリチュアルな能力。超常現象的イメージ。
















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