#08 名人に定石なし
元亀二年(1571)一月十二日
ぱし、ぱし、ぱし、ぱし――。
交互等間隔に将棋盤を叩く軽快にして耳に心地のよい駒音が三十三間の間に鳴り響く。
天彦は妙国寺にある三十三間堂の間にいる。
端から端までの距離でざっと120メートルはあろうかという巨大な禅堂で、天彦は将棋を打っていた。この場合は指すが適切か。
いずれにしても体調を、どうにか起き上がれるまで復調させた天彦は多くの家来たちが見守る中、呑気にも将棋を指しているのである。呑気。果たしてそうかな。
では誰と。いったいなぜ。
誰。対局のお相手は人質交換を申し出てきた彼。そう本因坊算砂とである。
なぜ。彼が望んだから。棋は対話なり。と、未来平成の超偉大な棋士が言ったから。あるいはもっと単純に天彦は算砂が囲碁将棋の名人だから受けた。
だが装束を純白に仕立てた決意の男と密室で差し向かいの対局(謁見)など言語道断。それはそう。ましてや相手はあの算砂。何を企んでいても不思議ではない。
危惧を押してそれでもどうしても対局(謁見)する心算なのなら完璧な警護体制が敷けるこの大広間で行う。それが最低限の絶対条件である。
という与六たち侍衆の半ば以上呆れ果てた、けれど真摯で切実な願い事を聞き届けて今に至る。
ぱち、ばし、ぱし、ぺち――
興味以上憎悪未満(中には殺意に及ぶ者も少なくないが)の感情が充満するこの広い部屋が、ともすると狭く感じるほど詰め掛けている二本差しに見守られる中での熱い対局となっていた。
二本差しの半数以上は菊亭以外の顔ぶれだった。あるいは与力として家康公が寄越した徳川家中の侍ですらない者もいて、にわかに熱を帯びている。
「おおー」
「なんと」
「あれを瞬く間に」
「凄まじい炯眼」
「これぞまさしく神座の対局」
「やはり名人が上手か」
「いや殿は負けておらぬわ!」
「貴様、貴様の顔は忘れぬぞ」
「殿」
天彦の一手にも歓声は上がる。だが本命は後手番。若干名の熱烈なファンを除いては。
算砂が一手指すごとに、遠慮がちな歓声がどことは言わず上がっていた。
というのもそれほど本因坊算砂という名は織田家中に、延いては都に轟いていたのであった。
『本因坊算砂。帥は誠の名人なり――!』
算砂の絶技に太鼓判を押したのは天下人、我らが魔王城の天守の間の家主さんである。
この噂はたちまち都を、延いては日ノ本中を駆け巡り、彼は囲碁(将棋)名人として、目下時の人だったのである。
算砂が爆売れした理由は様々あるだろう。
単純に娯楽として囲碁(将棋)人気が絶大だったのと、天下人ほどの人物を唸らせる妙技絶技とは如何ほどのものか。そんな関心とが相まって、算砂の名は都中に広まっていたと思われる。
よってこの三十三間堂の間に詰め掛けている二本差しの半数以上が、ひとつに単純な興味から詰め掛けていたのであった。
ぱし、ぱし、ぱし、――。
こうしている間にも打ち手は交わされ続けている。
交互等間隔に将棋盤を叩く軽快にして耳に心地のよい駒音が三十三間の間に鳴り響く。
ビシッ――
四十七手目、だがそれは突然訪れた。後手番算砂の手番で変調をきたす。
それまでほとんどノータイムで応接していた算砂の手が止まった。
天下の名人とまで称される人物の手が、ずぶの素人が放った一手に対して止まってしまったのである。
しばらくして、
「……ありません。負けました」
おおぉおおおおおおおおお……!
算砂の敗北宣言にけっして小さくないどよめきが沸き上がった。
だが感嘆のどよめきではない。けれど賞賛とも少し違う。
それは47手という異例の単手数での決着と、片や負け側が問責される立場の人物という状況も相まっての控え目などよめきであった。
「天彦、様。この洗練された見事な手順はいったい」
「ただの定石」
「ただの、定石」
「そう。今から進むこと430年後の世には“藤井システム”必ずそう呼ばれるであろう振り飛車必勝の定石におじゃる」
「真面に取り合ってはくれないんだね」
「思い切り真面に答えたらこうなるの巻」
「……なるほど。こうも気高く洗練された未知なる美しい天順に巡り合えた僥倖、この算砂、伏して御礼申し上げまする」
「うむ。だが算砂、それもこれもお命さん、あっての物種におじゃる。そうは思わぬか」
「最後の一局、聞き届けてくださいましたこと。併せて御礼申し上げまする」
「決意のお固いことで」
「ですがお一つ。お強請り序に僕の最後の願い、どうか聞き届けていただけませぬか」
「お前さん、昔っから思っておったが、常に一方的におじゃるな」
「ご無礼を承知で。一命を賭しての言上、何卒聞き届けていただきたく存じ奉りまする」
「あ、うん」
お話、訊こ?
算砂は自身の切腹を確定させた上で天彦にオニ強請った。
むろん何を問わずとも決まっている。算砂の願いとは実弟與作の助命嘆願。それただひとつに決まっていた。
それもそのはず。三十三間堂の間も、死。その大前提での声援を算砂に送っていたのである。
死すれば不問。それがこの時代の、特に武家の間での不文律の法であった。
「――て、思うじゃん」
天彦は生粋の公家。武家の法に従ってやる心算など更々ない。過去も現在も未来もずっとない。今後も一生その予定はない、のである。
ましてや無辜な命を盾に、自分の欲求を通すなど。あるいは現状を改変するなど。
「するのだが」
する。いくらでもする。しないとこうして直の面談など絶対に通らなかっただろうはずだから。
天彦をして算砂はチートが過ぎるのだ。
算砂こそまさしく天下の賢人なり。
魔王の言葉を借りればそうなる。そのくらい算砂こそが紛れもない天才なのであった。
だからこそ、
「算砂、お前さんは買い被りすぎや」
「買い被り。ですか」
「そう。自分のお命さんに。死して支払う対価に見合う価値があるとか舐めすぎねん。お前さんのお命さんごとき、一文銭の足元にも及ばんのん」
「くっ……、完敗しすべてを失ったこの僕の、最後の覚悟をも嘲り笑われまするのか」
「ふは、あはははは。――そういうこっちゃ」
「っ――」
銭は天彦の精神安定剤である。
そして銭こそがクラシカルにして王道の絶対指標なのである。
「算砂。お前さんの死には一文銭の価値もない」
「……よもや生き恥を晒してでも生き抜けと。そう仰せか」
「草」
「くさ、とな」
生き恥を晒して生き足掻いているのは果たしてどちらか、誰なのか。
そんなこと自分(天彦)に決まっている。
算砂などただのギフテッド。その天から与えられた能力と技能を使って世に名乗りを挙げただけの一般人。多少自分(天彦)に対する謎の思い入れが強いものの、所詮は一般人なのである。どこまでいっても常識の範囲を逸脱しない。
その点身共は……、完全無欠のカテゴリーエラー。
その意味で天彦は脊髄反射的に草を生やしてしまっていた。
「勝てると踏んで挑んだんか。そして勝った上で勝手に褒美を強請ろうと目論んだんやな。はは、浅はかこの上ないさんやな」
「っ――、今となってはそれすら怪しく思っております」
「なんや」
「僕の感情すら亜相様に操られていたのではと感じてございまする」
「気色の悪い口調やめえ」
「ですが」
「やめえ」
「……いいのかい」
「ええさんよ」
ではお言葉に甘えまして。
言って算砂は正座を崩して、どっかと胡坐に座り直した。
「おのれ! 慮外ものめが」
「許さんぞ無礼者め」
「心致せよ、けっして楽には逝かせぬからな」
「ブッコロ」
暑苦しいコメントやめてんか。ただでさえ猛烈に暑いのに。
天彦は扇子をぱさ。途切れることなく次々に放たれる外野の野次を愛用の扇子のひと扇ぎで封殺する。
天彦対策として徹底的に暖を取られていたため、実際に誇張ではなく部屋が猛烈に暑かった。そして片や算砂と目下干戈を交えているのは他の誰でもない身共である。
そんなダブルミーニングの意味合いを込めて、外野の声を黙らせたのだった。
「なあ算砂、政局さんてどんな。おっとろしいイメージしかないさんなんやが。あるいは惨たらしいとか」
「それはもう、想像を倍するほど惨いの一言に尽きますとしか」
「やろなぁ。身共程度の器量と、にわか仕立ての知識だけで向き合っていけるほど甘い世界さんと違うんやろうなぁ。……どない思う、算砂」
「む。ことさらご存じのはずの事実を……、もしや何か腹意でもございますのか」
「べつに。そう警戒せんでもええさんや。でもあるとすれば、模様は張り過ぎたら目障りということ。だってそれはもう模様という名の成り行きではなく形勢そのもの。と、身共は思うんやが算砂はどない」
「何を、仰せなのか僕では皆目」
「そうか。そやけど身共は承知してるで。自ら進んでヘイトを買ってでたようやな」
「……え」
「ふ、図星か。射干が織田にうんざりするよう仕向けたんはお前さんやな」
「なっ……」
算砂ははたと硬直し、次の瞬間には震えていた。
それこそ胴震いに身体を震わせて、ぼたぼたと汗を滴らせるほど焦りを顕在化させて。
「己が死して後、新たな事実が露見する。そしてその事実は何と! 菊亭にとって大恩ある事実であった――、とか。ちょっとやり口えぐないか。死を褒美に与えた身共はいったいどんな感情になると思うんや。その事実を後に知った身共はいったいどうなる。控えめに言っても真面に生きていけるとは思えへんで」
「……」
「なあ算砂、そんなええ恰好、身共がさせると思うんか。それこそ算砂。お前さんはこの菊亭を舐めすぎねん」
「そ、ん……」
今や目下の京には人口のおよそ三割の切支丹が居ると目されていて、その数は推定600万人。すなわちあの茶々丸を担ぐ真宗と同等かそれ以上の信者がいると目されていた。
おそらくだが算砂はその数に目を付けたのだろう。算砂も天彦同様、数字の絶対信者であった。
何が言いたいかというと、織田家が朝廷の意向を受けて立てていた政策であった切支丹弾圧並びに強制改宗はすべて、この算砂の目論見であると天彦は踏んでいたのである。
それも自身にかなり所縁のある日蓮宗を推すこともせずに。むしろだからこそ感付けたということもあるけれど。
「いったいどこで。……ラウラ、様か」
「ラウラ曰く、天彦好きの同士を舐めるなとのことやったねん」
「何たる勘の鋭さか。御見それしたと申し置きください」
「自分の口から伝えたらええさん」
「あ、いや、それは……」
スプラのインクくらい揮発性の高いお馬鹿さん(イルダとコンスエラ)はさて措いて、寝返った射干が今まで以上に遮二無二働き、あるいは天彦の存在にこれまで以上の恩義を感じるように仕向けた者こそ、彼である。
射干離脱の流れにそって、結果的に舞い戻れるように仕込んでくれたのが何を隠そうこの目の前の変人奇人、算砂であると天彦は言っているのである。
そうとしか思えない射干党の猛烈な忠義、略して猛忠を目の当たりに体感すれば、厭でも考えこまされてしまう。
反面、それほどに射干党の算砂に対する怨念はえげつなかった。控えめに言ってもえぐかったのである。憎悪と括ってしまうには生易しいほどのヘイト感情だったのである。
だからこそその難しいサインに薄々ながら感づけた。やり過ぎ感は否めないとしても。
そういう目で見てみると世界は違って見え始めた。目立って気づけたサポートはこのくらいだが、他にもきっと。あるいはたくさん。ネタは仕込まれているのだろう。
算砂は常に天彦を思い立ち回ってくれていた。
そう考えると胸がじんわり嬉しくなる。過程と手段の適否、あるいは猟奇性ははさて措いても。
いつだって大歓迎。菊亭の門戸は開いている。寺子屋仲間がずっトモでいてくれるなら、これほど心強いことはない。
「実益の相国就任はやりすぎや。自由度が下がった分、身共が大そうしんどなったしばく」
「っ――、痛い。天彦、蹴りはしばくに含まれるのかい」
「含まれる。その痛み、けして忘れるなよ、二度と許さん」
「許、す……」
「当り前ねん。何度でも申したろ。算砂は身共を舐めすぎねん」
算砂は泣いた。
あるいは自然と流れ出たのか。算砂は頬を伝う一筋の雫をそっと袖で拭うと、改めて居住まいを正して天彦に向けてお手本のような美しい所作で跪拝した。そして、
「ああ、二度と忘れない。でも天彦、それこそ天彦こそが己の能力を低く見積もりすぎている。僕は世間の評価含めて天彦の低評価。それがこの世で最も我慢ならないのさ」
「おおきにさん。でも身共はええねん」
「よくはない。天彦こそがこの日ノ本を照らす篝火であり、そして僕は……」
「篝火を支える三本の脚。それ好きやな。チビの頃、よう訊かされたん思い出したわ」
「いや違う。今は籠だね。たった一人で火種の薪を支える籠さ」
「知らん間にクラスチェンジ!」
「なんだいそれは」
「ふふふ、算砂らしゅうてええこっちゃ。でもええねん。身共は身共を好いてくれる者らが笑顔をくれたらそれでええさん。……むろん算砂。お前さんもそのお一人や」
そうあって欲しいと心中深くから切実に願ってるん。
「う……ッ」
公式の公家言葉でもなく、然りとて気取った口調でもなく。
ただ感じたことを思ったままにやんわりと。
けれど言葉に嘘偽りはいっさいない。あるのは確かな温もりと決意。
そう感じさせる口調で告げる。
その天彦の放った言葉は算砂を打った。いや撃ったのだろう。
直撃弾を食らった算砂は崩れるように畳に突っ伏し、そして人目も憚らず大音量の嗚咽をあげるのだった。
「そや。これ預けとくしあんじょうしたって」
「――ひっく、……これは」
「ちょっとした茶筅の後見人に打って付けの人物一覧ねん。これは罰やから拒否権はないさんやで」
「ひっく。酷い御方や。死なしてもくれない上に、さっそく無理難題を押し付けてこき使うなんて」
「あたぼー」
「では確と承って。どれ。……ああ、丹羽様もお可哀そうに。こんな自堕落なろくでなし公卿に目を付けられて」
「ひどい! でも、ふふふ、そうでもある」
これにて一件落着。したかどうかは今後の展開しだいといったところか。
いずれにしても長く吹いていた菊亭への逆風は、これで幾分か緩和されることだけは紛れもない事実であった。
◇◆◇
元亀二年(1571)一月十四日
自演。あるいは壮大な兄弟喧嘩がひとまず収束した翌々日の午後。
堺にやり残しはほとんどない。
ならば帰洛の日を定めるだけなのだが、天彦の足は一向に京へと向こうとしてくれない。
「黙れ」
って思った。
勢い余ってバカ。頭のいいバカ。手の施しようがないバカ。もしくはアホ。
では誰が。むろん自分自身である。
天彦の最大のウィークポイント。それは紛れもなく最愛の半身、夕星である。誰が何と言おうとも。
「天彦さん」
「お殿様」
「殿」
「殿ッ」
「若とのさん」
寝所に入ることが許されている際立った側近イツメン衆が天彦の名を呼んでいた。どうにも戸惑いを感じさせる頼りない口調で。中には一人、常に一本調子の人物もいるが。
天彦は遠退く意識の中、最後の声を振り絞った。
「男は負け様だと思ってる」
むりー。
ばたん、きゅー。
「殿!」
「お殿様!?」
「天彦さん。……お眠りになられただけのようです。誰か、御寝所にお連れしなさい」
「はっ」
そんな天彦の周囲には文が散乱していた。
丁重に運び出される天彦を横目に、その一つをラウラがそっと拾い上げた。そして順々に次々と散乱している文に目を通していく。
ラウラは最後の一通。何やら感情的になって握りつぶされたのであろう跡がありありと残される皺皺の文を、しげしげと読み下すと、
「ふむなるほど。これはさしもの天彦さんでもしんどいですわね……」
ラウラの言葉を借りれば、天彦。何やらさっそく都の洗礼を浴びせられていたようであった。
そんなラウラの意味深なつぶやきに、背中を押されるようにして佐吉が彼女の名を呼んだ。
「ラウラ様」
「内密にできますね」
「はっ、むろん」
「よろしい。では――」
かくかくしかじか。
ラウラはイツメンを代表した佐吉に他言無用をきつく言い含めると、文の触りをそっと明かした。
「喫緊で後北条家の御曹司殿が参られます。しかもこの通り五通、それぞれ別々の仲介者を名乗るお方の御推薦によって」
「なんと……!」
うわぁ……。
イツメン衆のこのつぶやきが最適解なのだろう。何しろ五通の文には、左三つ巴、菱に片喰、近衛牡丹、五つ竜胆車、そして謎の松毬菱がそれぞれ記載されていたのだから。
なぜ謎なのか。それは九曜を描かず松毬菱を用いているから。
そしてどの家も何らかしらの既得権益を代表しているのは明らかだった。延いては裏があり寄りのありである。
いずれにしても悩ましさのレベルで言えばどれもとびきりの特級クラス。
誰の顔を立てるのか。あるいは立てないのか。その観点でもどっこいどっこいのキワモノ揃い。それは盟友にしてずっトモとて例に漏れず。
「主家であらせられます、西園寺様で決まりでは。何しろ後北条は西園寺様に家来を派遣なさるほどの間柄と聞き及んでおりますれば」
「馬鹿めが」
「何を!」
佐吉の真っ直ぐな答弁に茶々を入れたのはもちろん茶々知。
是知は得意がって佐吉の答えを嘲った。
だがそれも一蹴。ラウラの峻烈な視線に見咎められてはいお仕舞い。
「扶殿。後でたっぷりお話合いをしましょうねー」
「え。……あ、いや、それは」
「是知」
「あ、はい」
ラウラは是知をいったん凍り付かせた上で仕切り直して、
「佐吉は真っすぐでよろしいですね。皆が佐吉のようであれば、あるいは」
「む」
「あはは、そうむくれないで」
「褒められたくて申してはございませぬ」
「失礼いたしました」
「忝く。謝罪を受け取りまする。では」
「なぜ西園寺様は所縁深い間柄とは申せ、この時期に東国などを斡旋なさいまするのか。織田様と歩調を合わせねばならぬそのお立場を承知の上で。ましてや後北条、なぜわざわざこんな手の込んだ手順を踏んで謁見を望まれるのか」
「……あ」
「はい。同盟国の盟主である上杉様を介せば容易に謁見は叶うはず」
「はい。某も然様に思いまする」
「それも含め、これら文の関連性を紐解けば自ずとこの問題の複雑さ、しんどさに気づけるでしょう」
「……何故に、ござるか」
「ご自分でお考えなさい。石田佐吉、期待しておりますよ。殿の期待するその能力、今こそ存分にお揮いなさい」
「殿の、……はっ!」
佐吉は長考に沈んでいく。
鼻息荒く得意げに胸を張る是知を、実に鬱陶しそうに追い払いながら。
すわ天彦最大の悲劇の始まりか。あるいはまたの名を朝廷内人事抗争巻き込まれという難関が到来していた。
【文中補足】
1、相国
太政大臣の唐名、通称。
2、家紋
左三つ巴→西園寺家
菱に片喰→大炊御門家
近衛牡丹→近衛家
五つ竜胆車→久我家
松毬菱→細川家 / 細川九曜→細川京兆家




