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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十六章 貴種流離の章
269/314

#17 愛情はある。ただ歪んでいるだけで

ラウラとの会話シーン、少し加筆修正しました。

 



 元亀二年(1571)一月朔日、元旦






 名もなき廃寺にて



 天彦たち征西軍は官兵衛率いる播磨勢を半分、家康率いる主力も半分残し、水没している備中高松城から移動して、天空の城でお馴染みの備中松山城から程近い名もなき廃寺にて逗留していた。


 願い通りに領地の大半は安堵した。腹も切らせた。故に高松城の穏便な明け渡しは済んでいる。はずなのだが。けれど情勢は予断を許さず城下を取り巻く雰囲気は暗雲立ち込める感がむんむんで。


 天彦の菊亭は入城を避けて近場の名もなき(実際はあるのだろうけれど)廃寺に陣を構えていたのである。


 つまりどうやらこの地方での天彦人気は相当なよう(棒)。ともすると山菜取りで遭遇する野生の獣ですら牙を剥いてくるほどに。

 あるいは公家と、もっというなら織田の不人気が極まっている印象の強いお国柄なのだろう。天領が多くあるくせに。

 という愚痴は一端脇に置き、つまり裏を返せばそれだけ宇喜多の治世がよかったことを彷彿とさせるのであった。


「親成を受け入れるからこうなっただりん」

「おい、いくらなんでも僭越やぞ」

「うちの意見でもありますが、これは一門の総意だりん」

「……やっぱし、しくったかな」

「しくりすぎだりん。お殿様、早く復調してください。皆、不調なお殿様に戸惑っておりますだりん」

「あ、うん」


 ルカさあ。


 正しくても、いや正しいからこそ口にしてはいけないことって、この世にはたくさんあるって学びましょうね。

 の感情で、天彦はルカにジト目を向けて追い払う。


 だがその通り。


 天彦はまたしても失敗した。明らかな失策である。

 この地で覇権を争う片割れ、三村氏並びに当主親成を備中の代官に任命してしまっていたのである。

 首尾よく信任(追認)された三村氏が、大儀を得たここぞとばかり宇喜多氏を排除しにかかることが明らかな状況にもかかわらずに。


 理由はむろんだが有る。あり過ぎる。割愛するが(棒)。


 つまりしんどくなっただけ。自分の一言がお家を、延いては人の命を差配してしまう現状に。そんな環境に。


 今はちょっと疲れていた。

 事後を天彦に託し、激しくも高潔なまでの死に際を見てしまったばっかりに。

 自身の意思で最後の最後まで見事な武士っぷりを見せつけて、見事に散って逝ったあの宇喜多春家の最後を見届けてしまったばっかりに。


 変調は覚られたらお仕舞いなのに。取り繕うこともできないほど体が疲れて魂まで穢れて、うんざりへとへとになっていた。


「ま、今更ねん」


 調子はいずれ取り戻すとして、少しだけ手を加えた禅堂には、ずらり。

 スペックのえぐいハイエンドなお歴々が豪華絢爛なお衣装で、まさかの勢揃いをなさっておられた。


「オーバーキルしてくんな」


 たしかに天彦からすれば、いや今の天彦からすれば、そんな言葉しか出てこないお歴々、方々、面々である。


 何しろ菊亭さん家の天彦くん。

 前述した通りどう考えても不調であり、明らかに変調なので。

 そんなコンディションで応接するにはちょっとでは済まないほど途轍もしんどい人々であった。


 それはそれとして、他方ではあるいみ原始的感情に振り回されてもいたのである。下世話な言葉を使うならキレていた。


 プロトコルは守りましょうねー、ちゃうねん。しばくぞゴラァ!


 どいつもこいつもおのれふぁっく!


 だが仕方がない。不参加。それが民意なのだから。


 そう。天彦のお茶会には庶民の参加はゼロであった。そう零である。

 あるいは0、ゼロ、セロ、ヌル、ノート、ニヒル、絶無、皆無、心情的には虚無、いわゆるひとつのnothing。


 天彦は首をすくめながら苦笑を浮かべて、ぽつり。


「みーんな氏ねどす」


 物騒な言葉に感情を込めた。まるで呪詛として届けと言わんばかりに。

 すると束の間、これまで堪えていた感情が堰を切ったようにあふれ出し、


「上辺だけの安定なんて教訓のない知識に等しいぺらっぺらねん! いずれ忘れ去られてお仕舞いねん! なんでわからへんのや、なんでわかってくれへんのや。どいつもこいつもおのれふぁっく!」


 荒ぶった。


 当たり前である。何しろ天彦の風聞はゲロ以下で、しかも然して言葉も尽くさないのでは伝わるものも伝わらない。

 あの絶対裏切らないでお馴染みの菊亭キャストさんたちでさえ、理解して賛意を示しているかはかなり怪しいほどなのだから。


 すると、新年の門出を祝う元日にも関わらず完全に重苦しい雰囲気の禅堂に、一杯の清涼が放り込まれた。


「怒ったはる亜相さんもおいとぼいさんやわぁ。思わはらへん?」

「……」


 鍵カッコをつけるならずらっと18重。即ち十八名からなる無言の微笑みが、沈黙を以って応じていた。

 それは紛れもない否であり100の不同意である。そして細部には違いを見せる感情も大局ではもはや総意に相違なく。

 なぜなら家臣を過信。地理はばっちり。ではなく、その微笑みには相当かなりの苦味が紛れ込んでいるから。


 にも関わらず発言の主はことさら小首を傾げて不思議がってみせるのだった。


「ほら亜相さん、お驚きさんでお目目くりくり。基子、おいとぼいさんやわぁ」


 お構いなしに天彦を絶賛して。痛いほどきゃぴきゃぴして。


 むろん天彦も承知している。これが100の賛意でないことを。

 彼女らとて必死。席取り合戦という名の生き残りを懸けた戦の真っ最中なのである。懸命の必死なのである。


 帝がお隠れになられるとはそういうこと。即ち後宮の刷新を意味している。

 近々東宮殿下を主とする新たな後宮が発表されることだろう。そこに自身の名はあるのか。しかもただ有るだけでは不足である。きちんと正しい形で席が用意されてあるのか。それが何より重要であった。

 そして彼女らが居残れるかはすべて、彼女たち自身の器量と内外交手腕にかかっていた。むろん後ろ盾である御実家の影響力はマストの大前提として。


「ラウラがたくさんおらしゃります」

「天彦さん、先ほど来からお巫山戯がすぎますよ」

「あ、うん」


 こほん、げふん。


 拳骨ふーふーが家内一似合うラウラに目線で詫びつつ。内心では、そんな心算で言ったので謝るつもりは更々ないんゴ。

 嘯いて強がって仕切り直して、殊勝にも下座に着かれるお歴々と向き合った。


「痛いん」

「!? どうかなさいましたか」

「視線が痛いん」

「しばきますよ」

「それはギブ」

「……」

「ごめんて。でも何でやろ。身共を頼ったとて微力にもならへんのに」

「本気でお申しで」

「100本気ねん。まさか参られるとは夢にも想定してへんかったん」

「まったく。当たり前でしょう。あなた様は今やキャスティングボードを一手に握られているといって過言ではございません」

「いや、それは欲目なん」

「御冗談を。では天彦さんご想像ください。あなた様、その気になればイスパニア海洋帝国でさえその意志で自由に操ってみせるでしょう。否とは言わせませんわよ。事実として操ってみせたのですから」

「想像してみろとは。……けど、まあそうやろな」

「はい。そうです。そうなのです。しかもあなた様は東宮殿下に最も信を置かれている別当。即ち直国家元首筆頭格。日ノ本のまつりごとは少々複雑に立て込んでおりますが、ステークホルダーなご面々が呼びかけに応じないはずもないではございませんでしょう」


 ラウラは言った。半ば以上呆れ果てて。

 むろんだがこの廃寺に詰め掛けているのは何も後宮女房たちだけではない。内心をひた隠しむほほおほほと高笑いに興じておられる貴種な方々も、けっして少なくない数馳せ参じていたのである。


 それら菊亭を取り巻く状況を踏まえて、ラウラは家令として小言をつづける。口調は努めて穏便に。


「この忙しい時期にお呼び立てしたのです。御自身のお立場をこれまで以上にご自覚なさって、少々の不機嫌は甘受なさるが吉かと存じます」


 と、何度言ったかわからない苦言を呈した。


 だが家令としてはお見事である。何しろここまでの言及はギリギリであり、あの侍所扶である与六でさえ踏み込めない領域なのだから。


「あ、はい」


 故に天彦も殊勝に受け入れ反省の態度を示す。

 長文でのお説教が一番効くとは口に出さずにそっと仕舞って。空っっっカラのお財布に。そっとね。


 確かにラウラの言説には一理も二理もあったので。


 思えば納得。後宮の所在が皇都である。そう定義されるならまさしくここ、名もなき廃寺は目下都と言っても過言ではなかった。


 天彦は改めて自身の置かれた状況を整理して、納得はしないが受け入れて。

 針のように突き刺さる、方々から向けられる峻烈な視線に対して一言。


 ベーカー家の食卓かい!


 一応念のため小ボケをひとつ心中で物申して。


「オーバーキルしてくんな」


 大事なことなので二度言った。

 自身の目の前に臨席なさる、豪華絢爛なお衣装を纏ったご立派御大層な肩書のお歴々に対して。


 そう。天彦の目の前にはずらり。

 スペックのえぐいハイエンドなお歴々が豪華絢爛なお衣装で勢揃いなさっておいでだったのである。


 大典侍、新大典侍、目目典侍、勾当内侍、新内待、中臈、伊予(中・下臈)といった宮中を賑わす御大層極まりないお歴々が、内心の感情などおくびにも出さずにこにこおほほとおっちんして。

 新年の挨拶を兼ね、天彦の呼び掛けに応じて茶会に馳せ参じご臨席なさっていたのであった。


 むろん喪中。謹んで慶び、けっして寿ぐことはできないことを大前提として。


 そんな豪華絢爛ほぼ後宮フルメンバーに対して天彦は、内心でぽつり。


 贅沢な名前だねぇ、わたしがお菓子にして食ってやろう。


 湯婆婆風につぶやいては全力マンキンでちょけてみせるのだが、顔はひとつも笑っていない。あるいは笑いたくとも笑えないのか。

 それもそのはず。年始冒頭から食らわせられたのでは、身も心もあるいはお財布も、寒いったらありはしない。


 後宮女房キャスト勢揃いかと思いきや、後宮最上位である上臈局、即ち二条尹房の娘の顔が見られなくては寒いに決まっているではないか。


 天彦は一条家の専横を許していた。一条家は土佐家も本家も共に不問に処していた。

 一連の拙い謀略を同門同輩として大人な器量を示す意味でも見事許して見せたのだ。むろん長曾我部はぶちのめすが。徳川さん家の家康さんが。


 よって天彦的にはこの沙汰をもって所信を表明した心算であった。

 即ちノーサイド。長らく続いた政争不和(宿怨)に終止符を打ち、太政大臣実益の下、心を一つに国を三つに、新たな帝を盛り立てていく心算だったのに。


「昭実……、とことん向き合うんか」


 それは二条家の摂関家としての矜持かそれとも、生物濃縮的に出来上がった公家としての本能由来か。


 いずれにしても二条昭実、その意志は受け取った。


 絶賛大不調の変調彦は意思を受け取った上で闘志を燃やさず黄昏る。


「天彦さん、これまで以上に身を慎められませ」


 まるで夕星に叱られているような錯覚に見舞われる文言、延々つづくラウラの手厳しいお小言に耳朶を叩かれながら、天彦はお美しい綺羅綺羅方が御座す禅堂を一人、そっと後にするのだった。






 ◇






 大前提、この世にはけっして抗えないテクニカルなロジックがいくつもある。


 例えば何でもでも()()をつけるとあら不思議、言動にまったく他意がないように感じてしまうのと同じように。

 断れない筋からのお願いというテイの下達にはけっして抗えないとしたものである。



 場所を代えて天彦の私室、本堂の一角。

 天彦の目の前には目々典侍を中心とした天彦とおなかち(同じ価値観)仲間、あるいは割合気持ちが通じている女房衆が、むふふおほほとご臨席なさっておられた。


 つまり面子を大幅に縮小させての会談である。

 むろん公式。むしろこちらが本題であろう。


「亜相さん。疾くお帰り遊ばせくださりますよう、伏して御願い奉りさんにあらしゃいますぅ」

「あらしゃいますぅ」


 とか。


 後宮女房は東宮の御内意である綸旨と、織田家のご当主、即ち魔王様の御意思でもある親書をお届けなさっていたのであった。


 天彦は伏してと言いながら一ミリも伏さない目々典侍にジト目を向けつつ、さっと二通の文に目を通した。



 じんおわ。



 切実にじんおわだった。まじのまんじに。


 天彦は震えながら何度も何度も文に目を落とした。


 長い時間。ともするとくどい、いい加減しつこい。そんな声がどこから飛ぶかもしれない五秒前、そっと顔を上げておぎゃあと吠えた。


「ぐぬぬぬぬ、このままでは身共の副都構想が」



 がぁあああああ――ッ!



 それは連名による帰還命令であった。


 なぜこのタイミングで。これでは目論見が木っ端みじんに破綻してしまうではないか。


 副都構想とはむろん天彦の大題目である国家三分の計の一つ。

 最終攻略先である博多津(博多)を小京都と呼ばせるほど文化的にも経済的にも日ノ本の中心として栄えさせる策である。

 今後必ず来る展開として江戸(東京)一局集中を避ける意味合いと、来たる大陸からの大侵略に備えての防衛構想である。


 むろん五百年後を見据えての構想なので、果たしてどう転ぶかはわからないとしても。少なくとも未来の現代よりかは断然、可能性の幅はあるのではないだろうか。あってくださいお願いしますの感情で、立てた策なので何卒ひとつご査収ください。


 それが破綻とは言わずともいったん大きく棚上げされてしまう。

 先遣隊として派遣している神屋宗湛だけでは不安が尽きない。だがだからといって貴重な菊亭家の戦力を分散させるわけにもいかない。


 何しろ天彦の周囲は常に暗雲立ち込める波乱つづきなのだから。


「にんにん」

「ニシシシ。ピコ、うちらの出番かな」



 ――て、思うじゃん。



 射干は確かに有能だ。イルダもコンスエラもオーダーレベルでは確実に仕事を熟す。

 しかも良心の呵責的に、ペナルティ的に使い潰せるという意味合いにおいてもメンタルの負担はかなり低い。むろんなくはないけれど。心理的負担はそうとう薄れる。今の天彦にとって、これは非常に大きかった。

 九州侵攻にはそれだけの大いなるリスクが潜んでいると読んでいた。何しろ敵はあの惟任なのだから。


 だがそれは合理的着眼点のみ。心理的には使いたくない。それだけは絶対の絶対にないと思う一方、もう一度信じてみてもよいのでは。そんな誘惑に駆られてしまうのも本心で。


 だが他方、イルダ・コンスエラの二人をみているとつくづく思う。どうにかながらも最低の危機は脱しているのだと。


 ならばなるようになれ。


 天彦は意を決した。


「お手間かけましておおきにさんにおじゃりますぅ」

「まあ! 善き言の葉を持ち帰れましたこと、まこと僥倖におじゃります」


 目々典侍に答えを告げると、さっと立ち上がり身体を翻して、


「与六、是知」

「はっ」

「はっ、ここにございまする」


 天彦は一拍置いて、扇子を目一杯に広げる。然も表情を覆い隠したいかのように。然も内心を覚られたくないかのように。


 そして口元を隠したままそっと伝えた。


「年賀が明けたら帰洛する。その心算で支度いたせ」

「はっ、確と承ってござる」

「は、ははっ」


 魔法は解けた。旅行感情の三日魔法は。

 これからは公家としての本職、本懐に没頭しよう。そして本域の騙し合い、腹の探り合い企み合いの薄ら寒い、勝っても負けても薄氷の世界に身を置くのだ。


 覚悟を以って。


「……いっこも勝てる気せーへんのん」


 つまりやはり天彦の不調はホンモノということの証明に他ならないのであった。とか。














【文中補足】

 1、ステークホルダー

 ステークホルダー(stakeholder)とは、企業や行政機関、NPO(非営利法人)等の利害と行動に直接・間接的な関係を有する者を指す。

 日本語では利害関係者という。具体的には、消費者(顧客)、労働者、株主、専門家、債権者、仕入先、得意先、地域社会、行政機関、利益団体(業界団体・労働組合・当事者団体等)の構成員など。
















今週アップ間に合いますように3.05

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― 新着の感想 ―
全体的に天彦が足を引っ張られまくった回でしたね〜。天彦包囲網状態。ここからの羽ばたきが期待される流れになってきたのかな〜と。敵も味方もさるもの引っ掻くものと、しかし 内部はまた固まってきたのかな?配下…
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