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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十五章 気焔万丈の章(本編合流編)
251/314

#07 いつでも、いつまでもずっと


ラウラとの再会場面、少し表現を加筆しました。

物足らなかった方、ごめんね。これでどうかなどうぞよろしく。

 



 元亀元年(1570)十一月十七日






 姫路城本丸天守。



 大前提、線形代数学は重要である。


 なぜなら手順に従えば必ず解ける数学問題は連立一次方程式くらいのもので、その他の数学は解けない問題をすべて線形代数に帰着しているから。


 つまりこの世は欺瞞に満ち溢れていて、尤もらしい出来事のオンパレードということ。見映え重視。なのに東宮ときたら。


 天彦は嬉しかった。東宮殿下に思いが通じていることが。


 東宮は確と文に認めていた。


『日ノ本をあるべき姿に。帥の意、確かに受け取った』


 武家の専横を許してはならない。絶対の絶対に。

 絶対の絶対に軍国主義に傾倒していくから。

 それがシビリアンコントロールであろうとなかろうと。その対象が織田家であろうとなかろうと。


 武に慣れ親しみ己の武辺に酔うものはいずれ、必ずその手を血に塗れさせるから。自身の手を直接汚すかどうかは別としても。


 そしてご機嫌さんの理由はこれ。


『我が別当よ。善きに計らえ』


 この文言にすべての想いが集約されていると確信できたのだ。

 東宮も思うところは同じだった。それが何よりも嬉しかった。ならば死ねる。余裕で笑って逝ける。先に旅立った家来たちにも胸を張って待っていろと伝えられる。


 離れてもいても朝家とは歩調を合わせることができる。


 嬉しかった。涙が零れるほどに。だからこそ天彦は思い切った策を打てたのである。


「ようこそ参られた。麿が権大納言、菊亭天彦におじゃる」


 天彦は参列する二十数名の客人を前に、隅々までよく通る透き通った声で威を放った。


「私がフェルナンド・メネゼスだ。ようやくお逢いできましたな」

「教会より参りました宣教師にございます」


 通訳が翻訳する。


 フェルナンド・メネゼスは挨拶の言葉を告げるなり不機嫌さを隠さなかった。

 だがどことなく顔に精気が感じられず青息吐息の様相であった。むろんそれは帯同しているイエズス会宣教師も同様である。


 イエズス会からは三席・四席級レベルの宣教師が参列していた。

 これは枢機卿・大司教には及ばないが司教の地位にはある人物と考えてもらえばよいだろう。

 ここでは敢えて個人名は挙げないでおく。それは彼らが名乗っていないことと彼らが組織人であるから。この人道にも悖る企みが組織ぐるみの犯行だとちゃんと浮き彫りにするために。


 断言する。彼ら伴天連は人攫いをビジネス化している。これは史実に則った事実である。証拠文献は枚挙に暇がないほどにある。

 そして同じくこれも断言する。大前提、天彦は人攫いビジネスを一切合切絶対に許す気はないのである。


「してメネゼス卿。誘拐ビジネスは儲かるのか」

「異なことを」

「異とな」

「おい小童。権大納言の肩書は命の保証を担保してくれるのか」

「はて、何のことにおじゃりますやろか」

「火遊びがすぎると火傷するぞと申しておる」

「ふっ、火傷か。それは避けたく思うておじゃる」

「ならば言葉を選ばれよ。大人の社会は甘くない。幼年であるとかないとか公の席では通用せぬ」

「なるほど、なるほど。これはええ学びになったでおじゃる。この通りおおきにさんにおじゃりますぅ」

「……殊勝で結構」


 何か可怪しい。あるいは端的に不気味。


 大航海時代を先駆け七つの海を駆け巡ってきた船乗りとしてのメネゼス提督の第ゼロ感が働いたのだろう。大嵐の予兆を感じ取った。


「ここにあるは一枚の潔白書。……さてみんなさん、ご覧入れ遊ばせませ」


 天彦はことの顛末を書き綴った一枚の念書を掲げて見せた。

 それはまさかの人物による心外であると自身の潔白を血判によって証明している書状であった。


 末尾には惟任日向守花押。


 そう。あの金柑頭が認め寄越した潔白書であったのだ。


 敢えてすべては語らず。むしろ省けば省くほど策士には効く。

 天彦は自身が巧み師なだけ策士の心境は熟知していた。故に一切の経緯を語らず答えだけをどんとぶつけて問い質した。


「人質を返していただきたくおじゃる」

「なっ……!」


 そして天彦と惟任。互いは互いに知り尽くしていた。欠点も弱点も。そしてむろん美点も長所も。

 故に天彦は善きにつけ悪しきにつけ惟任は自身の潔白だけは断固証明してみせるとある意味での全幅の信頼を置いていたのである。事実その通りとなった。


「人質を返せ。でなければ即刻退去を命じ、意に沿わぬ場合お国を挙げて掃討致す。ここにこの通り東宮の御裁可もおじゃる」

「おのれ小童、この私を嵌めたな」


 茶会の場は一気に騒然となった。それもそのはず。

 完全武装の侍たちが猫の子一匹逃さぬ意気込みで四方八方を取り囲み、鈍く光る槍の穂先を一斉に向けていたのである。


「果たして嵌めたのはいずれでおじゃろう」

「ふん。だがそれがどうした。やるならやれ。受けて立つ。我々は人質の存在など一切存じぬ」

「――に、おじゃりましょうなぁ。くく、くくく」


 この重苦しい空間の気配を一言で言い表すなら虚無。であろうか。

 天彦の呼び掛けに応じて参集した関係者全員の瞳には虚無が宿っていた。

 それもそのはず。主要なキャスト全員が大損をさせられようとしているのだ。それもたった一人のキッズの閃きと悪巧みによって。


 だがこれで確信した。この強気の根拠はやはり。

 提督は魔王さんと繋がっている。腹立たしくも思う反面、どうしてもさすノブと認めざるを得ない。

 信長の能力は按分力。そんな言葉が存在するのかは知らないけれど。そう思わずにはいられない。


 閑話休題、

 勝敗は決した。果たして勝者が居るのかは疑問だが、敵は敗北の白旗を挙げていた。その全身に悲壮感を纏って体現して。


 重苦しいよりも更に一段階上の張り詰めた重苦しさが沈着する天守の間に設えられた急造茶室にあって。

 そんな中でもたった二人。天彦とラウラだけは生き生きとした目で互いの目を見つめ合っていた。


 すると一人の麗人がそっと腰を上げると、慣れた半腰し所作で上座の席へと膝を擦り寄せてきたではないか。


「ラウラ」

「天彦さん」


 久方ぶりの生声はなるほどラウラであった。心中の奥深く、やっと傷が癒えかさぶたができてむず痒い部分をこちょこちょと弄ってくる。こそば心地よい声で。

 だがこの心地よさはいずれ痛みに通じると天彦は知っている。彼女の本質は蝶々。花から花へ飛び舞う大鳳蝶。何かに属する属人と対極にある自由人だから。


 天彦は笑み崩れそうな頬に喝を入れ、緑掛かったラウラの瞳をじっと見返す。


「ご立派におなり遊ばせて。ラウラは嬉しく思います」

「そうでも、……あるん」

「それでこそわたくしが命を張った甲斐があるというもの」

「その節はおおきにさん。この通り感謝申し上げさんや」

「はい受け取りました。ですが感謝の言葉は要りません。形ある物でお返し遊ばせませ」

「くふ。やっぱし本物のラウラなん」

「はいラウラですよ。さて天彦さん」

「切り替えはやっ。……でもそれもつくづくやっぱしラウラや」

「うふふ、はい。さて天彦さん、お仕事のお時間ですよ。あるのでしょう。懐にそっと仕舞い込んだ奥の手が。この会談の本来の意図である飛び切り美味しい提案が」

「やな」


 ラウラにはすべてお見通し。天彦は思わず笑ってしまう。

 そうそう。彼女とのやり取りは終始こんな感じやった。やはり上手。ならば少しずつかつての調子を取り戻せばよい。


 天彦はブーカに付加価値を付け最終的に高値で売り抜ける手法を得意としている。但し売掛金ばかりだけれど。

 天彦に揺さぶられ惑わされた相手方は勝手に推測するのである。これはインシデント案件ではないのだろうかと。


 まさに詐欺師笑笑。


 そしてそれだけでは終わらない。

 天彦はメネゼス提督に向けていると見せかけ提督越しにイエズス会に向けて、此度の会談の本命提案を投げかけた。そっとね。


「お客さん。もっとええ商品がおじゃりますぅ」

「客!?」

「何をお驚きさんにあらしゃいます。身共の提案する案件を買っていただけるのならすべて客。違いますやろか」

「ふん小癪な。だが内容による」

「都での布教。許可しましょか」

「は!?」

「あれ、表立った布教許可は喉から手ぇが出るほど欲しかったんと違いますのか。これは失敬、身共の勘違いにおじゃりました」

「お待ちを!」


 これまでだんまりを決め込んでいた後列から絶叫に近しい声が上がった。

 これには如何な提督といえども逆らえない。何しろ教会は船団にとっての燃料なのだから。


「……訊かせよ。下らぬ戯言なら許さぬぞ。心して申すがよい」

「おおきに」


 天彦にぱっ。内心ではヒット! 大物が食らいついた。

 天彦は細やかな手筈を予定通り是知に預けると、メネゼス提督と差し向かいに向き合い直した。


 そして、


「政の話はあちらに任せて。ここは商売人同士、襟を緩めてお話しましょ」

「ふっ、目の前におるこの世で最も油断も隙もならぬ相手とか」

「まあそう仰らずに。提督さん、手始めにこれなどお如何さん」

「これは……」


 天彦が手渡したのは固形石鹸。それにアルコール類を沁み込ませゲル状にした携帯品。そう。固形燃料である。


「キャンドーラ。……いや違うのか」

「お返事如何ではいつでも量産体制に入れるん。でゅふ」


 そのゆらゆらと青い炎を揺らめかせる固形燃料には三つ葉の紅葉が刻印されていた。

 売れる。確実に。とくに膳を用いる大陸ではバカ売れであること請け負いだろう。


「売れる」

「毎度あり」

「この悪徳貴族め。してネットはいくらだ。グロスで買おう」

「でたネットでグロス!」


 敵も然るものだが、アップセル。これぞまさに天彦の真骨頂。


 口先一つで、命が茶碗一杯の米よりも安いこの戦乱の世をどうにか生き抜いてこられた魂の菊亭メソッドであり命の菊亭ストラテジーなのである。












【文中補足】

 1、いかがわしい

 本当かどうか疑わしい。または物事の内容、人物の正体が怪しげで信用ならないこと。


 2、遺恨を残す

 これって重複なんすかね。どなたか有識者の方カモンプリーズ。


 3、VUCAブーカ

 不確実性が高く、将来の予想が困難とされる状態を表す4つの言葉の頭文字を取ったもの。

 Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)


 4、売掛金

 商品やサービスを提供して売上が発生しているものの、まだ代金が回収されていないお金のこと。


 5、インシデント

 企業にとって好ましくない事件や状況、転じて出来事。アクシデント(事故)一歩手前の状況も意味する。


 6、ストラテジー

 戦略、攻略テキスト


 7、アップセル

 客単価(顧客一人あたりが支払う額)を向上させる取り組み。より上位の商品を薦めて購入してもらう営業手法。













いかがでしたか? お気に召したでしょうか。



さてと、



すごっ! やばっ! ふぁぼ40越えって……、どんな!?



どんな偉大な大作品でも通常アクティブはコンマ1%なのだとか。

それを僅か1,200程の作品に40を超えるリアクションをくださいまして、感謝感激、お辞儀お辞儀お辞儀お辞儀お辞儀お辞儀直角お辞儀からの土下座お辞儀でございます。


だからね。一万文字近くなっちゃったのはドクシャ―のせい笑笑。とか。

書き過ぎちゃってごめんなさい。しんどいよね。だから二部に分けました。もうしません控えます。

けれどモチベアップにもたいへんな励みにもなりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。さんきゅ。


そんじゃドクシャ―の皆さま次回でお会いしましょう。ばいばいまったねー


 

追伸、

こしあん様のくださった超絶色っぽいしむちゃんこお洒落きゃわなんです!

このFA天彦さんに“いいね”くださったら作者は泣いて喜びます。何卒!

いやまんじ物凄いんですって。日本国民二周して2億4千万いいねがないのが不思議なくらいの出来栄えなんですって。まじで。本気で。ガチで。


FAは@kirakumoko502にリポストが。ホンモノは許可を得ていないのであげられませんが皆さま独自に探し当ててみてください。よろぴく!


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― 新着の感想 ―
ラウラさんお帰りなさい!この日が来るのをずっとお待ちしてました!! 天彦さんの心の支え第一位(他のイツメンさんやギークや射干党さんもいはるけど、やっぱり一位はこのお人、、)が帰ると同時に東宮さんから…
二周したらゼロになる定期!!!! うふふふふ、ここで転生者特典付き雑誌販売うふふふふ、、飽きさせませんなぁ!!!!
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