#25 見たか、吾の見初めた者の凄味を
永禄十一年(1568)十一月十二日(旧暦)
大前提、舐められたら殺す。
これがこの時代の基本姿勢だ。思想と言い換えても微差だろう。
よって人は簡単に殺す。身分・職業・性別にかかわらず。
鎌倉よりかはいくらかまし。それが戦国室町の民度レベル、偽らざる実情である。
当然、殺人に対する忌避感はない。あるいは著しく低い。いずれにせよ現代人の一般的なそれと比べれば遠く及ぶものではない。
現状を大雑把に一言で言い表すなら倫理観の欠如となるが、そもそもベースとなる倫理が発達していない。
二条惟任邸からの帰途、夜鷹らしき女性が辻斬りにあっていた。
痴情の縺れか権利問題か。それとも単なる物盗りか。現場そのものを目撃したわけではないが、野次馬の口ぶりではそうらしい。
確かに遺体の依然として生前の温もりを感じさせる色味や、地面を湿らせる血の乾き具合からそう大して経過していないと思われた。
「若とのさん、離れた方が」
「うん、そやな」
手をあわせていた背中をそっと叩かれて気付く。もうずいぶん長いことこうしていたようである。
天彦はなぜ手をあわせているのか自分でもわかっていない。
それは年末年始、寺社を参って義務的に手をあわせる感覚に近しいのかもしれない。だがそれとはまったく違う別の何かもあって、同情はもちろんだがたとえば少なからず遺体への感謝の念が込められているのかもしれない。
己がどこに立っているのかを、こうして思い出させてくれる。つくづく実感させてくれる。名も知らぬ夜鷹にお疲れさんを告げて立ちあがる。
「ほんまに行きましょ」
「そやな」
奉行所が来るとややこしい。いつの時代も行政は楽をしたがるとしたもので。
テイよく被疑者にでも仕立てられたらお仕舞いだ。天彦が何者であるか立証されるより早く、責め苦で帰らぬ人となる方が断然早い。
天彦を亡き者として奉行所の役人は言う。一件落着しました、と。それでお仕舞い。終了ちん。
◇
堀川を上がり公家町を目指す。
「あーあ、結局ご馳走してもらえへんかった」
「また今度な」
「ほんまですよ。それで若とのさん、どんな話やったんです」
「そやな……、ってお雪ちゃん。さすがにしれっと過ぎへんか」
「何がです」
「さあなんやろな」
雪之丞はそっぽを向いた。その横顔が、某も上役やしお役目を下に振ることだってあるわ。と口ほどに物を言っていた。
要するに確実に発生するだろう実益対応が厭だったのだろう。どうしても、途轍もなく。人質に佐吉をあてた。
「まあええわ。惟任から正式に仕事の依頼があったんや。なにやらお困りのようやった」
「仕事、ですか」
「そや。請負金3,500貫なり。性根据えて取り掛からなあかん額やで」
「おぉ、すごいっ!」
雪之丞が大げさに喜ぶと、それまで静かだったラウラがにょきっと顔を捩じ込んできた。
「おめでとうございます。天彦さんはセールスの才能がおありですね。是非ともラウラ隊に下拵えの任務をお振りください。ご用命お待ちしております」
「出番があればな」
「連れないことを仰せにならずに、何卒」
「わかったわかった。なんぞあるやろ。適当に見繕っとく」
「やった」
食い気味ラウラに少し引く。それなりに少なくない給金を支払っている。いったい何に散在しているのかとても気になる。
「お雪ちゃん、一人で感激してんと、もっと褒めてもええんやで」
「よ、若とのさん、畿内一!」
「せまっ」
「「「え……!?」」」
天彦の骨髄反射のツッコミに、雪之丞はじめラウラも終始無言の是知も驚いた顔をして足を止めてしまう。
畿内一。つまり天下一を意味する慣用句であり、この時代、天下と言えば花の都京都に近しい五畿内だけを指していた。あとは外国、知らんがな。誇張ではなく本当にそんな感覚だったのだ。
「若とのさん、さすがに図に乗りすぎでは」
「はは、そうかもしれんな。気ぃつけよ」
さて、気安く請け負った天彦だったが、なにも確信的な手段を閃いているわけではなかった。大雑把にこうすればこうなるかも程度の感覚的方策しかなく、じっくり考えてみるとかなり危うい。
気軽に引き受けてしまったが早計だったか。見栄を張ったが安請け合いだったか。金に目が眩んだだけか。貧すれば鈍する。そういうこと。
天彦は安請け合いした後悔にじわじわと苛まれているところである。
「お雪ちゃん、朝廷に知り合いいてる? 実益以外で」
「居てません。居るわけないやないですか」
「ぱっぱも」
「何です、ぱっぱとは」
「ラウラに訊き」
ラウラは右手の親指をにょきっと差し出した。父親を示す有名な符丁だが雪之丞には通じない。
「二人して某を揶揄うてますんやろ。もうええわっ!」
怒らせてしまうのだった。
「ラウラが悪い」
「おまゆう」
「あ」
「主さんが言わはらっしゃいました」
「それでええ……、ええんかな。知らんけど妙に気色悪いからやめとこか」
「はい。同意します」
都弁は難しい。そういうこと。
テイよくラウラが横(一歩後ろ)に並んだので歩を進める。ポジション取りにもさり気ない気遣いが垣間見えた。なぜこれができて発言がああなのか。つまり普段の会話からしてラウラにとっては生存戦略の一環なのだろう。
銀主(雇用主)のパーソナルスペースを正確に測るための儀式といったところか。あるいはもっと複合的かつ複層的な意図があっても可怪しくはない。天彦には予感以上の予見があった。
ラウラがぽつり、
「しかし3,500貫、ぽんと支払っても惜しくないほどの大出来。惟任家も正念場ですね」
「つまりそれを引き受けた菊亭家もおんなじや」
「見解をお聞かせください」
「一見すると支配権の正統性が焦点になりそうやが、実際は政治闘争。それも朝廷の内部と寺社と将軍家と織田家が絡んだとびきり濃いどろどろのやつや。操ってるのはさて誰や。阿波か大和か、はたまた西国の雄か」
「嗚呼、眩暈が」
ラウラ、なんでそこで目を逸らす。せめて貧血起こそうか。
でも気持ちはわかる。西国の雄(毛利元就)が裏で操っているならこの件には相当触れたくはないだろう。追われている身としては。
「演技ええから意見訊かせて。勾当内侍に会いたい。ラウラならどないする」
「忍び込ん――」
「あ、それ以外の正攻法で。あと毒も盛るな、火もつけるな。とにかく騒ぎをおこさんとってくれ」
「ふん、面白味に欠ける」
「誰しも面白味で生きてへんのや」
「ですね。ならば大御所様を頼るでしょう。それが無理なら次善で亜将様。三善で大納言様を頼るでしょうか」
「三善ってなんや。三番手はもはや善策やないやろ。中身ともども」
「どなた様にアポをおとりになられたいので」
「勾当内侍」
ラウラは記憶を探るかのように虚空を見つめる。
そして、
「朝廷序列を鋭意習得中ですが、あいにくまだ存じ上げません」
「公家覚えるだけでいっぱいやもんな。しゃーないわ」
「いいえはい。それでどちら様なのでしょうか」
「どちらと言うたら彼方さんや」
「あちらとはどちらで」
勉強中とは。天彦は左目をこれでもかと眇めてラウラを見る。
ラウラは臆面もなく、どうやら勉強の方向性が違っているようです。平然と言い放った。
この強かさこそ見習うべき。天彦は不問として逆に姿勢を見習った。
「橘氏長者の薄家、以緒さんの娘さんや」
「ああなるほど。それで彼方さんと。天彦さんはたしか藤原氏でしたね」
「そういうこっちゃ。好子様は内待の一位であらせられ、行政官としても優秀な方らしい」
「女性なのですね。驚きました」
「そらそやろ帝の妃やねんから。むろん正室やないで」
「愛人ですか」
「無礼やろ! ……まあそうやけど言葉を飾って側室と言え。帝はわけあって正室を置かれていない。もう何百年も」
「その訳とは」
「銭がないんや」
「案外即物的な理由ですのね」
「期待外れか」
「はい、いいえ。ですがもっと神秘的なお方かと」
「そやな。でも主上さんかてお人や。悩みもすれば嘆きもされる。その御心を推し量ることなどでけへんけどな。たぶん現状を憂いてはるはずや」
「あら、ゴッドではなかったので」
「辞めはったらしい」
天彦は憮然として言う。
真意はわからない。だが常のドライな双眸にウェットな感情が見え隠れする。
「神では食べていけないのですね」
「人でも食えてへんがな」
「うふふ、可笑しい」
「笑いごとやない」
惟任の依頼を達成するにはやはり調査から始めるのが筋であり正攻法。
と、考えた天彦は大内裏に参内するのが手っ取り早いと確信し、その手段を探っていく。だが身分が圧倒的に足りていない者にとって現実的な方法ではなかった。
「土産が要るな。なんぞ妙案ないやろか」
「それこそ銭ではいけませんので」
「ガキが大金持って、裏金です。口利いてください。ってどんな怪談やねん。そうやのうても裏に大人がおると勘繰られてお仕舞いやろが」
「確かに」
「身共はスマートに解決したいんや。力貸したって」
「無理では」
「おい」
「如何にも泥臭い菊亭家の家風に似合わぬ高望み。果たして三千五百貫で賄えるものでしょうか。あ、お腹の調子が。あとで押っ付けます、どうぞお先に」
気持ちはわかる。でもいくらなんでも下手すぎや。
銭ではない何か。天彦とラウラは頭を捻る。道中では答えが導き出せず、結局長考持ち越しとなるのだった。
菊亭にたどり着く。
「お帰り」
「ただいま」
嗚呼、寒い。なんやろこれは。行ったことはないがおそらくアラスカの極寒大地よりも寒いのでは。
天彦の体感温度が極限を迎えると同時に、怒りの鉄拳が雷撃のごとく振り下ろされた。
「おのれ子龍っ! そこへ直れ」
公家とはいえさすがは戦国の漢。張り上げた声が鞭のように鋭くしなった。
単に声変わり前とも言うが、天彦にはそれどころではない。
「痛っ――、痛ぁ、物には限度があるやろ! ほら見てみぃ、血ぃ出とる、あ、はい。ごめんなさい」
「おどれっ……!」
「殿」
「ん、そやった。まあ、佐吉に免じて話は訊いたる。おい佐吉、茶を出せ。取って置きやで」
「はっ、ただちに」
佐吉が実益の家来化していた。なんで。
◇
「――と、いうことです」
「なるほどな。京都奉行直々の依頼か。さすがは我が子龍、やはり他とは一線を画すの」
かなり脚色したが、かなり誇張したが、かなり嘘を交えたが、いやひょっとするとほとんど脚色と誇張と嘘に塗れた作文かもだが、実益は振り上げた拳を一旦降ろして興味を示した。やた。
「つまり惟任を攻略すれば菊亭家の安全に繋がると、子龍はそう申すのだな」
「はい。バタフライエフェクトです」
「ばた、何ぞ」
「風が吹けば桶屋が儲かる。と、ご理解ください」
「ん? それはどういう理屈や。即刻説明せい」
そこから。めんどっ。
「赫々云々、こうして桶屋が儲かる仕組みです」
「阿保やろ、そんなわけあるかい。仕組みやあらへん。こじつけや」
「例えです。たしかに阿保っぽいですけど」
「まさか子龍、お前の理屈もこんな阿保なことはないやろな」
「離れずとも遠からず」
「どっちかは当てんかい」
「そうでした。しかし物事とは実に下らない理由で帰結するとしたもの。たとえば清華家が摂関家に嫉妬するが如く」
実益はそっぽを向いた。
納得はできずとも理解はした。そういうこと。
「ほんで“ばた”何某はどないなった。説明せい」
「ちっ」
「おい」
「あ、はい。失礼を申し上げました」
「まあええわ。そんなことより子龍、お前伴天連に染まってないやろな」
「はは、まさか。日の本魂はここにあります。たとえ何度生まれ変わろうとも変わらずここに、そっと大事に仕舞ってあります」
「ならええ。信じるで」
「はい」
信じるとは。
いつも以上に瞳の奥をじっと覗かれた。念入りに、執拗に。
あれで何が見えるんやろ。今度やってみよ。と、お許しが出るまで天彦はじっと待つ。
「しゃーない。絶交解いたろ。しゃーなしやぞ」
「え、別にええですけど」
「おい」
「はっ祝着至極におじゃります。臣、このとおり感謝に咽び泣くでおじゃりまする」
「ほな咽び泣け。ほら、はよ、泣いて見せえ」
「厭ですけど」
「こら」
扇子で額をぴしゃりとぶたれる。これで和解ならお安いもの。
やはり実益はちょろかった。
「話はわかった。勾当内侍、麿が渡りつけたろ」
「喜びます」
「普通に礼を言われへんのか。偏屈に磨きがかかっとるな」
「逢えへんのが悪いんや」
「お。なんや、淋しかったから怒ってるんか」
「拗ねてるだけや」
実益がにんまり。天彦冷めます。実益に冷めます。
洒落ではなく駄洒落として。
ゆーてる場合か、普通にきしょいんじゃいっ。にまにますんなっ。
「なんやそのけったいな顔は」
「地顔で」
「生まれついての顔やと言うんか」
「言います。かっちょええやろ」
「阿保。まあええ、それは麿も悪かったな。子龍、堪忍やで」
「調子乗るな」
「あ゛、乗っとるんはお前やが」
「うん、そうかも」
「かもとは何や。それ以外にないやろがいっ。麿は清華家筆頭西園寺嫡子、従三位近衛中将実益なるぞ」
「はいはい、偉い偉い」
「なっ」
実益を放置。そうと決まれば大人との打ち合わせが優先である。
天彦は土井修理亮に膝を向けた。
「謹慎中は心のこもった配慮あるお手紙、誠に忝くございました」
「なんの。これしきの事。しかしまだ禁は解けておりませぬぞ」
「ナイショ」
「ははは、すべては主家西園寺一門の御為でござれば、菊亭の若殿様の一助になれば幸いでござる」
そこから更に社交辞令をしつこいめに交わして、
「修理亮さん。それで可能やろうか」
「甚だ失礼なれど若殿様ではいささか(参内は)厳しいかと存ずる。ですが参るのが無理ならばお越しいただけばよろしい」
「おお……、ん? わからん」
「ははは、某の勝ちにござるな」
「はい。完敗や」
「おお、あの今子龍が白旗を! 今夜は善き酒が飲めそうでござるな」
土井、前振りやめい。実益の催促が飛んだ。
「はっ。当家で歌会を催します。勾当内侍はすこぶる歌好き。後宮内待にお声掛け致せば必ずやお越しになるかと。但し少なくない拵え費用がかかります。この費えはすべて菊亭で持っていただかねばなりませぬが、如何かな」
「それ、最高や!」
「うむ、麿もそれがええ。ようやった土井、褒めて遣わす」
「恐悦至極にございます」
内裏と顔つなぎができる上に、銭の使いどころができた。
天彦は居住まいを改めると、これでもかと辞を低くして有りっ丈の語彙を捻りだし謝意を申し述べるのだった。
一段落して、
「実益さん、ちょっと出てきます」
「どこへや」
「通り挟んだお隣さんのとこに」
「烏丸か日野か勧修寺か。まさか一条ちゃうやろな」
「光宣です」
「ふーん、何でや」
「用事ですけど」
「さよか」
案外すんなり。天彦は客を置いて屋敷を出た。いつものように。
◇
和歌といえば冷泉家。だがこの時期まだ冷泉邸は公家町にない。
次に思い浮かぶのは烏丸家。光広は歌人として有名だ。だがあいにくまだ生まれていない。
するとそのぱっぱ同級生の光宜くん。ぱっぱ同級生とは可笑しな響きだが、大丈夫か。なんせ彼、ぼーっとしたやつやったけど。
天彦は取りも直さず烏丸邸へと向かった。
「頼もー!」
「誰やっ! 物騒やからやめてくれるか、って、天彦さんか。何ですか。忙しいんですけど」
「おっす」
「こんにちは」
「まあ立ち話もなんや、上げよか」
「なんで!?」
「茶、出せや」
「もっとなんで!?」
「お前んとこ金持ちやろ。うちの茶、渋いねん」
「お宅の方が何倍も、あ」
「あ」
「ごめんなさい、つい」
「ついやあるかい。罰として鼻くそほじってる恰好で一生過ごしなさい」
「罪おもっ」
こんな関係なのでどうだろう。無料はどうやら厳しそう。
「歌教えてや」
「え。誰に」
「身共に決まってるやん」
「え。厭やけど」
「なんで」
「だって絶望的に言葉選びの才能ないやん」
「おい陰キャ、話は最後まで聞け」
「い……!? なんやわからんけどどうせ悪口なんやろ」
「そうや。そやから無料とは言わん。その代わり菊亭の伝奏教えたるから。門外不出、取って置きの秘奥義やから安いなんて言わさんで。交換、お前ら好きやろ交換会。いっつも身共を除け者にしてたやつ」
天彦は一年越しの意趣返しに成功してドヤった。一方の光宣は引いた。果てしなく引いていた。
待てよ。そもそも誘っても来なかったのは天彦の側だ。ガキの御遊びに付き合ってられるかいっとバカにして。
思い出すととんだ冤罪に次第に不愉快になってくる。更に思い出すとずっとこんな感じだった。菊亭天彦という人物は。
尤も裏を返せば裏表のない数少ない公平な人やった。今となっては茶々丸の件の噂を聞いて恐ろしいけど、当時から気軽に話せる人物でもあった。ゆうたろ。
「天彦さん、琵琶引けるん」
「舐めんなっ」
「へぇ引けるん」
「引けるかい。おぞましくて寒気するわ。想像しただけで指攣ってきた」
「そやろな。驚かんけど」
「え」
「そこ驚くとこなん。だっていつも聴こえてくる下手くそな耳障りの音、あれ天彦さんやもんな。あ、でも熱意と練習量は認めるよ」
「どうもありがとう。なにがやねんっ! 光宣のくせして偉そうに」
くせって……。
当惑する光宣だが、更にこれを上回る当惑が重ね掛けされた。
天彦が一旦改まって背筋を伸ばし、そして目一杯腰を折ったからだ。直角に。
「ちょ、ま、待って! 待ってや天彦さん。人目があるやん、ほんま待ってや」
「待たへん。光宣がうんと請け負うてくれるまでは」
「うわぁほんまにずっとやってそうやわ。でも脅しやん」
「うん、脅しやで」
「ひどっ」
まんまと了承させ烏丸邸に招かれるのであった。
と、そこに。
「おもろそうやな。麿も招かれたろ」
「ひっ」
「何が、ひ、や。おいこら光宣、吾を招いたらなんぞ不都合でもあるんかい」
「あるやろ」
「おい子龍、聞こえてんぞ」
聞こえるようにゆうたから、そやろ。
さあゆうたれ光宣。
「な、な、ない。いいえ、ございません亜将様。けっしてそのようなことは――」
「さよか。邪魔するで」
「は、はひぃ」
そんな楽しそうなこと。見逃す実益ではけっしてなかった。
天彦はそっと光宣の元へと近づいて、
「根性みせろや。烏丸の名が廃るぞ」
「無理やろ」
「招いてどないすんねん、邪魔しかせーへんぞ」
「無理やろ。じゃあゆうてよ」
「確かに、めちゃくちゃ悪いヤツやからな。でも安心やで、身共がいじめっ子から守ったるから」
「あ、誤魔化した。天彦さんが一番悪いヤツちゃうのん」
「ぎく」
「ふふふ。阿保な人やな」
「先生、よろしくお願いします」
「わかりました。出来るかぎり務めます」
「おおきに」
「どういたしまして。うふふふ、ほんまにけったいな御人やで」
光宣の愛想笑いで辛うじてギリギリ、友人として踏みとどまらせてもらう天彦であった。
【文中補足・人物】
1、烏丸光宣(みつのり、数え10)
烏丸家(からすまるけ)嫡男。藤原北家日野家支流。家格は名家。実年齢史実と若干の齟齬あり。仲良し(昵懇)、撫子姫に片恋い。
【菊亭家財政状況中間報告】
手持ち10,000貫(割符手形)
負債16,000貫(椎茸で1,000貫を相殺し、かつ利子の年内停止と荘園押領の保留を勝ち取っている。よって現在利子停止中)。
荘園 停止中
惟任家発注請け負い仕事 3,500貫(内手付金500貫前払い受領・残額成功報酬)。




