表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十五章 気焔万丈の章(本編合流編)
249/314

#05 スプレッドと手数料やつ

どうぞ

 



 元亀元年(1570)十一月十一日






 三木城二の丸。迎賓の間。



 是知、佐吉、そして悪四郎は当然のごとく、先駆けて入城していた徳川勢までもが、それこそ帝室の御来臨を思わせる恭しさで天彦たち菊亭勢を最大限の礼儀を尽くして厚く出迎えていた。


 それもそのはず。

 侍の心意気や武士の気概を物とも寄せ付けない理不尽なる暴威に曝されてしまえば尤もであろう。

 即ちこの天守を含めた三木城本丸の跡形もなくなった残骸を見てしまえば。

 それを可能とする異能の風聞を耳に入れてしまえば。

 まさかとは思いつつも、やはり100の疑心は抱けない。天彦の積み上げてきた実績とそして何より、それほどに皆が目にする三木城の陥落具合いは悲の一言を極めていた。いっそ凄惨でさえあったのだ。


 一堂が叩頭こうとうした状態で丁髷がずらりと並ぶ中、静まり返る迎賓の間にちょっと面白い図が目に入る。


「くふ。先手を打ったでおじゃるか是知、佐吉」

「は、はは!」

「ち、ちがっ……、はは!」


 片や即答で肯定し、片や戸惑いつつもやはり肯定してしまう。

 今の天彦の声にはキングオブ直角な佐吉でさえ丸く歪めてしまう、そんなともすると有無を言わせぬ貴種の風格が込められていた。


「面を上げるでおじゃる」

「はっ」

「はっ」


 是知と佐吉は顔を上げる。そこに主君の笑顔があると期待して。いや固く信じてなのだろう。だが予想に反しあったのは扇子の打擲。


 ぺし。ぺしっ。


 各々二度ほどつるっと剃り上げた頭頂部にお叱りの打撃を食らい、そこでようやくにぱっ。それこそ花が咲くような滅多と見せない大輪の笑顔が咲いていた。

 思いのほか飴と鞭が効きすぎたのか。あるいはこれまでの苦労が回想されてしまったのか。すると感極まった二人の頬にはとめどない雫が滴り落ちていた。



「大儀であった。よう帰った。是知、佐吉。身共は嬉しく思うぞ」

「殿」

「との」


 再会の喜びも一入。天彦の双眸に常の胡乱が宿る。

 この世のすべてに感謝しながら他方では、この世のすべてを疑ってかかる天彦の実に用心深い一面が体現されたような瞳である。


 じっと。ぎゅっと。


 佐吉は熱く真っ直ぐに天彦の瞳を見つめ返す。何なら己のすべてを御覧あれとばかりにじっとぎゅっと。

 他方是知はすべてを見透かされたと覚悟したまで同じだが、ほんの僅かながらどこか尊敬や憧れを思わせる感情を目に浮かべて結果、天彦の瞳に射抜かれる格好となって堪忍した罪人ムーブで肩を落としてうなだれた。


 即ち白状したのも同然である。


 一見すると冤罪かに思われてその実、首謀者である悪知恵知(わるぢえとも略してワルトモ)は主君に問われるより早く自らの罪を懺悔して告白した。


「ここなる悪四郎を扇動したのは某にございまする。策なれば本望。ならば如何様にでもお沙汰くださいませ」

「是知」

「はっ」

「大儀であった」


 天彦はよしよしとつんつるてんのお頭を撫でる。よしよしと。


「……殿」

「なんやお前さん。策士ならこの展開も読めてたやろ」

「あ、え、いや……」

「ふふふ、まだ詰めが甘いん。悪巧みは目的を達してからがほんまの勝負どころなんやで。成功は序章なん」

「は、ははっ――! 恐れ入りましてございまする」


 くふ、くふふふ。


 天彦はある意味で本当の笑顔を浮かべて喜ぶ。つまり十人居たら十人までもが薄気味悪がる超がつく薄気味の悪い顔で嗤った。


 むろんこれで大歓喜なのである。是知の軍略が花丸の及第点だったからだ。是知がいよいよ本格的に覚醒してくれたことが嬉しかった。

 第一に天彦の意を汲みこの膠着状態を打破したことが一つ。そして噂の信憑性を増すためにギーク諸共新兵器の存在をいち早く封印してしまっているこの二点が天彦のお気にたいそう召したのであった。


 つまり是知は天彦が事後、どんな策を打つのか。ある程度想定して事を運んだと読み解ける。


 が、しかし。


 読め過ぎているのも難があって。

 そんな家来は古今東西、主君からやがて疎まれ阻害される運命にある。もっと言うなら働けば働くほどヘイトを貯めていくという悲惨な末路を辿るのだ。

 歴代ローマ皇帝然りナポレオン然り信長しかり。枚挙に暇がないほどに真理。


「是知」

「はっ」

「お前さんには覚悟が足りん」

「……」

「いろいろな覚悟が足りん。一例を挙げるなら此度、最悪は命を失う策であった。けれど是知。お前さんからは一ミリもその覚悟の跡が窺えん」

「それは」

「それは何や。身共の目ぇさんは節穴か」

「は、ははっ。いいえ滅相もございませぬ」

「ええか是知。身共は善悪を申しているわけではない。お利巧さんが嫌われるなど理不尽の極みねん。だが真理に抗ってもしょーもないだけ。ええか是知。侍衆への評判だけはもちとは気にしてほしいん」

「お言葉なれど殿」

「黙れ」

「う」

「次に図に乗ったらしばく。高虎が」

「ぐえ」

「お前さんがなるほど有能なのはようわかったん。けれどその調子では佐吉と二人して反感を買いまくって、いずれ途轍もない災いを生むことになる。お願いやからそのお利巧さんな頭の片隅に入れてほしいん」

「と、殿」

「わかったか」

「は、ははっ。菊亭一の忠臣長野是知、確と肝に銘じてございまする!」


 ここにまた菊亭一のお家来さんが爆誕した笑笑。


 だが天彦の憂慮は本物である。何しろ佐吉は彼ひとりだけでも歴史上最大のヘイトを買ってしまっている。それが輪をかけて二人ともなれば。じんおわ。

 だが起こってもいない未来に震えても仕方がない。

 気分を一新切り替えてこの件は一件落着。天彦が責任の所在のすべてを負った今、禁忌問題は家内で済まされるのだし。


 さて言葉巧みに操られた、おバカ実行犯といえば。


「何を気配を消しとるんや」


 ぺし、ぺち。


 天彦の愛用の扇子でぺしぺち叩かれても猶、そのどでかい図体を縮こまらせて息を凝らして改まっていた。要するに完全にビビってしまっていた。


「吾は物もよう申さぬでおじゃるか。それとも身共ごとき木っ端公家には名乗る名も持たぬであらしゃりますかぁ」

「お、恐れ多くございまする」


 ふーん。


 生き神様(帝)と魔王の御前であれほどの振舞いをした人物だからどれほどかぶいてくれるかと思ったが。

 案外普通で少し拍子抜けした天彦は、けれど興味は失っていないようである。


「悪四郎」

「はっ、ここにございまする!」


 つかつかつか。

 自らすり寄り、いつまでも面を上げない悪四郎の顎をくいっ。


「お、恐れ多いことにございまする。ご、権大納言様に拝謁申し上げまする」

「まだにおじゃる」

「え」

「あくまで予定。まだ喪中なれば身共の身分は単なる都落ちの元公家におじゃりますぅ」

「そ、それは。それはそのような愚かな処遇を行った者の失態にございまする!」

「朝廷執行部批判かえ」

「……!? ま、まさかそのような」


 天彦は面白い玩具でも与えられたかのように童心に返ってくつくつと笑う。


「悪四郎」

「はっ」

「任意の非負整数は四つの非負整数の平方の和として表せるが、吾は如何な整数論が美しいと思うておじゃる」

「は、え、あ、いや、その……兵法にござるか。某、兵法にはてんで疎く……」

「兵法ではおじゃらぬ」

「ならば猶更見当もつきませぬ。御免!」


 潔く無知を晒す悪四郎にほんの少し好感を覚えるが。

 整数論の美しい(残酷な)定理くらいはかじっていてほしく思うのは実際のところ。

 中でも天彦がとくに気に入っている定理はラグランジュの定理である。


「ええか悪四郎。原則、集合論であろうと論理学であろうと流儀さえ定理してやれば解へと導かれることは同じだとすると。

 ゼロを自然数に含めるかどうかが問題ではない。問題としたいなら正整数、非負整数と言い換えればよい。なぜなら自然数と同様に整数の全体も可算無限集合なのだから。――ということや。わかったか」



 …………、

 ………、

 ……。



 この場のすべてを置き去りにする惨い設問に対し、けっして短くない大沈黙の帳が二の丸迎賓の間に降りてしばらく。

 かあ。と、おそらくはレイヴンだろうワタリガラスが啼いたそのとき、救世主が現れた。ルカである。


「お殿様、何が仰りたいだりん」

「ん? 特になんも。そやな敢えて言葉にするなら文脈を正したいとなるんか」

「つまり御不満なのですね」

「いいや、業腹ねん」

「オコですか。……それはどなた様に向けて」


 魔王。


 天彦ははっきりと言い切った。推定信長が御座すであろう都の方角を愛用の扇子で指し示して。

 ざわつく間。


 だが理由が解き明かされるよりも早く、


「申し上げます」

「如何した」

「はっ、姫路より降伏の使者が参っております」

「参ったか。通すん」

「はっ」


 天彦は誰がとも、何人でとも訊ねず半ば確信的にある人物のイメージ画像を脳内に浮かべるのだった。






 ◇





「姫路を代表し黒田官兵衛孝高、権大納言様に拝謁申し上げまする」

「菊亭天彦におじゃる。面を上げよ。官兵衛、よう参ったでおじゃる」

「はっ。遅参いたしましたことどうかご寛恕願い奉りまする」


 面を上げた官兵衛の瞳には薄っすらとした希望の光さえ差し込んでいなかった。

 それがどんな感情に由来するものなのかはわからない。だが状況から察するに覚悟を決めた武士もののふであることは紛れもないはず。

 天彦も引っ張られるように更に気を張り表情筋を引き締める。死に装束の実に惚れ惚れする気風の武人に面と向かって。


 是知に爪の垢を煎じて飲ませたいほどの覚悟のほどだが反面、けれど天彦にとっては不都合だった。

 何しろ天彦、この覚悟の人物の翻意をどうしても引き出さなければならないのだ。

 小寺でもなく赤松などではもっとない。量産型国人領主や試作型大名など相手にせず、ただ一点突破でこのレア種攻略に思いを馳せる。


 だが武士の覚悟を翻すのは容易ではない。しかも官兵衛が纏い放つ気配は絶対的であり、99の確率で翻意は難しいと思われた。

 死を許せば話は早い。だが今後を占えばけっして死なせるわけにはいかない。天彦はこれから控える九州攻めには姫路勢の戦力が欠かせないと確信している。しかもこの高い士気を保ったままで。という条件付きで。

 今後必ず立ちはだかる九州勢とは。いや惟任(足利)とはそんな万全を期してもまだ足りない強敵宿敵なのである。


 この会見の裏にはそんな重大ミッションが隠れていて、天彦はすべてをクリアしなければならなかった。そんなタフな交渉が今まさに始まろうとしていた。


 機先を制したのは、よもやの敗者方官兵衛であった。


「某の首級で何卒」

「これ先手を打つでない。そも麿は直言を許しておじゃらぬが。それとも播州武士は都の作法も存じぬ野蛮者にあらしゃいますか」

「これはご無礼仕りましてございまする。直言をお許しくだされ」

「許しておじゃる」

「恐悦至極に存じ奉りまする。某の首級で何卒」


 交渉の余地なし。官兵衛はもはや問答さえする気を見せず。断固として腹を詰めるようであった。

 天彦にはまったくわからない理念あるいは思想である。だがいい加減存在することは認めなければならない概念の一つでもあった。理非は問わず。


 ならば攻める。超速の寄せで。


「妻子に生きて会いたくはないのか。倅はまだ二つであったな」

「異なことを申されまする。それともこの野蛮極まりない問答が都とやらの流儀にございまするのかな」

「それは失敬におじゃった。じゃが会いとうないんやな。勘違いしておじゃった許せよ」

「……ご随意になされませ」

「会えると申しても頑ななんか」

「……敗者に語る言葉などござらぬ。ただご厚情を希うばかりなりけり」

「ドン・シメオン」

「な――ッ!」

「どないしたシメオン。そない鳩が豆鉄砲食らったようなお顔さんして」

「……あり得ぬ。あり得ぬであろう、この化け物め」


 ひどっ。


 だが掴みはOK。官兵衛の頑なだった鉄壁の感情をかなり揺さぶれたのではないだろうか。揺さぶれた。

 けれど天彦もちょっと失言したと後悔している。誰も知るはずのない官兵衛の霊名をズバビタで推し当てたことではない。鳩が豆鉄砲の件にである。ちょっと慣用句としては時代を先取り過ぎていたので。今更だが。


 そう。黒田官兵衛孝高。あまり知られていない事実としてクリスチャンネームを持っているという点が挙げられる。彼は歴としたクリスチャンであり、史実で洗礼を行った宣教師を紹介したのはあの織田信長であると言われている。

 むろん官兵衛の驚嘆にあるようにこの時点でその事実を知る者はかなり相当限られているはず。あるいは身内ですら知らされていない事実かもしれなかったほどに厳重に秘されていた。


「驚いたか」

「むろん。種は明かしていただけますので」

「さあなぁ。くくく」

「殺生にござる。死出の土産に何卒」

「何が摂政や。身共はまだ権大納言にさえなってあらしゃりませんのに」

「……菊亭様」


 存分に振り回し勿体ぶってさて。


 そういった意味で今回の一件。天彦は当初、黒幕は室町第の亡霊勢の仕業だと完全に高を括っていたのでそうとうかなり手古摺っていた。それはそう。上がってくるどのルートの情報からも一切人質の存在が浮かび上がってこなかったから。

 ならばと深く読み解いてみた。プロファイリングの原点に戻って1から。いやゼロからか。こんなに冷静やのに何で解けへん何で負けるんの感情で。意地になって。ムキになって。

 するとどうだろう。証明の解が現わす結果はすべて黒幕は魔王だと指し示すではないか。そしてその片棒を担ぐのがフェルナンド・メネゼス。そう。あのイスパニア海洋帝国提督だったのである。

 

 気づいたときはまだ可能性の一端だった。しかしピースが埋まっていくにつれもはやそれ以外はないとなった。驚きである。

 織田の監視の目がとどかない場所で果たして誰が謀反を起こすのか。そんな炙り出し策はまんまの見事に炸裂したのだ。かなり好意的に捉えれば。

 あるいは究極のマッチポンプだと天彦は考えている。何のための。むろん抵抗勢力を丸ごと一気に殲滅するための。そしてそこには徳川の抹消も含まれる。あるいはそれが策の大題目である可能性すら感じてしまう。


「いずれにしてもえぐいん。まさか魔王さんとメネゼスさんが裏で結託していたなんてなぁ」


 フェルマーの最終定理も吃驚のネタバレである。

 あるいはラウラがラスボスか。そんなはずはない。けっして。天彦は謎解きの過程で一瞬でも勘繰った自分を厭になった。うんざりするほど。未だに猛烈に後悔している。


 使い古しの言葉でいい。何か愛の言葉を下さい。


 あれこそが開け胡麻の呪文だったのである。あれは暗にこの状況を指し示す合図、あるいは符丁となっていたのである。ラウラは秘密裏に信号を送ってくれていたのだ。鍵となる人質が提督の元におりますの合図。テールランプを五回点滅させていたわけではなかったのだ。

 なのに真剣にハンドサイン考え込むとか笑。氏ぬ。だがラウラはラウラ。離れていてもずっと傍にいてくれている感覚は間違いではなかった。素直に嬉しい。


 いずれにせよ官兵衛の妻子を拐し徹底抗戦に踏み切らせたのは魔王である。

 なぜの説明はもう十分お腹いっぱいのはずなので割愛するが、つまり金ドブ上等の感覚でなければ戦国領主などとてもやっていられないということなのだろう。知らんけど。


 猶この場合、その金には人材も含まれるとして。


「取り返したろ」

「搦め手にしてもあまりに悪辣」

「麿が、もうええさんや。官兵衛」

「はい」


 天彦は余所行きの仮面を剥ぎ取って向き合う。


「身共が首謀者やと考えたな」

「お尋ねとあらば不敬を承知で。この状況、それ以外に答えはござらぬ」

「それがあるんや。と申したら……」

「ならばその真相とやらを御伺いいたしまする。尤も裏とやらを話せればの話にござるが」

「解ければ簡単なん。着想は信長公始まり実行犯はイスパニア海洋帝国提督フェルナンド・メネゼス卿の持ちかけられた。そしてそうとも知らず策に乗った足利義昭公。いや惟任日向守。そして小寺が嵌められた。いいやお前さんか。それが今回の事の顛末や」

「作り話にしてはちと手が込んでございまするな」

「もうええさんや。官兵衛、お前さんとて気づいてるんやろ。その可能性に」

「くっ」


 足利、イスパニア。接触を図ったのはどちらが先かはこの際どうでもよいだろう。

 いずれにせよ足利かイスパニアと接触した小寺が、何かを約束するため人質を差し出す流れになった。

 何かとは何か。包括的な約束でもあったのだろう。

 そしてその相手方は、官兵衛が自らの妻子を出してもよいと判断するほどの信頼厚い人物あるいは団体であったと思われる。


 故に真の真なる黒幕は。


 此度の一件の総論、結論は……、


「イエズス会にあり」

「……」

「どや官兵衛。あり寄りのありで間違いなく合うてるやろ」

「無念にございまする」

「やろなぁ。なあ官兵衛、伴天連とはげに心無い者どもにおじゃるのか。知ってはおったがあまりにも残酷に思うぞ」

「は、ははっ」


 片やその口で愛を説き、片やその手で人を貶め殺める。その手段の理非を問わず。


「神は言った、か」


 その一言ですべての悪行が正当化されてしまう事実に震える。むろん怒りに。

 神仏をギミックとして散々扱き使っている天彦も相当非難できる筋合いでもないけれど。


 笑笑とオチを付けたところで。


「仕返し、したないか。纏めてひっくるめてどかんと倍返しで」

「……」

「口惜しくないんか。なんや見当違いやったな」

「まさか! ……腹の底から口惜しゅうござる。己を恥じ入ってもござる」

「ほな、はい」

「……」

「ほら、早う」

「あ、は、ははっ」


 官兵衛はそっと差し出された天彦のちっこい手を見つめること少し。大仰に取り、そして大きな体を縮込めて小さくなって震えるのであった。


「勝敗は兵家の常。我らに遺恨はない。小寺はこれより菊亭の預かりとする」

「すべて権大納言様にお預け申し上げまする」


 

 すべて権大納言様にお預け申し上げまする――!


 

 官兵衛につづき、仕置きに立ち会っていた一同が残らず同意の声を挙げて賛意を示した。

 それはそう。今や徳川勢にとって天彦は命綱より貴重な存在。相当なことでもないかぎり、否が応でも賛同に回る。


 戦闘力53万揃いのイエスマン戦闘民族集団を手に入れた天彦は、ほくほく顔で。


「はっはっは、ざまあ。見事に儲けたったん!」


 疫病神、あるいは貧乏神に唾棄して勝ち誇るのであった。次郎法師のどこか呆れた風な表情を視界の端っこに入れながら。

 結果としてたしかに天彦の菊亭はそうとうかなり儲かった。発見した銀山利権含めて儲かるだろう。


 だが、果たしてそうかな。


「ん? なんや」


 天彦は周囲をきょろきょろ。胡乱な目つきで探りを入れる。

 あるはずのないものがまるで見えているかのように虚空を見つめて、何事かをぶつぶつつぶやく。


 合言葉は差し引き相殺。要らんねん。ネットでグロスとかどこのブラック大手発注者やねん。次やったら怒るから。フリじゃないよマジだから。


 ひとりブラック中小企業の案件担当業務長ムーブで黄昏ていると、


「如何なさいましたか」

「ルカ。いや空耳なん」

「失礼。……まあ。お殿様、お熱があるだりん」

「平熱高いからこのくらいダイジョブねん」

「ダイジョびません。お殿様は油断しているとすぐに倒れてしまいますだりん。お殿様がお疲れのご様子。夜、薬師の元へお運びいたせ」

「はっ」


 ルカから指示を受けた夜申はどこか苦い顔をしながら、けれど有無を言わせぬ気迫で天彦を連れ去った。


 天彦が別室へと運び込まれるのを確認して、徳川勢が立ち去るのを待って。

 満を持して巨体と小兵が見つめあう。


「長野、久しいな。息災であったこと嬉しく思うぞ」

「与六殿こそ」

「うむ。御家の今後を話し合いたいが如何」

「望むところ。某も思っておった」


 扶と扶。どうやら武と智の両輪はここで折り合いをつけるようであったとかなかったとか。


 するとそこに、


「御家のことなら某も混ぜるべきやろ!」

「あ、いや、お雪殿には……」

「某にはなんや与六。家内の序列第一位の某を蔑ろに、事を進めるお心算か」

「まさか。ですがお雪殿、一日座っておれますかな」

「無理だな」と、是知が秒より早く、何なら被せ気味に否定した。


「あ」

「あ」

「あ」


 そうだそうだ半刻も無理だ。


 誰かのヤジにどっと場が湧き雪之丞は彼の真骨頂でお役目を果たす。

 いずれにせよこうして征西は本格的に始動したのである。














いかがでしたか。展開並びに結末、お気に召したでしょうか。

播磨攻略編は一旦ここで区切りを付けます。章を区切るかはちょっとあれですけれど。5話ではさすがにね。


さて、遂に待望の“いいね”が見える化される新機能が実装されましたね!


ドクシャーの皆さま。如何ですか。この機会にブラッシュアップされた新機能の実用性を体感なさってみるのは。密かに抱いていたエモーションをお手軽に示せる絶好のチャンスですよ笑笑爆。とか。

 

実は一ミリも笑っておりませんけれど。笑っていたとしても極めて乾いた“あはは”ですけれど(悲痛の嘆き!)


そういうことです。


なにとぞよろしくお願いいたします。ばいばいまったねー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うわぁ〜藤吉郎さんいない世界線にて天彦さん着々と世界線の違う太閤さん派閥を着々と作り上げてはる〜、、いないのはヒロイン枠(寧々さん、淀様)。 相変わらずお可愛らしいお顔で、欲しいものをえげつない策で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ