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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十四章 生生流転の章(余談編)
238/314

#12 おめおめと生き恥を晒していくスタイルですが何か

 



 元亀元年(1570)八月二十二日






「ほな付いて参るん」


「はっ」

「はい!」

「よろしくお願い致しまする」


 天彦は内心の“むふふ”をひた隠し、毎日市でゲットしたレアポケモン(☆3・☆2・♦4)あるいは脇坂甚内安治、安威五郎左衛門了佐、長束新三郎正家を引き連れ、その足で仮宿に向かった。


「るんるんるんったらるんるんるん」


 ABCマートで掘り出し物を見つけたかのような。あるいは単純に気分よく鼻歌交じりの軽快な足取りも程なくして不穏が差し込む。

 不意に用人に扮したルカ親衛隊たちが慌てた風に足を止め、天彦のるんるん気分に冷水が差されたのである。


「お殿様、御警戒を」

「ん」


 親衛隊たちの反応にルカが機敏に応対して天彦に制止を促す。

 天彦はわけもわからず四人に四方を守られつつ、けれど訳を問い質すこともせずじっとおとなしく事態の推移を見守った。


 と、


「菊亭様にございましょうや」


 どこからともなく草臥れた旅装束コーデの商人風青年が姿を現わせ誰何してきた。ほんとうにどこからともなく。


 それだけで異常。加えてこの草臥れた旅装束コーデの商人風青年は明らかな武威を纏っていた。

 それもそんじょそこらの武威ではない。隠していても隠し切れないほどの武威である。それこそ天彦の知る中で最大級である与六にも見劣りしないほどの。


 警戒感も露わに天彦は即答を避けじっと商人風の青年を観察した。

 天彦のその応接にルカ一党も同調、警戒感をマックスに引き上げ場に息苦しいほどの緊迫感を演出した。

 すると空気は読めないが妙に勘だけはいい雪之丞も右へ倣い、新加入のレアポケモン衆も同調した。


「何者である。菊亭様と承知なら無礼であろう!」

「商人風情が何ごとか。頭が高い、控えよ」

「控えおろう!」


 が、空気も読めず勘も滅法悪いのだろう三バカトリオは張り切った。ここぞとばかり腕を捲り場を弁えずに粋り散らして。


 当然、


「黙るん」

「しかしそれではお家名の御威光に傷が付きまする!」

「傷つくような家名なら要らん。身共にもともと威光などない。それより上原、身共は黙れと申した。二度は申さん、黙っておれ」

「う。……はい」


「湯口、三輪もや」

「しかしそれでは! ……げ。お、仰せに従いまする」

「主家の御家名に! ……う。ははっ従いまする」


 一瞥さえない拒絶。あるいは問答無用の叱責ともなればさすがの二人も敗北を認めざるを得ない。

 三バカはそれまでの意気が嘘のようにわかりやすく凹んで見せると即刻態度を改めてただちに謝意を表明した。


 凄む必要さえ要らんとかヤバない?


 いずれにしても、これにてようやく三人は足並みを揃え押し黙った。

 だがこの三バカはいずれ絶対にやらかす。将来的に100確実に祟ることを確信しつつも天彦は“ま、おもろいからえっか”のノリで受け止め、それ以上咎めず見逃した。


「ルカ」

「申し訳ございません」

「つまり囲まれているんか。退路は」

「……どうやら完璧に断たれているようです。すべてはわたくし共の、いいえ私の失態です」

「なるほど。……くふ、じんおわなん」

「その割にずいぶんとお嬉しそうにございますね」

「気のせいやろ。ほらこの通り震えてるん」

「……」


 それのどこが……。


 ルカの呆れた顔を最後にお巫山戯もこれにてお仕舞い。

 草臥れた旅装束コーデの商人風青年を前にして、ルカは再度「お殿様、如何様にでも処罰してください」己の失態を認め詫びた。

 むろん処罰など一ミリも考えていない天彦は右眉だけを器用に上下させて答えとした。貸しひとつ。言語化すればこんなところか。


 他方、じっと黙って主従のやり取りを窺がっていた商人風青年は何が琴線に触れたのか、口角をあげて反応した。おそらくは笑顔を浮かべているのだろう。非常にとても判断に悩む表情であった。


 けれどおそらくは笑顔であろう。天彦はその微妙で曖昧な笑い顔を見て直感する。必ずどこかで会っているはずだと。

 天彦はすると場違いなほど瞳をきらきらに輝かせた。そして狂気じみて見えるほどこの難問に嬉々とした。そう。例のあのかおである。

 まるで何か得体の知れない狂気の仮面を被ったかのような人外じみたあの貌である。胆力の塊とも言われたあの藤吉郎をも凍り付かせたあの貌である。


 さて場面はむろん紛れもなく窮地である。あるいは天彦にとって人生最大級に匹敵するだろう窮地である。あるいは回答を間違えると最悪は命を失うという意味では最大かもしれない危険性を孕むほどの窮地であった。


 なのに天彦は嬉々とした。おそらくは無意識的に変貌させているだろうおぞましい貌で嬉々とした。そして同時にこの貌で考え込む天彦の図は仲間内にはすっかりお馴染みの知られた状況であった。だが初見さんにはかなりきつい。


「……」

「……」

「……」


 やはりというべきか。レアポケモン三人衆が完全に固まってしまっている中。

 けれど見慣れているからといって引かないとは限らないことを証明するかのように、最側近であるルカを筆頭にして周囲のすべてがドン引きながらされど天彦の動向を見逃すまいと全集中で視線を預ける。


 対して周囲の呆れとも怖気とも取れる視線を一身に浴びる天彦は、けれどまったくお構いなしに我が道を行く。持ち前の集中力を見せつけるかのように懸命に記憶を引っ張り出す作業に集中した。


 知った顔ではない。それは確実。だが妙な既視感を覚えてしまう。それはなぜか。そんな怪訝な表情で商人風の青年をじっと見つめ続ける。


 果たしてどのくらいの沈黙が続いたのか。常ならほとんどが痺れを切らすだろうかなりの刻が経過した。


 と、


「しゃーない。本日はチートデイとしたろ。そこな商人風コーデ、直言を許す。面を上げい」

「はっ、ありがたき幸せに存じます」

「うむ。して相模後北条さんが身共になんの用事におじゃる。身共は相模守さんに恨みを買った覚えはないさんにあらしゃいますが」

「……」


 うむ。やはりそれだけはない。主家西園寺所縁の大名。氏政・氏直親子には細心の注意を払ってきたのだから。絶対にない。


 天彦の付け加えられたつぶやきの言葉に、さすがの商人風コーデの青年も大いに魂消て表情の非常にわかりづらい顔を驚愕に染める。


「なぜ某が後北条所縁の者だと……」

「小田原に風魔あり。その頭領を小太郎と申すのや。亜将さんからよう訊かされた話や。違うか乱破小太郎」

「……御見それいたしました。お初にお目にかかりまする。某風魔一党を束ねる頭領小太郎と申しまする。ですがそれだけでは納得できかねまする」

「欲しがるん」

「何卒」

「しゃーない。特別やで。……実は身共、お前さん以外の主要キャストにはうてるんや。キャストはあかんか。乱破・発破・素破を束ねる主要な頭領にはみーんな会うてる。つまり消去法やな」

「……なるほど。然り。得心いってございまする」

「種が明かされたらがっかりやな」

「いえ滅相もございませぬ! 感服いたしましてございます。聞きしに勝る御慧眼。まさに千里を駆ける目と耳と知見をお持ちにございますな」

「おべっかはいらん。で、何用や。忌憚なく申すがよいぞ」

「はっ。ならば忌憚なく申しまする」



 お命、頂戴仕りまする――。



「え」

「お命、頂戴仕りまする」

「二遍ゆう! 引くんやが。それも果てしなくドン引きなんやが」

「くっ、ふふ、あはははははは」

「くふふふ、面白い乱破なん」


 まさかの直球で命を求められた天彦は、けれどお道化る余裕を見せた。

 対する商人風コーデこと風魔小太郎は堪らず白い歯を見せ笑う。

 すると小太郎の柔和な笑い声に呼応して周囲の張り詰めた緊迫の気配も心なしか緩んでいた。いやはっきりと緩んで感じ取れた。


 どうやら一次試験はパスした模様。表面上はどうあれ天彦はほっと胸を撫で下ろした。


「ご無礼をお許しください」


 すると小太郎が地に膝を付け叩頭して改まった。

 天彦はじっとその頭頂部を睥睨し、


「許す。で、何用や」


 声のトーンをひとつ下げて問い質した。


「はっ! 御推挙を賜りたく馳せ参じた次第であります」

「亜将さんとこに仕官したいんか」

「然様にございまする」

「存じてるとは思うが、西園寺家に所領はない」

「存じておりまする」

「ふーん。さよか。感状をくれてやるくらい造作もないが、相模守さんと穏便でないとそれは訊けん相談なん」

「……」


 答えはない。だが小太郎の額に浮かぶ汗の質で十分だった。

 西園寺なら乱破の有用性を知る。しかもワンちゃん戦国公家大名への返り咲きもある。さしずめそんなところか。


 天彦は小太郎の思惑を推測しつつ、けれど自分にも思惑がある。即答を避けて小考した。

 何しろむしろ思惑しかない戦国人生であれば、相模後北条家には現状を維持してもらわなければ不都合だった。

 それでなくとも苦心して仕上げた砂上の楼閣、あるいは張り子の天秤である。揺るがせる不安要素は一切合切何であろうと看過できない。簡単に崩れ落ちてしまうから。仮に揺らいだとしても少なくとも天彦が考える未来絵図が実行に移されるまでの五年間はマストで現状を維持してもらわなければ不都合極まりなかった。


 お願いばかりで申し訳ないさんやが。こればかりは何卒聞き届けて頂きたいと心中で独白しつつ。

 私欲的な話ばかりではなく総じて日ノ本に利益をもたらす案件であり、そして未来の栄華にもかかわる重大案件なんと嘯いて。


 東国上杉家と畿内織田家の戦力バランスは不安定な上にどうにか安定させているのだ。相模が揺れると日ノ本中に大激震が走ってしまう。

 どちらかに天秤が傾くことだけは絶対に避けなければならない至上命題である。

 それを踏まえた上で天彦はきつい口調で詰問した。


「よいか小太郎。其の方らがどこに仕官しようともそれは身共の預かり知らぬこと。だが身共の目の届く範疇ならば黙ってはおれん。そこだけは肝に命じよ」

「しかと命じましてございまする。なれば西園寺家ではなく御家ならば如何にございまするか」



 は……!?



「は?」

「なれば西園寺家ではなく御家ならば如何にございまするか」

「二遍ゆう!」

「はい。確と申し上げましてございまする」

「ほんで居直る!」


 どうやら小太郎。天彦に突っ込まれたい癖か、あるいは抜け抜けと何食わぬ顔で二度言う悪癖があるようだった。


 即答で拒否。……したいところだが悩ましい。

 射干と職分が被るのが一つ。しかも意図がいまひとつ読み解けない。事情を訊いたところで果たして本心なのかはたまた事実なのかもわからない。何しろ相手は海千山千の忍者の頭領。天彦ごときで本意を見抜けるとは到底思えないのである。


 だがどうやらこの様子では相模が不穏。それだけは確か。ならば手元に置き様子を窺うのが最善か。――よし。


「裏切りは許さん。身共の意向は日ノ本津々浦々にまで及ぶと心致せ。その上で仕えるか否か応答せよ。如何におじゃる」

「どうか、我が風魔一党を御家の末端麾下に加えていただきたく存じまする」


 小太郎は悩む素振りすら見せずに即答して懇願した。

 天彦は珍しく意気に感じた。……風を装いさして紅潮もしていない顔色で小太郎に視線を預けると、


「許す。風魔の頭領小太郎。そなたの率いる一党を我が菊亭一門に与することを許して進ぜる」

「はは、ありがたき幸せ。某小太郎並びに風魔一党、天地神明にお誓い申し上げ主家菊亭家の隆盛に尽力致す所存にございまする!」


 ははは、ウソだね。


 果たしてどちらが役者なのか。あるいは大根か。少なくとも天彦はわかる者にはわかってしまう冷めた目で、誠心誠意臣従を誓う風の小太郎の頭頂部を見つめていた。


 ルカの何とも言えない絶妙に肌感で気づいてしまう視線を横目に感じながら。

 一瞬横目でちらり。


 うげ。


「ごめんて」

「何も申しておりません」

「その冷たい口調、もうゆーてるのと同じなん。てか四人では弾が足りんのん」

「あんたのせいだろ、ポンコツ主君が」

「おいコラ、なんやと」

「口が滑りましてございます。心より陳謝申し上げます」

「悪態よりきついん! だりんカムバック」

「ご自分が蒔いた種。うちに泣きついても一切預かり知らないだりん」

「あ、はい」


 でもお帰りなさい“だりん”さん。大好きです。

 二人は小声でいちゃいちゃする。


 すると、


「では早速手始めに某が手に入れた情報を」

「ほう。訊かせてもらおうか」


 天彦の目が光る。反面ルカの表情が曇った。


「西国征伐。いや地検にございますか。いずれにせよ荒れたままの西国は駿河守家康殿がご出陣遊ばされまする」

「ほう駿河守さんが。それは大役におじゃりますなぁ」

「はっ。そして申し上げにくいことながら、毛利家亡き西国の地はお世辞にも織田家のご意向が適っているとは限りませぬ」

「然もありなん。身共を気にせず続けるがいいさんなん」

「はっ。荒れた西国の御料地の目下最も覇権に近しい大名家は――」



 とんとん、ばさっ――。



 天彦はとくに意識した風ではなく、けれど確かな意図を以って小太郎の言葉を遮るように愛用の扇子を広げた。そしてゆっくりと扇ぎ風を感じる。ともすると獰猛とさえ感じてしまう貴族にはあるまじき狩猟者の顔つきで。


「官兵衛。いや小寺さんやな。台頭したのは」

「……!」

「大方、御着の小寺は黒田を手先に姫路にでも籠ってるんやろ」

「見たように語られまする」

「見たからな」

「その冗談てんごうももはや一切笑えませぬな」


 小太郎は改めて、あるいはこの日初めて本心から本域で感服したとばかり目を大きく瞠って心情を伝える。あるいは訴えているのかも。

 いずれにせよ天彦の推論は異常である。何しろこの時代の播磨事情を知る者なら絶対に、赤松氏の台頭を外しては考えられないからである。だが天彦は。

 日ノ本中の軍師策士を集めたところで可能性の一端さえ誰も考えないだろう中、物の見事に事実を的中させていた。それにはビビる。さすがの風魔も。


 気づけば周囲には恭しく傅く集団の姿があった。

 通行人も何事かをぎょっとさせるほどの集団が、中心に居る一番小さな人物に最大限の畏怖を表明し叩頭、いや跪拝していた。


「この通りに」

「大仰なん」

「ですが内なる真実に背けぬは人の性にて」

「受け入れるからやめさせるん。はずい」

「完敗にござる。小太郎、真に恐れ入りましてございまする」

「ははは、そうでもあるん」


 むろん推測に推測を重ねた推論。言い換えるなら当てずっぽう。当て推量。

 むろん伏線はあった。こうして自分に豊臣恩顧の武将が転がり込んできている伏線が。

 ならば黒田官兵衛が台頭しないはずがなく、けれど他方ではやりづらさも感じてしまう。何しろ官兵衛タヌキは自分と同じ匂いがする。それも極めて酷似した悪巧みとウソつきが放つ特有のむんむんする良い(悪い)香りが。


 そして藤吉郎退場の割を食ったのか恩恵を授かったのか。

 西国征伐担当は徳川のタヌキに決まったらしい。


「して小太郎。播州の赤松は、別所は、明石は、三木は、櫛橋はどないしたんや」

「挙げられた国人は志方城の櫛橋氏以外はすべて小寺家に屈服臣従しております」

「城は。領地はそのままか」

「はっ。むろん主従の逆転した赤松氏は大きく版図を削っておりまするが」

「上月城は残されたか」

「……凄まじき御知見。言葉もございませぬ」


 もはや天彦の耳に小太郎の言葉は届いていない。

 あるいは聞こえていても反応も薄く、どうやら自分の世界に浸っているようであった。


 誰もが天彦の動向に注目する中、ややあって、


「……少なくとも逆風ではないん。このまま威勢をかればあるいは西国丸ごと。くふ、くくく、ほほ、おほほほほほ。儲かったん」



 あ。



 それ絶対言ったらアカンやつ。例え一級フラグ建築士の血が騒いだとしても、絶対に……。


「お仕舞いだりん」

「じんおわです」

「つらたん」

「もう、お殿様のおバカ」


 口々に天彦非難の言葉がつぶやかれる。だがそうとも知らず、天彦のとても珍しいお公家笑いが響き渡る。

 むろんルカを筆頭に周囲は遠慮することなく残念極まりないがっかり視線を向けるのだった。


「おい、さすがに無礼やぞ!」


 とか。


 いずれにせよいよいよ本格的な国盗り合戦の幕が切って降ろされようとしていた。


 そしてこの場の誰もが戦雲到来の兆しを感じ取り、それぞれの思惑に心躍らせあるいは何らかの意を決する中、


「若とのさん。某は反対ですからね」

「なんやお雪ちゃん藪から棒に」

「反対ですからね」

「だから何で」

「申されましたやん! 西国参ったら某と縁側で野生の獣さん膝に抱えて一緒にぽけぽけするって。某が食べたことない大そう美味しいお団子も食べさせてくれはるんですよね」

「う」

「戦は懲り懲り。そうも申されておりました。某はちゃんと訊いております。この両のお耳で」

「あ、うん」

「若とのさんはウソつかはれへん。だってお公家様ですものね」

「いやお雪ちゃん。むしろ公家は嘘つ――」

「つきませんよね! だって某が悲しむから」

「あ、うん」


 菊亭一のお家来さんはどうやら反対のようである。それも断固として。

 当人らを前にして辛うじて主語はぼかされているが、その意図は明らかに明確であった。

 総じて国盗りといった荒事そのものに対する反対の意。加えて新加入メンバーへの苦言。もしくは反対その物も含めた意志の表明に違いなかった。


 それを証拠に新加入したレアポケモン三人の困惑は著しい。自分たちのことを指して苦言を呈されていることはお察しのようである。


「朱雀様、何卒」

「何卒」

「何卒」


「知らん。それに某は朱雀を辞めた! いや辞めると辞表を認めるつもりや。ころころと就けたり放たれたり。そんな職などこっちから願いさげです、のん」



 あ。


 え。


 え。


 え。



 公然と言い放たれた東宮批判は、周囲を今日一凍り付かせた。

 だが天彦はどこか頼もし気な表情で雪之丞を見つめ、そして、


「さすがは東宮様に見出されし俊英。なるほど確かに振り回されてばかりも面白くない」


 遅れて参上した目付け役、万見仙千代をも唸らせる。まさかの賛意に周囲も唖然。

 けれどそれもそのはず。この頃の雪之丞には武家の風格と貴族としての気品の両方がその凛々しい顔に映し出されるようになっていた。むろんこうして感情を露わに激憤していればの話だが。


 加えて雪之丞には損得勘定が微塵も感じられない。その分だけ発言に眩さが伴うのだ。それを証拠に部分的にだが、一部の者は眩しいものを見るようにどこか尊敬の眼差しを向けていた。


 その一人である天彦は、


「ほなお雪ちゃん、身共と一緒に東宮さんに別当返上しよか」

「いや若とのさんはあきませんやろ」

「おいて!」

「みっともないから大きな声出さんといてください」

「あ、うん。でも何でなん。身共かて辞めてええやろ」

「阿呆やろ」

「おいコラ、アホ言う方がもっとアホやろ」

「あ」

「あ」


 そして少しだけ物事の道理も弁えるようになっていた。凄い!偉い!がんばれ!


 ちょっとだけ淋しく思う天彦は、けれど変化を受け止めて。


「ごほん。ルカ」

「はっ。ここに居ります」


 真傍に控えるルカを呼びつける。

 対してルカは存在を誇示するかのようにいつになく尊大に振舞った。

 天彦は苦笑をかみ殺しつつ、ルカの面目を壊さないように尊大に振舞って合わせる。


「よし決めたん。緑のおタヌキさんが参るより先に、我ら一門で播州播磨を押さえてしまうん」


 おおぉ――。


 どよめきは小さく、けれど高揚感は紛れもなく同一の温度を指し示す。

 手応えを感じた天彦は、仕上げとばかり畳みかける。


「疾く菊池に申し置け」

「はっ」

「事が事だけに文は書かん。口頭で伝えよ。」

「はっ。して御用命は」

「可及的速やかに海賊を集結せよ。敵は姫路にあり」

「……は、はいだりん!」


 今や瀬戸内は村上海賊の恣。しかもその村上氏に淡路国の安宅氏はすでに軍門に下っている。

 つまることろ瀬戸内から明石海峡にかけてすべて、海路は菊池の思うままであった。延いては菊亭の思惑に沿う。

 海上を完璧に封鎖した上で陸路からも何某かの圧力をかけられれば流血は思うより少なく済むはず。そんな甘い皮算用をしながら。


「さあ戦国の英傑黒田の官兵衛。その手腕、とくと拝見と参ろうさん」


 天彦は扇子を扇ぎつつ、強気の態度と言葉で嘯くのであった。


「してお殿様、戦支度の銭は如何なさいますだりん」

「すぐ水差す!」

「してお殿様、戦支度の銭は如何なさいますだりん」

「ルカ。お前もか」

「してお殿様、戦支度の銭は如何なさいますだりん」

「三遍ゆう!」

「何度でも申し上げますだりん」

「出た仕返し! わかったから許して?」

「してお殿様、戦支度の銭は如何なさいますだりん」

「……はぁ。神屋さん、呼んでほしいん」

「あ」

「あ」

「あ」


 舌の根も乾かぬ内に安易な金策に走ってしまう。

 憐れ一生貧乏天彦くん。一のお家来雪之丞に合わせる顔は、今のところひとつもなかった。












少し荒いですが方向性は間違っていないでの許して欲しいください。

投稿遅滞してたこと言い訳はしません! ……ぐぬぬぬ、したい! 二万文字でしたい! でもしないよ。大人だから。とか。

ではではまた次話でお会いしましょう。ばいばいきーん!

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お雪ちゃんかわいい
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