#07 前略、キミたちとボクのほろ苦い挫折に捧ぐ
元亀元年(1570)八月朔日
大阪石山本願寺本陣。黄昏時、宵五つの鐘が鳴る。
大阪本願寺西側・楼の岸砦は、眼下に戦場を見渡せる好立地である。
教如はこの楼の岸砦を本陣として門徒勢の指揮を執る。
教如軍十二万対織田魔王軍六万。両軍合わせて総勢十八万の大戦である。
兵力数だけなら本願寺軍の圧勝であろう。その兵力を扱う将に差はあれどその不利を押して余りある圧倒的兵力差が存在した。
しかも本願寺軍は守勢側。一般的軍事教則に従うなら攻勢側は守勢側(籠城側)の十倍の兵力を必要とするとされている。よって本願寺軍には圧勝の予感さえ漂っていた。
会戦を報せる陣太鼓と大法螺貝が鳴らされるほんの一昨日前までは。
「あいつがなぜ斯様に織田を恐れたのか、……ようわかった」
煌々と松明が焚かれたその本陣。その上席に座る教如はつくづく実感したといった重苦しい口調でぽつりつぶやいた。
織田軍の強さは兵器の最新性と、それに伴う兵士の士気の高さに由来されていると高を括っていた。つまり取るに足らないと。
兵器なら本願寺も取り揃えている。菊亭で兵器が戦局を左右する威力をこれでもかと見せつけられてきた教如に抜かりはなかった。
だが実際にぶつかってみて実感する。そうではなかったことを。
意外な発見は多くあったが総括すると情報力に集約される。信長はありとあらゆる情報を収集し分析しときに操り、ものの見事に扱っていた。
勝敗は戦う前から決していたのだ。兵家の常でもましてや時の運などではけっしてなく。
教如がらしくない萎れた表情でくたびれていると、不意に陣中が雑然とした。
早馬来訪の合図である。
すると評定衆たちが不安げな面持ちで己を見ていることに気づいた。
嗚呼、己はこの大戦の仕掛け人であり総大将であったな。
教如ははっとして表情を律する。まるで今更思い出したかのように。あるいは悪戯を咎められた児童のように。
ややあって、いつも以上に表情を険しく戦況を見守るテイの表情を作り上げた教如の下に、すると一騎の早馬が駆け込んできた。
「申し上げます――ッ!」
「申せ」
戦況を報せる急使は転げ落ちるように鞍上から飛び降りると、這う這うの体で教如に向かって声を発した。
「ぜぇぜぇ、はっ申し上げます! 天王寺砦攻略の任に当たった御味方惜敗! ……攻め方大将下間順次様、矢傷を負われ落馬。それを救いに向かわれた順興寺実従様お討ち死に。同じく性応寺了寂様お討ち死に。いずれの坊官様も見事な最期を遂げられましてございます」
…………。
つまり全滅。本陣には静寂よりも猶静かな静謐の帳が舞い降りた。
誰も何も発さない。いや発せない間が数舜つづき、ようやく我に返って発声できたのは辛うじて総大将の自覚を持てているだろう教如ではなく、その参謀であり腹心の下間美作守であった。
「ご苦労であった。休むがよい」
「はっ」
惜敗とは装飾し過ぎである。控えめにいって圧倒的劣敗であった。
「ご苦労」
「はっ」
腹心頼亮の声を訊いてようやく我に返った教如は急使に労いの言葉をかけて虚空を見つめる。
その諦観の面持ちにはかつてのいけいけイケメンの面影はない。あるのはつくづく己の無力を覚った弱弱しいただの青年の顔だけ。
彼は敗北を知らなかった。世界は思いのままだった。
一度策に嵌り敗れたがそれはノーカン。相手が悪い。悪巧みの権化が相手ではこの世の誰とて必負であろうから。
果たして己惚れの芽はいつ芽生えたのか。あるいは種はいつ撒かれたのか。
近くて遠い記憶をずっと遡っていく。……お前やな、菊亭。
あの腹立たしくも痛快な化け狐に見染められたその日から。
教如、いや茶々丸の慢心は始まっていた。
善悪や可否ではなく事実として。「お前さんが茶々丸なん? 身共は天彦。末永くよろしゅうさん」出会ったその日が今日という日を宿命づけていたのだと確信する。
言い訳ならいくらでもでできる。
真なる天才をずっと見続け、己が天才などとは露ほども思っていなかった故の慢心。
その鬼才が己を天才、傑物、大英雄と持て囃して重用した故の慢心。
その鬼才があまりに常勝無敗だったから故の慢心。
その鬼才の右腕・腹心であった誇りや自負故の慢心。などなど。数え上げれば枚挙に暇はないだろう。
だが己で局面を作り上げてみて初めて気づけた。
つくづく痛感する。
軍略家として勝率五割なら優秀であり、武家として勝率六割ならかなりの武門と称される中。
如何なる局面、如何なる不利も掌握し覆してしまうあれが異常なだけで、勝負事には勝ち負けが付き物。兵家の常であり時の運なのであると。
「申し上げます――ッ!」
「申せ」
顔色を失った教如が自責の念で過去を回想している間にも、次々に舞い込む報せはやはり凶報ばかりであった。
刻一刻迫る敗北のとき。本願寺軍の不利ばかりを報せる戦況報告にさすがに教如もぽきり。メンタルを圧し折られてしまっていた。
舐めるな儂を。舐めるな菊亭一門の絆を。
勢い勇んで啖呵を切ったまでは良かったが舐めていたのは果たしてどちらか。
だが教如の策に落ち度はない。あったとすれば誤算であろう。まさか織田軍があるいは織田信長自身がこれほどの軍略家だとは思いもよらず、また一方では織田軍がここまで強兵だとは思いもよらず、まさか門徒たちがここまで意気地がないと思わなかった。
しかしそれも当然だった。常勝無敗。織田軍が一敗地に塗れたのは過去も現在のただ一度きり。対菊亭戦だけでである。世間の評価は織田家の勝利であったとしても、織田家の当主自らが敗北を認めてしまっていては負けであろう。
身共痛恨の甘酸っぱい挫折なん。
菊亭にしても敗北を認めてしまっていたが、それはそれ。
裏を返せば常に敗北必死を義務付けられている織田死兵軍と、空前の好景気によって腹を十全に満たされている門徒兵とでは根本の戦う意味あるいは意義が違っていた。
結局はモチベこそすべて。これに尽きる。
数値化できないこの差が数に勝る本願寺門徒軍の連戦連敗の主たる要因となっていた。
それも偏に如何にこの戦が無意味なものかを解いた文が戦場のあちこちにばら撒かれているから。
第十九計・釜底抽薪の計。すでに情報戦で敗北していた。
軍略で負けつづき。しかも何かに付け織田軍の速度は凄まじく、野田、守口、森河内に続き、やはり天王寺に砦を築かれてしまっていた。
結果はあれよあれよ。この間僅か十日足らずの内に計四つの砦を建てられてしまっていた。小説でももっとましな展開を描くであろう神速である。
これは二重三重の意味で本願寺にとっては痛恨で、三方を囲まれたことはもちろん行くも退くも敵わなくなった現実が何よりの痛恨だった。
ならば残された海を目指すのか。あの村上海賊が待ち受ける大海原を。あり得ない。それこそ全滅の憂き目に遭うのは必定である。
そう。まさしく退路は閉ざされてしまったのだ。
意味するところは本願寺の徹底的な根絶。即ち籠城勢の根切りである。
信長はいや魔王は本願寺を叩きに来た。本気で。
今となっては後の祭りだが「あの大阪本願寺の地形こそ古今稀なる城地なり。彼の地に城を築き西国の抑えとするなら、又もなき究竟の場所ならん」と側近に漏らしたと伝え聞いた時点でもっと真剣に捉えるべきだったのだ。
西国毛利討伐以前につぶやかれたとされる言葉だったので、軽く聞き流してしまっていた。
しかもその最大脅威と警戒した大毛利家は誰かの策略によってあっというまに片付けられてしまっている。そこに油断が生じても教如を責めることはできない。
だが言葉は生きていた。毛利亡きあと、にもかかわらず魔王がこの地を欲する理由とは。
即ち依然として西国には脅威が存在することを意味し、逆説的に常に背後の関東管領上杉家を敵性存在として認識していることに他ならない。
そしてそれらすべてのピースが菊亭への過剰なまでの反応に繋がっている。
なぜなら本願寺討伐は西国へと赴くであろう菊亭への完全なけん制に決まっているから。
すると教如の命は保証されているのだろう。教如の首級を挙げてしまっては魔王の策が破綻するから。
ならば菊亭に宿敵を敢えてぶつけるのも策の一環か。足利が息を吹き返す策も魔王の考え……。よもや足利義昭が鎮西将軍職に就いたことは驚きを以って畿内中を駆け巡っている。
「己は青かった」
教如はむろん自嘲交じりではあるものの、いっそ清々しくさえ感じる口調でつぶやいた。
魔王のその伏された真意を読み解けなかった教如の失態。本願寺攻略の延いては菊亭攻略の糸口と口実を与えてしまった罪は重い。
だが教如とて傑物。ただ負けてやる気は更々ない。
「ふっ。見とれ魔王。儂が特級の呪物を撒いて逝ったるさかいな」
生かすやと。舐めるな儂を。生き恥を晒すくらいなら……。
不穏な文言を吐いた教如はこの戦の負けを確信していた。
と、
「おのれ恩知らずの束帯乞食どもめっ」
報せが舞い込むと陣中に誰かの罵詈雑言が響いた。
言葉は汚いがある意味でその言葉が最も的を射ていただろう。
根切りを覚った教如は門徒を救うべく最後の綱として和睦の使者を送り込んだ。ありとあらゆる伝手を頼って上奏を依頼したのだ。むろん依頼内容は帝への和睦依頼である。
だが結果は御覧の有り様、けんもほろろ。教如は自身の置かれている立場を知ったのだった。
教如は惜別のおり天彦から下賜された愛用の扇子をぱちり。傍に控える頼亮の肩を小さく叩いた。
「ふっ無様なもんや。窮地を脱するにはいよいよ儂の首を差し出す他のうなったな」
「門跡」
腹心頼亮でさえ馬鹿なことを仰せになると口にしない。それほどに織田勢の本気攻勢は凄まじかった。
「腹を召すか」
それで思い出すのは同門のこと。
名を石田佐吉といった。
菊亭解散を告げられた日、やつは人知れず腹を召した。
誰も驚かなかった。彼が自身の無能を責め切腹することは十分考えられたことだったから。
だが菊亭医療班は優秀であった。まるで予見していたかのように治療にあたり石田佐吉を見事に回復させてみせた。
そしてもう一人。思い起こすのは落ちぶれた己を見て快哉を叫ぶであろうクソガキの顔。
長野是知。教如の後釜に座った出世欲の権化。調子の塊。御家解散の報を受けた翌日より、つまり佐吉切腹の報がお家を駆け巡ったその翌日より朝廷に御家復興を上奏し、十日間もの長きに亘り飲まず食わずの絶食抗議を行ったアホ。
アホ。あるいは紛れもない恥である。なぜならやつの行動は石田への対抗心だけであることは明らかで、それを証拠にやつは一切窶れていなかったとか。十日間もの飲まず食わずの断食を行っておきながら。つまりどうせ十日間の絶食など行っていないのだろう。絶対に。
それが家内の専らの見立て。そしてそれを裏付けるように菊亭は是知に救護班を付けておらず、出家した石田佐吉とは違いやつは他家に仕官した。それもあろうことか本家今出川の被官として再就職を果たしたのだ。控えめに言って終わっている。
なのに可笑しなものである。
教如は不思議と笑ってしまう。教如に限らず菊亭に所縁あるもののほとんどが失笑を以ってこの話を笑うのだ。誰ひとり激怒する者がいないことこそ実は立派な生存戦略なのではなかろうかと、今の教如には思えてならない。
「くくく、笑わせおる。あのどチビめが」
おそらく菊亭も噂を訊きつけ大笑いしていることであろう。とか。
白装束に着替え終わった教如光寿は持ち前の潔さを体現し、凛々しい顔で腹心をみやる。
着付けを手伝った頼亮は言葉なく頷き、けれど小さく“御寂しがり屋の門跡を一人で極楽浄土に送るなどできるはずもござらぬ、御供致しまする”。
有無を言わせぬ迫真の気迫で告げるのであった。
「極楽浄土。賑やかしい場所と違うんか」
「なればこそ猶淋しさが浮き彫りとなりましょう」
「それを粋と申すらしいぞ」
「まさかお公家様でもありますまいに」
「その公家が申しておったがな」
「彼の御仁は雅とは最も遠くかけ離れておられるかと」
「ふははは、言い得て妙やな。たしかに遠い。あれが殿上人などとんだ冗句や」
「そこまでは申しておりませぬが。……門跡、菊亭様をお頼りに――」
「黙れ」
「差し出口を挟みました。お詫びいたします」
「まあええ。阿呆には阿呆が集るか。好きにせえ」
「はい」
教如は怜悧な双眸に薄っすらと幕を張り、その幕を決壊させないよう上向きに顔を上げ虚空を茫洋と見つめた。
◇
理想とする己とは……。
教如は妄想する。思い描く理想の世界線に意識を数舜埋没させて。
すると不意にいつかの会話が思い起こされる。
それはいつだったのか。定かではないが会話だけは明確に思い起こせる。
『おい菊亭、なぜそこまで必死になる。お前になんの得があるんや』
『四百五十年先に希望があるん』
『はぁ!? 正気か』
『120正気なん。だから、な? お茶々も身共に手を貸して』
『儂に何の得があるんじゃい。ええい離せべたべたするなッ!』
『もうツンデレなんやから。でもあるよ。得はありありねん』
『儂は具体性を求めとる』
『うーん。……身共とずっと一緒に居れる?』
『どんな罰やねん。前世は国を滅ぼした大罪人か』
『ひっど! てかお茶々、真宗の御曹司が輪廻転生認めたら可怪しいやろ!』
あはははは。わはははは。
他にも無数に。愛する友と笑い合う他愛ない世界線が、教如の脳裏に浮かんでは消える。
だがそれもいずれ終わりを告げる。
覚悟は決まった。
「愛福、介錯を頼む」
「はっ、光栄至極に存じまする」
「我が首を以って和睦といたせ」
「はっ、確と承ってございます」
「そしてこれを菊亭に」
「……はい」
預け渡されたそれは丁寧に絹の布に包まれていた。頼亮はすぐに勘づく。おそらくは自ら食い千切ったであろう小指だと。
中身は確認できない。だが頼亮が視線を落とすと教如の左小指辺りには真っ赤に血で染まった包帯の後が窺がい見えた。
白装束を纏った教如は渡り廊下を渡り御影堂に石敷きの中庭に降り立った。
切腹専用に間仕切りで仕切られた一角に向かい、予め用意されている白布の上に着座した。
辞世の句。
まさに次の瞬間、読み上げようとしたそのとき。
「申し上げます――ッ!」
急使が血相を変えて乱入した。
さすがの教如も面食らった。失笑を禁じ得ない面持ちで、激怒一秒前の頼亮を制し、「申してみい」柔和な表情で許すのだった。まるで余興に興じる風雅人の装いで。
「はっ。朝廷より勅使が参られてございます! 繰り返し申し上げます、朝廷より勅使が参られてございます!」
ポカン。
ややあって教如は同じく呆けていた頼亮と視線を合わせ目を瞠った。
「丁重にお通し致せ」
「はっ!」
潮目が変わった。あるいは風向きが変わったのか。
そんなはずはない。この世のすべてに理由があり意味がある。それが例え御仏の思し召しであろうとも。
菊亭……。
無風の蒸し風呂状態である中庭の更に囲われた暑苦しい囲いの中心で、そんなことを思ったり思わなかったりする教如であった。
◇
「――和睦の証として本願寺には銭三万貫を。そして御心を御痛めになられた主上に対しても同額を献上致せ」
勅を伝える使者は幼女であった。持明院基孝の娘・内待の第五位、新内待基子であった。180度ロリである。
だが彼女の外交手腕を知る教如はまったく侮ることなく言上を受け取り恭しく奉戴した。
読み上げられた文言は実に簡潔。戦を即刻中止せよ。本願寺は門徒を解散させ武装を直ちに放棄せよ。そして和解金三万貫と仲裁料を同額支払え。
対する織田は三方に設置した砦を破却し軍を撤退させよ。和解金支払いを以って同意と見做し、支払いが為された時点を起点とし和睦案は効力を発揮する。猶この御扱いは以降五年を有効とする。
そしてその提案のすべてに織田家は納得済みとあった。つまり後は本願寺が受け入れ事務的に互いに誓書を交わし合うだけ。勅使を出迎えた一堂に安堵のため息が漏れ聞こえた。
そして勅は蔵人名義の奉書ではなく、やはり女房奉書であった。
教如にとって納得感が強かったのは奉書の認め人が菊亭所縁の女房衆であったこと。
人物は昨年新たに勾当内侍となられた葉室頼房の娘・権大納言高倉永相の養女椛であった。
すべてが恙無く終えられ、御使者が上座から立ち上がった。
一同は辞を低くして御退場を見送ろうと辞を低くして構える。
するりするり。
すると不意に長い打掛の裾が畳を擦る音が教如の頭上で止まった。
「面をお上げさん」
「はっ」
教如は故実儀礼の姿勢のままそっと首だけをあげて見上げた。
「う」
次の瞬間。教如は小さく息を飲む。
見下ろされ見据えられる小さな瞳が憤怒の焔に揺れていたのだ。
これほどの敵意を向けられたのは果たして記憶にないほどの、烈火の激情が教如の双眸に降り注がれた。
「門跡さん。基子しおしおなん」
おそらくすべての感情が集約されたであろう言葉を告げられ教如は固まる。
そんな教如を下目使いに睨みつけ猶も新内待はつづける。
「基子、ばさらな大宰相さんがいとおいとぽいさんにあらしゃいます」
「……」
「ご存じさんかどうか。大宰相さんはこれまで一切の態度を保留となさっておいでにおじゃりました。この基子でさえ煙に撒いて。その意味をおわかりさんにあらしゃいますか」
「はっ」
菊亭が政治的に中立を保ってきたのはよく知るところ。東宮への肩入れは政治介入ではない。当たり前のことである。
帝に仕えお支えし東宮を支える。そして如何なる陣営の肩も持たない。菊亭の朝廷対策としての基本理念はこの通りである。
だが、
「葉室さんはこれでお仕舞いさん」
「あ……!」
教如は気付いた。その言葉が意味するところを。
菊亭は葉室派を標榜した。そしてその結果葉室は公家・武家双方から忌み嫌われる存在となったことを理解した。
何故なら公家からは菊亭の要望を聞き入れたことで敵視され、武家からは織田家の意向に歯向かったため危険視されるから。
いずれにしてもお仕舞いである。
それを承知で菊亭は白羽の矢を必ず引き受けるであろう葉室の姫に立てたのである。それの意味するところは果たして。
あの菊亭が見過ごすはずもない。つまり葉室の姫は菊亭の笠に入ったのだ。あるいは対価として彼女の念願である室の地位でも強請ったか。おそらくはこれ。
「門跡、其方は高千穂にて惰眠を貪ろうとする五山の御遣い様を、お起こしにならしゃったでおじゃります」
「……」
「門跡はご存じさんにあらしゃいますか」
「如何なることにございましょう」
「はい。関東管領さん。葉室の姫に万一のことあらば全軍を以って上洛いたすと脅迫状を送り付けて参らはったん。そう。あれは脅迫状。御実城さんを筆頭に新当主弾正少弼景勝さん並びに老中十七名の血判が、おどろおどろしく捺印された紛れもない脅迫状。それを受け取った関白殿下さんは震え上がって腰を抜かしてしまわれたとか。おーこわ」
な……っ
教如の額に大粒の汗が滴る。
そして手に取るようにその場の状況が思い描けた。命を張ってシナリオを進言したであろう人物の決死の表情とともに。
「そのご様子では存じ上げぬようにおじゃりますな」
「お恥ずかしながら」
「呑気なことで。門跡さんが引き起こされた戦によって安定していた政局はまさに混とん。公家も武家も、むろん妾ら女房衆も皆が皆恐々としておじゃります。ともするとあの魔王さんですら眠れぬ夜をお過ごしかと。まさしくこれは日ノ本の一大事。主上さんも大そう心を御痛めさんにあらしゃいます」
「っ――」
「正道を捻じ曲げようとせん征西大将軍を討伐し、その地を御献上せしめんとす。これはその旨を認め決意をお詠いになられた大宰相さんのお歌の意訳におじゃります。原文は名誉のために伏せまする。これが訊くに堪えない実に下手っぴな和歌で、これだけは御期待に沿う失笑が各所で漏れ聞こえておじゃりります」
むろん教如は笑えない。一ミリも。
言い換えるなら朝廷の失策を自分が帳消しにしてやると豪語しているのと同じである。何たる不遜、何たる己惚れ。
だが問題は菊亭なら誰もが実行してしまうだろうと考えていることにあった。
それは非常によろしくない。軍政はすべて織田家にあらなければならないからだ。
そして織田がなぜ和睦を受け入れたのか。その理由の大半を理解した今、たしかに体が震えてくる。
己はいったいなんということを。
「織田さんは愛娘であらしゃる真子姫さんと大宰相さんとの婚約解消を宣言なさいましておじゃります」
「くっ……」
織田は完全に菊亭を切り捨てた。
後悔しても後の祭り。教如はもはや死ぬことさえ許されない身の上となったことを痛切に自覚して。
居住まいを正し改まり、
「面目次第もございませぬ――ッ」
大声量の謝罪の言葉を申し述べた。
「基子しおしおなん。勾当内侍さんが、いいえ葉室の姫が選ばれるなんて断じて許されへん」
新内待は言葉を乱すほど感情的に内心の激情を露わにすると、再度凛然とした意思を二つの小さな双眸に表明し本願寺を後にした。
奇しくも元亀元年八月朔日は、門跡教如光寿にとっていつまでも忘れられぬ日となることであろう。
そしてよほど堪えたのか。言外に二度と勝手は許さぬと釘を刺された程度で、いつまでも恭しく頭を下げ続けてその後姿を見送るのであった。




