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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十四章 生生流転の章(余談編)
229/314

#03 菊亭、悪巧み始めるってよ

 



 元亀元年(1570)七月十八日






 雪之丞の真偽はさて措いて。

 身を挺してすべってくれた事実にだけ着目すれば気も晴れる。


「お雪ちゃん。後でお説教な」

「あ」


 ウソ。晴れない。


 天彦は逆恨み甚だしいリテラシーもモラルもないDQN商人と相対した。

 名は明かしたが頭が高いと先制しその勢いを駆って威圧する常套手段は使えない。

 目下天彦が無位無官かつ帝の勅勘を受けて追放中なのはそれほど広まってはいないはずだが(信長公の有難い配慮によって公布まではされていないから)目端の利く者ならすでに把握済みだろう。


 そして目の前の小悪党は目端の利きだけで渡ってきたはずで。


「かつてのように頭が高いと申されませぬので」

「帥が訊きたければ申すのも吝かではないさんにおじゃるが」

「けっ、誰が望むか」

「ならば結構さんにあらしゃいます」

「気色の悪い」

「それはお公家衆全般に対する暴言におじゃるか」

「……誤りを訂正し、この通り謹んでお詫び申し上げます」

「受け取ろ。厭厭におじゃりますが」

「ちっ」


 やはり公家の威光は絶大であった。それは敵勢力の意気消沈している気配からも明らかで、すると自分たちが果たして何者に敵対しているのか。リアルにイメージさせることに成功した天彦の優勢と言えるだろう。

 天彦は先手を打って自身の土俵に引きずり込むことに成功した。そしてこう気が削がれれば即座の戦闘だけは避けられたはず。二度美味い。


 この反応なら一旦はドローに持ち込める。

 しかしそれでは悪巧み狐の名が廃る。一戦で三度勝利し圧勝してこその菊亭である。


 ただでは帰さん。誰に砂かけたんかわからせるまでは。


 天彦はそっと胸を撫でおろし次の策を練るべく会話を続けながら小考する。


 ん、これで参ろうさん。


 にやりと嗤う。その横顔をつい何の気なしに見てしまった仙千代の頬を、思い切り盛大に引きつらせてしまう程度には今日の天彦は好調だった。


「詫びがあれば引いてくれはるやろか」

「些少の詫びでは詫びとも受け取れませぬが、まあ一般的にはそうでっしゃろな」

「ん。おおきにさんにおじゃりますぅ」


 なにやらトップ同士が和解した模様。

 緊迫感がかなり薄れた。双方陣営に少しの隙が生じていた。


 さて他方、続々と増え続ける野次馬の反応といえば。


 身形の良い少年が、これまた身形の良い商人風の男と向き合い相対する。不穏な空気を醸し合って。

 しかも加えて商人風の男の背後にはかなりの数の徒党がいるではないか。

 会話など聞こえずとも構図としての条件は申し分なく、いっそ善悪の成否すら独善的であってよい現状を踏まえれば、独立不羈の精神を延いては判官贔屓を風土とする自治都市堺の野次馬たちを惹きつけるには十分な催し物であった。


 しかも誰の目にも若年側が多勢に無勢とくれば義経を思わずにはいられず、天彦側に声援が飛ぶのが道理であった。



 ……の、はずなのだが。



 一向に声援が飛んでこない。それどころか心配がる声すら漏れ聞こえてこないではないか。

 だが足を止めてまで成り行きを見守る観衆の態度の謎はすぐに解けた。


「ちっ、藤原の御曹司かいな」


 天彦は藤原だった。しかも清華家筆頭ともなれば本流に近しいほどの良血の。

 すると劣勢側が明らかな格上。それでは堺の民の判官贔屓に火は灯せない。むしろ興醒めまであった。

 加えて菊亭の不人気は逆に絶大で、出来の悪い子や利かん気の強い子などを叱りつける常套句として「あんたそんなんやったら菊亭さんとこに御奉公に出すで!」が広く浸透しているほどであった。

 ひと昔前の警句「勉強せえへんのやったら吉本行かすで」と同じロジックで。控え目に言って終わっている。


「なんでやねん!」


 天彦のことだから求められたお約束は確実に応じて見せる遂行する。

 声を荒げ不満を周囲に体現して大いに喧伝して見せた。むろん120のパフォーマンスで。

 但し余計な反感を買わぬよう言葉は控えめに、ただひたすら効果があると信じて生意気キッズムーブパフォーマンスに徹するのみ。


「おお、やはり噂通りに太こいの」

「やっぱしなぁ。苦労を知らんつるっとした顔したはるわ」

「奇麗なおべべ」

「なんやあいつ、生意気なやっちゃで」

「どつかれたらええねん、あんな苦労知らずのぼんぼんは」


 効果覿面。ほら見たことか。


 が、仕上がりがよすぎたのだろう。60%の反感を買う心算が99%の敵意を呼び込んでしまっていた。……じんおわ。


「なぁルカ、若とのさん。何がしたいんですやろか」

「お殿様はこの愚民どもまでをも巻き込み何かがしたいだりん」

「へー、なんか違う気もするけどそうなんや」

「知らんけど」

「知らんのかいっ!」


 ここにきて妙に息を合わせる二人。


 すると横から、


「菊亭様。……お手並み拝見していてよろしいのでしょうな」


 仙千代までもが波長を合わせ口を揃えて不安がった。

 それほどに野次馬の反菊亭感情はボルテージを上げヒートアップさせていた。


 やっば。


 天彦は冷静を装いつつ首だけで振り向き背後に視線をそっと向ける。

 視線を預けられた用人は何用かと視線を下に拝聴の態勢をとって控えた。

 天彦は内心のドキドキを隠しつつ脇汗でべっとりの裾をそっと捲って厳に言う。


「預かり物をこれに」

「はっ」


 麻袋がどさ。どさ。どさ。と都合三つ足元に置かれる。

 嵩張るので小切手で頂戴と強請ったのだが、向かう先が西国方面なら猶のことまだまだ完全に織田の勢力下にあるとは言い難く、なればキャッシュのがええんとちゃいますのんか。

 なるほど納得の宮内卿法印弾丸論破によって、つい先ほどせしめた旅の支度金である。あるいは功労慰労金という名の手切れ金説も否めないが、いずれにせよあくまでテイは借金である。それを天彦は惜しげもなく(盛った)大盤振る舞いすると決めたのだった。


「持ってけ」


 どんどん。友閑から巻き上げた、もとい借り受けた金子の詰まった袋を二つ。放って寄越した。


「ほう。よろしいので」

「詫びの品にはちと多いな。併せてそこな娘の借金の肩代わりとすれば不足ない額となろう。どないにおじゃりますかぁ」

「……ふむ。では詫びの品は受け取りますよって。しかし菊亭さんは結構なお手前にございますな」

「さよか。おおきにさんにおじゃりますぅ。おほほほほ」


 そして残す一つはルカに目配せ。


「お殿様。ま?」

「ま」


 ルカは頬を引きつらせながら、


「菊亭様の施しである。皆の者、ありがたく頂戴いたせ――ッ」



 きゃああああああああああああああああああ――


 わぁああああああああああああああああああああああああ――



 ルカの手によって周囲一帯にばら撒かれた金貨は、民衆の凄まじい熱気の渦に飲み込まれ瞬く間に消えて失せた。

 撒いた銭は平民百人から二百人分の生涯賃金は下らないだろう金子銀子である。当たり前だがけっして少なくない額である。天彦の期待通り周囲の野次馬たちから「おおー! なんと豪儀な」感嘆の声が雑音となるほど漏れ聞こえた。


 自身の不人気は知っていた。むしろ偽悪的かつ露悪的に振舞ってきたのは他の誰でもない天彦自身なのだから。

 適者生存の戦国において無名は悪名に劣る。この絶対とも言える金言がベースにあっての振舞であり、ある程度の目的は達成したので今後はいい人やってますキャンペーンに全振りである。今更間に合うかどうかはさて措いて。


 手始めに堺の民を買収してみた。

 効果は思いの外感じ取れた。堺衆ちょろ。


 事前知識はあった。そう。今は亡きいやこの世界線では消滅してしまった太閤殿下のそれである。

 すべては藤吉郎を真似てみた。歌ってみたの軽いノリで。

 なぜなら単純。未来の現在。未だに豊臣家が人気なのも偏に、藤吉郎の性質が堺衆の延いては河内衆全体に脈々と流れる商魂波長に合致したからに他ならない。

 要するに経済を支え金銀財宝を惜しみなく市井にバラ撒き続けた藤吉郎の品性の欠片もないドストレートな人心掌握手法の一片を真似ただけであった。


 ややあってその喧噪も徐々に落ち着きを取り戻し始める。

 するとどうだろう。99だったはずの敵意が。60かあるいは50を下回るまでに回復しているではないか。


 まんまと人気を買収できた天彦は、けれどそれほど喜んでもおらず。


「路銀」


 不満たらたらとぶつぶつ後悔を口にしつつ、いずれにせよ丸ごとすべてを放って差し出したのだ。

 平民百人から二百人分の生涯賃金は下らないだろう金子銀子である。けっして少なくない額である。周囲の野次馬たちから「おおー! なんと豪儀な」感嘆の声が雑音となるほど漏れ聞こえた。策はなった。


 この噂は一両日中にも堺の町を駆け巡ることだろう。菊亭家の健在と共に。

 そして堺は日ノ本一の交易都市。出入りの商人町人たちが地方のあちらこちらで喧伝してくれるはずである。おもしろ可笑しく。あることないことを。

 大阪人気風は盛ってなんぼみたいなところが往々にして強いから。


 これで商売の下地はできた。天彦印の商売が少なくとも嫌悪感だけで拒否される確率はぐっと下がった。


 すると一を見て十を覚ったのは仙千代である。


「御手前、お見事にございました」

「まあな。おおきにさん」

「……某、菊亭様の技前を直にこの目で見届けまさに感服しておりまする」

「それほどでもあるん」


 そんなコミカルな会話を尻目に、するとそれまで意気消沈していた雪之丞とルカだったが、この反応を見て賭けの勝ちを確信したのか気を取り直して胸を張った。


 むろんそれを指示した天彦は号泣している。心の内で。そっとしっぽり。


 が、そんな流れを断ち切るように、


「さて詫びは受け取った。残すは報復の件ですな」

「せっこ」


 場面の主役たる油屋が局面を振り出しに戻す。

 天彦は苦い顔で頷いて、知ってたけど。こんな茶番で流せるほどやわな相手ではないことを。

 そんなともすると信頼にも似た涼しげな視線を油屋に預けるのであった。


 と、


「お殿様、ご注意を」

「ん」


 天彦たちを取り巻く喧噪の大外辺りからじわじわと不穏な気配が流れこんできた。

 天彦はルカの警鐘に小さく頷き、けれどそんな気配には目もくれず視線を揺らさずじっと油屋を直視する。


 胡乱な気配が近づいてくる。背中ですべてを任されたルカが天彦の傍に歩み寄った。そして警戒の視線を険しくする中、


「通せ」

「退け」

「邪魔をするな、退かぬかッ!」

「邪魔をするなら問答無用で斬り捨てるぞ」


 銀閃が閃くや、



 きゃあああああああああ――



 今度は一転、野次馬たちから別種の悲鳴が聞こえてきた。


 野次馬が三三五五散開していく。わかるものにはわかってしまう戦国あるあるの一つの顕著な光景であった。

 むろん天彦もルカも、そして仙千代もわかる側。敵味方含めこの場でわからないのは雪之丞ただ一人。


「なんや茶々丸さんと同じくらいピキったはる人がようさん来はったわ」


 おーこわ。らしい。


 逃げ足の速さだけは天下一品のお家来さんはすでに半身の態勢をつくっている。

 ルカはそんな雪之丞に対してある意味での感心の感情を向けて一瞥し、けれどそれも束の間表情を律して、


「お殿様」

「ん。主役さんのご登場や。粗相のないようあんじょう出迎えたってんか」

「はっ」


 危機察知能力にある意味で最も長けている民衆が、蜘蛛の子を散らすように避け遠ざかる相手、集団と言えば決まっていた。

 それは暴力の権化であり理不尽の象徴。侍、またの名を武士もののふといった。


 二本差しの侍集団は案の定、他には一切目もくれず天彦に狙いを定め真っ直ぐに歩み寄ってきた。


「……ほな引かせてもらいますよって」

「そう急ぐこともないさんやろ」

「卑怯な」

「くふ、それは褒め言葉におじゃりますなぁ」


 もはや逃げられないことを察したのか油屋はその場にどっかと腰を降ろし武士の一団の登場を待った。油屋のほとんどの部下たちは退散し、番頭格なのだろう側近だけが店主にならって辞を低く坐して一団の登場を待った。


 ややあって登場した完全武装の一団だったが、その先頭を歩いていた侍は状況を具に観察すると何を思ったのか思わなかったのか。慌てる仕草で商人と同じように膝をつき、ある意味では商人たちよりよほど辞を低くして首を垂れた。


 すると倣うようにして青年侍に従えられていた、むくつけき侍どもも膝を屈して首を垂れた。


 むろんすべてが天彦に対してである。


 その戦国では稀にあり得るが光景としては異様な様に座は一気に静寂の様相を呈し始める。まるで触れてはいけない禁忌の光景に立ち会ってるかのような静謐さを伴って。


 静まることしばらく。


 誰もが息を凝らして見守る中。


 すると天彦はにこりと笑み崩れ「久しいな菊池の御曹司さん」と悪戯な口調で嬉し気に発する。

 問いかけられた若侍はこちらも輪をかけたように笑顔を咲かせ「はっご無沙汰しております」と声を弾ませ笑み崩れた。


 双方ともにこの向けた笑顔によって目下の心境を明かし合ったのだろう。

 いつしか周囲にもそれとわかる柔和な気配が漂い始める。


「遅参のほど面目次第もなく、お詫びの仕様もございませぬ」

「九郎、早参大儀であった。苦しゅうないもっと近う寄らっしゃい」

「はっ!」


 元家来の九郎が詫び元主君の天彦が罪などないと許しを与える。

 主従に見られるありきたりな儀礼的やり取りだが実に心地よい光景であった。


 菊池の御曹司こと九郎重隆は立ち上がり至近に侍る。

 菊亭は解散した。けれど主従の契りまでは失せていない。

 その事実が何より天彦を悦ばせた。だからなのか。天彦は常にもまして九郎との再会を大袈裟に喜んだ。じっと目を見つめ、しっかりと手を取り、やさしく労うように頭を撫ぜ、褒め称えるように腰を抱いて。


「お殿様……、某は、某が不甲斐ないばかりに」

「すべては身共の招いたこと。それ以上は立ち入り過ぎや」

「……はい。僭越にございました」

「ん」


 さてパフォーマンスはここら辺で。


 出会ったのは偶然だろう。だが天彦は菊池家の当主を担いだ村上海賊党が堺に寄港することは知っていた。というよりそう仕向けたのは何を隠そう自分であった。


 大戦果を挙げた村上海賊一党は予ての約定通り伊予一国を褒美として頂戴した。

 信長公のお墨付きによる決定なので当初予想された統治の困難さはかなり解消されること請け負いである。なにしろ守護職のおまけまでつくことは確実なのだから。信長とはその点に抜かりない人物である。その意味での信頼は絶大に寄せていた。


 よって天彦はあくまで各論雑感だが、此度の九州下向に向けこの村上一党を頼ることを軸に想定していた。むろん武力を頼るのではなく商業上あるいは海上輸送上安全の担保に、である。


 天彦にとっての誤算は村上海賊一党が菊亭預かりであった菊池家の名跡を回復させた九郎に臣従していることで。むしろ好ましい誤算だが今となっては何かの奇縁を感じてしまう。

 経緯を訊いてなるほど納得。海賊の義理堅さに多少の驚きを覚えただけで、裏切りが尽きない反面、同じだけ義理人情好きの戦国武将ならあり得るかと合点がいくのであった。


 その戦国守護大名の当主が屈服している。

 かつてならさほど珍しくもない光景だが、今となれば違和感しかない。

 すると天彦。俄然興味を持ってしまう。村上海賊一党をこの幼君が掌握しているのだろうか。というその一点に。


 天彦はええのんかの意を込めて九郎に目配せ。九郎はなんてことはない風に小さく笑って構いませんの笑みを返す。


 おお、やりおる。


 男子三日合わざれば刮目してみよ。


 天彦は菊池の若様の評価を大幅に上方修正して見直した。


「九郎さん」

「……!」


 さん付けが公家言葉の尊敬語を意味することは知っていた。

 九郎は驚嘆と嬉しさの混じった複雑な表情で天彦に黙礼し、続くだろう言葉をじっと待った。


「意図はわかったん。ようでかした。身共の見立ての正しさを証明してくれて嬉しく思う」

「何と勿体なきお言葉。光栄至極に存じまする!」


 身が引き締まる思いだとか、これを糧に更に精進するとか云々かんぬん。

 つらつらと感謝の口上を述べ続ける九郎を上目遣いに見つつ。

 格言なるほど納得の九郎の成長っぷりに舌を巻きつつ、敬意を以って本来目的である直れの言葉を告げた。要するに精神衛生上よろしくない。せめて立ち上がらせよと小さく強請ったのである。


 が、


「殿は相変わらずですな。ですがお気になさらず。あの者ども、直言を頂戴するには家格と品格が足りておりませぬ」


 おいて!気にするからゆーとんねん。


 嬉し気に零す九郎はけれど村上一党を立ち上がらせることはしなかった。

 もちろんだが彼自身が偉そうぶっているのではない。九郎はそんな小物ではない。それはもっと崇高でもっと研ぎ澄まされた感情の発露であった。


 即ち天彦に心酔し公卿の権威を絶対視するからこその独善的配慮である。

 それを察してしまった天彦は渋々だが受け入れる。

 ならば是非もない。時間が惜しい。天彦もそれ以上は追求せず鷹揚に頷いて応じるのだった。


「してお殿様。そこに控える町人は」

「身共を始末したいんやと」

「きさん、なんばしょっと」


 思わず口を突く生まれ言葉。それほどに九郎の感情は逆立っていた。

 熊のような海賊侍たちを従える目下の九郎の迫力は満点である。


「武吉。そこなたわけもんを連れていきなっせ」

「はっ直ちに。おい、仰せの取りせえ」


 へい――ッ


 とても侍とは思えない応接で油屋一行は荒々しく連行されていくのであった。


「そ、そんな。なぜ、やめろ、放せ――、ぎゃっ、あ、嗚呼……」


 こうなったらお仕舞いです。

 天彦は憐れみを覚えつつもやはり自業自得。御冥福をお祈りしながら油屋の背中を見送った。ざまあ。


「九郎、身共の下へと参ったのは偶然か」

「いいえ。お会いできると確証を持っておりました」

「用事があるんやな」

「はい。お殿様に是非ともご紹介したい人物がございます」

「すんすんすん。銭の匂いがするん」

「あははは、さすがの炯眼にございまするな」

「そやろそやろ」


 いい感じなん。もはや天彦無位無官、所縁なき者にとってみれば単なる野生のキッズである。

 言い換えるなら自力、延いては人との繋がりでしか生きていない。


 その事実を誰よりも理解できている天彦は、


「会うん」

「有難き幸せにございまする」


 即断即決で九郎の申し出を引き受けるのであった。


 そして序に本題に切り込んだ。


「九郎さん。お前さんには少しお身体貸してもらわらなあかん」

「お殿様がお望みとあらばこの九郎重隆、火の中海の中にございまする」

「内容も訊かず、如何様にでも使えと申すか」

「むろんのことにございまする」

「ははは、それは嬉しいことを申すん」

「はっ、有難き幸せ」


 さてこの笑顔が曇るのかどうか。


 天彦の頼み事はけっして快いものではなかった。


 流れ的に村上~は守護を返上し、九郎へと献上するだろう。

 そして菊池家再興を宿願とする九郎が守護に就くことは確実だろう。

 だがそれはさせられない。なぜなら九郎には伊予国の守護に就くことを辞退してもらわなければならないのだ。

 それも天彦の思い描く悪巧み構想の一環だからというしょーもない理由のためだけに。


「九郎さん」

「はっここに」

「二人で肥後国ぶんどろうか」

「え、あ」

「ん? 肥後は菊池氏始祖発祥伝来の本領やと思うていたが」

「……いえ、はい。この九郎重隆、望外のお誘いに血沸き肉躍る思いに御座いまする」

「それは重畳」

「……」


 九郎は言葉の威勢とは裏腹に内心の怖気を隠せずにいた。


 しっかりと聞き耳を立てていたルカはドン引いていた。また厄介事が始まるのかと白い目を天彦に向けて。

 そして同じく聞き耳を立てていた海賊衆さえも引かせていた。果てしなく海の彼方まで遠く遠くに。



 さあ悪巧みを始めようか。














最後までお読みくださいましてありがとうございます。



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