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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十四章 生生流転の章(余談編)
227/314

#01 仔細ない(真顔で)


追放ENDからの~余談偏開始です。さらっとどぞ


10.12少し加筆

 



 元亀元年(1570)七月十七日






 天彦の思う戦国室町キーパーソンで打線を組むと確実にスタメン起用され上位打線に名を連ねるだろう人物が角倉了以である。

 なにが言いたいのかというと、そんな有為の人物をあの機を見て敏なる魔王が捨て置くはずがないということ。


 人好きの人材蒐集家の側面に加え天彦への絶大なる高評価と。あるいは経済がもたらす恩恵を他の誰よりも熟知している経済大名として。

 そして何より角倉了以当人の能力値をともすると天彦よりも高く買っているはずである。

 天下統一に向けた最難関の一つである毛利家を労せずして滅亡へと導いた辣腕剛腕はまさに大金星。人材コレクターでなくとも欲さないはずがないのである。


「参議さま」

「なんや水臭い。身共と兄弟子の仲なん、いつも通りでええさんなん」

「天彦さま」

「うん。兄弟子」

「ならば了以と。どうかお元気で。ただそれだけを切に願いまする」

「おおきに兄弟子。いや了以さんこそ、お命さんお大事に」

「はい。天彦様に拾っていただいたこの命。けっして無駄にはいたしませぬ」


 天彦と了以。

 二人は人目を憚らず別れを惜しんだ。しかと手を取り合って。


 結果として了以の罪はすべて放免許された。


 名を失って猶、菊亭侮りがたし。


 了以異例の免罪はこの評価と共に、半ば奇跡として広く喧伝された。

 けれど反面、多くの憶測を呼び起こす布石となって京の権勢に一石を投じて沈殿している。


 いずれにせよ天彦の願いは聞き届けられた形となる。それで手応え十分でありむしろ重畳の結果といえた。

 ならばもはや無縁の政争などおもしろ可笑しく訊いてやる。遠く離れた絶遠の土地で。


 天彦はそんな感情で京雀の囀りを聞き流す。


 ただし。捨て置けない問題もある。


「兄弟子。たいへんなお役目を任せる結果となってしもて――」

「天彦様。どうかそれ以上は」

「けど」

「どうか」

「……うん」


 天彦の憂慮。それはもちろん了以の処遇。

 了以は信長に召し抱えられた。それも織田政権の最重要基盤奉行所といっても過言ではない京都勘定所奉行として。

 地味だが信長の市政方針には欠かせず、ともすると最も重要な職位であろう。有識者の中での評価基準としての。


 なぜなら戦国元亀における文官仕事が不人気だから。武士はやはり武を張ってなんぼの考えが根強くあった。

 加えて勘違いされがちだが信長政権は軍事政権である。するといわずもがな花形職位は軍権関連となり、延いては戦場に赴く方面軍司令官職が最上位ポストとなる。次いで兵糧方となるが人気はそれほどあまりない。


 そんな中での文官官僚採用なのでポストとしての序列はけっして高くない。職権もそれほど高いとはいえないだろう。

 あくまで添え物。言ってしまえば兵糧方の目付け(会計監査役)であり、京都所司代を筆頭とする政権序列では第七席である。それも横並びに同列同輩が十席ほどある。


 だが……、


 抜擢の本質はそこではない。天彦はもとより了以もその点は察している。

 これは天彦に対する魔王の意思表示である。

 貴様の憂慮は晴らしてやったぞ。ならば貴様はわかっておろうな。


 たしかに憂慮は払拭された。けれどどうだ。その分あまりある対価の差出を要求されてしまっていた。

 親友ずっトモを登用というなの人質として捉えられるという制約を課せられて。



「物事はやはりトレードオフなん」

「ほんに。自身の不甲斐なさを歯がゆく思いまする」

「ううん、そんなことないん。不甲斐ない者が織田軍実質の次席には抜擢されへんのん」

「やはり、ですか」

「うん。信長さんは侍遣いのプロやから」

「然り。……お恥ずかしい限りにございます」

「こうなっては是非もないん。胸張って腹を括ってお気張りさん」

「はい。菊亭家来衆の名に恥じぬよう、また菊亭家来衆の末席として殿のご活躍に負けぬよう一意専心、与えられた職務を遂行いたしまする」


 天彦と了以。二人の認識は共有された。

 勘定奉行は閑職ではない。むしろ織田軍における超重要ポストへの抜擢であり、ある意味で信長政権のナンバーワンポストといえるだろう重責であることを。


 しかしそれはそれ。天彦は了以のあまりの高評価、あるいは自身への入れ込みようにやや頬を上気させて引きつらせ、「ぼちぼちでええん」と素っ気なく返す。熱した地面にそっと冷や水を差すように。


 けれど路面温度は思いの外灼熱で、


「地合いはかつてないほど堅調にございます。そこに加え天彦様が御自ら西国にて都を興されるとなれば更なる好況は約束されたも同然のこと。

 矮小なわたくしではどのような絵図が描かれるのやら皆目見当のつきませぬが、確実に申せますことはひとつ。すると菊亭の御名は全国津々浦々にまで轟き知れ渡り、延いては日ノ本が列強となること請け負いにございましょう。そんな好況が約束された目下、果たして何を呑気に構えていられましょうや」


 お、おう。


 了以はいつのまにか買い被り魔人にジョブチェンしていた。

 あるいはあまりに過酷な職場に連続配属(無理やり)され、神経系統の消耗が著しいのかもしれない。天彦は本気で了以のメンタルコンディションを心配した。むろんこれまでの酷使にも猛省して。


「兄弟子、疲れてない? 大丈夫なん?」

「むしろ意気軒昂にございますが、なぜ」

「狭いコミュニティに生きていると目が曇ることもあるん。気をつけてな」

「む」


 けれど当然だが角倉了以はいたって正常、至極真面なのである。……か、どうかはさて措いて、


「これはまた異なことを仰せに。私の目はいたって正常にございます。天彦様こそ調子が悪うございますのではございませんか」

「いやむしろ好調なん。なんで?」

「何故も何も。大志をお持ちの天彦様のこと、この了以の目を節穴と仰せなのが何よりの証左。天下の政庁が京になければならぬ道理はございますまい。違いますかな」

「ございますし違いますん」


 勝手に翻意を捏造せんといてんか――ッ!


 天彦は声を大にして反論したい感情をぐっとこらえて冷静に言葉をつないだ。

 それができたのも偏に他に異論はありすぎたから。

 やはり逸材とはいえ了以の魂は商売にあった。これは持って生まれた気質と同様、家に継がれた家風であろう。だから容易に遷都などと口にできる。


 だが天彦は違う。政庁は京にあらなければならない。そこに都がある限り。そこに帝が御座すかぎり。すべては一対なのである。

 それが天彦の公家としての唯一絶対の思想であった。だから一度たりともそんな構想を思い描いたことはなかったのである。


 けれど……、――はっ。


 了以の熱っぽい言霊が天彦に思いもよらぬ閃きを齎せる。


「たしかに。西国は今後堺に代わる交易都市として発展の余地が大いにありありなん。イスパニア商船団と独自のルートが築けたらあるいは。ふむ、上杉さんを頼って東へ向かい引き籠ろうかと思っていたけれど、……ん、これは。兄弟子、なるほど日ノ本全土の発展を思えば副政庁くらいなら考えんでもないこともないん」

「やはり腹案をお持ちでございましたな。しかし恐ろしきご賢察。前の将軍も悪しき金柑頭侍もさぞ眠れぬ夜をお過ごしになられましょうな」

「深読みすぎなん。そんな意図はなかったん」

「あははは。ではそのように」


 まるで信用されていない“そのように”に耳朶を叩かれつつ、なるほど足利義昭も惟任日向守も共に九州に潜伏している。

 その膝元あるいは頭上で副都建設というどでか眩い大花火を打ち上げたらさぞ溜飲がさがるだろう。

 天彦がそんな愉快痛快な妄想をしているところで惜別のときもタイムオーバー。


「菊亭様、よろしいか」

「お前さんこそ取り上げられた家名を名乗ってよろしいのんか」

「お戯れを。あなた様を措いて他にございますまい」

「ふーん。そうかぁ」


 天彦は自らを連行する不運な役目を仰せつかった侍に配慮して、これ以上の弁舌を差し控える。

 さっと態度を改め扇子をひとつぱちりと鳴らし、兄弟子に正対しにやりと不得手な笑みを湛える。


 う。と聞こえたのは果たしてどこからか。

 天彦はおよその見当をつけて内心の舌打ちを表情に表面化させてじっとみやる。

 という実にくだらないやり取りを経て、


「ほな参るん」

「道中のご健勝とますますのご発展をお祈り申し上げておりまする」

「ん。兄弟子もお元気さんで」

「はい。またお会いできるその日まで」


 やはり別れが多すぎる。これだから仲良しさんは要らんのん。

 天彦は後ろ髪を引かれる思いで旧二条城を後にした。




 ◇




 近辺の整理は済ませた。至極手短に。


 本家への挨拶も礼儀上してある。その際夕星はお別れの言葉も告げてくれなかった。それどころか素っ気なくふんと鼻を鳴らされてお仕舞い。えっぐ。えぐかわいい。御褒美だった。――とか。


 目下天彦は本拠地に居る。


 実質占有していた醍醐荘園の所有だけは辛うじて許された。但し公家としての特権は剥奪され税率は最低(最大)の70%で。



「氏郷。城代として苦労をかけるが任せたん。この通りよろしゅうさんにおじゃります」

「はっ、必ずやご期待に応えてみせまる」


 醍醐城は蒲生氏郷に預け渡した。氏郷は相当タフな城運営・維持を強いられることだろう。

 厳しすぎる税率もそうだが、射干の抜けた菊亭では防御体制を敷くにも容易ではない。人員もそうだが練度の側面から露骨に戦力が低下する。

 これまで如何に射干に頼っていたか。こうして現実に直面するとその差は顕著であった。


 それでも氏郷はなんとかしてくれるん。


 天彦の氏郷への信頼は変わらず絶大である。彼もまた時代に名を残す英傑である。

 他方、イツメンを筆頭にほかの家来たちの処遇も同様、確と感状を認め与え望む者には任官先も紹介または確保した。残った家来は見事にゼロ。奇麗さっぱり一人残さず。文字どおりまさしく解散である。


「お殿様、よろしいので」

「ん。ほな参ろうさん」


 はっ――。


 菊亭一門総勢五百名。誰ひとりとして見送りには立っていない。哀しくはあるが安堵もしている。半分も強がらずに振り出しに戻っただけ。天彦はフロリダ気分でそっと城を後にした。


 これは何も菊亭家来衆の真の意味での態度表明ではない。

 しめやかな別れは苦手である。そうした主君の最後の我儘が聞き届けられた形であった。

 だからか不思議と視界はどこか明瞭で気分もどこか晴れやかだった。


 強がりではなく。けして強がりではなく。

 大事なことなので二遍ゆって。そっと視線を手元へと移して。

 たっぷりためて三人の用人に心中で感謝の念のお辞儀をして、実際はそれぞれに慇懃な目線を預けるにとどめて。


「ほな参ろうさん」

「はい」


 天彦は名どころか顔馴染みでさえない用人代表の返答に鷹揚に頷きを返し、僅か三名を引き連れそっと本拠を後にした。そっと。


 向かうは自治都市堺。むろん織田家の軍門に下っているので字義上の自治権は剥奪されているが気風や独立不羈の精神は依然として根強く残す日ノ本最大の交易都市を目指して。




 ◇




 道中は徒歩を選んだ。それが罰に相応しいだろうとの自己判断で。


 むろん一行はかなりの大荷物。すべて抱えての移動は無理がある。なので大荷物は大八車に載せてある。ちょこっと隅っこに便乗して移動。歩きと言えなくもないのである。とか。


 いつもの詭弁を用いてとぼとぼと向かっている道中、……ん?

 天彦は「おーい」おそらく自分たちを呼び止めているのだろう声のする方向に視線を預ける。……え。

 声の主は猛然と走り寄り、少しずつその距離を縮めていった。……嗚呼。

 ややあって「おーい!」確実に人物が判別できる距離から声を張って飛ばしてきた。謎に若干キレ気味で。


 そう。人物は実によく通る実に訊きなれた声を発していたのである。


「ぜぇぜぇ、もう! 待ってと申しておりますやろっ」

「どないしたんお雪ちゃん」

「はぁはぁ……、どないしたん違いますやろ! その前にお水くださいもう喉がからからで」

「ん、たっとお飲み」

「はーい。いただきます。ごきゅごきゅごきゅ」


 お雪ちゃんこと朱雀雪之丞であった。


「ぷはー生き返った! ほな参りましょか」

「は?」

「はやありません。ほら、ぼさっとしてんと参りますよ」

「だから、はァ?」

「もう! 四の五のと五月蠅いです」


 なんで……!?


 疑問は尽きない。当然だが雪之丞も解散してお別れした家来衆の一人。控えめだったが二人っきりでのお別れ会も開いている。お役目ならば早く参ろうでは会話としての繋がりが可怪しい。


 雪之丞ただ一人、感状を持たせず就職先も斡旋していない。何しろ彼は永代別当家の御当主様である。そもそも本来なら天彦より格上であった。そして菊亭家没落後の預かり先は東宮家と決まっていた。

 但しこれは別当職に付随するレギュラークルーズではない。引き受ける際に天彦がどうしてもと譲らなかった裏オプションであった。それが結果功を奏したのだが……。


 可怪しい。怪しい。疑わしい。それもあからさまに。

 雪之丞はいつにもまして対話を煙たがっていた。


 怪訝に思った天彦は探りを入れずに直球を放った。


「お雪ちゃん。東宮さんにご挨拶は差し上げたんやろな」

「当り前ですやろ。そんなことより早う出ましょ」

「そんなことと違うん。身共は確と申し付けたはずやで。誠心誠意お仕えするようにと」

「……はい」

「正直に嘘偽りなく事情を話しなさい」

「なんで兄御前みたいな口ぶりですのん」

「兄御前やからに決まってるん」

「え」

「え」


 確実に職場と職務を放棄してきた。天彦の直感はそう告げてくる。加えて僅かな用人たちの目線にも憐憫と呆れの情が浮かんでいる。天彦サイドも雪之丞サイドからも。


「ほんでどないゆーて抜けてきたんや」

「ちょっと用事がありますと申しました」

「でた! 想定した中でも最低最悪の理由やったねん」

「え、そんな酷いですやろか」

「そんな酷いですやろなぁ。まぁ酷いよ。だって都中の大捜索始まるもの」

「はぁ。……やっぱし」

「東宮さんから離反する意味、わかってないんやろ。今ならまだ――」

「わかってます! わかってないのは若とのさんの方です!」


 う。


 思いもよらぬあまりの強弁に思わず天彦の腰が引けてしまう。

 天彦が目を白黒させて戸惑っていると、


「こんな物騒な世の中、お別れしたらもう最後かもしれませんやん」

「不吉すぎるん」

「ふざけんといてください!」

「あ、はい」

「それに若とのさんは申さはりました。主役さんは常に舞台に上がるもんやと。某がいないでどないしますの」

「え、どないもせーへんけど。脇役さんの退場くらいで」

「あ」

「あ」


 らしい。痛いからそっと足を踏まないように。痛いから!


 だが天彦は喜んでいた。ずるいようだが内心で大いに喜んだ。

 一昨日、よほど誘うかとギリギリまで悩み抜いたのだ。だが掛けられずに終わっていた。あまりにマイナスリクルートすぎるから。あまりに自分都合すぎるから。


 だがこうして駆けつけ侍ってくれた。これが嬉しくなくて何を喜べるというのか。


「アホや。ほんまにお前さんはホンマもんの阿呆なお人さんや」

「そのお言葉、そっくりそのままお返ししますん」

「あ」

「あ」


 ダブル主役の主従がいつものノリを取り戻していると、


「お殿様」


 斜め背後から声がかけられた。天彦はそっと視線を声のする方向に向けた。


「あ」

「あ」

「え」


 そこにはなんと。雪之丞以上に居るはずのない人物の姿があった。


「ルカ。お前さん」

「はいお殿様のルカですよー」

「え」

「え」


 違う。少なくともちょけていい場面ではなかった。

 天彦はただでさえ細い目を更に険しく細めさせ、じっとルカを注視した。

 ルカは雪之丞とは訳が違う。

 彼女は策も練られれば罠も張れる。当たり前だが手放しには信用できない。


 そんな感情が透けて見えたのだろう。ルカはどこか憮然としてやや頬を膨らませつつ自身の潔白を証明し始める。といっても多くの言葉はいらなかった。


「本家です」

「ん?」

「あらお殿様には珍しく勘の冴えないハズレ日だりん」

「そんなことはないさんやが、できたらわかるように説明するん」

「はい。ルカは一人本家の道を選びましてございます」

「……まさか」

「はい。そのまさかにございます」

「イルダは。コンスエラは。やつらがお前さんを手放すとは思えんが」

「お察しの通りかと」


 まんじ。


 わかってしまった。ルカの言い分が。彼女の選んだ茨の道が。

 天彦はおそらく黄泉へと旅立ったのであろうかつての家来、かつての同志に追悼の意を表明しつつ、だが確かにルカの決意を感じ取ってもいた。


「射干はしつこいぞ」

「むろん承知の上にございます」


 それはそう。彼女はその中心からしつこい一党を指揮していた人物である。

 天彦はこれ以上の念押しをやめる。そして意識を明日へと切り替えた。


 ルカは射干党を離反した。その事実は覆らない。そしてその上で母体であり唯一の拠り所であった一党自体を糾弾しているのである。現にしてきたのだろう。その瞳には確固たる決意の焔が煌々と燃え滾っていた。

 その覚悟は見事。志は崇高で立派。個人的には花丸満点を与えたいほど嬉しかった。


 だが冷静に。


「裏切者二千有余名を断罪し、その上で己ただ一人を本家と申すのやな」

「はい。その通りにございます」

「大儀であった。して願いは」

「願わくは御家の末席にお加えくださいますれば、我が射干家の宿願に通じるものと信じております」


 見つめ合うことしばらく。


「お見事! ルカ、当家に仕えること許し給う」

「はっ、光栄至極にございます。射干ルカ。一意専心、お家のためお殿様の御為に我が身を捧げたくぞんじます」


 天彦はルカの覚悟にあっ晴れを送った。

 死なば諸共の覚悟を嬉しい以上の感情で嬉しく思いながら。


「アホやなお前さんも」

「はい。自覚はございます。ですがそこな朱雀様よりは少しマシで、お殿様よりかは随分とマシだりん」

「おい」


 だが天彦の非難の言葉はすぐに掻き消されてしまう。


「に」

「某も“に”!」

「ちっ……、にぃ」


 ルカの変顔によって。追随する雪之丞の更なる追い打ち変顔によって。


 ずるいって。それは。


「若とのさん、なんや昔が懐かしいですね」

「ん。まぁな」

「過酷な幼少期のことは聞き及んでおります。何やらお家発足はお二人だったとか。主家再開に際しそんな光栄な場に立ち会えるなど誠に喜ばしいかぎりにございます」


 ルカはもう隠すこともやめてしまった銀の髪を揺らしながら言う。

 天彦はそんなルカの艶やかな髪に視線を向けて、語るまでもないし語りたくもない記憶の欠片を回想しつつ。


「とりま堺に参ろうさん」

「はい!」

「はっ。ではまずは拠点の確保ですね」


「名もなく頼れる武人もおらぬ今となっては、そう簡単にはいかんやろ」

「燃やしちゃえばなんとかなるだりん。当家の意向に背く者は武家であろうと商家であろうと、ことごとく呪いの業火に沈んでいくだりん。おーこわ」

「もやそー!」


 やめとけ! 


 お前さんら、なんて羨ましすぎる簡潔思考……。

 ルカの半分おふざけ。あるいは半分は本気以上に本気の提案にそっと震える。

 なにせルカ。今の彼女に一切の枷はない。


 それをわかってでだからこそ、天彦は不謹慎を承知で笑ってしまう

 不謹慎なほど心映え清らかなのはなんでやろーの感情で。


「ですが拠点は必要ですよ?」

「考えるん。もっと真面な策を用いて真っ当に攻略するん」

「え、お殿様が頼もしいとか今夜は星が降るだりん」

「おいコラ、せめて雹くらいにせえ」


 いずれにしても賑やかしいのはよいことだった。単純に気が晴れるから。だが集ってくれたのは問題児ばかり。今後抱え込むだろう含み不安は膨れ上がった。


 だがそれもいい。人生は谷があってナンボだから。知らんけど。


 こうして二人いや三人は言外にあるいは瞳の奥に浮かべる無辺無碍の精神を支えに、新生菊亭家の発足をささやかに祝うのであった。












【文中補足】

 1、地合い

 株式市場や金融市場全体の動きや雰囲気。空気感、ムード、勢いのこと。


 2、フロリダ

 風呂で離脱すること。ということで何卒。













最後までお読みくださいましてありがとうございます。

☆での高評価や誤字報告、ブクマ、感想等は書き手のモチベアップに繋がりますので積極的にくれたほーがいいらしいですよ。とか。


さて、ほとんどの、あるいはコアなドクシャー様には御承知のとおり。

はい。雅楽伝奏の家の人。ということで余談偏(Off Topic)として再開いたします。


生生流転の章。リスタートには実に善い表題かと自画自賛しております。


はぁ!? お前本編からして一生蛇足やんけざけんなハゲ。というガチレス勢は正解ですがここでご退場ください。ハウス。だって人生、正論が常に正しいとも限りませんのでねー。とかウソです。ご勘弁を。御容赦くださいストレスで禿げちゃうんで。


これはエンタメです。何より皆さまいい大人なんで。とか。


それでは二度目の完結詐欺にもめげずにお付き合いくださる親愛なるマイメンドクシャーの皆々様。

ひきつづき長ぁぁぁぁぁぁい目で、あるいは生温かぁぁぁぁい目でご愛顧のほどよろしくお願いいたします┏○ペコッ ヨロシクデス


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― 新着の感想 ―
嬉しいです!読み出したらすぐ完結でえ───ってなりましたもん。
続きを読めたことに作者様に感謝を。
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