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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十三章 画竜点睛の章
226/314

#06 魂のBO



 



 元亀元年(1570)七月十日






 友を得て なおぞ嬉しき 桜花 昨日にかはる 今日のいろ香は



 十四代当主輝元、五条河原にて切腹、断首。

 続く戦国の雄。大毛利家を支えてきた三英傑もここ五条河原に散った。


 すなわち。


 戦国後期最大見せ場の一つ、織田魔王軍対盟主を毛利家とした西国連合軍との一大決戦は僅か十日余りという短期の時間で呆気なく決したのである。悪巧み狐の面妖かつ周到な鬼策によって。


「おのれ菊亭ぇ――! この恨み、はらさでおくべきかッ」


 むろん無念や怨嗟は我らが菊亭天彦くんが一手に引き受け。


「なんで!? いや可怪しいって」

「反論に力がこもっておられません。戯言はお控えください」

「……」


 あ、はい。


 次郎法師にマジ叱られてしゅん。


 しゅん彦が萎れている間にも概ね事務的に時に感情的に。多くの野次馬衆人環視の中、次々と主要戦犯が処刑されていく。

 むろん野次馬たちは大喜び。極めて野蛮だがこの時代に限られた娯楽の一つが罪人の断首である。

 しかもこの場合、攻められたのは京である。乱取りともなればけっして小さくない被害を出したこと請け負い。勘気の感情にも熱がこもった。


「殿、お越しです」

「ん」


 斜め後ろからかけられた与六の言葉に頷きをひとつ。示された指先に視線を預ける。すると天彦の瞳にみるみる精気が宿り始めた。

 むろんGOATには程遠い覇気だがここ数日では最も見られる顔色をしている。


 天彦は手にしている愛用の扇子をさっと振り払い先端を、目前を通過しようとしていた籠の先導者の鼻先に突き付けるように向けた。


 裃をしっかりと着込んだ武士はやや怪訝な表情を浮かべるも強い反感は示さずに、天彦の言外の意思をくみ取るべく足を止めた。

 そして地面に片膝をつき、正しいが略式の礼で推定貴族であろう少年に向かって敬意を表した。

 尤も身バレしていないというのはあくまでテイ。あるいは当事者同士の不文律。ここに至って菊亭の知名度は絶大だった。



 閑話休題、

 侍の動きに合わせて籠が止まった。指示はなくともこの壮年の侍が足を止めると同時に先導する籠も止まる。そういう仕様として籠は止まった。

 おそらくだが本日のメインイベント。詰め掛けた野次馬聴衆が最も一番関心があるだろう人物を運ぶ籠が止められたのである。


 籠を運ぶ一行はいったい何事がおっぱじまるのか興味半分おっかな半分の表情でちびっ子お貴族様の発するであろう言葉を待つ。

 けれどちびっ子お貴族様は一向に言葉を発さない。あるいは自らは発せないのかは定かではないが、それほどに凛々しい(欲目120込み)顔を台無しにするほど歪ませ沈痛の面持ちに深く、深く沈みこんでいた。


 と、果たしてどのくらいの沈黙が続いたのか。


「兄弟子、舐めすぎねん」


 ややあって絞り出すように出た言葉。この言葉をきちんと聞き取れた者はどのくらいいただろう。その表情から察するに、少なくとも周囲を固める側近の耳には正しく届いてはいないようであった。


 だが籠で運ばれる大罪人の耳には正しく届いていたようで、ふっと小さく笑みをこぼし、返答を返すべく軽く会釈したのち居住まいを正した。


「わたくしか貴方様か。果たしてどちらが舐めているのか」

「……」

「答えに窮する。それが即ち答えではございませぬか」

「っ――」


 図星を突かれて天彦は言葉を詰まらせた。

 薄々は、いや100%の確率で感づいていた。兄弟子の暴走が天彦の意図を汲んだものであるということを。

 むろんそんな意図などないのだが過去事例の派遣先を伏線とするならそのように解釈しても可怪しくはない。そんな不運が重なっていた。


 つまりこれは不幸な事故。仲間を、友を、日ノ本を思うばかりに起こってしまった哀しきアクシデントなのである。


 メンタル的に更なる追い打ちをかけられ、天彦の鎮痛な表情にも拍車がかかる。

 そんなダメ彦を気遣うように兄弟子は、兄弟子の顔で優しく語りかけるように言葉を発した。


「僭越なれど最後に一言。参議、不肖私の屍を超えて覇道を歩まれよ」

「アホかっ、それをリアルでするヤツおらんねん――ッ!」


 抜けのいい声が五条河原に響き渡った。


 条件反射とは恐ろしいもので。

 幼少の頃より数限りなくやってきたおふざけ会話がこの期に及んで炸裂してしまった瞬間であった、


「ふふ、くふ、あは、わはははははは」

「ふふ、くふ、あは、わはははははは」


 天彦はこの瞬間、初めて兄弟子了以の顔を見ていた。むろん長らく封印されていた笑顔もセットで。

 そしてこれを切っ掛けにしゅん彦の表情から憂いという憂いがすべて消え去り、実にさっぱりとした顔ができあがっていた。


 そうとわかれば決心がつく。これに応えない天彦ではない。美しくないことも然ることながら何よりそもそも物語として破綻している。


「兄弟子。すっかり男前になってしもて」

「参議には負けまする」

「おいて」

「うふふふ。御無沙汰にございます」

「うん。ほんにご無沙汰さん」


 まるで静かな茶室で涼やかに会話を交わしているかのような呑気な空気が流れる中、けれどイツメンを筆頭に家来たちは気が気でない。


「はっ、まさか」

「殿、何卒お控えくだされ」

「殿、どうかご自愛くださいませ」

「おい誰ぞ殿を抑えよ」

「お殿様、何がどうなろうと無理だりん」

「おい夜叉丸、絶対最悪の展開になると儂の勘は申しておるぞ」

「それ当たりじゃろ。もう儂ここやめたい」

「若とのさん某厭ですよ。思い付きの出鱈目に付き合わされるの」

「何を申されるのか朱雀殿。この窮地にこそ殿の存念に従うべきではござらぬか。ささ殿、ご随意になされませ。我らはお言葉に付き従うまで」

「長野殿、場を弁えられよ」

「でたよおべんちゃら侍」

「何を」


 内容はさて措き、そう。周囲が最大危惧あるいは警戒感を露わにしたとおり、そこに浮かんでいたのは悪いことを閃いたときの悪巧み彦の顔である。


 半ば首謀者である吉田屋の店主。これを救う手立てはない。

 何しろあの信長公が厳に断言し公言しているのだから。吉田屋こそ反乱のA級戦犯の一人であると。国賊であると。故に救済措置は絶対にないと。天彦といえど助命嘆願罷りならんと。

 ご丁寧に高札を掲げて。しかも違反者は極刑に処すとまで言明して。


 これにアタックすることは無理である。普通なら。


 故に天彦はこの瞬間まで三日三晩。小さな頭をフル回転させそのことだけに集中してきた。如何にして兄弟子角倉了以を救うかだけに執心してきた。

 最善策などない。次善策も同様に存在しない。故に軽傷で済むだろう最良策を模索した。

 探し出せばあるものでどうにか救う手立て・腹案は幾つかたてられた。だがどれもこれも重大なプロトコル違反である。


 即ちノーダメでは済まない。何なら氏ぬ。少なくとも現状維持はあり得ない。

 閃いたのはそんな策の数々だった。


 踏み切るのか。踏み切れるのか。自分を慕う家来の未来を犠牲にしてまで。


 決心がつかなかった。あまりに距離感が近すぎた。

 やはり家来とは切り切られの適正距離、適正関係を維持しなければならない。今回の一件ではつくづく痛感させられた天彦だが。


 結論、やはりネックは魔王信長。彼がすべての元凶である。


 悪いのはぜんぶ魔王のっぶのせい。


 ここにきて天彦もいよいよ本気、惟任ムーブに乗っかった(草)。


 真面目な話、今回、意に反するということは信長の顔に泥を塗るということ。

 言い換えるなら公言させてしまった時点でこの戦は天彦の負けであった。まさに先手必勝のお手本のような速攻である。さすのぶ。


「……が、身共の勝ちなん」


 勝ちかどうかは勝利条件次第だとしても。天彦は敢えて勝ち誇った表情を作って周囲にそれっぽく振舞ってみせた。強情を張って損をするキッズの感情で。


 むろん天彦もすべてを承知の上。むしろ承知した上でこの策しかないと断じていた。

 三日間温めていた策をそっと披露する。そっとね。


「罪人吉田屋を即刻解放いたすん」

「……菊亭様のお下知であろうと、それだけは叶いませぬ」

「これでもにおじゃりまするかぁ」

「な、なんと……!」


 壮年の侍は神速よりも早く大慌てで完全屈服の姿勢をとった。だが次の瞬間にはそれでも足らないと考えたのか、地に額をこすり付け天彦が掲げた綸旨に最大敬意を表していた。


「東宮・誠仁親王殿下による特赦である! 即刻ただちに罪人吉田屋を放免いたせ!」



 あ。


 あーあ。



 侍どん引き。家来もっとドン引きの図。


 それが数十秒間に亘って引き続いた。言った当人もかなりの無理筋なのは承知しているので成り行きに身を任せてしまっていたので終わりが見えない状態で。


 だがいずれも物事。終焉のときはかならずくる。

 ややあって最も早く復活したのはお目付け役の侍であった。


 侍は意を決した表情で、


「お言葉ながらお尋ね申す!」

「ええさんやけどちょっとだけやで」

「はっ。果たして如何なる存念による特赦にございましょうや」


 このお役目に就く皆の同意が頷きとなって伝播する。


 侍を始めとして罪人を連行している侍衆とて必死である。詭弁や奇策で罪人を強奪されたとなれば断首は免れない。最悪は一族郎党同罪まである。生半可な理由では引き渡しなどできっこなかった。


 敵も味方も固唾を飲んで傾注する。すると、


「婚姻による特赦におじゃりますぅ」

「……どなた様とどなた様が」

「僭越なん」

「な、なにとぞ!」

「しゃーなしねん。身共と誠仁親王殿下さん愛娘、心月女王殿下とに決まっておじゃりまするぅ」



 あ。


 あ。


 あ。



 果たして誰から漏れた“あ”か。あるいは総意も含めた場の空気が幻聴を招いたのか。いずれにせよ100虚言である。誰もの勘が厳にそう訴える。

 だが事が事だけに虚言とも何とも反論できない。そんな言い分に周囲が息を飲んで黙りこくる中、けれど菊亭家人たちの目は誤魔化せない。


「ひどっ。今までの中でもいっちゃん酷い」

「出たよいつもの」

「あーあ、病気が始まったん」


 天彦の病気が発症した。むろん詐病で。当然の虚言で。

 天彦は気にしない。したら負けの感情で。


 すっと歩み寄り、そしてそっと留め金を自らの手で外してやる。

 けれどしっかりと手を差し伸べ、兄弟子了以の手を握る。きつく、きつく握り込んだ。


「立派なお手手さん。さあ兄弟子。身共と共に参りましょう」

「参議……、貴方様というお人は」

「可愛いらしいですやろ」

「まったく可愛げの欠片もないお人さんにございます」

「ひどっ」


 了以の頬に大粒の雫が滴り落ちる。

 むろん粋を自称する粋彦は黙ってそっとハンカチを差し出す。


「重ね重ね恩に着まする。ちーん。ずずずずず、ずばっ」


 あ高級絹製やのに……! まあええさん。


 座に一件落着の緩い気配が流れ始めたその瞬間、


「者ども、そこな織田家の意向に背く反逆者を御用に致せ!」

「容赦無用。上意であるぞ!」


 天彦は謎の集団によって一瞬にして包囲されていた。



 え。


 え。


 え。


 え。


 え。



「最後の最後に隙を見せましたな」

「お殿様は脇が甘いッ」


 は!?


 いや隙なんかずっと見せてたやろ。脇なんか一生甘甘ねん。


 天彦のそんな独白を知ってか知ってか。登場したのはまさかの人物。それもこの時代直視できないほどの醜女とされる異人の二人組であった。むろん天彦的美的感覚からすれば目も冴える美顔であるが。


 名をイルダとコンスエラと言った。


「うそーん」


 だがすべて現実、紛れもない事実であった。

 なら已む無し。受け入れる。

 天彦は負けを認めて頷いた。抵抗すること確実だろう家来たちを目配せで制止することを忘れずに。


「天ちゃんお利巧さん。よくできました」

「イルダ、因みになんでなん?」

「織田様直のお声掛かり。我ら傭兵に乗らぬ手はなし。違いますか」

「違わへんのん」

「ほう。存じてはおりましたが凄まじい胆力。我らの裏切りを非難なされませんのか」

「ははは。するわけないん。今までたんとおおきにさん」

「ご丁寧に痛み入る。しかしつくづく聡明なだけに勿体ない」

「ほんまやなぁ」


 天彦はつくづく同意のつぶやきを漏らす。果たして勿体ないのは誰であるかは言及せずに。

 そしてちらっとルカを見やる。やはり聞かされていなかったのだろう。呆然とその場に立ち尽くしていた。するとその唇が、「なんで」の三文字をなぞっていた。気がする。天彦がそう感じたのも然もありなん。

 ルカは二人を姉のように慕っていた。そして欲目90だとしても菊亭も同様にホームと感じていてくれていたはずである。その動揺たるや筆舌に尽くしがたいだろう。知らんけど。


 だが射干党はどこまで行っても思想だけで繋がる所詮は集合体であり、個々の基本理念は傭兵である。イルダ、彼女の口から出たように。


 やはり土地保有と戦を是としない菊亭とでは相性がよろしくない。対する織田家との相性は語るまでもないだろう。

 いずれにせよ普通に考えて菊亭で抱えることに無理があった。出会ったその瞬間から知ってたけれど。じんつら(人生つらすぎ)。






 ◇◆◇






 元亀元年(1570)七月十五日






「菊亭天彦。位階並びに名跡の一切を剥奪と致し、そなたを京からの追放刑に処す」

「御恩情さんまことにおおきにさんにおじゃります」


 場は二条御所、五階天守の間。

 朝廷から発行された綸旨(帝の御内意)を読み上げたのは魔王であった。

 こうして天彦は位階どころか名跡まで剥奪され、ただの天彦に成り下がってしまう。


「おい貴様。重罪をなしたのだ、もっと罪人のツラを致せ」

「信長さんのようにですか」

「抜かせ」

「ほなお言葉に甘えて抜かしましょうか」

「ほざけ」

「はーい。ほな黙りましょ」

「で、あるか」


 信長は嬉しそうに目を細める。だが心なしかやはりどこか悲しげでもあり。

 最近始めた煙管キセルに火を点け、煙をくゆらせぽつり。


「して狐。行くあてはあるのか。今回ばかりはこれまでとはいかぬ。ちと厳しい旅となるぞ」

「逆賊のレッテルですか」

「で、あるな」

「まあ何とかなるでしょ。何とかします。世界は広いし。身共はこーんなちんまいし」

「ならばよい。じゃがな、いずこに参ろうと構わぬが日ノ本には居れよ」

「それはお願いですか。ほなお小遣いもらわんと」

「抜かせ下郎。余の下知である。黙って殊勝に頷いておればよし!」


 天彦はにやりと笑ってから一礼。ゆっくりと立ち上がり。


「弾正尹さん如きに下郎呼ばわりされるとは。身共も落ちぶれたもんですなぁ」


 ほなさいなら。


 天彦は魔王の「で、あるか」を背中に、持ち前の太々しい顔と捨て台詞を残し二条城天守の間を後にした。







 これにてお仕舞い。











【文中補足】

 1、BO(バイナリーオプション)

 為替相場の暴落(上昇下落)を予想して張る言わば丁半博打投機のこと。


 2、GOAT

 やぎ。ではなくグレートオブオールタイムの略。










宇宙そらにかえってこいバナージ!


正しさが、あるいは優しさでさえ。常に人の救いとなるとは限らない。


それでも……、それでも……、それでも……!笑笑


いや笑えんて。まじでカスユニコーン氏んだコロスにゃんぱす!!!


スプラテューンのインクくらい揮発性の高い愚痴をこぼしたところでさて。

ドクシャーの皆さまはいかがお過ごしでしょうか。とか。

ひと月余りも離れていると書き方忘れたりするんですねー(棒)

そしてひと月あまりの休稿が何事もなかったかのうように進行していこうとするのはさすがにセコい魂胆見え見えでした。



すーはー……



ごめんなさい。ほんとーに許してほしい! ←全力土下座の感情で┌○ペコリ


さて茶番はこれまでといたしまして。この読みづらいことこの上ない駄文と一年の長きに亘りお付き合いくださいましたこと。

なんぼ作者が稀に見るポンコツ鳥頭だとしても絶対に忘れることはないでしょう。おそらくきっと(鼻ほじ)


この場を借りて厚く熱く暑苦しく御礼申し上げます。


それではまたどこかでお会いできる日を願って。ばいばいきーんマタクルネ |・x・)ノ|Ю




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― 新着の感想 ―
[一言] まずは連載お疲れさまでした! 了以さん首の皮一枚で助かったと思ったら、まさかまさかの射干党離反に京都追放のフルコンボで最後の最後まで物語の緩急凄くてメンタルごりごり削られました。 天彦さんの…
[一言] ほんとうにお疲れ様でした。DMか感想に待ってますメールを送ろうとしていた矢先だったのでびっくりしました。可愛いお雪ちゃんがもう見れないと思うとなんとも言えなくなります。これからもまたお雪ちゃ…
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