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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十三章 画竜点睛の章
224/314

#04 原理的リスクと教条的リスクと

 



 元亀元年(1570)六月二十八日






 公家は権威という原理的なリスクを抱えている。対する武家は権威主義という教条的リスクを抱えている。

 いずれも構造上の欠陥であり人が人の分際で人の上に立とうとするから故の潜在的な歪みの浮揚であろう。知らんけど。


 だが確実に言えることは史実に則った統計上個体差はあれど、ほとんどがこの仮説に合致するということである。即ち公家はイキって武家はブバって。


 そして反面、公家・武家この両団体は一見似通っているように思えて、けれどその実まるで別物。この両者は北極大陸と南極大陸くらい対極にあった。


 つまり何が言いたいのかと言うと、


「なあ輝もっちゃん、どんな成功体験あったらその志向性できあがるん」


 身共には一生ムリ。これに尽きた。


 あるいは道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言であるように。

 無いところから無理やり知恵を振り絞り、更に無理やり神仏のご加護に力技で縋りこの苦難を乗り越えた矢先に……。いや依然として乗り越えられてすらいないのにもかかわらず。天彦の愚痴も尤もであった。


 何しろ東国以北の大荒れ模様。もはや天彦の手を離れ、収集がつくのかさえそれこそ日輪の思し召しという悲惨な状況に陥っている。そうまでしなければ織田家の窮状は覆せなかった。だから後悔はしていない。ライフハックに頼り過ぎた反省はしているけれど。

 いずれにせよこの越後のドラゴン討伐にど忙しい折り、西国毛利家が宣戦布告の狼煙をぶち上げてしまったのだ。常から愚痴っぽいとはいえさすがに愚痴も零れよう。


 一報という名の凶報が舞い込んだのは昨夜未明。

 毛利家総大将である若き俊英毛利輝元は自らが率いる十七万の超・超・超大軍勢を引き連れ、京の都の膝元鼻先ともいえる播磨国攻略に差し掛かっていた。

 あるいはまた出た!のゾンビインプも真っ青の水色桔梗の差し金なのかもしれないが、どうでもいい。


 いわゆる史実の逆進行・あるいは毛利の逆侵攻という事実さえ現認できれば。


「ポロロッカやん」


 もしくは語感でバラライカ。

 誰も正解を知らないので造語作りたい放題の巻。

 怒られるので絶対にしないが、衝動的にはかなりやりたい出鱈目である。


 ゆーてる場合か。


 天彦は二重・三重の意味で本当に許してほしかった。


「ほんとうに許してほしいん」


 だから言った発声した。


 一つに。いやすべてを差っ引いて毛利はいったん置くとして。

 史上最大級に問題なのは兄弟子角倉了以が既読スルーを続けていること。

 そして彼が率いる大財閥吉田屋が京から撤退し完全に畿内経済圏から手を引いてしまっていること。信じられないことに。何の報せも寄越さずに。

 それら射干からもたらされる様々な情報を加味して弾き出された結論が、すべて黒色、すなわち裏切りにベクトルを向けてしまっていることであった。


「にゃんぱす」

「お殿様、帰ってきてくださいだりん」



 ……はっ――!?



 天彦はルカに肩を揺さぶられて正気に戻る。

 気を抜くと意識が飛ぶ。いや魂が口から抜け出てしまう。人為的に転生をしたいがための疑似体験である。違う。

 つまり耐えられなかったのだ。天彦の弱弱メンタルではこの現実を受け入れることができなかった。


「扱き使いすぎたん」

「違うだりん」

「違う? ほななんや」

「近くに置き過ぎただりんよ。心を許し過ぎただりん」

「……」

「あれほどの傑物・逸材にして超がつく野心家に対し、惜しげもなく知恵を授けすぎただりん。天賦の才に天啓を与えれば必然的にこうなるだりん」

「……」

「うちは忠告していただりん。お殿様はいっさい耳を傾けなかった」

「……」



 あ。……え。……まんじ。



 救いがなかった。化け物を作り上げたのは自分であったなど、事実であろうと認めたくない。


 だがあり得るのか。何度となく適否を問う。現実に目を背けて。目を伏せて。


 しかし天彦とていつまでもキッズ彦のままではない。

 直面した現実に目を伏せながらもそれなりに対処する術くらい身に着けている。


「されどルカ。超絶巨大なマムシと思えばまだ何とか手は打てるん」

「蝮? あの織田様の舅の?」

「そうや。あの主家を乗っ取り大名にまで伸し上がった毒蝮や」

「なるほど。さすお殿様。ではさっそく」

「……」

「お殿さ、ま?」

「あ、う、え」

「お殿様、今は冗談を申されて――」

「あ゛……あばばばばばば」

「殿。いかがなさいましただりん、殿?」


 天彦は策を授けようとして口を開くが言葉がでない。

 なぜなのか。すぐに気づけた。

 まさに傑物・逸材ではなかろうか。今まさに目の前にいる才媛才女こそが。飛び切り特級の。


 そう考えると周囲は皆傑物揃い。あががががががが――。


 言葉が出せない。何なら息も吐き出せない。


 完璧なイップスであった。


 気づけば空気も上手く吸えなくなった。天彦が人知れずあわあわしていると。


「殿――」


 すると具に天彦の異変を察知した佐吉が動く。

 天彦を抱きかかえるようにして腕を取り脈を測る。


「失礼、ご様子を頂戴いたしまする。――これはよろしくない。ルカ殿、下がられよ。おい救護班、疾くお殿をお連れ致せ」

「はっ」


 が、制止の声で動きがとまった。


「待ちなさい。話が終わっていないわ」

「ルカ殿、この場は某が預かる御公儀の場。その某が下がられよと申しましてござる」

「……なぜかしら」

「問答は無用に願いたい」

「うちは何故かと問うたわ」

「某は問答無用と申しましてござる」


 峻烈な視線をぶつけあう両者。だが優劣は一瞬で決した。多勢に無勢。

 気づけばルカのしなやかそうな肢体は四方八方から鈍く光る切っ先に曝されていた。


「貴様ら、このうちに刃を向けるのか。我は大射干一党の三席にあるぞ」

「ルカ殿、問答は無用に願いたい」

「恐れて猶食い下がるか。血気盛んでたいへんよろしい。けれど容赦はしないわよ。その覚悟はあって」

「ルカ殿、問答は無用に願いたい」


 ルカは折れない。当然佐吉も譲らない。

 ルカの強権発動は菊亭家内では広く知られることろである。故にその点に関しての驚嘆も胡乱もない。あるのはただ言動一致の実行力の恐ろしさだけ。彼女は世の知られる菊亭伝説の大部分を担ってきたまさに家内の英雄であった。


 菊亭融通利かない二大巨頭がこのとき初めて相対した。

 両者はけっして短くない時間を睨み合いに費やした。


 ややあって、


「融通の利かぬ算盤頭が」

「ふん貴殿が申すとは笑止千万」

「ぺっ――、小癪な小僧風情がほざく」

「貴様、殿の居間に唾棄したな。おい用人、何をぼさっとしておるのか。疾く拭き上げよ」

「はっ、はは」


 佐吉は如何なる場面でも佐吉であった。

 そしてルカも協力的。これは意外にも意外であった。


 ややあって、


「そんなことよりも小僧、うちは融通の利かぬ算盤頭と申したが」

「確と聞こえてござる。されど多くの諸太夫を束ねる某のディスはおやめくだされ。お家の沽券にかかわり申す。そのような失態恥辱、この某が腹を召したところで帳尻が合うとも思い申さぬ故に」


 勝負あり。


 ディスという訊き慣れぬ言葉で応酬した佐吉の勝ち。

 そして主体を常に主家菊亭に措いた時点で圧勝である。


「そう。いいわ。取り下げましょう」

「忝く」

「……石田治部少輔佐吉、この借りはいずれ」

「そのときがくればお手柔らかに願いまする」


 ルカは怖気のする柔和な笑みを残しその場をそっと後にした。


 そして後に残された諸太夫たちはたちまちその場に崩れ落ち、互いの生存を喜びあった。むろん諸太夫を守る形で刃を向けた青侍たちも同様に。




 ◇




「ルカ殿と治部殿が盛大にやりあったそうじゃの。加減如何じゃ我が子龍よ」

「……実益さん」

「起き上がらんでええ。ほら無理をすな」

「おおきになん」

「何を水臭い。麿とお前の仲ではないか」

「はい内府、ほんにおおきににおじゃります」

「おいコラ、それこそ水臭いやろがい」

「ふふ、ほんまお茶々とそっくりや」

「じゃかましい! あいつが麿に寄せとるんやっ」


 らしい。


 果たしてそうかな。という問題は一旦脇に置き天彦は傍用人に茶を申し付けて体を起こす。

 自己診断をしつつバイタル正常。やはり異常はみあたらない。体調に異変があるという訳ではなかった。何より実益相手だと普通に発声できている。


「やっぱしイップスなん」

「なんやそれは」

「まあ病気です」

「ほな早う治せ」

「はい」


 やっぱ好き。ずっと好き。


 天彦は実益のこの竹でしばいたような違う。竹を割ったような性格が殊の外痛快で頬が緩んでしまっていた。


「くふ、うふふふ」

「……久しぶりに見ると、ちょっとしんどいの」

「ひどっ」


 わはは、きゃはは、むふふ。


 お約束を交わし合ってさて。実益は来訪の理由、本題に斬り込んでいく。


「伊予は降伏させたぞ」

「仕方ありません。申し訳ございません」

「なんでお前が詫びるんや。それこそまさに僭越なるぞ」

「……でも」

「しばらく見ぬうちに更に思い上がりが増しておるようじゃの。その性根叩き直して進ぜよう。道場に参れ」

「え」

「参れ。参るぞ」

「うそーん」


 じんおわ。


 天彦は徹底的に叩き直されるのであった。




 ◇




 稽古をつけてもらった天彦は、ひと汗掻いて堀川から引いている小川で汗を流し、実益の接待役を進んで申し出て市井を探索することにした。


「お前は変わらんの。それがよい。そしてお前は少しは変われ」

「なんでですのん! 某これでも変わってます」

「いいや変わらん。かわらずずっと呆け呆けや」

「お言葉ですけど亜将さん――」

「おい植田。お前、この麿に意見するのか」

「もう亜将さんこそ変わってください! ずっと意地悪なままですやんかっ」

「確かに。実益はずっと意地悪なままや」

「おい」

「ねー」

「なー」



 がはははは。あはははは。にゃはははは。



 天彦と雪之丞の息はぴたり。


 だが実益も満更ではないようで雪之丞の合流に和気藹々と歩様もどことなしか軽快さを見せている。


 むろん内府ともなれば超がつく要人である。供も連れずにお散歩行きましょとはならない。ぞろぞろと二本差しの警護を前後左右に引き連れた公家行列なのは仕方がないとして。

 雪之丞は忌憚なく無遠慮に会話を交わせる菊亭唯一の人材ということで同行が許された。

 雪之丞の植田を朱雀に。実益の亜将を内府に。そんな情報のアップデートは行われずに雪之丞のゆるゆるした雰囲気に引っ張られて町ブラをする。


「まだあるんか、あの襤褸小屋は」

「ありますよ。延々とあそこに。きっと四百五十年後も」

「……あるわけないやろ」

「賭けますか」

「どないして白黒の回収つけるんや」

「子孫に言い伝えて」

「ほな儂はある方に賭けるぞ。子龍がそこまで申すんや。あの襤褸屋は必ずあるであろう」


 賭け不成立。信頼が重……くはなかった。嬉しさが勝っていて。


 だが事実として、そこには不変性の素晴らしさと人々の確かな暮らしがあった。

 向きはよい方向に進んでいると信じたい。少なからず舵を切った船頭の一人として。


「若とのさん、あれ! あれ見てください」

「ん? ……お雪ちゃんさあ」

「某あのお団子屋知りませんわ! 某から身を隠すなんて不届きな団子屋め。某検分に覗いてきます」

「待ちなさい」

「う」


 阿呆を一匹とっ捕まえて。


 市場調査と称した町ブラはかつて二人でよくした行動。絶対についてくると言って訊かない実益とその供とで練り歩いたかつての街並みと何ら変わらぬ姿の街並みを二人でゆく。


「懐いさんなん」

「言葉は正しく引用せえ」

「あはは」


 一つ違いの実益おぢのお説教に苦笑を浮かべつつ、天彦一行は朱雀大路を一路南へ。八条大路目指して歩く。


 目的地は東寺(護国寺)である。

 寺その物に用があるわけではない。天彦は把握していないがそこで来客との会談があるらしいのだ。実益が直々に赴くのだ。かなりの要人に決まっていた。


 むろん天彦は二つ返事で応じている。


 興味と関心。


 興味は人物その物に対して。関心は人物が所属するであろう団体に対して。

 機を見て敏な実益がわざわざこの時期に時間を取れと言ってきたのだ。相手は血生臭い人物に決まっていた。そしてその帰属団体はもっと。


「毛利、片付けなあかんやろ」

「成り行き上そうなってしまいましたん」

「陸路では限界がある。違うか」

「違いません。……あ」


 天彦の予測が正しければとんでもない。

 西の大海賊団かあるいは外国の大船団か。いずれにしても西園寺実益の戦国コーディネーターとしての才能が遅ればせながら開花し始めているようであった。

 そして護国寺にはそんなこの不利極まりない劣勢状況の卓袱台を途端に引っ繰り返せるだろう一人が待ち受けているらしかった。



 わきわき、わくわく。



 期待に胸が弾んでしまう。






 ◇






「にゃははは、うちじゃん」

「お前かい――ッ!」


 出オチ感がエグいが、そこにはソードカトラスを揮わせれば天下一品、野生の海賊姫の姿があった。











【文中補足】

 1、教条的

 状況や現実を無視してある特定の原理・原則に固執する応用の利かない考え方や態度。












西国の皆さまお待たせしました。皆さま大好き一文字に三ツ星が大暴れ!? 果たしてするのか否か。こうご期待!


またねー

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