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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十三章 画竜点睛の章
222/314

#02 国家千年の計、とか


待った? ごめんね。どうぞ

 



 元亀元年(1570)六月十三日






 与六から天彦人生最大の凶報がもたらされた翌日の二条第。



 菊亭の仮宿である二条城二の丸御殿。その最上階にある天守の間には非常に珍しい団体が訪れていた。


 だが招かれざる客なのは明らかである。

 なぜなら天彦を部屋主とする二条城二の丸天守の間には静謐とは別種の静かな時間が流れているから。


 そう。珍客はすべてがつるつるてんに頭髪を剃り上げた者ばかりであり、中でも前列に座る好々爺然とした風格放つ者たちは如何にも仕立てのよさそうな高級衣装に身を包んでいる。


 そういうこと。珍客団体さんは天彦の菊亭とこの世で最もといって過言ではない利害が相反する利権闘争のお相手団体さんであった。つまり五山禅寺のご面々。


 そしてご面々はその慎ましさとは対局にありそうな気配を控える気も感じさせずに、けれど一切何も発さずにひたすら、そのつるつるてんでぴっかぴかに磨き上げられた頭頂部を首座に就く天彦に差し出していた。


 感謝であろうと謝罪であろうと覚悟であろうと、首を差し出すといった意味合いを持つ形式で謝意を示す以上、テイであろうと一旦は命を差し出さなければならない。

 とくにこの上位者の気分次第で命などどうとでもなる戦国においてはマストである。あるいはそこまでいかずとも最敬礼の姿勢は本来なら丁重で気品溢れる姿のはず。

 ところが彼らのその様はどこか滑稽で、然りとてせめてもの殊勝ささえ微塵も感じさせない気配を放つ。


 つまり圧迫。


 と、天彦が捉えても不思議はなかった。

 むろんそんな意図は更々なかったとしても、この空間の支配者がそう感じた時点で主観は世界のすべてとなった。


 だから天彦は言い放つ。目には目をの感情で。まるで圧迫的な態度に100の反発をぶつけ返す思春期のキッズのように。


「だっっっる」



 …………。



 繰り出された言葉の意味を理解できずとも感情は十分伝わる。

 天彦の口からそんなワードが吐き出されると、天守の間は更なる緊張の度合いが増した。主に青侍たちから放たれる悪感情によって。


 対してルサンチマンを向けられた側はと言えば。


「……」


 やはり動じていない。何食わぬ顔かはさて措いて、乱れることなく一糸乱れず最敬礼の姿勢を保ったまま首座に就く天彦の聴しの言葉を待っていた。ピッカピカに磨き上げた頭頂部を差し出して。


 ぬぐぐぐぐぐ。


 根負けしたのは天彦の方。

 天彦は歯ぎしりの音が聞こえそうなほどの憤怒の表情を浮かべながら、けれどけっして負けたわけじゃないんだからねっ――の感情で視覚的圧迫(剃髪頭)から解放されることを選択してしまう。


 ここで根競べするほど根気よくないという性格面の難も抱えてはいるが、忙しすぎたのだ天彦は。

 いずれせよ天下大騒乱の計を前に、生産性の低い敵性セラピストたちと言葉遊びに興じる気分ではなかった。


 だから敵前逃亡を選んだ。

 だが単に聴しは与えられない。菊亭と五山禅寺には因縁がありすぎた。


 ならばあとは切っ掛け一つ。


 文言はなんだっていい。所詮は建前。天彦の思考は最適であろう切っ掛けを模索する。


「ん?」


 すると蒸し蒸しと蒸す広間に、びゅーっと一陣の風が舞い込んだ。

 天彦が背後の吹き抜け窓に目線を送ると、奇しくもぴーぴー、ひょろー。なんとも儚げで頼りない鳴き声が天彦の耳朶を叩いた。

 あるいは叩くこともできないだろう脆弱な鳴き声は、さりとて制空権争いでは敵なしを誇る鳥類の王様であった。


「見つけたん」


 そしてこの鷹の来訪は天啓にうたれたのも同然の御導きであったようで。

 天彦の冴えなかった表情と顔色に血色が差し込んでいき、みるみる内に赤味を帯びていく。


「でゅふ、でゅふふふふ」


 あまりの歓喜に思わずかつてのチー牛の血を騒がせて、さす禅寺。導いてくー――!笑


 天彦は120%皮肉でしかない揶揄を脳裏で思い浮かべるのと同時に、「面を上げさん」聴しを与えていた。


 それを合図にようやく視覚的圧迫(剃髪頭)から解放される。


 対する禅宗の僧侶たちは厳かっぽい雰囲気を崩さず、意に沿うべく顔を上げた。

 なるほど高貴ではある。

 天彦は前列の重鎮ぽい面々を見渡してコイツやな。代表者らしき人物にあたりをつけると実に鷹揚に振舞って扇子をばさっ。口を覆い、おほほほほ。顎をしゃくり発声の聴しを視線で伝えた。


「大宰相閣下におかれましてはご機嫌麗しく僥倖にございまする」

「目、腐っとんな草」

「っ――、く、草にございまするか。民草を導く我らと致しましては――」

「そっちかい。ボケとしては12点や」

「あ、いや、なんと……、ですがなるほど然り。ありがたき御金言を糧に益々精進、致しまする」

「アホらし。なんや耳まで腐っとるみたいやな」

「く……っ」


 天彦はにやり。


「用件は」

「霊山の教えに従い罷り越してございまする」

「霊山の教えとな。なるほどなーるほど。ほな守護霊亀さんのお告げでもあらはったんやな。そら御足労なことで」

「はっ。御慧眼にございまする」

「くく、慧眼か。大方お前さんの夢枕にでも立たはったんやろなぁ。……で、カメさんの立ち姿ってどんなや」

「……立ってはおられませぬ」

「そうか。残念なこっちゃ。もし立たはったらそのときはスクショ送って」

「すくし……、は、ははっ!」


 無茶振りである。だが相手は応じた。それがすべて。


 このようにもはや公家言葉でさえ応接する気のない天彦である。僧侶が誰様であろうと勝てる道理などありはしない。

 このモードに入った天彦に勝つのは至難。例えばあるいは一方的に片恋の女にライン大渋滞だね。と遠回しに既読の催促を促してけれどまるで通じてくれないのと似た無理ゲーなのである。更に例えるならともするとあの魔王ですらこのモードの天彦と相対すれば撤退時期を見極めようとするとかしないとか。


 ややって社交辞令も出尽くして、禅宗の代表にも疲労の色が濃く見えるようになってくると。


「……」

「……」

「……」


 五山禅宗の僧侶たちは即座に態度を表明する。無言という名の態度表明で。

 あるいは漏れなく沈黙は金なりを体現して撤退を選択。実にチキンだが実にお利巧さんな手練手管であった。


「押し掛けてきてだんまりか。さすがにキレるぞ。そなや、お山の一つでも消し飛ばしたろか」

「っ――」

「冗談や。で、お前さんは名すら名乗らんのんか。さすがに無礼と違うんか」

「ご、ご無礼お許しください。拙僧、臨済大本山から参りました無窓志石にございます。お見知りおきくださいますれば僥倖にございまする」

「ほう、天龍寺管長さん御自ら御足労とは御大層なん。して身共は見知りおいてええんやな」

「くっ」


 まるで死の宣告のように聞こえただろう天彦の言葉は効き目十分。

 天龍寺管長無窓を完膚なきまでに屈服させてしまっていた。


「角倉了以に口利きして欲しいんやろ」

「……まさしく」

「暴利を貪れんようになったんか」

「お言葉にございまするが――」

「黙れ」

「くっ、申し訳、ございませぬ」


 五山ビジネスモデルは複数の理由から破綻しかかっていた。

 まず祠堂銭出資先である幕府はもうない。次いで暴利を貪っていた土倉(高利貸し)業も景気が良すぎて借り手が少ない。

 そんな不遇の中にあって、寺社閥最大の困窮事由が兄弟子了以の台頭である。


 五山、特に天龍寺は桂川水系(運)の交易と関料で多大な利益を生み出していた。その金脈を完全に抑え込まれてしまっては手も足も出ない出せない。

 あるいは武力なら圧倒できるかもしれない。だが武力に訴えればそれこそ敵の思う壺。どれだけ低く見積もっても天龍寺はお仕舞いです。

 何しろ角倉吉田屋の背後にはあの菊亭が控えていることは周知の事実。しかもその菊亭の背後にはあの神仏を神仏とも敬わない叡山焼き討ちの魔王軍が控えている。


 だから口を出すことにしたようである。こうして危険を承知で敵地のど真ん中にまで押しかけて。


 よほどの困窮と見受けられる。そしてさす兄弟子。

 今は遠く離れた中国地方にある兄弟子了以がすぐ傍で支えてくれるような錯覚に見舞われ、どこか殺伐とちくちくしていた天彦の心を優しく包み込んでくれるのであった。


 おおきになん。兄弟子……。


 だが最近オコ。メールの既読スルーが続いていた。


「ほう。そらしんどそうや。ええさんなん、話訊こかぁ」

「有難き幸せにございまする――ッ!」


 真冬の寒空の野外にぬくぬく毛布を差し出されたような甘い言葉。


 まさにまんま。


 まさに天彦無双。敵が無窓だけに。……あ、はい。


「ただし」

「むろん承知の上。我ら臨済宗。総意の上で罷り越してございまする」

「ええ御覚悟や。ちょっとだけ見直したで」

「光栄至極に存じ奉りまする」


 天彦は大きく一度頷いた。


 五山界隈はほっと安堵のため息をもらしたとか。背後には凛然とデスマーチが鳴り響いているとも露知らずに。


 いずれにせよ盤面すべては狐彦の掌の上。


 フェア精神など欠片も感じさせずに悪意と敵意と害意を前面に押し出して、有りっ丈の野性味を剥き出しにした野生彦がそこにいた。




 ◇




「――と、思っていた時期が身共にもあったん」


 場所を変えて二条第仮宿の天彦邸。かつては惟任日向守が駐在していた二条第居住区では最も格式の高い屋敷である。


 その母屋の最奥の部屋から出た天彦は、数十分前にあった圧勝交渉の余韻などどこへやら。

 天彦は“ずーん”というどんより系書き文字的オノマトペを背景に纏って長い廊下を鬱々と歩く。


 すると進行方向に見知った人物が待ち受けていた。


「如何でしたか。姫様の御機嫌は」


 次郎法師であった。しかもその隣にはルカを従えて。

 菊亭一二を争うビジュ強な二人の競演は、意外にもあまり見られない。

 おおくの用人男子が手を止め足をとめ目を凝らして見惚れる中、天彦的には厭な予感しかしないツーショットビジュであった。


 だって嫌味しかいわないんだもの。この二人。しかも手加減という言葉を知らないかのように振舞うし。……とか。

 そんな感情で警戒感露わに身構えていると、次郎法師が薄く嗤い。


「ご婚約者様とは少しは心打ち解けましたかな」

「沈黙が苦痛にならへん関係性とだけ申しておこか」

「認識が歪んでいるな。我が殿様は」

「おいて」

「そうは思わぬか、ルカ殿も」

「あたおかだりん」

「ルカ。覚えたての言葉だとしてもシバくよ、普通に」


 ぼろカスに責められてさて。


「つまり互いに無関心なのですな。それはたいへんよろしくない」

「ちゃうよ? 地雷やからやめてね」


 婚約者とはむろん織田家の姫。チェンジで。で激キレして帰った姫である。名を愛琴姫まこひめという。

 押しも押されもせぬ魔王の愛娘であり、正室の姫ではないものの生母を茶筅と同じくする齢14つの麗しき姫様である。つまり茶筅の姉姫である。


 訳あって迎え入れている。むろん訳とは政局と大局を指すので、そこにそれ以外の感情は一ミリもない。そしてこの口ぶりでは芽生えてもいないようである。


「追い返して迎え入れる。ふーん。お殿様も落ちただりん」

「おいコラ」

「なにだりん」

「あ、うん」


 まるで一貫性の無さを責められているようだった。いや“よう”ではなく責められていた。

 たしかに天彦は態度を変えた。織田家と密に繋がる覚悟も決めた。

 その態度の変化が一部家来たちの間では豹変と受け取られて評判がすこぶる悪い。

 延いては菊亭家中における織田人気の無さ。あるいは武家への忌避感にも通じるのだがそれは今は後。何しろその勢力は誰を迎え入れても文句を垂れる勢なので無視するとして問題はこの二人に代表されるガチ勢である。


 ならばいったい何のガチ勢が。彼女たちは確かな見識と深い教養を叩き台に政局を読み解く生存ガチ勢である。

 彼女たちは率いる郎党丸ごとひっくるめて天彦の菊亭に賭けている。滅多なことでは裏切らない分、余計に方針に口を挟んだ。


 だから彼女たちは方針を重んじた。言い換えるなら翻意に敏感。あるいは敏感では生温いほど過剰な反応で応接してくる。このように。


「殿」

「お殿様」


 う。


 だが考えてもみてほしい。地合い相場から業績相場へと移行している局面で同じ注文をする投資家がいるだろうか。いない。いてもそれは破滅してじんおわしているので結果やはりいないのである。


「つまりそういうことなん」

「またわけのわからない自論で煙にまくのですね」

「許さないだりん」


「どの目線で!」

「伝来の地を離れ主家を菊亭とした井伊家を率いるこの目線で」

「射干総勢二千有余の判断を預かるこの目線だりん」


 あ、はい。


 重かった。しんどいくらい。重すぎた。むちゃんこに。

 回避には泣くのも手だがこの場合は悪手か。お前の涙に価値はない。なぜなら他人の涙はしょっぱくないから。と逆に生き追い付かせて詰められそうなので差し控えた。勝手に潤んでしまう瞳を懸命に言い聞かせながら。


「如何」

「だりん」


 じりじり詰められ仕方なく少しだけ本意を明かす。しぶしぶと、ぶすぶすとして。


「なぜか愛おしく思ったん」

「巻くか」

「巻くだりん」


 こっわ。ごめんて。


「ごほん。冗談や」

「二度とするな」

「次はない」


 口調! ……あ、はい。


「共存不可ならば決するしかないさんや。ちゃうか次郎法師」

「むろん。ならばなぜ織田を選ばれたのか」

「選んではないん。消去法的に残ったん」

「上杉に瑕疵が。いやこの場合は徳川か」

「どちらでも同じこと。越後さんでも三河さんでも」

「なにゆえ」

「この戦乱おびただしい天下の統一には何よりも欠かせん要素がある。それが謙信公には物足りず家康公では計算がたたん。だから弾いた」

「と、……申されますると」

「ええか二人とも。即ちこの日ノ本を一つにするには血も涙もない破壊と殺戮が欠かせんのんや。それを身共は――」



 国家千年の計と呼んでいるん。



「…………」

「……」


 天彦の口から思いもかけない言葉を耳にして、次郎法師とルカは返す言葉を失っていた。

 だが信じる他あるまい。この予見を。この振る舞いを。結果を残してきた以上は。


 けれど、


「地獄の生活が待っておりましょうな。殿には」

「お殿様、じんおわだりん」



 デスヨネ。



 たしかに指摘された通り織田家の姫と向き合うことはもはや不可能。よほどの劇的な逆カエル化現象でも起こらない限り今後の結婚生活は絶望的。彩は得られない。

 ならば家庭内別居くらいの距離感がええんやろ。とも嘯けない。まだ夢も希望も抱いている。


 考えれば考えるほど真面な関係性を築けると考えにくいこの状況、果たして織田家選択が正しかったのかと疑念を浮かばせるまであった。

 物事の相関性や因果関係を何かに紐付けて考えてしまうのは天彦の悪癖であり、何かに紐付けでもしなければとてもではないが正気を保っていられない。そんな人生を歩んできた。


「ははは、……しんど」


 天彦の脳裏にとある文字が〇〇の伏字で浮かぶのであった。






 ◇◆◇






 十日後、某所。



「おのれぇ、このクソ戯けが――ッ!」


 天彦は視線を真っ直ぐに覚悟を決める。

 だが荒ぶる口調程に悪態は飛んでこず、むろん物も手も足も飛んでこない。

 胡乱に思っているとややあって、


「愚息、余に最上の策を授けよ」

「え」

「聞こえんかったか! この窮地を乗り切れる唯一にして絶対の策を授けよと申した」

「さすが魔王さん、最善におじゃりますぅ」

「ふん、黙れクソガキが」


 次に愛琴を泣かせたらコロス。


 どんな暴言よりおっかない声が天彦の肝を凍り付かせた。


 だがほんとうに凄かった。魔王はあの戦神の本気を凌いで生き残り、生き残った上で策を強請っていた。しかもちゃんと天彦が生存策を腹案としていると確信して。











【文中補足】

 1、管長

 宗教団体における最高位の宗教指導者。


 2、天龍寺

 五山禅寺の第一位。臨済宗の大本山。天龍寺は御醍醐天皇の菩提を弔いために政敵である足利尊氏によって建立された。つまり足利家御用達の将軍家オフィシャル寺院である。












QR氏ね滅びろクソめんどい。


こんちわ。おはよ。ばわー。最後までお読みくださいましてありがとうございます。

お元気ですか、あなたの好きなものをあなたの言葉で知りたい皆様のもこちゃそでっし。


きっも。あ、はい。

ということでわたくしは主観的にも客体的にも常に人生八方塞がりですので一周回って元気です。


せーの。あなたっていっつもそう。はいそういうことです。ばいまたねー




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