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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十二章 破顔一笑の章
210/314

#01 ふっ……、致命傷で済んだったん

 



 元亀元年(1570)四月三十日





 元亀元年とは即ち時代の大変革期を指し、戦国もいよいよ後期に差し掛かり安土桃山時代の輪郭が見え始める頃である。


 そんな過渡期にあって、天彦率いる菊亭は一族郎党避難ちう。そんなまさかの状況にあって天彦は我思う。故に我があろうがなかろうが思うのである。


 例えるなら一門は船であると。それも大型の商船であると。

 あるいは一攫千金を夢見て大海に漕ぎ出し艱難辛苦の大航海を共にする船乗りとして、当主は船の舵を取る。


 ならばその航海の目的は利益であろう。一択と言って過言ではないはず。すると行く先は。取り分は。保証は。


 いずれにせよ纏めるのは至難の業。何せ曲者揃い。乗り組み員の数だけ主張や思惑があるだろうし、ましてや船乗り全員の納得など到底得られない。だから定量的な納得線を引くしかない。

 船乗りたちの納得度が高いほど、その船はきっとよい航海ができるのだろう。知らんけど。


 たしかに知らない。知らないことは触れたくない。天彦だって人並みに厭なものは厭なので。

 だが哀しいかな天彦の根本は社畜であった。精神の根底に飼っているのだ、忌まわしき家畜の飼いならされ根性を。

 すると知らないなりにそれが役目だと感じてしまうと投げられないし逃げられなくなる。だから半ば目を瞑ってでも自らに言い聞かせて歯を食いしばって役目を果たす。果たしてしまう。


 現下、天彦に課せられたお役目とは生きること。これに尽きた。

 これは人生、ゲームではないのにもかかわらず。

 この第二の人生は摩訶不思議であった。玉将である天彦自身が詰まされるとお仕舞いになる奇妙な仕様の進行であった。ホンモノの人生なのに。


 ともするとかつて天彦が歩んでいた人生よりよほどゲームチックな進行をしているではないか。ははは、おもろ。笑えはしない。嗤えても。

 何しろ命が軽すぎた。価値はどうだろう。ケースにも寄るのだろうが総じて軽く、一杯の茶碗に注がれた米と同等かそれ以下と言っても大げさではないくらいに軽かった。


 それは公家である天彦も大差なく同様に。

 ならば厭でも懸命に取り組み生き足掻くしか、この戦国ビッチ室町時代を生きていく術はない。


 自分事より他人事に熱くなってしまう性分の者なら猶更に。


「若とのさん」

「じんおわ」

「もう、いっつも終わらさはる」

「だって終わってるもん」


 自称一の家来の言葉に被せ遮るようにつぶやかれた、果たしてこれで何度目の人生が終わったかわからない定型句的つぶやきが虚空に漂い霧散する。


 だが部分的な感情はホンモノなので仕方がない。まさしくこの瞬間に天彦の想定する世界線にあったと思しき人生は終わりを告げているのだから。


「若とのさんが終わると、ここのもんぜーんぶお仕舞いですね。ふふふ」

「うわ、笑ろてるでこのお人さん」

「はい。だって可笑しいてしゃーないですもん」

「何が? 申しておくけどお雪ちゃん、お前さんむちゃんこ不謹慎やからね。状況わかってる?」

「わかってますよ。でもだって……、そんな生きる気満々のお顔さんで、終わったなんて申さはるからつい、くくくぷぷぷあはは、わはははははは――!」



 あ、はい。



 お雪ちゃんもそろそろいい加減、空気読もうか。……まあ今更やけども。


 得意の死んだふりで周囲を油断させつつ隙を突く。序にやる気のなさも盛り盛りで演出できればいいなー。の巻が、ぜんぜんまったく通用しない唯一の相手を天彦は実に恨めしそうに睨みつつ。


 今となってはトレードマークとなった薄幸面を更に幸うすそうに右目を眇めて怪訝をぶつける。

 気付いた。気づいてしまった。その不快感の正体に。許せねーよ!


 の感情で天彦は声高らかに不満をぶつけた。


「あ、また背伸びた!」

「ふふ、若とのさんが縮んだんと違いますか」

「縮むかっ! いくらなんでも許せへんで。おりゃ! ――あ」

「あ」


 雪之丞の額目掛けて放たれた一閃がまんまと空ぶり。扇子が虚空で行き場を失い彷徨い中。どうやら雪之丞、育ったのは骨格ばかりではないようである。


 ぐぬぬぬ、天彦の中でまた許せない材料が一つ増えてしまって腹立たしさが倍増される。

 だから一計を案じる。姑息にも。狡猾に。

 果たして状況が読めていないのはどっちなんだという無言の声には耳をふさいで。


「お雪ちゃん。身共は哀しいん。ほらこの通り、およよ」

「え、何でですのん」

「説明したろ、そやしちょっとほら。こっちおいで」

「え、むちゃんこ厭ですけど」

「何でよ」

「だって扇子でどつかはるもん」

「あ」

「あ」

「……うん、そんなことせーへんから。な?」

「無理ですやんその間では。若とのさん、ちょっと阿呆になってますよ?」


 無理だった。


「ええから来い!」

「ほな扇子を仕舞ってください」

「厭やろ」

「アホやろ」

「おいコラ、言うに事欠いてなんやと! 何よりこの緊迫した時間にふざけるはアカンやろ」

「先にふざけてきたんそっちですやん」

「そっち!」

「そっちがアカンかったらあっち。どっちでも構いませんわ。どっちにしろあきませんやろ」

「五月蠅い黙れ! どりゃ! ……あ。なんでかわすん」

「あ。やっぱしや。……ほんでのろいとかカッコ悪すぎですやん」


 くっ、コロセ。いや全力で生きる気満々だけれど。


 天彦は地団太を踏みつつ、実際には目を爛々と輝かせ虎視眈々と起死回生の一発を狙っているとしても口調だけは絶望の色味を濃くさせる。


 一度は当てたい。どうしても。そこに正義の介在する余地はない。これはもはや男としての意地である。むろん男と書いてガキと読む類の性質のしょーもない意地である。


 と、そこに、


「申し上げます! 真宗一揆勢、公家町に乱入してございます!」


 風雲急を告げる一報が舞い込んだ。


 どよめく境内。


「なんと……よもや洛中が」

「まさか。御本家は御無事であろうな」

「内裏はどうなるのだ。帝の御警備は万全か」

「……無念」


 元号が元亀へと改元されて三日、事態は大きく動いていた。


 史実通り一向門徒の一揆勢は京の都に侵入して猛威をふるった。

 そして同じく浅井長政の謀反により織田軍は越前征伐遠征から撤退した。目下京へと敗走中。

 そして同日、武田信玄率いる武田軍が駿河に侵攻。こちらは史実にはない事態となった。大敗を喫した武田軍は大ダメージを負い半ば壊滅状態に陥っているとのこと。まんまと。

 そして武田軍本拠地である信濃が越後上杉軍によって急襲され本城陥落。武田侵攻軍は帰還先を失い雲散霧消してしまった。


「片岡党、落ち着けい!」

「蒲生党、静まれい」

「藤堂党、殿の御前で恥を晒すな。騒げば斬る」

「諸太夫も同様に静まられたし」


 だがそのどよめきもすぐに収まる。いい意味ではなく悪い意味で、すでに菊亭内では想定の範囲であった。


 目下京の都は一向一揆の侵略に遭い火の海に沈んでいる。

 そして二つの理由から一揆勢の侵攻は苛烈を極めていた。


 一つにリアルな食糧不足。この年の七月に発生する台風被害の飢饉が前倒しで発生したのか。あるいは知らないだけで元々発生していたのか。いずれにせよ畿内はちょっとした食糧不足に陥っていた。けっして記録的な大飢饉という甚大なレベルではない。つまり裏で危機を煽り庶民を扇動している業師がいる。

 そしてもう一つに裏で扇動しているだろう石山本願寺と三好勢の史実にはなかった結託が見られるから。


 一揆勢の侵攻は苛烈であった。


 後がない三好三人衆とリアル飢饉に苦しむ一向門徒の熱量がマッチングした結果は天彦の想定を遥かに超えて壮絶であった。


 そして悲惨なことにその狼藉を抑える戦力が都にはなかった。なぜなら最大勢力であった惟任軍がその主君と共に京を追い払われてしまっているから。

 追い払ったのは織田でも菊亭でもない。日ノ本の国主たる帝の宣化があったのだ。


 織田家と共に日ノ本の民を治めんと。


 裏を返さずとも将軍家との決別宣言である。

 はい。足利義昭は史実通りにトチりました。お仕舞いです。ドブ行きまっしぐらです。足利家の滅亡決定フラグです。


 なぜなら史実とは違って京を追放された後、頼れる毛利家がないからである。

 毛利家は今や朝家の忠臣、その筆頭格。何が哀しくて落ち目の将軍家を支えなければならないのか。天彦の仕込みは見事に作用した。ここでも奮闘してくれた兄弟子に感謝! 見事毛利家は将軍家のお強請りを一蹴してみせたのだ。縋る義昭をけんもほろろに追い払ったのである。すごい!


 なにやら風の噂では九州地方にまで下向しているとのこと。大友か島津かはたまた国人か。どの家を頼ったのかはわかっていない。天彦も自分事で大忙しなので。

 よってもはや九州事情など眼中にさえ入れていない。要するに都を離れた将軍家など翼を捥がれた鳥も同然。すでに歴史の表舞台からの退場扱いである。


 そんな死に体の足利家に謎の義理堅さを発動させ、臣下として付き従ってともに都を離れた惟任日向守には敬意を表しつつ、さて。

 天彦たち菊亭一門が身を寄せるのは洛外山城国にある広隆寺の境内であった。

 ここを頼ったのはむろん兄弟子角倉了以の勢力圏だから。

 桂川水系は今や角倉の吉田屋がほとんどすべて牛耳っている。如何な真宗一揆勢と雖も軽々には扱えない存在であった。


「お茶々、心配さん?」

「儂を因果律から解放したると豪語した。儂はお前のその言葉を信じとる」



 …………。



 気持では。感情でもむろん。


 だが果たして。

 生粋のカリスマの舞台登場なくして本当に場が収まるのか。

 今となっては結果は杳として知れない。何せ事態はもはや天彦の想定を遥かに大きく上回ってしまっている。

 こんな大規模な一揆はまったく一ミリも想定していなかった。ましてや三好が連動して京にを襲撃するなどまったくの想定外である。


 だから天彦は腹を括っている。どうせ人生、なるようにしかならない。


「最悪はぜーんぶ放っぽり出して畑でも耕そ」

「厭に決まってるやろ。阿呆か」

「なんで、ええやん。ひょっとしてお野菜苦手なん?」

「アホめ。ただ単に厭じゃボケ」

「えー、ほなもっと厭そうなお顔さんしなアカンのちゃうのん」

「やかましい黙れボケ茄子」

「ぷぷ。あれ? あれれ?」

「おいコラ、図に乗るなよ」

「はーい、呆け茄子彦だまりまーす」

「けっ」


 一手で戦況を引っ繰り返せるだろう生粋のカリスマは一旦温存させ。

 一手で戦況を引っ繰り返せるだろう生粋のカリスマとは無限いちゃいちゃすることにして。


「こほん」

「……」

「……」


 すっかり常駐侍臣が板につき始めた盟友山科言経の咳払いで現実に引き戻されたところに、


「申し上げます! 現在敗走中の木下軍壊滅! 織田軍の殿を務められておりました木下殿が討ち死にとの由にございまする」


 おお、……! いやいやいや、ほんとうか。


 座が静まり返る中、多くの者の目が冷めていた。つまるところ藤吉郎不人気の象徴なのだが、中でもとくに仕込んだ天彦が一番冷ややかな表情をしている。

 意味はない。単純に英雄がそうも容易く歴史という名の人生の表舞台から退場するか、甚だ疑問な感情が芽生えてしまっているからにすぎない。そんな不信感を色濃く浮かべて報告を受け取った。


 事実は時が伝えてくれる。今は後。


 いずれにしても、そんなあらゆる不穏極まりない情勢を報せる報告と共に第12シーズンの開幕が告げられるのであった。











【文中補足】

 1、元亀元年(1570)四月時系列

 >時間を見つけて02話アップまでに書いておきます!













新章開始の報告と100万PV到達のお礼。ありがとー嬉しいです。


100万って凄いですよね? 知らんけど。


想定より早かったのか遅かったのか。そもそも想定していたのかすらわかりません。またこれを機に何がどうなるわけでもありませんし、大手の仲間入りをしたわけでもありません。

そういえば休載中、何かの拍子にプチバズってブクマが爆増えしたのにはちょっとだけビビらされましたけれど、総合的に嬉しかった。そういうことです。ありがとうございます。


そして、いや、ですけれど。


ドクシャーの皆様のことは変わらずまぢでずっラブですし、当該作品に対する思い入れも熱量も不変的に高いまま。つまり、ひきつづき雅楽伝奏~をご愛顧くださいませ。よろしくお願い申し上げます。ってことでした。ばいばーい!



追伸、今シーズンは章タイトルにもある通り、全力マンキンでふざけます。

章タイトルを呵呵大笑のどちらにしようか迷ったくらい、奇想天外・奇妙奇天烈的にふざけようかと思っております。

何もプライベートが鬱々としているからその憂さ晴らしではありません。ある。ありすぎた。鬱々してる。右耳の聞こえが途轍もなく悪くなるくらいにはしてる。まんじじんおわ。

気が引きたいがための大袈裟かまってちゃんウソ松報告はさて措き、ふとした思い付きですので、お前いつものことやんけ!の寛大な方はいいのですが、なんかちゃうの狭量……ではなく繊細な方宛てに綴っております。


エヴァの次回予告的に先にお詫びしときます、『次回、まさか?』


ふざけてばかりでごめんね許して?┌○ペコリ


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