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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
壱章 百折不撓の章
21/314

#21 雅趣淡麗

 



 永禄十一年(1568)十一月十日(旧暦)今出川殿・菊亭借り屋敷 






「天彦さん、よろしいですか」


 天彦が得意の雅楽で周囲の耳をこれでもかと汚しているところに、一陣の風雅な微風が舞い込んだ。

 流行の派手な小袖を男性風に小粋に着熟し颯爽と姿を見せたのは、近頃、公家町辺りではとみに噂の的となっている雅趣家令である。


「なんやガシュ、改まって」

「……ラウラと」

「どないしてん拗ねたんか。奇遇やな、身共とおんなじや」

「では雅趣で結構」

「なんやラウラ」

「門衛が報せに参りましたので」

「珍しいこともあるもんや。さては来客か」

「おそらくは」

「つまり筋の真面なお客さんやな。用件、身共が訊こか」

「はは、まさか」


 こわっ。視線で咎めるとかやめろし。


 中立売御門の門衛から非常に珍しく来客の報せが入った。

 この菊亭家、ばりばりの貴家なのに先触れが滅多とない。というより来客自体がほとんどない。あるにはあるが近しい間柄の客(主に実益)はわざわざ先触れを送ってこない。故の珍しさである。

 これも大臣家以上のバリキャリ家でないからだ。名家・半家などと偉そうぶっているが、二束三文の木っ端貴族である。 


「大人しゅう待ってるわ。そや、お駄賃やっとき。ほら」

「100文は奮発しすぎでは」

「次からは我先にと参ってくれるやろ。長いこと待たさんと」


 おそらくだが一刻では利かないほど来客は待たされているはずである。

 それが摂関家や清華家なら待たせることはけっしてしない。家門の威光が発揮されているからか。そんなことはけっしてない。単に門衛に対する心づけが行き届いているから。

「ほう。何度か餌付けすれば他にもいろいろ融通が利くと」

「そういうこっちゃ」

「そのような悪知恵、果たしてどちらで教わりますので」

「お寺さんや。今日日の寺は何でも教える。同門の裏切り方も教えてくれるで」

「ふむ。そういうことにしておきますか。では、大人しくここでお待ちを」



 待つことしばらく。

 ラウラが戻った。


「ただいま戻りましてございます」

「どないやった、来客やったんか」

「はい」

「誰や」

「それが――」


 用向きは面会。だが主人の天彦にではなく家来の石田殿に、との由。


「丁度ええ。佐吉には別件もあったし身共が伝えてくる。……って、なんやその顔は」

「ご承知のはず」

「へん顔か」

「地顔ですが」

「ならクソでも踏んづけたときの地顔か」

「ではそれで」

「あ、ウソやん。ほんの気安い公家冗句やん」


 天彦はいざとなれば男女の別なく暴力をふるえる暴力系男子を自称している。だが暴力どころかいざとなれば首ポキも余裕で辞さない殺戮系女史の前では威張れない。

 しかも相手はやる気満々で準備運動を始めてしまっているではないか。


 指ポキって、おれ……。


 勝てるんやろか。だがここ最近、どうも妙にマウントを取られてしまい立ち位置の不安定さを感じていた。丁度いい機会だ、ここらでガツンと示しを付けて、立場を知らしめてやろうと気合を入れて向き直った。


「大人やろ空気読めや。あ、読まれへんか単細胞の異邦人には」

「必至か、おまえ」

「あ゛? まさかお前ゆうたん。今、お前ゆうたな。遂に言いおったで」

「言ったがそれが」

「あ、居直りおった。舐めすぎやろ! 身共は公家ぞっ、雇用主ぞっ」

「小っっっさ。おちんちんと同じくらい小っっっさ。何とは敢えて言わないけど小っっっさ」

「あ」


 目下の不安は成長度合い。どうだろう。寺の同級生、たとえば雪之丞、佐吉、実益、興三郎(本因坊算砂)、久脩(土御門)などなど、他にも同年代の同窓生は大勢いるが天彦は群を抜いて発育不良であった。


 第二次性徴はこれからだ。希望はあの大文字連邦より山とある。

 なのにこの不安感は。じっじもぱっぱも豆柴だった。一抹以上の不安感が払拭できずに虚空を横切る。


 平均値ってなんぼやろ。あくまで平均値や。ええもん食べてる武家や公家を含めた中央値とちゃうで。絶対に。


「食事療法で発育は補正できる。きっとできるんや」

「あれがキライこれがスキ。あれが不味いこれが美味い。もっと言うならあそこの何某やないと厭や、身共はそこのしか食べへんやったか。常日頃から好き放題気ままを申されているお子ちゃまに、そんな未来がくればよろしいですね」


 震える。

 そんなお子ちゃまはしばいていい。シバキ回して丁度いい。


 ひょっとして終わっているのでは。

 何しろ遺伝子に抗える食事はできていないし、運動はからきし。


「あの、身共は成長するやろか」

「御自身が最もご存じかと、くふっ」

「あ、いま笑ろたな」

「はて、空耳では。くっ、くくく」

「笑ろとるやんけ!」


 一説によると170センチ以下男子には人権ないらしいので、効く。

 この時代、五尺六寸は十分大男の部類に分類されるがそれでも、効く。


 ラウラ、きらい。


「ギブ」

「ん?」

「ギブミーアップや」

「ほう、御見それしました。天彦さんのこと、本当に堪えたならご自愛くださることでありましょう。ですが宜しいか、御身に万一何かあればそれは即ち御家の大事であることを努々お忘れなきように」

「守銭奴め。100貫扶持になった途端、さっそく家の心配か」

「当り前では」


 だった。


「うん、そやな。屋敷内やしええやろ」

「はっ。誰かある!」


 ラウラは家令風を吹かせて家人を呼びつけた。


「長野、これに参上仕った」

「ほう、控えておったのか」

「はっ」

「よい心掛けじゃ。褒めて遣わす」

「はっ」


 ラウラが尊大に感心しているところに、天彦が茶々を入れる。


「一人でええのに」


 が、天彦の愚痴はラウラ・長野の双方から黙殺されてしまう。

 むろんラウラは嘲笑混じりに。長野は無心で低頭しながら。


「若殿さんが散策しはる。是知、お供をしかと務められよ」

「はっ、畏まってございます」


 どの立場で差配する。


 天彦はかなり面白くなさげに不貞腐れた顔をした。むろんラウラの専横それだけではない。自由が利かないストレスも多分にある。

 だがその心情が言葉尻りに混じってしまい、告げた文言にはかなりの悪意が感じ取れた。


「ラウラ、いつから菊亭家の家令職に収まったんや」

「頂戴する俸給が内外にその事実を周知しておりますれば他意はなく、ご不快ならば即座に職を辞す所存にて、如何なるときもお申し付けくださいませ」


 ラウラは家来の礼を取って遜った。その慇懃な応接態度が逆に天彦の心に刺さってしまう。


「ごめんなさい。図に乗りました」

「若とのさん、家来(お気に)がおります」

「あ」


 微妙な空気が流れる中、それでも天彦は開き直った。どうせ格好をつけても襤褸が出る。いつか出るなら遅いか早いか。拙速はなんとやら。


 天彦は即座に降参。反省から立ち直り視線を上げるころにはラウラに和解の手を差し出していた。

 これこそ天彦最大の持ち味。ラウラも満更でもない風に頷き大いに口元を綻ばせ応じる。


 さてこの長野是知、菊亭家では非常に稀な|有為の人材(超レアキャラ)。期待の新星。本家家臣団の毒に染まらず正しく育成されれば大化けすること請け合いの逸材である。

 本来なら無様を曝せないとやや天彦の持ち味を殺した距離感で付き合っていたのだがその必要もなくなった。ラウラ、これが狙いなら天才か。


「是知、参ろか」

「はっ、お供いたします」


 ラウラを経由して天彦に上がってきたので佐吉を探しに向かった。本来は当主の仕事ではない。関知するところでもない。要するに暇である。

 絶賛暇を持て余している天彦だが、なにしろ、“接見すること一切能わず。汝、傷が癒えるまで外出すること罷りならず。そも勅諚なれば、安気、有閑敷ことこれに申しつけるなり。この沙汰、仇や疎かにすることなかれ。万一過怠あらば問答無用で絶遠し、吾、腹を召すものなり”。


 ――と、最上級の脅し文句で締めくくられた最後通牒を突き付けられているからだ。

 吾、腹を召すは効く。脅し文句とわかってはいても効く。迂闊には背けない。

 しかもその本気度は差し出し人の土井修理亮が、菊亭若殿。我が殿の意、確と聞し召すよう伏して言上仕り候。


 と、わざわざ念を押して書き添えるほど。実益、本気だ。










【文中補足】

 1、長野是知(ながの・これとも10)

 今出川本家武官・長野家次男。天彦にというより雪之丞の孤軍奮闘する忠臣魂に心酔している変わり者。理解度を筆頭に能力値が全体的に高い(偏差値72レベル)。













 




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