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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十一章 夢幻泡影の章
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#19 戦国室町インシデント




 永禄十三年(1570)三月二十五日






 まさに桜満開の桜馬場。



 観覧席は憐れなほどに閑散としている。果たしてそれは観覧席にだけにとどまらず、ともすると観衆の目すらほとんどない静かな桜馬場である。


 魔王のオーダーは織田軍団の雄姿を称えよ。具体的には盟友徳川を上回る大歓声と日ノ本の津々浦々まで轟く名声であった。

 その観点では何一つオーダーを満たしていない。織ぉ田ぁだけに。とか。

 そもそも論どんな観点でもゼロ回答なのは明らかで、この状況では如何なる言い逃れも通用しっこないのだが。


 天彦は現下の悲惨極まりない状況にもお構いなしに花見を楽しめるツワモノだけに相席の栄を授け、名乗りを挙げた家来の有志だけと共にお花見の宴を楽しんでいた。





 挿絵(By みてみん)





「若とのさん、このお団子さんとびきり美味しいですねー」

「そやろ、そやろ。遠慮せんとたんとお食べやお雪ちゃん」

「はい! 某、それだけには自信ありますん」

「ほんまはアカンねんで。でも今日だけは堪忍したろ。たーんとお食べ」

「はい!」

「うんうん、ええお返事さんや……、なに茶々丸、その目ぇさんは」

「正気かお前」

「冷やし飴のことなんやったら正気やで。あ、ひょっとして茶々丸ともあろう者がスマドリ知らんの!? うわぁダサいわぁ、お花見の飲み物は何も酒と決まっている訳やないんやで」

「敢えて突っ込まん。で、素面で乱痴気騒ぎをして、そのお前は正気なんか」


 どうやら滑ったようである。むろん軽スベリなのでダメージはない。軽くね、うん。


「むちゃんこ正気やけど。何、どないしたん。えらい気が立っているようやけど」

「立つやろ! 何もくそもあるかい。儂やなかったらこの程度で済んどらへんぞ」

「儂やなかったらそんな過激な言葉は吐かれへんの」

「何を」

「ふーん。あっそう」

「あっそうってお前なぁ、状況ほんまに理解してるんやろな」

「あたぼー。これでも身共は菊亭天彦。血筋だけで公卿やってるわけやないん」

「ちっ、知っとる」


 その上で訊ねている。なのにこの有様は呆れるほかない。

 茶々丸の呆れ返りも尤もである。この全方位から刺すように向けられている不穏な気配と視線を鑑みれば。


「殿……」

「殿ぉ」

「殿っ」


 敵も味方もなく、場に集う視線のすべてがただただひたすらに天彦の奇行に対し不安と胡乱と怪訝を向けている。すなわち総じての負の視線である。


 織田家による天覧馬術披露大会(仮)の主賓はむろん帝である。だが席上には代理人である五位蔵人が臨席し、御本人は欠席。東宮に至っては代理さえ寄越していない。

 この時点で徳川家大会よりかは数段の格下げは明らかで、観衆ゼロに至っては要求拒否に近しい回答である。つまり反逆と受け取られても無理はなかった。


 菊亭家来衆が大変なのは当然として、あるいは面食らってしまっている織田家家臣団もそうとう大変な思いをしているだろうが、一番迷惑を被っているのは徳川家家臣団なのかもしれない。


 桜馬場に整列する騎馬兵団の大軍勢と菊亭家との間に入り右往左往、名のある武将ほど相当疲労困憊な様子である。

 するとその兵団の旗頭が最も弱り果てているのは摂理であり、家康公の立場上現下ではどちらにも付けないのは明らかで、尚且つ場を穏便裏に納めなければならないのだから堪ったものではきっとない。


「平八郎」

「無理にござる」

「まだ何も申しておらぬではないか、不敬であるぞ」

「申されたきことなど先刻承知。この忠勝、確かに参議とは昵懇の仲なれど、この修羅場を諫めるほどの命知らずにはござらぬ」

「ちっ、意気地なしめが。普段の大言はいかがしたか」

「何とでも申されるが結構。某の死に場所は戦場と決めてござる。斯様な策に嵌って逝くなど先祖に顔向けできござらん」

「ふん。ほざいておけ。おい次郎法師。貴様なら――」


 そこに次郎法師の姿はない。菊亭の陣営で遠い目をして佇んでいる。


 家康はため息とともに言葉を飲み込み苦い顔で周囲を見渡す。

 だが誰ひとりとして家康の要求に答え名乗り出る者はいない。

 即ち居並ぶ武将が暗に本多平八郎に同意したのであった。絶対に巻き込まれるのだけは御免であるとの確固たる意志を双眸に宿して。


 それも尤もな話である。そもそもそれが可能なら家康とてこの場で膝を震わせて縮こまってなどいないのである。

 家康の眼下には数名の家来と共に花見を楽しむ命知らずの小童と、その三名プラス三名を世話する菊亭用人たちを取り囲むようにして峻烈な視線を向けて隊列をなす赤母衣衆と黒母衣衆の姿があった。


 その最後列には織田弾正忠信長が。


 まるでこの世のすべてを焼き尽くさんばかりの烈火の焔を宿した双眸で、小童たちの様を見つめている。


 控えめにいって終わっていた。贔屓目に見てもお仕舞いである。


 なのに菊亭のちびっ子当主は涼しい顔で受け流し、それどころか鞍上の侍に自分から何事かを告げては火の粉を振りまき逆に煽る始末である。


「……よもや見誤ったか」

「いいえ然にあらず」

「なに。どういう訳じゃ小五郎、ずいぶんと訳知り――」

「殿、あちらを御覧あれ」

「あちらじゃと……、なっ――」


 家康は酒井小五郎の指さす方に視線を向けた。すると……。

 絶句して秒で固まる。その硬直は瞬く間に徳川軍団に伝播して、末端の雑兵に至るまですべて。座に得体のしれない恐怖感情をもたらすのであった。


「参議はいったい何をなされるお心算か……」




 ◇




「お殿様ひどい!」

「なんやルカ、泣きべそかいて」

「酷いです! お姉様方に殺されちゃいます」

「なんやそんなことか。お前さんはそう申すが、あれらは阿呆やがそんな道理の通らんことはせん奴らや。心配いらん」

「道理の通らんことをさせているお人が申されましても、何一つ信用なりませんのですが、ですがっ!」

「あ、うん」


 イルダとコンスエラは天彦の要求に応じて駆けつけていた。

 訳もわからず全軍で。それも最新鋭武具をフル装備状態でこの桜馬場に集結していた。刻限通りきっちりと。

 あのすべてにおいてルーズでラフでマーベラスな二人が必死の形相で駆け付け命令を厳守したのだ。そこにはそうしなければならない確実マストの脅し文句が書かれていたことは確実であり、すると事後、ルカがどやされることも確実であった。鉄板よりも鉄板で。鉄拳で。


 この世で最も一番何が恐ろしいのか。どうやら天彦はそれを見える化させてやったようである。一度は否やを突き付けてきたあの二人に。そう。イルダとコンスエラは帰還命令に背き一旦拒否の姿勢を見せたのだ。怒るよね。まぢオコよね。

 だから天彦は行動と思想と理念ではいまいちわかってくれない鈍感家来たちに向けて特別に本気を見せた笑。

 むろん向けられた相手方は一ミリも可笑しさなど感じなかっただろうけれど。結果は上々。


 いずれにしても間に合った。今日という晴れの日に。

 四国伊予のジリ貧だった戦況を僅か千五百の寡兵で引っ繰り返した最新鋭の武器をフルに装備している菊亭家射干軍団精鋭の総勢が突如として姿を見せたのである。


 どよめきに継ぐどよめき。

 騒然としていた桜馬場に更なる騒然が巻き起こった。もはや場の緊張はピークに達する。


「……菊亭、お前」

「与六も間に合ってくれたん。嬉しいさんやわぁ」

「なるほど。……今日が儂らの命日か」

「はは、お茶々にしてはちょっとおもろいん」

「抜かせ。こっちはひとつもおもろない」


 奇しくも北東方面から姿を見せた軍勢と織田軍団を挟撃する布陣となって。

 菊亭三つ紅葉紋を棚引かせ愛の兜を誇示するように。


 すると茶々丸がはっとした。


「お前さては」

「ふふ、序やしお茶々もびっくりさせたろ思ってな。どやぁ」

「おう、今回ばかりは驚いた。誤魔化すな。それで真意は那辺にある。儂に隠し立てはするなよ」

「……好きなん、魔王さんが」

「わかるように言語化せえ」

「厭や」

「おいコラ」


 天彦は本意を明かさないことを頑なに固持した。

 駄々っ子合戦ではさすがに茶々丸でも分が悪いのか、茶々丸は早々に諦めて折れた。


 意味はある。天彦とてそこまで狂気は持っていない。

 さしずめ織田家が公家の手によって抑えが効く証明だとか、どこかへのけん制だとかそんなところだろう。あるいは惟任に変わる京都の治安担当としての踏み絵の意味合いもあるのかもしれない。

 いずれにしても、このお祭りが終わり遠征に入れば織田家は怒涛の地獄ロードに突入する。その序章としての伏線なのだろう。天彦的には。


 尤もそれが正しく理解されるかどうかはかなり怪しいけれど。

 そんな不穏極まりないムードの中、茶々丸はすべてを承知したといわんばかりの雰囲気を演出して天彦を優しく責めた。


「そやけど二度とするな。儂の顔がのうなってまう。当主の考えを知らんでは面目丸つぶれや」

「そんなわけない。こんな奇麗な顔やのに」

「やかましい、あるんや。二度とするな」

「はーい」


 天彦は茶々丸のジト目をしり目に、遠くを眺めた。

 その視線は幾重にも交錯して、やがてばっちりと合致した。


 二人はじっと見つめ合ったまま。

 片や着座で片や鞍上で、峻烈な視線の会話を応酬させる。


『どないさんやろ、ここらでお一つ折れてくれはったら』

『で、あるか』


 局面としては双方ともに詰んでいて、けれどまさしくクライマックスであることは請け負いの名場面である。

 どちらかが動けば共に倒れてしまうこと必至。そんな破滅を予感できてしまう互いが互いの持ち得る最大戦力で睨み合う中。


「……」

「……」


 果たしてどれほどの沈黙が続いたのか。けれど大方の予想を裏切り、あるいは予想通りに、先に矛を収めたのは鞍上の侍大将の方であった。

 侍大将は纏わりついていた深紅のビロードマントをさっと手で払うと、着込んでいる華美すぎる甲冑を誇示するように見せびらかした。そして側近にだけ聞こえる程度の声量で持ち前の少し甲高い声で申しつけるのであった。


「余は公卿を見直した。故にここでお開きといたす。者ども大儀であった!」


 静まり返る桜馬場に、再度沈黙を呼び込む言葉が投げ込まれる。


「遠征前の厄払い。そう考えると強ち悪い負けでもあるまいて」


 まさかの敗北を認める発言を残し颯爽とその場を後にするのであった。


 何とも言えない空気を残し織田軍団も後に続いて散開していくのであった。




 ◇




「……ふぅ、しんど。まぢびびるん」

「まさか実は勝算がなかったとか抜かすなよ」

「はは、ははは、はぁ」

「おいコラ菊亭、さすがにさすがやぞ」

「くう」


 どうやらなかったようである。


 無理を押せば観客を呼ぶこともできた。だが天彦はそれをしなかった。

 自らの風聞を気にしてではない。……むろんそれも多少はあったろう。だが本質は違う。

 すべて、本当にすべて織田信長のことを考え、想い、この策を採用した。


 危うい賭けと知りながら。


 部外者を一切誰も入れないという無観客天覧馬術披露大会の開催を。


 売名行為は一切ない。あるのは純然たる帝への畏敬の念だけ。

 天彦は信長にこの想いを感じ取って欲しくてこの演出を選択した。

 帝の臣でなくたっていい。けれどせめて朝家を敵視して欲しくない。それは延いては己を敵視することに繋がるから。通じてしまうから。


 その一心で。その思いだけでオーダーをぶっちした。

 むろん先には仕込む予定の策意があるが、それでもけっして嘘はない。


 だから天彦は決行した。信長を信じて、自分もちょっとだけ信じて。


 ハチワレのなんとかなれーの精神で。













如何でしたか。これにて十一章お仕舞いです。

次はいつお会いできるでしょうか。

ドクシャ―の皆様に一日でも早くお会いできることを切に願いながら、ばいばーいまったねー


追伸、作者のことは無視でかまいませんが絵は褒めて欲しいかなー笑

よろしくお願いいたします。

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