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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
壱章 百折不撓の章
12/314

#12 菊亭の両翼、両輪

 

 

 永禄十一年(1568)十月十九日(旧暦)







 佐吉の引っ越しなど諸々で一日が潰れて明けた翌日。

 天彦は二人を引き連れ近場の山へ食材探しの小旅行に出ている。小なりとはいえ旅行とするにはあまりにも距離が近すぎる(毎日仰ぎ見ている東山)が、洛外に出ると命がけな天彦らにとっては旅も同然であった。


「殿、これはいったいなんでございますか」

「佐吉、口より手を動かさんかい」


 佐吉を叱ったのは雪之丞。先輩風を吹かすのが日課である。


「お雪ちゃん殿、そうは申しますが、某、栗を拾うために菊亭家の家僕となったわけではござらんぞ」

「おいこら、誰がお雪ちゃんや!」

「失敬、お雪殿」

「雪之丞や。そもそも家名は植田や」

「畏まってござる、お雪ちゃん」

「そこへ直れ、 愛刀大菊一文字の錆にしたる」

「その脇差で、でござるか」

「ござるんや」


 ショタが二人でわちゃわちゃと賑やかしい。

 この場合は天彦を入れても姦しいという言葉はきっと用途外使用になるのだろう。どう見ても姦しいが。


 微笑ましくはあるがお遊びではない。この山菜採取は歴とした稼業なのだ。

 文字通り生きるために欠かせない稼業である。本格的な冬に向けての備蓄用食材を採取しているからして。


 天彦は頃合いを見計らい背負子をそっと降ろした。


「原則、自給自足や。佐吉、不満があるなら話は訊くで」

「いいえ、不満など滅相もございません」

「ほんまか」

「はっ」

「ならいい。お雪ちゃん」

「はい」

「どんな理由があろうとも絶対に仲間に刃向けたらあかん」

「はぁぃ」

「返事が小っこい」

「はいっ!」


 丸く収まったはずなのに、


「殿、よろしいでしょうか」

「どうぞ佐吉くん」

「仲間とはどんな間柄を指すのでしょうか」

「仲間は仲間やろ。……お前、さては茶々丸を売ったことを揶揄してんのか。中々おらんで、そんな家来」

「揶揄はしておりませんが仲間の定義が気になりまして」


「杓子定規に物事を捉えたらあかんやろ」

「なんですか、それは」

「誤った基準で物事を判断してるという意味や」

「判断基準。ですから某、その基準を殿にお尋ねしているのです。某、一度しでかした過ちは二度と出来いたしませぬ。なにとぞ」


 天彦は佐吉の真っすぐな双眸から目を逸らすと、無言で背負子を背負った。


「栗ご飯、楽しみやな。もう少し気張ろな」


 速足で離れる。


「佐吉、つよっ」

「某、挑んではござらん」

「いいから、ここは上役の言葉を信じとき。佐吉は若とのさんに勝ったんや」

「はぁ」


 自分に一番足りないもの、威厳。雪之丞、しばく。

 天彦は人知れず確信して栗拾いに精を出すのであった。




 ◇




「休憩しよか」


 一か所にあつまり腰を下ろし、各々腰にぶら下げた水筒から水分を補給する。

 東山。麓には無数の寺社が乱立し、すると治安がいいはずなのにどういうわけだか激悪だった。偏に道や徳を説くはずの僧侶が本来目的を放棄して俗世家業に忙しいからに他ならない。たとえ違っても誰も彼もが御大層な武装をしているので天彦にとって物騒以外の何物でもなかった。


「収穫発表!」

「はい植田雪之丞、いがぐりで背負子まんぱんです」

「はい石田佐吉、いがぐりを剥いだ栗で背負子半分ほど詰めました」


 査定するまでもないだろう。


「優勝は佐吉。圧勝です」

「そんなぁ。若とのさん、見てください。背負子まんぱんですよ。佐吉なんて半分や」

「持てる限界やから半分なんや。お雪ちゃんは余裕そうやな。つまり?」

「某の勝ちや」

「違うやろ。つまり?」

「……佐吉の方が重たい」

「そういうこと。次からイガイガは取ろうか」

「某の面目はどないなります。上役としての面目が立ちません」

「背伸びしすぎや。急に張り切っても実力は上がらんで」

「若とのさんまでバカにするんか」

「してへん。でもお雪ちゃん、面目は自分で立てるもんやないやろ。人様が立ててくれはるもんやろ、と身共は思うんや」

「難しいです。若とのさんは何でも知ったはる」

「知らんで。どうすればええか一緒に考えよか」

「はい」


 いの一番に口答えしていた雪之丞が飲み込んで納得を見せた。

 ライバルとの競争って実は一番の育成法なのでは。思ったり思わなかったりしながら、天彦は自身の収穫を誇った。


「でも隠れた優勝者は身共やで」

「なんですのん」

「見てみ」

「どれどれ、……泥の塊ですやん」

「ヤマノイモ!」


 佐吉は知っていた。そうこれは自然薯である。

 高価であるというよりも精が付くことで知られていて、滋養強壮の観念では漢方にも分類される秋山の代表食材である。そして取って置きは、


「これ食べてみ」

「いただきます……、甘っ! 物凄い甘味や。佐吉も食え」

「馳走になります。……なるほど、凄いです」


 アケビを見つけたので摘んでおいた。バナナのような甘みの強い果物だ。

 さて、


「帰ろか」

「はい」

「はっ」


 下山することにした。


 すっかり日が陰ってきたのでこれにてお仕舞い。天彦は収穫に相好を崩しながら下山を決める。

 そう奥まったところまでは出張っていないのですぐにたどり着けるだろう。

 帰路は順調。あと少しで麓も近い、そんな緩やかになった下り道で、


「お雪ちゃん、何かあったら隙を見つけて麓に走るんやで」

「厭です」

「口答えせんと褒めたとこやのに。佐吉、合図を出したら全速力や」

「はっ、助太刀を呼んで参ります」

「頼んだ」


 すると見計らったかのように数名の白布をすっぽりと被った僧侶が三人、天彦たちの行く手を阻んだ。


 どこぞの寺社の僧兵とは違う。武装はしているが薙刀の構え方が素人目にもぎこちない。さりとて体型が親の顔よりよく見る撫肩体型でもない。剣術に特化した侍は十中八九撫肩になる。

 そして決定的な違和感はその体格。上背は成人男性の平均(五尺)を頭一つほど上回っているが、どこか線が細いのだ。骨格までは嘘をつけない。女か。


 おそらくは僧兵に扮した盗賊浪人。もしくは僧兵に扮した甲斐の刺客。七対三で後者が有力だが、予想が当たっているとかなりまずい。


 天彦は直感的に警戒感を最上級まで引き上げる。

 そして彼我の距離が三メートルほどになったとき制止を指示して、自身は一歩前に出た。奇しくも家来を守る構図となったが天彦にそんな意図はないはずだ。


「ぼんさん、いくらか寄進していきなさいな」

「托鉢やったらお椀出しや。栗ならようさん採れたから分けたる」

「一々言葉にしないといけないのかしら」

「伝えるということが言葉の本来意義やで」


 だが予想は違った。どうやらどちらも違ったようだ。

 僧兵コスが頬被りを解いた。


「予想的中」

「ふーん、その口ぶり、女だと見抜いてたのね」

「そうや」

「阿奈から聞いてたとおり小生意気なガキね」

「アナスタシアの知り合いか」

「そうよ」


 雪之丞と顔を見合わせる。雪之丞はこの日一番厭そうな顔をした。

 そして佐吉は、


「女」


 僧兵擬きの真の姿に素朴な感想を口にする。

 天彦は警戒をやや緩める。


「家はどこ、この辺は最近物騒なのよ、送ってあげるわ」

「送り狼って言葉もある」

「心配する気持ちもわかる。でもあなた、狙われていたわよ」

「え」

「片付けてあげたのだけど、死体、確認する?」

「あ。結構です」


 天彦は完全に警戒を説いた。

 最近影を潜めていたので油断していた。おそらく菊御料人が送った刺客だ。


「女、名は」

「ラウラです。よろしくね」

「そっちの二人は」


 天彦が促すと、


「イルダ」

「コンスエラ」


 素っ気なく、けれどハッキリと応じた。


 雪之丞と佐吉は驚きのあまり固まってしまっているが、天彦の反応は鈍い。

 天彦にとって外国人は、それほど見慣れている感覚はないが、然りとて全然未知というほどでもなかった。

 しかし三人は外国の血統が色濃く出ていた。この時代ではかなり生きにくいだろう。

 アナスタシアのようなスラヴ系ではない何か。おそらくはラテン系だと思われる。艶やかな黒髪がその証だろう。虹彩も地味で茶色い。


「へえ、本当に驚かないんだ。しかも侮蔑の色が浮かばないのね。私たちが怖くはないの」

「どちらか二択なら怖いかな」

「その選択肢に挙げた候補を教えてくれる?」

「背丈が大きい。それだけで脅威や。だから怖い」

「はは、阿奈の言ったとおりだ」


 代表格の女ラウラが言うと、残る二人も賛意を示した。

 天彦は一瞬ちらりと頭上を見上げた。長話できる余裕はなさそう。

 ここ最近の京は織田軍のおかげか相当治安がいい。それでも日が落ちると保証はなくなる。


「それでこの出逢いは偶然なんか」

「違う。あなたを待ってたわ」

「理由を訊かせ」

「ぼんさんなら私たちを拾ってくれると聞いたから」

「拾う?」

「下手を打って追われてるの」

「先に訊いておくけどくノ一なんか」

「そういうらしい。あたしらは諜報員スパイと言ってる」

「お前たちのような外見をした者が集まるコミュニティがあるんか」


「「「……!」」」


 女たちは驚愕を隠さず、奇妙な生き物を見る目で天彦を注視した。

 彼女たちは親のどちらかが外国人なのだろう。たとえば船が難破したとかで漂流してきた。そしていずれもバイリンガルなのだと思われた。天彦の日本人にしては発音のいい英単語に強い反応を示したから。


「レディ・ラウラ、そう見つめられると照れるんやけど」

「ぼんさんはキリシタンなの」

「違う。それだけは誤解や」

「だったら」

「巷では叡智の子龍で通ってる。小さいドラゴンと書いて子龍や。龍はなんでもお見通しゆうこっちゃな」

「納得できないけど、今はいいわ」

「お互い様やろ。それでどこに追われてる」

「一文字に三ツ星。でも言っとくけど不義理はしてないわ」

「わっつ!?」

「だから一文字に丸星三つと言ったじゃない」

「わかってる。黙っとけ」

「そう」


 1568年現在でも西国最大勢力にして今後13か国を版図に収める、まさに戦国ドリームを地で行く戦国大名家にして時代を象徴する一家。あの折れる折れない弓矢の逸話でお馴染みの。


 滅びるのだったか。天彦は懸命に記憶を探る。薄っすらとした記憶では信長死後の秀吉に討伐されたような気がする。

 だが曖昧で確信が持てない。完全に滅びないのなら敵に回すのは上手くない。それだけは確かだった。


「毛利かよ。敵とするにはでっかすぎる」

「エンペラーの家来なのに恐れてるの」

「怖くないし」


 条件反射で否定したが秒で違うと感付いた。


「怖いに決まってる。家は、超が付く零細公家なんや。地方とはいえ大金持ち大大名の意向は無視できひん」

「匿って」

「あかんて」

「臆病者。男子なら女子を守りなさいよ」

「う」


 そんな理屈はまったく道理ではない世界線なのに、天彦はどうしても怯んでしまう。

 顔色を悪くするほど本気で考え込んでいると、


「下郎、どなたと心得るか。そこへ直れ! 成敗してくれる」


 まさかの佐吉が気炎を吐いた。

 送れて少し、


「か、刀の錆にしてくれる」


 歩調は合わせたものの、事情がまったく理解できていない雪之丞もつづいた。

 理解できていないだけあって雪之丞の歯切れは悪い。

 このままで収集が付かなくなりそうな予感に、天彦は、


「仕舞え」

「はっ」

「はい」


 刀を引っ込めさせ、女たちに視線を向ける。


「匿うかどうかは約束できへん。でも今夜だけは泊めたる。扮装解けるんか」

「ありがとう。でもなぜかしら。この方が安全なのだけど」

「僧兵はあかんやろ。家、目下仏敵やで」

「詳しく聞かせて」

「興味持つとこ違うで」

「持つわ。これ以上ないほどに」

「だからといって伴天連の味方ではない。それだけは予め言っておく」

「そう、なのね」


 あまりに落胆するものだから。


「伴天連大名やったら庇護してくれるかもしれんな」

「ふん、自由を拘束されて身体を弄り回されて、ね」

「反論はせえへん」

「自由という概念を知っているのね」

「こう見えて勤勉なんや」

「驚きだわ」

「まあええ。でも敵でもないで。身共は常にニュートラルや」

「また」

「はは、底が浅いとは言わせへん。こう見えて負けん気は強い」

「思ってないわ。見たままだしね」

「ほなけっこう。帰ろか」

「うん、よろしくね」


 僧兵コスを解かせ、菊亭家へと連れ帰った。




 ◇




「くさい。若とのさん、こいつら獣の匂いしますよ」

「お雪ちゃん、たぶんそれは失礼な発言や。取り敢えず風呂炊いて」

「失礼しちゃうわ」

「ほら」

「ほんまや。佐吉、手伝ってや」

「はい」


 事実であっても確かに失礼だった。天彦は家来の非礼を認め代わって謝意を示した。


「変わってる。本当にへん」

「貴様こそが無礼であろうがっ!」


 ラウラVS佐吉戦舌戦、延長戦勃発。


 意外なところに伏兵が潜んでいたことに天彦は苦笑いを浮かべた。

 そして案外雪之丞は発想が柔軟だった。あるいは天彦という時代の異物に長く慣れ親しんできたからだろうか。いずれにせよ存在自体に忌避感はないようであった。


 風呂場に向かう。

 ラウラ、コンスエラ、イルダの三人ほとんど同時に一致纏わぬ姿になった。

 念のために無駄だと告げるが三人は訊かなかった。


「一緒に入る?」

「入れへん」

「あら照れちゃってかわい」

「照れてない。実際無理なだけや」

「あらどうし、て……無理そうね」

「ゆうたやろ」


 そこには天彦自慢の一人が辛うじて入れるサイズの釜風呂があった。

 このサイズでもかなり奮発している。お気に入りの逸品でもある。絶対に文句は言わせない。だが物理的に二人は同時に入れない。

 すると優先順位が予め決まっているようで、コンスエラとイルダの二人は何も言わずに小袖を持って脱衣場を出ていった。


「裸体を見て欲しいならこのままいるが」

「けっこうよ」

「さよか。ほんなら順番に入り」

「いただきます」


 風呂場を後にした。


 人生がどんどん複雑化していく。関わる人が増え少しの責任と面白味が増していく。とても愉快な重荷だ。

 どうする、この南蛮人たちを。見捨てるより拾い上げる方がしんどいが価値は高い。精神衛生上にもきっといい。


 なんやかんや、主人公ムーブなんだよ。

 この自分が。あり得ないと嘯いて、天彦は虚空を見上げた。

 毛利はびびる。普通におっかない。何せ戦国寝業師大名の代表格だ。暗殺も躊躇うことなく息を吸うように行うだろう。


「ふぅ……、さすがにミスったんやろか」


 中秋の名月からは少し遠ざかってしまったが、それでも月は冴えわたる。

 自身に似て大事な部分が少し欠けた月を見てふと思う。


 欠けているから味があるのだ。足りないから工夫するのだ。

 スーパームーンは外連味がない。つまり味気がないのである。












【文中補足・人物】

 1、ラウラ、イルダ、コンスエラ

 まだ少女と呼ばれる年頃にスペイン奴隷船で連れてこられた商船奴隷。

 彼女たちの母親は日本から連れ去られたか売られた奴隷であり、彼女たちはあちらで生まれ連れてこられた。言葉を選ばないなら逆輸入である。

 因みに交易船が琉球沖で難破し偶然助かった際にすでに復讐は果たしている。とびきり凄惨に。


 紆余曲折を経て対馬に流れ着き、そこで毛利に拾われ今日に至る。

 更に流れ流れて畿内にやって来たが、苦労話なら涙無くては訊けないくらいには各々に盛りだくさんある。エピソードの一々が控えめに言って地獄なので不幸自慢大会は控えた方がいいだろう。

 なのにちゃんと笑える。感情が壊れていない。このメンタリティは紛れもなく称賛に値するだろう。

 そんな生きることに執着するいい意味で強かな女性たちである。


 2、外国人呼称

 南蛮人(スペイン、ポルトガル) 紅毛人(イギリス、オランダ)

















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