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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
六章 天衣無縫の章
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#03 いいえ魂の調律です

 




 永禄十二年(1569)七月十六日






 魔王さんへのご挨拶。遅れていたが天彦のせいではない。先方織田家が立て込んでいたせい。

 天彦の許へは京都所司代村井民部少輔の名で連日ご機嫌伺いの使者が送られてきている。織田家はその辺りの心情の機微にも抜かりない。


 魔王信長はずっと本拠地の魔王城(岐阜金華山)にこもりきりで都を不在にしていた。

 おそらく軍議に明け暮れていたのだろう。それを証拠に織田家の主要な家臣たちも都に姿を現わせない。家内総出で来月に差し迫った北伊勢侵攻準備に追われていたため先送りにされていたと思われる。


 だがいよいよ召喚状が届けられたため本日菊亭主要人員は不在中の家令を除き誰かを取りこぼすことなく挙って魔王様の京での定宿、妙覚寺に赴くため二条衣棚に向かっている。

 且元・氏郷・高虎ら護衛陣にがっちりとガードされた天彦を中心に、大外の左右にイルダとコンスエラが配下と共に周囲に鋭く目を光らせ、内傍定位置左右ポジに雪之丞と佐吉が侍り、そして与六と椛と是知が文官諸太夫を率いてやや後方から遅れてつづく最近の移動布陣で臨んでいる。

 因みに茶々丸もいる。列のどこかに従士に扮装してひっそりと紛れて。


 しかも直臣各々が選りすぐりの家来を従えているので行列はかなりの数に達している。ちょっとした公家行列の様相である。

 すると当然道行く人の目と関心を大いに引き付けていることだろう。

 いつからかとにかく目立つ菊亭行列の移動風景は中京の風物詩と化していた。


 そんな一行が五条通を定宿陣屋のある御幸町から衣棚へ向かうその道中。

 やはりというべきか。菊亭家中はすっかり平常運転。天彦の独断が尾を引いて家中を掻き乱しつづけるなどということはなく、すっかり過去の出来事として消化されているようである。

 この点は菊亭家風が云々というよりもこれぞまさしく若さの特権であろう。単純といえばそれまでだが叙爵並びに昇爵と昇職は覿面の効果を発揮していた。

 むろんタイミングは天彦の策意の中。誰だって己を評価してくれる相手への追及には手が緩むとしたものだから。但しこうして天彦はまたしても目々典侍への大借金を積み上げていくことになるのである。


 樋口与六の件も同じく、危惧された不仲もまるで感じさせず皆各々いい顔で行進に加わっている。その中心に据えられる主君をいつも以上に気遣いながら。

 皆この駿河侵攻和睦報告会見が御家の一大事だと厳に理解しているのだろう。許されているからとて油断はならない。菊亭は一度あの魔王率いる織田家相手に弓を引いたのだ。用心に越したことはない。


 だがそれは逆にも言えた。あちらもあちらで警戒している。あの戦は衝突こそなかったがそれほどのインパクトを京の内外に与えていた。

 しかも菊亭の場合は別の事情も乗っかってくるからややこしい。通常の公家なら武家への配慮だけで済むところ菊亭の場合は甲乙(菊・尾)双方に配慮が必要となってくるから家来はしんどい。たまらない。

 故に家中からは天彦に要らぬ目論見を芽生えさせたくないという感情が克明に伝わってくる。そんな細心の注意が払われた行列布陣であった。


「なんや皆、えらいピリついてはるなぁ。どないしたんやろ、そない気張る会見でもないのに」

「あんたアホやろ」

「あんた! ……あれ、なんかあった?」

「あったに決まってますやろ。若とのさんはいっつも幸せそうでええですね。某なんか何かありすぎて無いくらいありませんねん」

「お雪ちゃん」

「なんですのん」

「ないくらいない。それ無いさんや」

「そんなわけ……あ」


 このときばかりは雪之丞を責め咎める者は誰ひとりとしていなかった。とか。




 ◇




 この世界はかなり変わった。たとえば経済的には相当かなり成長している。それに付随して進歩した文化面も相当かなり進歩している。技術面を除けばほとんどが史実を上回る成長基軸にあるだろう。人口増加とはそういった正の変化をもたらしていた。

 少しは誇っていいのかも。無駄にカッコつけで露悪的な天彦がついそんなことを思ってしまう程度には進んでいる。具体的にはどうだろう。時代は一世紀ほど時計の針を進めていても可怪しくない。そんな進歩を遂げた花の都、マイホームタウンを少しの自負を胸に天彦は行く。


 だが一方では依然として心ある善良な民には厳しい仕様であることは変わりなく生きづらいまま。大黒柱を失ってしまった家庭の悲惨さなどは顕著であり、良心の呵責に耐えられないような方法でしか貧困からは脱せない。そんな室町の厭なところは何一つとして変わっていない。変えられていない。


 だが反面変えられなくて当然である。この世情を変えようとするならそれこそ将軍にでもならなければ実行不可能である。それもただの将軍ではない。圧倒的な軍事力を保有した実権の伴う名実共の支配者とならなければ不可能である。つまり不可能QED。天彦にそんな未来は永劫来ないはずだから。

 ならば現実を踏まえ、銭も水と同様とばかり上にはじゃぶじゃぶと銭が溢れているのにもかかわらず下は夜露の一滴が滴り落ちてくるのを待っていなければ喉の渇きも潤せない世情をただ儚んでいればいいのか。そんなはずはない。

 天彦とて思うところがないわけではない。出来る出来ないにかかわらずむしろ誰よりも強く変化を望んでいる一人であろう。


「殿、どうかなさいましたか」

「いや何もない」

「ご無礼仕ってござる」

「ええさんやで佐吉」

「はっ」


 佐吉の指摘を否定したが何かはあった。確実に。今まさに天彦の目の前で起こっている現象もその浮かない世情の一つであった。

 名のある商店の前で下手を打ったのだろう幼き丁稚が無情にもレイオフを告げられている場面に出くわしてしまった。

 推測だが片親がいないかあるいは両親ともいない子だ。子といっても天彦とそう変わらない年頃だが、でなければあの年齢で働きには出さない。いくら戦国室町でも。


 と、天彦たち自身が未来の現代では眉をしかめて言われる年頃なのはさて措いて。助けたい情動と実際の行動とは合致しない。それが普通の人である。

 第一に一々他人の不幸に感化されていては身が持たない。それは本当。感情は擦り切れていくとしたものだから。人体の不変的な仕様として。

 加えて天彦のレンジは狭い。頑張って菊亭家人を守り守られ食わせるのが精一杯の限度。それ以上は無理。無理はいずれ破綻して必ず破滅へと通じている。天彦の手が届く範囲は自分が思う以上に狭いのだ。


 だから心を鬼にして見て見ぬふりをしてやり過ごすしかないのだが、そういうときは決まって世界が可及的速やかに正しさより優しさに満たされて欲しいと願ってしまう。切実に。


「マジカルハッピーフワラーるるるるるるん、きらりん」

「若とのさん!?」

「殿!?」



 ……!?



 側近たちがぎょっとする。行列の進行に影響を及ぼすほど周囲をビックリさせてしまう。だがそれはぎょっとする。天彦の発言は常にも増してあまりに唐突であまりに不気味過ぎたから。


「お、堪忍さん。つい」

「もう、ほんまもんのアホなったんかと思て焦りますやろ」

「ほんまもんのアホでも別にええねんけどな」

「あ。それアカンときのええやつですやん」


 天彦の何気ないつぶやきを雪之丞がわざわざ拾って突っ込んだ。

 他人にはまったく意味のないように思える軽率な行為にも、天彦には何よりの救いとなって聞こえていた。


「どのへんが」

「何とは断定できませんけど、某にはわかります」

「そっか」

「はい。然様です」


 人は優しさには疎くても冷たい残酷さには敏感としたもの。それはどんな鈍感な人でもその傾向にあるだろう。

 だが雪之丞は違う。どっちにも鈍感である。この鈍感力は並大抵ではない。むろん善悪や適否とは別に事実として、あるいは他の追随を許さず常に独走状態で菊亭の先頭を行く精神性を誇っている。

 その雪之丞が感じ取った機微。無駄に浪費したらばちが当たる。天彦はこの機会を逃すものかと思い切り乗っからせてもらうことにした。


「それでどないしましたん。アホの真似して」

「きっと哀しいさんなんやろ」

「何がですのん」

「さあなぁ。何なんやろなぁ。身共にもわからんのん。お胸さんがちくちく痛むん。お雪ちゃんわからへん」

「アホやなぁ。若とのさんにわからんこと某にわかるはずありませんやん。アホなん」

「おい二遍はやめとけ」

「大事なことですやろ」

「まあ、そうなんやけど」

「あれ、珍しい。なんや変な感じですね」

「さよか。でも気にせんでええ。お雪ちゃんは役目を果たした。おおきにさん」

「はぁ」


 仕込んでみたが釣れるかどうか。天彦は敢えて立ち止らず先を行く。横目でちら。

 すると御免、御免、と数人が列からはみ出ていなくなった。我先にと件の丁稚の元へと急ぐ家人の背中。やはり先頭は愛すべき直臣佐吉と是知だった。

 二人は先を争って件の店に突貫する。だがタッチの差で先着は長野家の次男坊であった。

 是知は訳もわからず固まっているチビを問答無用で連れ去ると自分の家来に指示を出しどうやら本拠に連れ帰るようである。天彦はうんうんと頷き相好を崩した。地団太を踏む佐吉も込みで。

 脳裏に後日絶対に上がってくるだろう報告と、その際の是知の得意顔を思い浮かべるとニヤニヤがとまらないのか事後の報告が楽しみだと小さく笑った。


 だがこんな子供だましの手ももう使えなくなりつつある。たった今も与六に横目で見咎められているように、家来たちも精神面で大きく成長していた。嬉し淋しといったところか。


 その与六が身体を寄せると口元を隠して小声で言う。


「これが菊亭流人材育成法にござるな。やはりですが越後とは何から何まで流儀が違う」

「そんな大そうなもんやあらへん。ああやって人助けを通じて皆が自分を知ればええさんなん」

「後学のために是非ともご教授くださいませぬか。己を知るとは如何なりや」

「なんや珍しい欲しがって」

「はっ、忠臣達てのお強請りにござる」

「そら応えなしゃーないか。とはいくら与六でもならんのよ堪忍さんなん。自分で考え」

「む。なるほど然り。何とも深いお考え。この与六、感服いたしましてございます。ですが殿、それにしても見栄えがあまりに悪すぎまするぞ」


 与六は負けず嫌いを発揮して秒で言い返した。天彦は苦笑しながら、


「ほんまに。あれではまるで人攫いやな」

「なるほど。その仰りようですとそれも含めて策中の意と。重ね重ねお人が悪い。失敬、重ね重ねお人が善い」

「それはないやろ。でもうちの者もぼちぼち学んでもらわなしんどいフェーズに入ってきた頃やとお思いさんなん」

「ふぇーずは確か局面にござったな。なるほど然り。ならば余計な差し出口にござった」

「ええさんよ。ほなついでにこの件、与六にお任せさん」

「はっ、お任せあれ。おい」

「はっ」


 与六は自分の家来に指示を下し己の有能さを見せつけるのだった。

 むろん天彦の意図に100沿うような結果も伴わせる気満々で。


「えらい力入ってるな」

「目下菊亭は善い人きゃんぺーん中にござったな」

「正解さん。ほんまに理解が早いことで」

「何のこれしき。菊亭に樋口あり。必ずや天下にそう言わしめてみせまする」


 おお!


 天彦は嬉し味をかみ殺して敢えてリアクションは取らなかった。与六が言ったのだ。そうなるに決まっている。


 菊亭一行は目的地妙覚寺にたどり着いた。




 ◇




「待っておったぞ狐っ!」


 遅い。どれだけ儂を待たせるのか。よく通る父親譲りのソプラノボイスが境内に響き渡った。

 だが口調ほど不機嫌な感情は伝わってこない。むしろ傍目には逆に見える。

 天彦は自覚できていないのだろうが、もはや認めるべきである。おのれが戦国一二を争うDQNホイホイであることを。

 そんな戦国きってのDQN代表格である魔王次男坊の三介具豊さんすけともとよが騒々しく登場した。背後に出遅れた数名の傅役と大勢の家来を引き連れて。


「三介さん、もうちょっと静かに登場できませんやろか」

「やかましい。貴様、儂との約定を反故にしおって」

「どつかれて伸びてたあんたさんが悪いやろ」

「なに」

「なにやない。何が“策はあるきりっ”や。見てるこっちが引くほどぼっこぼこのめっためたに伸されただけやん」

「だが再戦を望んだぞ。更に酷い目に遭わされたが。ぐぬぅ親父めぇ」

「猶更あほ!」

「む。……いや、そもそも」

「まあまあ。で、お願いごとってなんですのん」

「おう。実はな――」


 単純明快で助かる三介具豊は直前に差し迫った北伊勢侵攻で初陣を飾るらしく戦果を挙げさせろと天彦に強請った。それも勲一等で。

 むろん無茶ぶりである。普通なら。だが相談相手は五山のお狐。捻り出して出せない策はないでお馴染みである。知らんけど。


「容易いことです」

「おお、ほんとうか!」

「はい。武士に二言はあらしゃりません」

「貴様、いつから武士になった」


 おうふ。デスヨネ


 痛恨の口癖ミスによってやや評価を下げてしまう天彦だが策を授ければ覆る程度の疑義である。公家に二言はない。言い直してみても二言しかないのと語呂が悪いのとで代案が必要なことに気づいてしまう。


 仕切り直して。


「ええですか三介さん。戦働きには大きく分けて二種類あるのん」

「槍働きと知恵働きであろう。存じておる」

「それは重畳。その通りにおじゃります。では三介さんはいずれをお望みであらしゃりますのん」

「いずれもじゃ」

「欲張りか。お前にそんな能力ないやろ」

「なに」

「うそ。野望が大きいさんやね立派やわぁ」

「おう! 兄には負けぬ。だから狐、儂の軍師として知恵を貸せ」

「お前アホやろ」

「貴様……先ほどから黙って聞き捨ててやっているのをいいことに――」

「ま、待って。ギブ」


 理性ばかりに気がいって人の獣性に意識を向けないと痛い目に遭う。その典型的な例が降りかかったところで、天彦はぽんぽん痛いんと恨めしい目をしながら思案する。


 この北伊勢侵攻。史実では圧勝して終わる。何の転換点でも見どころもない制圧戦の印象が強いが実際は違う。少なくとも二つ三つは見せ場があって、その一つに菊亭青侍衆二番手に付ける近衛府将監・従六位上蒲生忠三郎氏郷(唐名:親衛校尉)の初陣がある。氏郷はこの戦で世に出て名を天下に轟かせた。


 次に滝川一益のまむし谷血決戦がある。守勢側の大河内城は滝川軍を寄せ付けず谷に川のように流れる血を流させたと伝えられている大敗北を喫するのだ。

 結果無理な力押し攻城戦は諦め兵糧攻めに徹して勝利を収めるのだが、戦力差十倍(八万対八千)ではあまり勝ち味がいい勝利とは言い難いはず。実際にその借りを返すとばかりその後の北畠への仕置きは苛烈なものとなっている。

 史実では養猶子となる三介は妻として迎え入れた室である雪姫さえも殺害してしまい北畠一門のほとんどを殺害して滅亡させてしまっている。これが世に言う“三介殿のなさることよwww”を世に広めた始まりとされている。

 但し北畠不穏のその裏にはまたしても甲斐が絡んでくるのでこの世界線ではその可能性は極めて低い。だが天彦は可能性の一つとして完全には消さずに策に織り込んでおく。


 うん、滝川さんには頑張ってもろて。


「軍議にて一貫して兵糧攻めを主張なさるがよろしいさん」

「うむ。それで」

「滝川殿は力寄せをご主張なさいます。ですがお譲りさんになさるが最善」

「なぜ」

「何でもくそもあるかい。黙って従え」

「あ゛」

「あ、凄むのは無しで。はい、必ず失敗に終わるからやで」

「ほう。何ともこすい策であるな」

「おまっ……ええわ、地図を」

「おい地図を持て」

「はっ」


 三介は家来に指示を下し北伊勢地図がその場で開示される。


「こことここ。落とせばこの戦は100勝てます」

「田丸と笠木か。うむすると北畠は大河内城に籠城すると踏んでいるのだな。この出城を落としてそれで」

「ちょっとは己で考えんかい」

「なにを」

「冗句ですやん。いいですか背後の補給線を絶てばどうなります」

「当り前のことを訊くな、飢える」

「その当り前をお前が訊いてきたんやろが……はい。言いすぎましたごめんなさい。そやからシバかんといて」

「真面目にせえ」

「うん。背後の補給線はこの一か所。すると籠城戦もひと月が限度かと」

「背後の補給線、……志摩か。志摩も攻略いたせばよいのだな」

「ようできました。おつむ撫でたろ。ほら頭差し出し」

「おいコラ」

「三介さん」

「なんじゃ」

「どんな策より有効な金言を差し上げましょ」

「おお、それはいい。くれ」

「辛勝より余裕の撤退」

「……?」

「リピートアフターミー」

「いくら何でもわからんぞ。わかるように話せ」

「繰り返して。辛勝より余裕の撤退」

「ふん。何を言うかと思ったら。下らぬ。我織田三介、敵に背を見せるくらいなら命など要らぬ」

「シバくぞお前」

「お前こそシバく! いい加減にさ、ら、せ、……へ」


 天彦が三介とじゃれようとしたら……まぢ。

 気づけば自分がいい子いい子お頭の天辺を撫でられていた。もうほとんど気付いているが念のため、天彦が恐る恐る目線を上げると、ゴツン――! 三介が氏んだ。あ、ご愁傷様です。


「ぬおおおおおお。何をするんじゃ親父!」

「織田に身内を謀る卑怯者は要らぬ」

「謀ってなどおらぬわ」

「儂はなんと申した」

「策を練れと。その策で競い合えと申された」

「己の頭で考えよ。確と申し付けたはずじゃがのう」

「あ」



 ぬおおおおおおおおおおおおお――!



 また一発、ゴン。強烈な拳骨が頭上から降臨した。まぢで死んだな。

 だが魔王は態度ほど怒ってはいなかった。むしろ目は優し気で、よほど実子が可愛いと見受けられる。可愛いでどつき回されていたら堪らないがこれも愛情のつもりなのだろう。きっと。

 ならば親子のイチャイチャは他所でやれ。他人の親子のそういうのいっちゃん要らんねん。巻き添えは御免な天彦は一応念のために拳の届かない距離まで離れて安全マージンを取りながら、


「御無沙汰さんにおじゃります」

「うむ。参議菊亭、大役を果たしたようで大義であった。先ほどの策と合わせ褒美を取らす。なんぞ申せ」

「ほなお一つ」

「珍しい。だがであるからこそ恐ろしくもあるな。やはりやめじゃ。褒美はやらん」

「おいって!」

「ふっ、心して訊いてやる」

「あ、はい」


 天彦は今度こそ念願だった皇太子の親王宣下をお強請りした。そして東宮別当(蔵人所の名目上の責任者)には目障りで仕方がないぱっぱ晴季を。家司には最低でも烏丸光宣を任命することを重ねて強請った。


「……なるほどのう。一石二鳥、いや三鳥であるか。しかも余にも利得があるのか。さすが抜け目ないといった報酬か。だが相分かった。取らせて進ぜる」

「おお! おおきにさんにあらしゃります」

「但し」

「でた。信長さん、ご褒美に条件付いたら可怪しいん」

「まあそう愚痴るな。なぁに簡単な条件である。越後の龍を調略せしめた貴様ならばな容易かろう」


 前置きからしてぞっとしないが黙って聞くしか手はなさそう。むろんだからと言って請け負うかはまた別の事情である。

 天彦は久しぶりに至近で感じる魔王のとんでも途轍もない覇気に戦慄きながら覚悟して耳を傾けるのであった。













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