34 辛い気遣い(2)
年が明けて、建暦三年、西暦一二一三年。
正月の垸飯役に、和田義盛が加えられた。これもまた、北条に対して、わだかまりを持ちがちな和田への、実朝なりの配慮であった。
若い将軍の心遣いに、義盛は深く感謝した。
それから、実朝は、昨年と同様に御台所倫子を慰めようと絵合わせの会を催した後、二所精進をすませて、二所詣に出かけた。今年は、天候が悪い中での出発であった。
実朝は、途中の箱根の川や湖を見て歌を詠んだ。
夕月夜さすや川瀬の水馴れ棹なれてもうとき波の音かな
夕暮れ時に月が出た後に、川瀬を進む船を漕ぎなれた棹のように、波の音にはなれたはずなのに、これほど天候が悪いと何とも耳障りであることよ。
たまくしげ箱根のみうみけけれあれや二国かけてなかにたゆたふ
芦の湖は心があるのだろう、相模と駿河の二つの国をはさんでゆっくりと揺れ動いている。
(北条と和田との関係が取りざたされている中、私の心も揺れ動いている。それでも、この湖は二つの国の間に合って豊かな水で満たされているではないか。人もこのようにあればいいのに)
実朝は、そう思わずにはいられなかった。
二所詣での帰りもまた、雨はひどく降り続いていた。
浜辺なる前の川瀬を行く水の早くも今日の暮れにけるかな
雨のため、浜辺の宿の前の川瀬の水の流れが早い。夕暮れもあっという間に来てしまった。
雨が降り続く中、付き添いの叔父義時や時房を始め、多くの者達は、黙々と旅路を急ぐ。
春雨はいたくな降りそ旅人の道行き衣濡れもこそすれ
春雨よ、ひどく降らないでくれ、旅をする者達の道中着が濡れてしまって、難儀をしては気の毒なことではないか。
実朝は、悪路を進む者達の気持ちを少しでも明るくしたいと思い、再びつぶやいた。
「春雨にうちそぼちつつあしびきの山路ゆくらむ山人や誰」
「何か、おっしゃいましたか?御所様」
激しい雨音で甥の声がよく聞こえない義時が、聞き返した。
「いや、なに。春雨の中を濡れて山道を歩いているのは仙人なのだろうかと思ってね」
意味を理解した時房が笑いながら説明した。
「要するに、この雨の中を進む我々は仙人のようなものだ、鎌倉までもう少しだからと励ましておられるのですよ」
二所詣から戻ってから、実朝は、泰時、朝盛ら近習達を集めて和歌の会を開くことにした。和歌の会の題は、「梅花万春を契る」であった。
実朝は、父頼朝、姉大姫との思い出につながる梅の花を殊の外愛していた。
菅原道真ゆかりのひときわ香りの高い一枝をそっと顔に近づけながら、実朝は優しく微笑んで歌を口ずさんだ。
「梅が香を夢の枕にさそひきてさむる待ちける春の山風」
主君のその姿を見た朝盛の内に秘めたかなわぬ熱情は高まって行くばかりだった。
(ああ!梅の香に誘われて、そのまま枕を交わしてしまいたい!春の山風のように吹きあれる乱れた想いを抱いたまま、私は幾度それを夢見て待ち続けたことか!)
(あまり思い詰めるなよ)
朝盛の表情に気づいた泰時は、我がことのように思わずにはいられなかった。
また、学問を好む実朝は、歌会の後、学問所番を設け、特に優秀な近習達をその構成員に選んでいる。叔父の北条時房が学問所番の奉行を務め、北条泰時は一番組の筆頭、和田朝盛も二番組の構成員として名を連ねていた。
実朝の気遣いは、誰に対しても分け隔てがなかった。