28 潔癖症(6)
表現はソフトなものにしていますが、性的な場面があるのでR15としておきます。
(人の女に手を出して、合戦寸前の大騒ぎか。そう言えば、兄上も似たようなことをしでかして、母上にこっぴどく叱られたことがあったな)
実朝は、ぼんやりとしながら、昔のことを思い出した。
(色好みで手の早いお方だった。私には、とうてい真似できぬ)
実朝の沈んだ様子に気づいた義時は、実朝を気遣うように声をかけた。
「お疲れでいらっしゃいますか」
叔父の問いに、実朝は、軽く首を振って努めて明るく答えた。
「いや。小四郎叔父のいうとおり、内に籠ってばかりいるから、いろいろと溜まるのであろう。太郎よ、皆を集めてくれ。たまには、武家の棟梁らしく、武芸の稽古にも精を出さねばな」
外で相撲を楽しんでいた近習達の輪に、実朝は加わることにした。
今は亡き次姉三幡に、無理やり相撲に付き合わされて吹っ飛ばされ、御所中を逃げ回って父頼朝に泣きついた幼い頃のことが懐かしく思い出された。
「手加減いたせよ、太郎」
「恐れながら、御所様。それでは、鍛錬になりませぬ」
からかうように言う実朝に対し、従兄弟の泰時は、どこまでも真面目に答えた。
実朝と泰時が相撲をとっている姿を見た和田朝盛は、泰時に組み敷かれる若い主君の淫らな姿を想像してしまい、ひどくうろたえていた。
泰時と相撲を取っている最中の実朝は、朝盛と目が合った。その瞬間、実朝の脳裏には、再び幼い頃に見たある光景が浮かんできた。
兄頼家に後ろから抱きすくめられて泣いているまだ少年の朝盛の姿は、やがて御台所倫子に変わった。兄頼家は、倫子の頤に手をやって、いやらしそうな顔で倫子の顔をまじまじと見据えた。
「よいものを持っているではないか。よこせ」
幼い千幡がぎゅっと翡翠の数珠を握りしめていると、兄頼家が無理やりそれを奪おうとする。
「嫌だ!触らないで!」
千幡は必死に抵抗したが、兄は聞く耳を持たない。
「お前のものは、俺のものだ、千幡」
やがて、兄は、実朝が脳裏で倫子を汚し続けたのと同じ振る舞いを倫子に対して行っていく。千幡が握りしめていた翡翠の数珠は、切れてはらはらと落ちていった。
「にいさま、やめて!」
泰時との取り組みで頭を打った実朝は、そのまま意識を失った。
思わず本気で投げ飛ばしてしまった泰時は、倒れて気を失っている実朝の姿を見て顔が真っ青になった。
「御所様、御所様!大丈夫ですか!」
泰時が必死に実朝に声をかけていると、ひどく怒った表情の朝盛が、泰時に向けて言った。
「そこをどいてください!御所様は私がお連れします!」
朝盛は、肉付きの薄い男性にしては華奢な体格の実朝を軽々と抱き上げた。
いつも穏やかな朝盛の大胆な振る舞いに泰時は信じられぬものを見た気がした。
朝盛の瞳はすわっており、色事には疎い方の泰時だったが、このとき初めて、朝盛の実朝への内に秘めた熱情をはっきりと知ってしまった。
実朝は、朝盛の腕の中で、ひたすら、御台所の名ばかりを呼んでいる。その声を聞いた朝盛は、絶望的ともいえるような苦しげな表情を浮かべた。
(ああ、このお方を誰にも渡したくない!いっそこのまま、どこかへさらって逃げてしまおうか!)
主君の身に本能的な危機感を覚えた泰時は、周りの者に、すぐに寝所に床を用意して、御台所を呼ぶように手配した。
「ぐずぐずしているお前が悪いのだ。男でも、女でも、抱いて肌を合わせてしまえば、情に絆されてすぐによい気分になる」
頼家は、幼い千幡を見下ろして勝ち誇ったように笑って言った。兄の側には、泣き伏している倫子がいた。
「ととさま、ととさま!」
千幡は、ただただ泣いて、必死に慈父頼朝に助けを求めた。
父は、泣きじゃくる千幡を抱き上げて、困ったような顔で兄頼家を咎めるように言った。
「千幡は、儂やそなたとは違うのじゃ。あまり意地の悪いことをするでない、頼家」
兄は、父と千幡に向けてばつの悪い顔をした。父は、千幡の頭を撫でて優しく言った。
「なあ、千幡や。本当に大事なものを手に入れたいのであれば、時には勇気を出してぶつかってみることだ。相手もきっと、それを望んでいるはずなのだから」
気が付くと、床に寝かされており、倫子が実朝の手を握って泣き伏していた。実朝は、衝動的に倫子を強く抱きしめた。
「御台、私は、ずっと、あなたに不埒な振る舞いをして、あなたを汚すことばかり考えていた」
実朝の告白に、倫子も泣きながら答えた。
「私は、ずっと御所様に不埒なことをされたいと願っておりました。私も御所様と一緒に汚れてしまいたい」
倫子の大胆な答えに実朝は、もう我慢をする必要はないのだろうと確信した。
若い夫婦は、本能に任せたまま、何度も深い口付けを交わし合う。
倫子の白く形の良い乳房に顔をうずめ、その頂を強く吸った実朝は、幼い赤子のように泣きたいと思った。
静かに涙を流す実朝の瞳に愛し気に口付けた倫子は、やがて自らのある場所に実朝の手を誘導した。
(ああ、ここが、赤子が通って生まれてくる命の道なのか)
真実を理解した実朝には、愛しい妻のそこが、あまりに神秘的で美しいものに思われて仕方がなかった。互いをいたわり合うような長い愛撫の末、二人はようやく一つになった。その瞬間、実朝の中での長い呪いは解けた。
身も心も夫婦として結ばれるということが、これほど心地よく幸せなものだとは。ややこもきっと、この幸福の末に望まれて生まれてくる、実朝はそう思った。
それから、しばらくして、実朝は、勝長寿院、永福寺などを参拝した。翡翠の数珠を握りしめながら、実朝は、愛しい妻との甘い幸せな時間を導いてくれた仏の縁に、あらためて感謝した。
その年の暮れ、若い将軍夫婦は、それまでの長い空白を埋めるかのように、互いの肌を堪能した。
和田朝盛は、若い主君夫婦の夜の帳を切なげな表情で遠くから見つめていた。
(これでよいのだ。お二人は、世に許された夫婦ではないか)
朝盛は、理性でもって必死に理解しようとした。それでも、朝盛の主君へのかなわぬ情欲は消えてはくれなかった。




