表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢君源実朝  作者: shingorou
第2章 引き継ぎしもの
16/54

16 さらば兄上(2)

 元久元年、西暦一二〇四年、七月。

 北条時政に不満を持つ者達が、頼家の復権を図ろうと不穏な動きを見せていた。

「これは、今の御所様に対する明らかな謀反であるぞ!」

 そう言って、時政は、現将軍実朝の命であると称して、討伐を命じた。

 北条の監視下に置かれ、制限の多い頼家自身が不満分子たちと関りをもっていようはずもないことは明らかであったが、時政は、これを機に、密かに頼家も殺害することを決め、その実行を息子の義時に命じた。

(右幕下、尼御台。大切な御子息をこの手にかける儂をお許しください!)

 義時は、断腸の思いで、姉政子に黙ったまま、頼家のもとに刺客を差し向けた。


 いつものように、頼家が近所の子ども達と遊んでいる時だった。

「禅閤様、お覚悟あれ!」

 そう言って、刺客達は頼家と子ども達に迫って来た。

 祖父の時政が頼家が生きていることをいつまでも許すはずがない、いつかこのような時が来るであろうことを頼家は覚悟していた。

 恐怖に震える子ども達を庇いながら、頼家は、雑色の多聞ら頼家の警護を務めるごくわずかの者達に対して命じた。

「儂のことはよい。この子らには何の罪もないのだ。早う逃がしてやってくれ」

 多聞は、頼家の命に頷いて子ども達を安全な場所へと誘導して行った。

 頼家は、応戦を開始し、あっという間に刺客の武器を奪って次々とその息の根を止めていく。応戦した頼家によって殺された刺客の中には、一幡を殺害した藤馬という男も含まれていた。

 武勇で名高い頼家に、刺客達は思った以上の苦戦を強いられていた。

「表向きは御病死ということにしろと、それゆえ御首みしるしは奪うな、五体満足で逝かせて差し上げろとのことだ」

「しかし、あれほどの強さですぞ。どうやって!」

 刺客達の話し声を聞いた頼家は、かっと目を見開いて言い放った。

「武家の棟梁であった儂も舐められものよ!遠慮はいらぬ!かかって参れ!すべて返り討ちにしてくれるわ!」

 流れてくる弓矢さえも軽々とよけて斬り捨てていく頼家に、刺客達は恐れをなした。

 やがて、殺されることを覚悟の上で、刺客の一人が、低い姿勢のまま、ひたすらに頼家の急所めがけて突進していった。頼家がその刺客の頸動脈を斬るのとほぼ同時に、その刺客によって頼家の急所に刃が刺さった。

 急所を痛めつけられた頼家は、激痛のあまり、地に手を突いた。

「今だ!」

 そう言って、とどめを刺そうと襲い掛かって来た刺客の最後の一団を頼家は、激痛に耐えて立ち上がって全て倒した。

 だが、そのうちの一人が向けてきた刃が頼家の脇腹に深く突き刺さり、刺客を全滅させた後、頼家は倒れ伏して、とうとうその場から動けなくなった。

「殿!」

子ども達を避難させた雑色の多聞が戻ってきたときには、頼家の命はもはや風前の灯火だった。

「ワンワン!」

 主人の異変を感じ取った頼家の愛犬の雪が、異常なほどに大きく吠えたてるが、頼家の反応はあまりに弱弱しかった。

「母上。不肖な息子をお許しください。源実朝は、父上を超える賢君となれ。愚かな兄のようにはなるな」

 そう囁いたあと、頼家は、確実に薄れゆく意識の中で、我が子一人一人の顔を懸命に思い出そうとし、子らの名を順に呼んだ。

「一幡、善哉、千寿、十幡、竹姫……」

 頼家の脳裏に、我が子の声が聞こえてくる。

「ととさま!ととさま!」

 親を求めて泣く子らを抱きしめ返してやりたい気持ちでいっぱいなのに、もはや頼家にはそのような力は残されていない。頼家はそのまま、息絶えた。


 実朝のもとに、兄頼家の死が伝えられた。表向きは病死であるとされているが、状況から見て北条の者が手をまわしたのは間違いがなかった。

 実朝が自ら望んだことではなかったとしても、実朝の命令という名のもとに、北条が手をまわして実行したのであれば、それは実朝自身が行ったのと同じことだった。人の噂というものは、止めようと思っても止められるものではない。

 実朝は、祖父時政の命を受けた叔父義時が、手をまわして兄の子一幡だけでなく、兄頼家も殺害したのだとの噂を耳にした。

 叔父もまた、比企の乱で、実朝が生まれた年に父頼朝の仲介で、起請文までしたためて結ばれた比企氏出身の妻の命を助けるため、断腸の思いで離縁をし、京に逃がしたのだと聞く。 

 兄が修禅寺に送られてからも、兄の復権をもくろんで北条に反撃しようとの不穏な動きがあったともいう。兄と北条は、どちらかが生き残るためにはどちらかを殺すしかない、そこまで追い込まれていたのだ。

 北条が守るべきもの、その中には、実朝自身も含まれているはずだった。実朝は、叔父義時を責める気にはなれなかった。

 ただ、実朝は兄の最期の真実が知りたかった。

 祖父時政に聞いても、適当にあしらわれるだけだろう。母の政子は、おそらく聞いているだろうが、実朝は母の心の傷をえぐり出すようなことはしたくはなかった。叔父の義時にとっても、苦渋の決断だったはずなのだ。土足で人の心に踏み入るようなことは、実朝はしたくはなかった。

 兄の雑色だった多聞から、兄の最期を聞いた実朝は、懐の翡翠の数珠をぎゅっと握って、あふれそうになる涙をこらえるために、固く目をつぶった。意地っ張りで天邪鬼だった兄もまた、子煩悩だった父頼朝や情に厚い母政子と同様に、小さな子を慈しむ優しい人だったのだ。

 父頼朝との思い出の梅の木の近くには、実朝が作った小さな石塚があった。そこには、兄の最期を見届けた子犬の雪の両親である白梅と紅梅が眠っていた。その石塚のそばで、実朝は、雪をぎゅっと抱きしめた。


 やがて、実朝は、叔父義時に密かにあることを掛け合った。

「兄上の近侍だった源性が、幼くして亡くなった一幡の遺骨を高野山に納めたいと願い出ている。北条のしたことを責めるつもりはないのだ。まつりごとのことをよく分かっていない若輩者の私にそのような資格もない。ただ、一人の人として、幼くして亡くなった命を憐れに思う気持ちが少しでもあるのなら、源性の願いが叶うよう、内密に取り計らってほしい。力のない将軍ではあるが、これくらいの願いをかなえる力くらいはあろう」

 多くを語らない実朝の言葉から、義時はこの若い甥がすべての事情を知ったことを理解した。

もとより賢く、優しい子だった。こそこそと大人たちが隠そうとしても隠し通せるものではないのだった。

 そして、義時は、父の時政ではなく、自分にあえてそれを頼んだ実朝の意図を正確に読み取った。実朝は、時政と義時の確執も見抜いているのだ。

「この叔父が、御所様の仰せのとおりに取り計らいましょう」

 義時は、深々と甥に頭を下げた。頼朝と頼家が覇者ならば、実朝は王者だ。いずれ、この少年は父頼朝をも上回る賢君となるだろう。

 だが、父の時政は、実朝の本当の賢さに気づいてはいないだろう。いつ昨日の味方が今日の敵となってもおかしくはない世の中だ。

 だが、かなうことなら、頼朝と同様に、この少年を生涯の主君として仕えたい。義時は、心からそう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ