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第97話 オーバーテクノロジー

 ~遡る事、数か月前~

 ~広島市、白凰組一階~


 大理石のテーブルを挟む形で設置された、黒革張りの見るからに高級なソファー。

 部屋の奥には執務机が鎮座しており、その後ろの壁際には龍虎が対峙する――まるでスカジャンの背の刺繍のような大きな屏風がその奥を隠していた。


 一度好奇心で廻り込んで拝見したのだが、そこには棚があるだけだった。

 尤もその棚には日本刀(多分真剣・・・)が無造作に飾ってあったりしたのだが・・・

 そして後から聞いた話だと、棚の一角が隠し棚の形になっており、その小さな扉を開くと中に金庫があるそうだ。その金庫を開ける資格があるのは、勿論(もちろん)組長さんと若頭の姫野さん、そして本部長だけらしい。


「 今回の換金分じゃわ! 」

 大理石のテーブルの上に、姫野さんが懐から取り出した厚みのある茶封筒をドサッと投げるように置いた。


「 いつもありがとうございます! 」


「 春乃さん。ビッグなお世話だとは思うけどな――、全部仕入れに使わんとちぃと貯めるとか、自分の欲しい物を買ってもええんじゃないんか? 」


 顔の前でVの字を作りながら姫野さんが言う――、Vの字の指に気付いた姫野さんの後ろに控える若い構成員の1人が、サッと廻り込んで煙草を一本取り出し、Vの指に設置しライターで火を点けた。

 

 マツさんは私の後ろだ。マツさんはもはや姫野さんではなく、私の付き人のような立ち位置になってしまっている。


 ――しかしこの光景、タバコくらい自分で取り出して火を点けろよ! とも思うが・・・

 極道の世界には彼らなりの何か別の狙いや意味があるのかもしれない――と勘繰ると、素人の私がおいそれとは口に出すことができなかった。


「 う~ん、と言われてもなぁ。欲しい物が特にないんですよね・・・オシャレな服とかもあんまり興味ないし。たとえば指輪とか宝石系なんかもまるで興味ないんですよね。正直言ってあんな物に大金かけてる人たち見てると、言葉は悪いとは思いますが、バカなんじゃないかとすら思えてくるんですよね 」


「 はっはっはっ! 春乃さんらしいわな! 」


「 まぁ単に貧乏暮らしが長く屈折してしまってて――、(ひが)んでるだけなんでしょうけどねぇ・・・ 」


 姫野さんは首を伸ばし、私に気を使っているのか、副流煙を後方に向けて吐いていた。


「 で? ワシに直接会って話したいって何なん? 第一は(たま)には組長(オヤジ)にも挨拶しときたい――って目的で市内まで出て来てくれたんじゃろ? 」


「 ええそうです。電話で話した通りなんですが・・・この後、組長さん宅にもお伺いする予定です 」


「 ほうか。ワシも一緒に行こうかのぉ 」


「 ええ、もし良ければ一緒に! で話ってのはですね、コレのことなんです 」


 私はそう言いつつ、厚みのある茶封筒を目線まで持ち上げた――


「 ん? 金の事か? 」


「 はい。資金繰りを金貨の換金ばかりに頼るのはどうなんだろうか? と――最近特に考えるようになってしまって・・・今さら何言ってんだ? って感じかもですが 」


「 と言うと? 」


「 はい。よくよく考えてみたらですね、向こうの世界の黄金という貴重な資源をですね、コッチの世界に一方的に持って来てますよね? それと同等の資源を向こうに持って行ってるわけではないじゃないですか? これって問題ないのかな? って思っちゃって。私1人が持ち込む量なんて、世界全体から言えば高が知れてるし、あんまり気にしなくてもいいのかもしれませんがねぇ 」


「 あ~そういうことか。微量ではあるが向こうの世界内で流通してるわけじゃないけん――、確かに向こうの世界では減る一方ではあるわな 」


「 そうなんです。それに交換比率と言いますかレートと言いますか、一枚の金貨の価値がやはりムコウとコチラではかなり違うので、儲けをそれなりに出すためにはムコウでかなり高めのボッタくり価格に設定する必要があるんですよね・・・ 」


「 あ~、春乃さんはそれができんのか。コッチの相場なんて絶対にバレるわけはないけんど、あくどい商売はしとうない! ってことか? 春乃さんのことじゃけぇ、向こうの相場で、しかもかなり安めの設定で売ってあげとるんじゃろ? 」


「 うっ・・ま、まぁそうですね。物にも()りますけどね 」


「 ワシじゃったらどうせバレんし、250円のライターを2万円くらいの設定で涼しい顔して売るけどなぁ! カチッと押すだけで火が(おこ)せるんなら――向こうの人間からするとそれ自体がもう魔法みたいなモンなんじゃろ? 」

 そう言って高笑いをする姫野さんを、ついつい(いぶか)し気な目で見てしまった・・・


「 金貨以外の金策となると・・・やっぱ治癒サービスしかないのかなぁ? 」


 私の専売特許は荒唐無稽(こうとうむけい)な魔法の能力(チカラ)だ。

 コチラの世界では正に超人クラス、神人クラスの能力(チカラ)だろう。


「 実はワシもビジネスモデルとして――それは考えたことがある。ただ春乃さんを利用する形になってしまうけん口には出さんかったがな 」


「 え? マジっすか? 」


「 想像してみてくれ。大富豪どもが唸るほどの金を持った後に望むモノは何じゃと思う? それは長寿命と相場が決まっとるじゃろ? 治癒系魔法なら超富裕層どもに需要があるじゃろうなぁ。確実にな 」


「 た、確かに・・・ 」


「 若返りは無理でも、即座に負傷が治る魔法が本当に存在すると理解したら・・・そしてそれを使えるんが春乃さんだけじゃとバレたら! 世界の上位数パーセントの大富豪中の大富豪どもが、こぞって春乃さんの身柄(ガラ)を押さえに来るぞ! どんな手を使ってもな! 国によっては、下手したら国の中枢もグルになって襲って来るぞ 」


「 こわっ!! 」


「 いや冗談じゃないぞ! 誇張もしとらん。それと・・・そんな商売始めてしもうて広く世間にバレてしもうたら、高岡さんらにも手が及ぶじゃろうな 」


 姫野さんの言葉を受け、映画や漫画の見過ぎかもしれないが――、超の付く大富豪どもが様々な裏稼業の者を雇い、手段を選ばず私を拉致しようと躍起になる映像が浮かんでしまった。

 私が捕まらなければ、実際に治してもらった経験のある高岡さんたちが、実験動物(モルモット)として狙われる可能性は確かに大きい。


 そういった意味では、宗教団体立ち上げを許可してしまったのはやはり間違いではないだろうか?


 どんなにかん口令を布いても何処かから確実に情報は洩れる。

 この世界に於いて神の奇跡以外の何モノでもない力が、世界の有力者たちから本物だと確信された場合、高岡さんたちを危険に巻き込む可能性は間違いなくある。

 いや高岡さんたちだけじゃない。

 この組も狙われるかもしれない。


「 と――散々脅してしもうたが、まぁやり方次第じゃなぁ 」


 今度は顎をクイっと天井に向けて上げ、煙をゴジラの様に吐きながら言う――


「 やり方次第? 」


「 ああ、たとえばじゃけどね――、こちらに悪意を欠片でも向けたら、その瞬間即座に効果が切れて元の木阿弥になるぞ! しかも二度とお前には治癒の効果は発動せんぞ! とかな 」

「 そう言って脅せばええ。たとえば高岡さん並みの負傷を治してやった富裕層がおったとするわな? そいつが調子に乗って欲をかき、春乃さんを独り占めしようと魔が差したとしても、また指が二本無い状態に戻ってまで春乃さんを(さら)おうとすると思うか? 」


「 仮にも自分の力で富豪になった者なら、たとえブラフだと疑ったとしても、可能性がゼロだと確信できん以上――、自分にとって損しかない選択肢は絶対に選ばんよ。選ばんけん本物の富豪になっとるんじゃけぇなぁ 」


「 まぁ最悪――他の捨て駒を使って確かめようとするかもしれんがな。もしそこまでの()を描くやつなら、そもそも始末したほうがええかもな! ワシらと春乃さんの全力の魔法で! 勿論――秘密裏に 」


「 ええっ! 」


 ――しかし、なるほど・・・ブラフを使い相手の選択肢を減らせばいいのか。確かに、確かに有効な手だ。


 煙を吐きながらさらに続ける。


「 まぁそもそも世界の富豪相手ってのが現実的じゃあないけどな。日本国内に限定し、真偽併せてブラフも織り交ぜ交渉すれば――相手の資産状況や負傷の程度にも()るが、最低でも5億くらいは引っ張れるんじゃないかのぉ? 」


「 ご、5億? マジで? 」


 ――目ん玉飛び出る額が・・・サラっと言ってるけど5億って・・・


「 そんなにビックリすることか? 想像してみてくれ。春乃さんが以前の高岡さんと同じハンデを負った身体だとする。んで資産が500億くらいあるとしたらどうや? ・・・もし本当に完璧に身体が治るんじゃったら、たった5億を惜しむと思うか? 」


「 た、確かに・・・でもそんな凄いレベルの富豪で、尚且つ私たちにとってそんな都合のいい身体的ハンデを負ってる人物がいますかね? 」


 姫野さんはソファに預けていた身体を起こし、グジグジと灰皿に煙草を押し付け火を消した。

 代わりにコーヒーカップを持ち上げながら、満面のドヤ顔で言い放つ――


「 それが1人おるんよね! 」


「 えっ!! マジで? 」


「 ああ、でも春乃さんが最長でも三日ていどしか滞在できんけぇ、なかなか難しい所はあるんよねぇ。こればっかりは春乃さんが直接出張らんといかんじゃろうしなぁ 」


「 あー、それなんですけど、実は組長さんに今日会いに来たのはコレを渡したかったんです。勿論――ここにいる皆の分も持って来ましたけどね 」


 私は足元に置いていたスポーツバッグのジッパーを開き、中から木箱を一つ取り出した。

 長方形の木箱の中には、私の御手製霊薬(ポーション)が十二個並んでいる。

 割れないように丁寧に、小瓶を二本だけ取り出しテーブルの上に静かに置く――


「 ん? 何やこれ? 香水か? 」


「 御手製の霊薬(ポーション)です。コレを飲み干すと、私が唱える治癒魔法と全く同じ効能があります。保険のために組長さんをはじめ――、皆にも念のために持っておいてもらおうかと思って持って来たんです。つまり私自身がその場にいなくても、治癒魔法の発動は可能なんですよね 」


「 ええー! 何でもっと早く言ってくれんかったんや! それが本当なら、ほぼ問題はクリアしとるやないか! これを5億で売ればええだけやないか! 」


「 でも、まだこっちでは飲んだ人がいないんで。誰か怪我とかしてる人に飲んでもらって、実証実験しておかないと――とは思いますけどね 」


「 うわっ! 熱っ! 」


 姫野さんはよっぽど動揺したのか――、コーヒーカップを傾けてしまったようで、膝の上に派手に零してしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 なろうのポーションとか回復魔法系とか好きなんですけど この作品が断トツに好きです。 感謝します。
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