第94話 打診
ライベルク王国軍の三分隊が現場に到着したのは、陽が頂点を過ぎあるていど傾いた頃合いだった。
三発目の救命信号弾を発射した直後、地平線の向こうに砂塵が確認できたので、近付いて来る団体を双眼鏡越しに観察していた。
向こうからもこちらが視認できるであろう距離まで近づいて来た時――、ピタリと行軍が停止してしまった。
十中八九、否が応でも龍の巨体を視界に入れてしまった為だろう。
龍は甲斐甲斐しくきびきびと働いていた。
意思の疎通が可能で、私からの細かい指示がきちんと伝わることにより仕事内容を完璧に把握できるのが大きな要因なのだろうが、それにしても見事な働きっぷりだった。
幾重にも対岸へと渡したワイヤーロープの上に、足場となる板を一枚一枚並べ「 Uボルト 」と「 ナット 」で固定していくという地道な作業がこれから延々と続くわけだが――
龍がゴンドラを直に鷲掴みにして飛行し直接ガスターさんの下まで材料を運んでいたので、ゴンドラに荷物を積み滑車を滑らせて運び、そして一回一回こちらへと返してもらう――という手間が全て省けていた。
「 いや~助かるわ~、この調子なら予定よりも一日くらいは早く完成するんじゃないの? 」
『 ふむ、役に立っておるならば何よりだが、しかしこのままで良いのか? 何やら大勢近づいて来ておるが・・・魔道士殿の仲間なのか? 』
「 ああそうですね、後続部隊の最初の団体ですね 」
『 ならばまず我の身の上を説明せねばならんだろう? 陣形を組み臨戦態勢に移行しておる様に見えるのだが・・・ 』
龍の表情が変化することはないが、その口調は心底心配している様子だった。
勿論、自身が攻撃されるかもという心配も少しはあるのかもしれないが、説明不足という言葉足らずが原因で余計な混乱を招くことを懸念しているのだろう。
「 あ~そうですね、何だかいきなり停止してますよね。まぁ当たり前な反応なんでしょうけど・・・ 」
私は道具袋を置いている簡易テントまで走り、小型の拡声器を袋の中から取り出した。
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「「 あ~あ~どうも春乃です。この龍は味方です! 工事を手伝ってもらっています! 安心してこちらへ来てください! 繰り返します、この龍は味方です! 安心安全です! 」」
無遠慮に拡声器を使い、この世界に於いては常軌を逸した大声で伝える。
「 ビクッ!! 」っと、隊全体が脊髄反射しているのが遠目からでもよく判った。
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「 ハ、ハルノ様、まずは遅くなりまして面目次第もございません・・・臨時ではありますが隊長を拝命致しましたフォリスと申します。以後、何卒お見知りおきのほど宜しくお願い申し上げます――、って凄い! もうこんなにも形になっているなんて! 信じられない・・・ 」
「 ああ、いえ全然! 私の予想よりも早い到着だと思いますよ? 敷き板が底を突きそうだったので丁度良かったです! 尤もあの2人は、必然性のある休憩が消滅するのでガッカリしてるかもしれませんがね! 」
忸怩たる表情で開口一番謝罪してきたこの女性は――
出発前に事務官の方から連絡を受けた通りの人物ならば、急遽先発隊の隊長に任命された女性なのだろう。
女性兵士が隊長だと報告を受けた時、リディアさんが親衛隊長に就いていた事実も相まって――、この国は女性の雇用は勿論の事だが、あるていどの役職に就任させる働きかけも活発で、能力のある女性にとってはかなりやり甲斐のある働き方ができる待遇の良い国なのでは? と率直に感心した。
だがその事務官の方に
「 その隊長さんとかリディアさんとか――、この国って女性が活躍できる素晴らしい国ですねぇ! バチバチの男社会なんだろうなと勝手に思い込んでいましたが、考えを改めないとな~ 」
――と、少しばかりのヨイショも含めた返事をした折
「 あ、いえ何と申しましょうか――、今回だけが特例と申しましょうか・・・そもそもブラックモア卿は直系貴族家の御出身ですし・・・ 」
――と、何やら要領を得ない様子で口ごもり始めた。
私はその様子を見てすぐにピンときてしまったのだ・・・
多分私の性的対象が、異性ではなく同性だと思われているのだろう・・・と。
なので私が喜ぶ方向で人選も成されているのだろう――と。
確かにリディアさんの事は大好きだし、恋人の様に振舞う時も多々あるので、そう思われても仕方がない。
責任者にわざわざ女性を選んだのは、単に私に気を使ってなのか――、単に心証を少しでも良くしようとして見返りを期待しているのか――
正直に言うと、むさ苦しいおっさんの汗ばむ顔を拝むよりは容姿端麗な女性の方が断然良い。
いや別にむさ苦しいおっさんではなく眉目秀麗な男性だったとしても、やはり一緒に仕事をするならば女性の方が気楽という側面は確かにある。
報連相を行う相手が知らない異性だった場合、何かと気を使ってしまうことも多いだろう。
まぁどこの会社にも居座るお局様のような特殊な存在は、また別ではあるのだが。
「 ハルノ様、そ、そのまずは確認させて頂きたいのですが、飛び回っているあの真龍・・・架橋工事を手伝っているかのように自分の目には映るのですが、これは一体? 魔法で操っておられるのですか? 」
フォリスさんのドギマギした様子が可笑しくて、もうちょっとだけ見ていたくなりイタズラ心が少しだけ疼いたが、流石に不謹慎だと感じた私はニヤけた表情を押し殺した。
「 いえ操ってるわけじゃないですよ。私はあの龍と会話ができるので、お願いして手伝ってもらってるんです 」
「 真龍と会話・・・ 」
女隊長フォリスさんは勿論のこと、後ろに控える分隊の男連中も全員愕然としたまま目が点になっていた。
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「 ではフォリスさん、トランシーバーの使い方はもう大丈夫ですよね? 」
「 は、はい! ここを押さえながら話す、そして相手の返答を円滑に促す為に最後に「 どうぞ 」を付ける。それから押さえるのを止めて指を離す・・・ 」
フォリスさんは大事そうに両手で掬うようにトランシーバーを持っている。
「 そうそう、んで――ここはチャンネルのツマミだから触らないでね! とりあえずこれでガスターさんと離れていても話せるから! 」
「 しょ、承知しました! 」
このトランシーバーはハッキリ言って安物だ。
だが安物でも私的には十分過ぎる性能だった。
電源は単四形乾電池三本で、市街地でも約300メートルの通信距離がある。条件が良ければ最大で500メートルも可能だそうな。
対岸までせいぜい150メートル程だ。
一部地平線が確認できるような遮蔽物が何も無いこんな僻地では――、通信距離は全く問題無いだろう。
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本来ならば大型弩砲を岸に設置し、ロープを括り付けた矢弾を発射して対岸にロープを渡す――、などの方法が取られるらしい。
だが、そんな悠長なことをやっている時間は無い。
多分バリスタをこんな僻地に運ぶだけでもかなりの時間を要するだろうし、結局対岸にも大勢人員を送り込む必要がある以上、夜通し行軍したとしても二日~三日はそれだけで潰れてしまうのかもしれない。
今回は自動車のスピードとパワー。私が空中をも移動できること。更に――本来ならばかなりの労力が必要になる作業も、私の行使する魔法一発で終わることが多い。
よって大幅な時間短縮となっているのだろう。
何せここに到着してからまだ24時間も経っていないのだ。
にもかかわらず、橋自体の基礎的部分の工程はほぼ終わっている。
「 龍が今やってる部分は、こんだけ人が居たら人海戦術で補って余りあると思うし問題ないわね。とはいえ休み無しで相当なスピードで行軍して来たんでしょうから、しっかりと休憩した後に作業再開してあげて 」
「 ――じゃあ私は龍と一緒に、避難誘導の為このまま領都に向かいますね 」
「 はっ! こちらの現場はお任せください! 」
フォリスさんが敬礼で応える。
「「 龍さん! もう作業はいいから! 私と一緒に領都へ行こう! 」」
拡声器を使い、ひたすら飛行して行ったり来たり往復している龍に向かって叫んだ。
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軽自動車は鍵をかけたまま放置だ。
見張りを付ける必要も無い――、と伝えてある。
分厚い板に穴を空ける為に使用しているインパクトドリルの操作を、分隊の兵士さん数名に教えた後――私は龍の背に乗り峡谷を渡ってリューステール領地へと入った。
リューステール領都の城までならば迷わず進める――と龍が豪語していたので、私は龍の背の上で思案に暮れ妄想に耽っていた。
「 龍さん! そーいえば何て呼べばいいの? 名前あんの? 」
『 名か・・・正式な名は無い。魔道士殿の好きに呼べば良い 』
「 ん~・・・じゃあまぁ龍さんでいいかな~、とりあえずだけど 」
龍の背は意外と乗り心地が良かった。
とにかく安定していて揺れが少ない。
強いて言えば――、とにかく寒いのが難点だ。
尤もちょうど龍の頭部が風除けになっていて、向かい風が私に直撃することはないが。
「 龍さん! 私考えたんだけどさ――、龍さんには悪役になってもらって一芝居打とうかと思っててさ。協力してくれない? 」
龍は右耳だけをピクリと動かした――
『 芝居? 』
「 うん、帝国っていう――、今こっちに攻め込んで来てるらしい敵軍の尖兵役をやってほしいのよ! 領都に迫る脅威! それを阻止するデュール神の眷属! 避難を迷っている民衆に対してこれ以上無い説得力が期待できるでしょ? 」
『 何と! ――特別な洗礼を受けているとは思っておったが、まさか神の眷属であったとはな! 』
龍はそう言いながら首を曲げ、私の方へと頭部を向ける――
「 どう? 悪役やってくれない? 」
『 ふむ、人的被害が出ないように暴れ、そこに魔道士殿が颯爽と現れて我を撃退する。戦場となる前に魔道士殿が食い止めている間に逃げよ! と促す――、それが筋書きか? 』
「 御名答! 」
『 ふふ面白そうだな! ははは! 我にもまだ斯様な感情が残っておったか! 』
「 ちょ、笑ったら揺れて危ないよ! 落ちたらどうすんの! 」
屈強な顎は微動だにしていないので、やはりテレパシー的な能力で私との会話を成立させているのだろうか――
芝居に取り組むと聞いて高揚したのか、その巨躯が大きく左右に揺れていたのだった。




