第93話 真龍
「 し、真龍! どうしてグリム原野に・・ 」
「 うああああ! ど、どう、どうすれば! 聖女様! 」
悲鳴と驚愕が、光源たる聖なる光の傘の下でこだまする。正直なところ、驚いている暇があったら一刻も早く避難してほしい気分だ。しかしこの光の円から一歩でも出れば、そこは全てを飲み込む漆黒の闇。もし二人を見失えば、この過酷な異世界で守りきれる確証はない。
この二人には当然、女神の盾の効果を付与している。
私自身はそれに加え、絶対防御壁も常にこの身に展開している。
モロに攻撃を受けても、今までの経験則で即死はあり得ないと思うが・・・
そのドラゴンめいた巨大な影が、私たち三人が固まるこの簡易テントへと、一歩、また一歩と徐々に近づいてくる。ドス、ドスと、重い足取りが地を揺らす。緩慢だが、その歩調は一直線に私たちを狙っているのは確実だった。
体長8~10メートルはあろうかという巨躯だ。
私的には空想の域を出ないが、ドラゴンの勝手なイメージは脳内にある。
一枚一枚が大きく硬質な鱗に覆われている表皮。
大きな翼を持ち大空を自由に滑空する巨大生物。
そして何と言っても、属性ブレスを吐くイメージが強い。
しかし目の前のドラゴンの表皮は、デカい鱗で覆われていると言うよりは、ザラザラとした手触りっぽい爬虫類特有の肌を連想させる質感だった。
そしてチアノーゼのような青紫色の肌を持つ巨体だった・・・
翼は一応背中に付いているっぽいが・・・巨体に比べてちょっと小さいような。
あんな翼でちゃんと空を飛ぶことが可能なのか?
――ってか、これ本当にドラゴンなのか?
どちらかと言うと、やっぱデカいトカゲっぽいが・・・
いや広義で言えば、ドラゴンも爬虫類の最強種に分類されるのか?
ってか恐竜っぽいよな・・・
頭部に関しては、恐竜の名称は忘れてしまったが「 なんとかザウルス 」を彷彿とさせた。
――しかし流石に恐ろしい。単純に喰われるかもしれないという恐怖。これは、高次消費者に捕食されるかもしれないという、根源的な恐怖だ。
「 聖女様! これはマズい! ケイジドウシャに乗って即撤退するのが得策かと! あれは真龍です! 敵う筈がない! 」
ガスターさんが絶叫する――
「 逃げる? いえ――、正直確かに怖いですけど、ココで仕留めますよ! 」
「 何を仰いますか! あんなもの――、軍の部隊が複数束になって相手をしても倒せるかどうか・・・しかもあの表皮の色! あれはゾンビ化した真龍かもしれません! 聖女様が創り出した聖なる光に吸い寄せられているのかもしれませんぞ! 上級アンデッドの中には、稀に聖属性にみずから寄って来る個体が存在するとハンターから聞いたことが! と、とにかく逃げましょう! 」
「 え? マジかぁ! 逆効果だったのかよ! この光、アンデッド全般が苦手ってわけじゃあないの!? 確かに何だかノロそうだし逃げる一手も良いんだろうけど・・・でも一旦は逃げ切れたとしても、あんなのがこの辺りをウロウロしてると思ったら、落ち着いて作業なんてできないでしょ! 」
「 し、しかしっ! 」
「 いいから! もう悠長に話してる時間はない! 私が相手をする! 軽自動車に二人で乗り込んで鍵をかけて! 鍵のかけ方、分かるよね? 」
「 はい、いやしかし―― 」
「 いいからっ! 四の五の言わないで! 」
「 か、畏まりました! 」
ガスターさんは「 行くぞ小僧! 」と、茫然自失の学者さんの手を引っ張り、車へと走った。
私は横目で二人の姿を確認し、迫りくる真龍とやらに改めて対峙する。
――真龍? 何かどっかで聞いたことあるな、何だったっけ?
ゾンビ化? よく理解できないが、確かにアンデッドのモンスターっぽい雰囲気よな?
ならば聖属性 + 炎属性が効く気がする! ゲームの知識だが!
「 聖なる炎柱! 」
周囲に、高さ三メートルはあろうかという炎の柱を六本出現させた。
ドスドスと躊躇なく真っすぐ私へと向かってきていたドラゴンもどきは、そのあり得ないほどの盛大な炎柱を視界に捉えた瞬間、突然急停止した。
全く身じろぎしなくなった。
ドカリと、その場に腰を落ち着かせたかのようだ。しかし炎に怯えている様子はなく、むしろ威風堂々としている。
『 心地よい光だ・・・否、その聖なる光の影響ではないのかもな。そなたの存在そのものなのかもしれん 』
突然、脳内に直接響き渡るかのように、声が聞こえた。
「 はいぃ? 」
『 ほぉ・・・その反応、古代種の言語を理解するか 』
『 ただの人ではないな 』
「 うおお! 話せるんか! ってか――、意思の疎通ができるんかぁ! 」
『 そのようだな。もしや――、そなたは自覚がなかったのか? 』
牙を覗かせる大きな下顎がクイッと持ち上がり、不敵に微笑んだように見えた。
「 まさか! この言語能力の恩恵か! やっぱあるていど知恵のあるモンスターの言語なら理解できる仕様になってんのか・・・ 」
『 無駄に驚かせたようだ、まずは詫びよう。そして突然だが、少しだけこの場に留まらせてはくれないだろうか? 』
「 はへっ? 」
ドラゴンもどきからのあまりにも予想外の申し出だった。意表を突かれた私は、情けないほど素っ頓狂な声を上げてしまう。
「 え? 何? ここに留まる? はぁ? 私たちを襲うつもりでのっしのっしと歩いてきたんじゃないのぉ? 」
『 断じて違う! 我は【とある呪い】を受けこのような見るも無残な肢体となっておる。この鈍痛にも似た消えることのない不快な痛みは、聖属性に触れることでしか和らぐことはないのだ 』
「 はいぃ? の、呪い? 」
『 そうだ。大陸南方に存在する凶悪な魔道士によってな、忌々しいがこの北方に逃れてきたのだ―― 』
発声と同時に顎が動いている様子はない。
私の脳に直接作用しているのだろうか?
一種のテレパシー的なモノなのか?
巨体はまるでスフィンクスのように腹ばいになり、本当に私たちを襲う気で近づいてきたわけではなさそうに見えた。
「 いまいち理解できませんが・・・私の近くに居れば、その呪いの痛みとやらが和らぐと? だから傍に居させて欲しい――と? そういうことです? 」
『 そうだ! どうやら野営をしておるのだろう? ならば我が番をしてやろう。たとえ一時の間でも、我はこの痛みを忘れることができる。代わりに、そなたらは安眠を得ることができる。断る理由はなかろうと思うが――、どうだ? 』
「 その言葉を信用して、あんたの目の前で無防備に寝ろと? 本気で言ってます? 」
その姿がスフィンクスのイメージと重なり、甘言で旅人を惑わし、真の目的を隠しているという神話のイメージが湧いてしまった。
何でも神話の中のスフィンクスは、旅人に謎かけを行い、解けぬ者を殺して喰ったそうな。うろ覚えだけど確かそんな感じだったはず・・・
『 これは警戒心の強いことよ、人ならば無理からぬことか・・・ 』
「 まぁいいわ・・・とりあえずこの炎を消しましょう。不穏な挙動を起こしたら即座に殺しますよ? 」
私は意思の力で六本の炎柱を掻き消した。
『 ははは! やはりただの人ではないな! 我を前にして簡単に【殺す】という単語が出てくるとはな。確かに・・・その身に纏っておる属性の何と強いことか! 魔力を根源としていない特殊なナニカ。興味は尽きんが、もしどうしても信じられないと言うならば、潔く諦め塒に帰るとしよう 』
「 ふむぅ、まぁ確かに・・・あんたの言うことが全て真実で、本当に見張り番をしてくれるなら、これ以上心強い存在はないわね。どんな獣だろうとモンスターだろうと、あんたの姿を見て襲い掛かって来るとは到底考えられないし、もしいたら、勇猛というよりもただの無謀な命知らずだろうしねぇ 」
「 その呪いとやらが消えるかわかんないけど――、魔法を試してみましょう 」
「 状態異常回復! 」
黄色がかった眩い光が、ドラゴンもどきの肢体を包んだ。
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『 有難いが、まるで効果は無いな・・・ 』
「 そっか、しかし単に効果が無いのか、はたまたそもそも呪いになんてかかってはいないのか・・・ 」
『 猜疑心が強いな! だが呪いは本当だ 』
「 ふむぅ、まぁいいわ・・・私の直感が信じてもいいと言ってる。自分を信じることにするわ 」
『 有難い! では成立でよいな? 』
「 ええ、ちょっと待ってて、もう二人いるから呼んでくるわ! 」
そう伝えて私は踵を返し、車内で固唾を呑み、身を寄せ合って震えているであろう二人が待つ車へと向かった。
▽
「 聖女様・・・いくら何でもそれを信じたのですか? 我々が眠りに就いた途端に食料として喰うつもりなんじゃ? 」
車外まではすんなりと出てきた二人だったが、顔面蒼白で今にも卒倒しそうなほどにフラついていた。
「 いや、私はこの龍の声が聞こえるだけじゃなくて、意思の疎通ができるからねぇ。勿論100%の確信かと問われると・・・正直100%じゃないな、という返答にはなるけどねぇ。まぁ、少なくとも私は信じることにしたのよ 」
「 さ、左様ですか・・・聖女様がそう言われるのでしたら、我々に異議はありませんが・・ 」
ガスターさんは「 なぁ? 」と、隣で棒立ちする学者さんに同意を求め、学者さんは赤べこの様に頭をカクカクと上下に振っていた。
その後、私が通訳を務めて両者の挨拶を交わし、私は車内へ・・・二人は簡易テントの中へと戻った。
二人がすぐに眠りに就くことなどできないだろう。車内で横になりながら、龍の巨大な丸い背中を眺め、もしかしたらテントの二人は、恐怖を払拭できず眠りに就くことが不可能かもしれないな――と、他人事ながら案じていた。
完全なる寝不足で、明日作業を再開するのは危険極まりない。だが、こればっかりは魔法の力で何とかなるわけではない。
私は考えるのをやめ、毛布をかけ直して深い眠りに入るのだった。
初夢は、ゲームセンターみたいな遊技場でバイトする私が、ゲーム機の上にお客さんが忘れ置きっぱなしにしていた何十枚もの硬貨を集める所から始まりました。
髪を染めたちょっと悪そうな同じバイトの子が、「 私にそれをくれ! 」と言ってきたので
「 それはダメだ! 」と窘めた私。
一応良い夢なんだろうか?
不正をせずに、ちゃんと届け出を出そうとした私。
勿論リアルでも拾ったお金はちゃんと届けます!( 額にもよるけど・・・




