第91話 ドライブ
~ウィン大陸、ライベルク王国領~
~王都最外周防壁すぐ傍の平原~
~時刻、午前~
かなり肌寒いが心地の良い朝だった。
荷物で車内を満載にした車にタッチした状態のまま――もう片方の手で荷物を包んだ帆布の端を握って転移したのだ。
「 聖女様! こ、これは?! 」
車内にもルーフキャリアの上にも満載の荷物を抱えた四輪駆動の軽自動車を指差し――お迎えに出てきてくれた衛兵さんの1人が、目を丸くしつつ叫んだ。
「 あ~、これは私の祖国の乗り物です。解り易く言うと、馬車が進化したような乗り物ですかね 」
「 こ、これが乗り物? 聖女様専用揺り籠の、上位互換といった物ですか・・・ 」
あわあわと驚愕の表情を浮かべ、雁首を揃える衛兵さん。
私の脳内で勝手に変換される「 上位互換 」という言葉に、私はいつものことながら違和感を覚えた。
「 時間が惜しいので、私はこのまま空からショートカットで城郭エリアに赴きます。その間――誰もこの乗り物に近寄らないように、私が戻るまでここで警備しておいてもらえますか? 」
「 はっ! お任せください! 」
衛兵さんたちは、右手を胸の前で握りしめる敬礼を行い、即座に了承してくれた。
なんとも気持ちの良い快活な返答で、なんだか軍の凄い偉い役職に就いているような――そんな錯覚を覚える。
軍一番のお偉いさんと言えば、上から読んでも下から読んでもでお馴染みの「 ドノヴァンどの 」だが、あんなご老体でも戦場に立つつもりなのだろうか・・・
あまりにも失礼な疑問で、直接本人にその旨をお伺いすることはできないが。
「 ではすぐ戻りますので! 精霊召喚! 」
ワルキューレ3体を喚び出し、内1体に後ろから羽交い絞めにされ飛び上がった!
何も知らない人がたまたま目撃したら、異形のモンスターか魔物に人が連れ去られている! と間違いなく勘違いされるだろう。
たとえば遠方から行商に赴いた隊商が偶然目撃したら・・・一体どうなるのだろうか?
雄叫びを上げ半狂乱となり、衛兵に異常を知らせるため血相を変えて遁走することが予想される。
だがこの王都に於いては――、そんな至極当然の勘違いをする者はもはや皆無だと思われる。
それほどまでに私はすでに有名になっているし、毎回ほぼこの場所に出現するため、この辺り一帯は神の領域というエリアに認定され聖地と呼ばれている始末だ。謂わば、ちょっとした禁足地みたいになっているのだ。
私が大空へと連れ去られ城郭エリアに向かう絵面も――、この王都の民衆にとってはもはや見慣れた光景だろう。
▽
▽
行きは私1人が羽交い絞めにされていただけだが――
帰りは半透明のワルキューレ3体が、それぞれ人を攫ってきた状態だった。
私は慣れているのでもはや無反応だが、他2名の片方は「 凄い! 凄い! 」とはしゃぎ、もう片方は絶句していた。
「 到着ぅ~! ワルキューレ達よ、また後ですぐに喚び出すことになるのでもう送還します! 」
内側に意識を集中し、3体に帰還を命じる。
現世に具現化させている時間が短ければ短いほど――当然だが再詠唱可能待機時間も短くなる。
「 せ、聖女様! これは? 」
連れてきた2名の内、この大陸の地理にあかるい学者の男性が、興奮した様子で軽自動車を指差した――
初めて目撃する人に毎回同じ質問をされることになるのだろうが・・・これは仕方のないことなのだ。
車自体、その物を初めてその眼で見るのだ――
信じられないことに、モンスターだと思う人もいるようだし・・・
説明は必須だろう。
江戸時代――開港を求めたペリー提督の黒船を目撃した人も、最初は沖から黒い怪物が襲撃に来たと叫ぶ人もいたようだし・・・
いや、正確には知らんけど。
「 軽自動車と言いまして、解り易く言いますとですね、馬車が進化したような乗り物なんです。最大4人まで乗って移動できる乗り物なんです 」
一日に何回同じ説明をするハメになるのだろう・・・と、少々辟易しつつ答える。
「 ほへぇ~・・・移動用の乗り物ですか! 確かにすごい量の荷物を積んでますね! さ、触っても宜しいですか? 」
「 ええ、どうぞ。ただ下部は危ないのでダメですよ! 」
眼を爛々と輝かせ、まるで少年のように無邪気に――その好奇心を剥き出しにする様は、ある意味見ていて微笑ましいモノがあった。
「 おい小僧! お前は聖女様の邪魔をしにきたのかぁ! 国王様からの直々の命を遂行するため、聖女様の手足となるべくここにおるのだろうが! 」
ベタベタと無遠慮に――、軽自動車へ何枚も手形押印する学者さんを力任せに引っぺがし、胸ぐらを掴んだもう1人の職人さんが怒鳴った!
「 ガスターさん! あなたはこの神の乗り物が気にならないのですかっ! 未知なるモノに刺激されるこの好奇心こそが! 人が人たる所以なのですよぉ! 」
小僧と呼ばれた学者さんは、怒鳴られてもどこ吹く風で職人ガスターさんの腕を振り払い、ハッチバック部分に装着された小さなハシゴに手を掛け、車の上に昇ろうとしていた。
「 おい降りろっ! 昇ろうとするな! 」
ガスターさんは学者さんを引き摺り下ろしたが、即座にまた昇ろうとしたため、呆れた様子で諦めた感じだった・・・
「 もうこの阿呆は放置でいいでしょう! 聖女様、ワシは次――何をすれば宜しいでしょう? 」
「 そ、そうですね。まずは車内の荷物を半分以上ここに置いていきます。後続部隊が回収して運んでくれる手筈なので。衛兵さんたちと一緒に運び出すのを手伝ってもらえますか? 」
「 承知しました! 」
▽
学者さんは、運び出して地面に無造作に置かれていく荷物へと興味が移った様子で、「 これは! これは何ですか? この道具はどう使うのですか? 」と、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「 おいっ! お前も手伝えええ! 」
ガスターさんは終始ブチギレていたが、そもそも学者さんの手を借りずとも――衛兵さんたちの見事なバケツリレーのお陰であっという間に荷下ろしが終了した。
「 あ~ストップ! もう大丈夫です。それらは戻して下さい。それらは使うので―― 」
夥しい数の段ボールが、軽自動車の周りに置かれていた。
「 よし! とりあえずこれでいいかなぁ~。最低限の荷物だけ持って私たちだけで先行します。先に行って――基礎となる部分だけワイヤーロープを張りますので、この車で一緒に移動しましょう 」
「 うおおおぉぉぉ!! 聖女様ぁ! 僕も! 僕も乗って移動できるのですかぁ!! 」
興奮MAX状態と成り果てた学者さんの眼球は血走り――、いても立ってもいられないのか、何か踊っている様な仕草を見せていた。
無論、歓喜のダンスなのだろう。
「 ええ勿論ですよ。一緒に現地まで移動する先行組として、あなたたちを招集したのですから。尤も選んだのは私ではありませんけどね 」
「 おおおお! デュール様に感謝致します!! おお、神よ! 」
「 やれやれ、先が思いやられますなまったく・・・ 」
▽
車内ではしゃぎにはしゃぎまくる学者さんを、その都度ガスターさんが絞め上げて黙らせ――そして暫くするとまた騒ぎ出す学者さんを、ガスターさんがさらに絞めるというループだった。
馬車よりも数段速い移動速度で、尚且つ――既存の馬車に比べれば揺れがかなり少ないと言っていいレベルだ。
感動するのも無理はない。
しかもエアコンの温風まで出て、車内は快適そのものだった。
ガソリンをケチるために、エアコンは点けたくなかったが――
さすがに寒すぎた・・・
「 聖女様。この移動速度は! 牽く馬もおらず、どんな仕掛けになっておるのだ! こんな速度が可能だとは・・・これなら陽が落ちる前に到着しますぞ! 」
学者さんが終始有頂天だったため、せめて自分がしっかりせねば――と、冷静沈着を心掛けていたのだろうが、暫く走行すると流石のガスターさんも驚きを隠せない様子だった。
「 結構な安全運転してるし、それに道があまり良くないので、実は遅いくらいなんですよ! まだ時速30キロくらいの速度だし。本来ならこの倍近い速度で走るのが普通なんですよね 」
「 なっ! 倍と申されましたか? 何ということだ! おお、神よ・・・ 」
テンションは全く違うが、どうやらガスターさんも神という文言が思わず口を衝いて出たようだった。
もちろん神とはアノ人のことだろう。
「 スペアが一個あるけど、とにかくパンクしたらヤバイ事になるんで、これ以上は速度上げずに出来るだけ平坦なとこを選んで慎重に進みますね 」
「 む? ぱんく? は、はい・・・もしや、聖女様の魔法の御力で動かしておられるのですか? 」
ついに好奇心に火が点いたのか、ベタベタと窓を触りながら――流れる景色に対し奇声を発し続ける学者さんを尻目に、ガスターさんが質問を口に出し始めていた。
「 いえ違いますよー。ガソリンっていう燃料を燃やして動力にしてるんです。私はバカなのでよく解ってませんけど・・・石油っていう化石燃料の一種がありましてね。その石油を元にガソリンを精製するんだと思うんですよねー。詳しくは全然わかんないけど・・・ 」
「 ね、燃料ですか? 燃やすって――、薪とか炭くらいしか想像できませんが。う~む 」
頭を抱えナゼか悩んでいる様子のガスターさんだった。
「 まぁまぁ、細かい事は気にしないでください! とにかく我々の役目は然るべき場所に橋を架ける事ですので。ガスターさんは職人さん代表として、架橋工事の専門知識を奮って頂くために選定されたんだと思いますし―― 」
「 大変名誉なことです。身に余る光栄にございます! しかも――まさか聖女様と御一緒に工事を行う事になろうとは・・・ 」
「 あ~先に言っておきますが、私は何にも解っていませんよ? ネットの動画で一応は勉強したけど・・・どこに架けるかは学者さんと相談してから決めてもらって、こと工事に関してはガスターさんに全部丸投げですからね! 」
「 か、畏まりました―― 」
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「 残念・・・陽が落ちる前ってのは無理でしたね。ホントにココでいいのですか? 」
「 はい。この辺りが最適かと思われます――、もうこの辺りは渓谷と言うよりも峡谷と言った方がいいかもしれませんね。上流に近く谷が著しく深い分――サエスタ大橋付近に比べて対岸までの距離が若干ではありますが短いです。帝国もまさかココに橋を架けるとは夢にも思わないでしょう 」
道中でもちょくちょく仕事モードに切り変わる瞬間があり、態度が豹変することが度々あった学者さん。ココに到着する直前からは、かなり真面目な仕事モードにスイッチが入ったままになったようで、先ほどから後部座席に座る学者さんが私に指示を飛ばしていた。
「 ではこの辺りで停車しますね。時間が無いですし、光源魔法を出したままにするので作業を開始しましょう! 基礎部分だけでもやっておきたい 」
「 畏まりました 」
学者さんも職人のガスターさんも、使命感に燃えている意気軒昂な様子でやる気に満ち溢れている。勿論――、私も例外ではなかった。
光源魔法を中空にホバリングさせ、さらに車のヘッドライトで照らせば、夜の帳が下りても然程問題が生じることは無いだろう。一時間ていどならばバッテリーが上がる事はないと思うし。
このグリム原野には、食物連鎖の頂点に君臨していた巨大サソリはもういない。
サソリ型のモンスターは無数に存在するらしいが――、セルケトと同格、またはそれに近い超巨大な個体は今のところ確認されてはいないらしい。
天敵が消えたエリアの生態系が、現在どうなっているのか?
その詳細を把握している者はまだいないだろう。そもそも、まだセルケトが出没すると思い込んでいる隊商もいるのだ。
基本口コミや噂話でしか情報取得ができないこの世界では、細部にまで真実が浸透するまでかなりの時間を要することだろう。
この架橋工事――、完了するのが早ければ早いほど、今後の展開に大きく影響することは明白だ。
元の世界だろうとこっちの世界だろうと――、戦争が勃発し一番被害を被るのは、日々一生懸命生きている一般民衆だ。
民衆を守るという重責を全身で感じつつ、私たちは吊り橋を架ける作業に入るのだった。




