第90話 部品調達
~翌日~
『 おし了解じゃ! 吊り橋用のワイヤーロープ200メートル巻を三十五巻と、それを張るのに必要なアンカーと工具じゃな? あ~、それとガス欠防止のために携行缶も必要じゃな 』
「 はい! 」
『 ――組に転がっとる軽の四駆に全部積んでそのまま乗って行くわ! 金の工面にちぃと時間掛かるのと、大急ぎで車の整備もしてもらうけぇ――、夕方くらいになるかもしれんがええか? 日工製網って会社にちょっとした貸しがあるけんなぁ。掛けで売ってくれるじゃろうし、ワイヤーロープとアンカーの調達はすぐに終わると思うわ! もし在庫が無かったら、さらに遅くなるかもしれんが・・・ 』
「 はい! 明日の午前中くらいまでなら多分問題ないので! 無理言ってすみませんが――宜しくお願いします! 」
『 おう! 春乃さんの頼みなら可能な限り何でも聞くで! 遠慮せんといてくれぇ 』
「 ありがとうございます! 姫野さんも、今回は遠慮せずに国王様からってことで報酬を受け取ってくださいね! 勿論、姫野さんだけじゃなくって組の人たちの分もですけど! 」
『 はっはっ! 考えとくわ! 』
「 じゃあ、また後で! 」
『 おう! 』
購入費用は私が金貨を換金してもらって「 円 」で後払いするので、姫野さん個人や白凰組に負担してもらうのは一時的だ。しかも今回はかなり心強いことに、ライベルク国の国庫金から金貨千枚を文字通り軍資金として預かっている。
資源の流出の件がちょっと心に引っ掛かってはいるが・・・今は考えないことにしておこう。
とにかく私個人の懐は、全く痛むことはない。
「 マツさん、運転お願いできます? 」
「 勿論ですよ! 」
私は姫野さんとの通話を切り、トランシーバーとその他諸々を購入するため、マツさんと一緒にホームセンターまで出掛けることにした。
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事前にいちいち調べなかったのもあるが、トランシーバーの値段が想像していたよりも滅茶苦茶に安く衝撃を受けた。あまりにも安いので、ほぼ在庫一掃の二十セットもカートに入れてしまった・・・
アバウトな暗算だが、二十セットで17万ちょいだと思われる。さらに電池の予備が大量に欲しい。Uボルト3種類と、ナットなどを箱で何箱も大量に購入する必要がある。そして滑車と小さなゴンドラも購入するつもりだ。
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ステンレス滑車と折り畳めるゴンドラの値段がかなり高い――これは意外ではなく妥当な値段だと感じた。だが店員さんを呼んで購入意思を示す際、ちょっとだけ逡巡してしまった。
手伝ってくれている店員さんたちと私たち2人で、満載のカート四台を押してレジに到達すると――さらに複数人の店員さんが加わり甲斐甲斐しく対応してくれた。
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「 やべぇ・・・目ん玉飛び出るとは正にこのことですね 」
「 ははは! 田舎のホームセンターで、一度にこの金額を使う人はなかなかいないでしょうね! 」
延々と伸びるレシート・・・
そしてレジのデジタル表示が叩き出した金額は――、58万円を超えていた。
チリも積もればってやつで・・・ボルトとナットの在庫ギリギリまで攻める大量購入が、意外と響いている気がする。だが備えあれば患いなしだ。足りないよりは余るくらいの方が断然良い。
ってか、これだけ買ってもボルトとナットは全然足りない気がする・・・
まぁ足りない分は、あっちの世界の既存の部品を使うしか選択肢はないわけだが。
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店員さん複数人が車に積むのを手伝ってくれたのだが、お礼を言って車に乗り込んだ直後・・・
1人の男性店員が、「 噂通りの散財っぷりだね 」と――誰にともなく小声で呟いていたのをしっかり聞いてしまった。
田舎であればあるほど、噂の波及度合いは激しいと思う。
あの富豪の娘が、また何かやらかそうと大量に買い物をしていた――と、噂が拡がってしまうのだろうか?
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「 あとは姫野さんを待つだけですね。多分、姫野さん本人が運転して来てくれると思うけど 」
「 若頭にメッセージ入れて進捗状況を聞いてみましょうか? 」
マツさんはスマフォをポケットから出しながら訊ねた。
「 いえ、急かすみたいになるし、ゆっくり待ちましょう 」
「 了解です 」
まだ14時を過ぎたあたりなのだが、もう特にやることが無くなってしまった。
今後、定期的に転移できるか不明な状況になりつつあるので、高岡さんに連絡を取り、脱線事故の被害者をこの平屋に送り込むのは一時的にストップをかけている。
なので、この平屋に姫野さん以外の訪問客は誰も来ないだろう――と思っていたのだが
ピンポ~ン!
「 おっ! 若頭ですかね? 車の音しなかったけど・・・ 」
マツさんが軽快に腰を上げ、玄関へと急ぐ――
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「 あ~? フリーのライター? なんじゃそりゃあ? なんの用ならぁ! おぉ? 」
マツさんの怒号が玄関先から突然聞こえた。口に運びかけたジュースの缶を慌てて置き、私も玄関へ急ぐ――
「 ちょ! 何? どうしたの? 」
マツさんが黒縁メガネ男性の胸ぐらを掴んで凄んでいた。
「 い、いえですから――、ちょっとお話をお伺いしたいなと・・・単なる取材の申し込みです 」
「 はぁ? 取材ぃ? 何を取材するつもりじゃあコラァ! 誰からこの家を聞いて来たんじゃ?! 」
さらに激昂するマツさんが絡ませる腕を、私は引っ張るように掴んだ。
「 ちょ! 暴行で捕まりますよ? 冷静になって! いきなり喧嘩腰じゃダメでしょ! 」
その瞬間――私が移動して来たことに初めて気付いたように、マツさんは即座にハッと我に返った。
「 あ、姐さん! すんません! 」
「 あ、あねさん?? 」
黒縁メガネ男性は困惑した表情のまま――眼で私に訴えかけていた。「 助けてくれ 」と――
「 今聞こえましたが取材とは? 一体何の取材ですか? 」
まさか島内でお金を使いまくっている噂が拡がり、マスコミ系の団体を刺激してしまったのか?
それとも事故の被害者を定期的に治していることを――どこかから嗅ぎつけて来たのか?
「 安部浩二さん――、御存知ですか? 」
「 いえ知りません。初めて聞いた名前ですが 」
半分嘘で半分ホントだ。
二か月前に治した男性が、確かそんな名前だった気もする・・・
「 今年起こった九州の鹿児島本線脱線事故の負傷者で、ほぼ下半身不随だったはずの男性なんですが・・・ある日突然完治したらしく――、今では自宅で仕事もしておられる方です。その御家族からの情報なんですが、何でもこちらへ数日間宿泊した後、戻って来たら完治しており普通に歩いて戻って来たと・・・【光輪会】という宗教団体からの指示だったとか 」
「 失礼ながら、貴女たちはここにお住いの方ですか? 」
どうやら後者のようだった――
「 私はただ遊びに来てるだけですが、まぁとりあえず、ここではアレなんで中へどうぞ 」
遊びに来ている者が、室内へと誘導するのは如何なものか――と咄嗟に感じたが、つい口を衝いて出たので仕方ない。もうこのまま押し切ることにした。
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畳の部屋で、テーブルを挟んで対面して座る。
手渡されたシンプルな名刺に視線を落とすと、フリージャーナリストという文字が――デカデカと印刷してあった。
「 神代アキラ? さん。でいいのかな? 」
「 いえ、カミシロではなくコウジロです。初めまして、宜しくお願いします 」
「 コウジロさんね。まずはこちらの松川さんが失礼しました。で? 神代さんの目的を、もう一度ちゃんと説明してもらってもいいですか? 」
元々正座をしていた神代さんは、ワザとらしく腰を上げ正座し直した。
「 デジタルよりアナログに拘りがありまして 」と、はにかみながら――懐から一冊の小さな手帳を取り出した。
「 わたしは北九州在住で、事故発生当時から鹿児島本線脱線事故の取材をしております。先ほど申し上げました、被害に遭われた安部浩二さんに――当初より単独取材をさせて頂いておりました 」
「 そのインタビュー記事を随時、提携の雑誌社に寄稿していたんですが、ある日を境に取材は疎か、会うことすら断られるようになってしまいまして―― 」
「 それは気になりますね! でもこの家と何の関係が? 」
ワザとらしく聞こえなかっただろうか・・・
この神代さん、第一印象としては――かなり核心に迫っている自信を持って、意を決してここに来ている感じがする。
今現在、隣国が攻め込んで来るのがどうやら確実なため、そちらに全てのリソースを割きたい!
こんなフリーライターにかまっている暇なんて、ビタ一文ありはしない! とはいえ、今は相手の出方を見守るしかないのだが――
「 本人とは全く連絡が取れなくなって、迷惑を承知で自宅に押し掛けたりもしましてね。で――その時インターフォン越しだったんですが話すことができたんです 」
「 本人はもう何も話したくない――の一点張りで・・・どうしても納得できなくなったわたしは、安部さんの御家族に接触することにしまして 」
「 その時、「 すでに身体が完治している事実 」それから「 安部さんが入信された宗教団体の事 」を聞きまして、そしてナゼかこちらの住所のメモが書斎にあったらしく――【合宿】と称するモノに参加する為に、こちらを訪れたんじゃないか? という御家族の推測を聞きましてね 」
「 どうやら自分の身内にも内密にしていることが――、多々あるみたいなんですよね 」
「 えー? ここは松川さんの家ですが。合宿? あ~もし調べたら分かることですが、ここは一応登記上――松川さんの上司の名義になってるみたいですけどね。そうだったよね? 」
マツさんに対し、「 話し合わせろよ! 」と――アイコンタクトを送る。
「 はい。姐さんの言う通り、ここに俺は住まわせてもらってる身で――俺の所有する物件じゃない。そもそもその合宿ってのは何なんや? 」
かなり白々しい感じが漏れ出ている気がしないでもないが・・・もう貫き通すしかないだろう。
「 姐さん 」というフレーズに、かなり敏感に反応していた様子だが、今さら呼び方を変更する方が余計に怪しまれる気がする。
少し居た堪れなくなった私は、取って付けたような――微妙に逸らした質問を繰り出す。
「 下半身不随でしたっけ? そんなに簡単に治るものなのかは知りませんが、その本人も家族も――どうやって治したかは教えてくれなかったんです? 」
「 ええ、本人はとにかく「 何も話せない 」を繰り返すだけで・・・御家族にも、ナゼ治ったのかは話してくれないそうですね。とはいえ――御家族にとっても喜ぶべきめでたいことなので、最終的には――本人が言う気がないなら無理に聞き出すのはやめよう。ってことになったらしいですが 」
「 へぇ~・・・不思議な事もあるもんですねぇ~。で! この家が? その人が入信した宗教団体? の合宿所になってたんじゃないかってことで取材に来られた――と、そういうことですよね? 」
「 ええ、そうです。何か得体の知れない――何かがある! 下半身不随と言いましたが、正確には脊髄を損傷してしまい、右足はともかく――左足に関しては全く動かなかったはずなんです! それが御家族の話だと、以前と変わりなく普通に歩いていたと! 到底信じられません! だけど御家族が虚偽を言っているとも思えませんし――、そもそも虚偽をわたしに伝える必要性がありません。絶対に何か裏があります! 何か御存知でしたら、是非教えて下さい! 」
「 う~ん・・そう言われましてもねぇ~ 」
あくまでも、すっとぼける私。
神代さんは怪訝な表情を隠さず、さらに話始めた――
「 わたしも安部さんだけの特別なケースならば、ここまで躍起にはなっていなかったと思います。不治の癌だって――自然寛解と言って、極稀にですが特別な治療を何もしていなくても、不思議と完治することもあるらしいので 」
「 ですが独自に調べた結果、どうやらその宗教団体に属する事故被害者が、大勢回復しているようなんです! しかも安部さんのような神経系を痛めた人じゃなく――、欠損などの絶望的負傷であるにも関わらず全快している人が――調べただけでも最低3人! 何が起こっているのか、真実を知りたいんですよ! 」
腰を浮かせ、興奮気味につらつらと話していた神代さんは、一通り話すと落ち着いたのか――ゆっくりと座り直した。
「 そのアベってのもここには来てないし、あんたの力にはなれんな! 何かの間違いじゃあないんか? どう考えてもその可能性が高いじゃろ? こんな辺鄙な田舎の、こんな小さな家が合宿所? ・・・意味がわからんな 」
マツさんが吐き捨てるように言い放った。
神代さんはもどかしそうに拳を握りしめていたが――、ここで家主をさらに怒らせて元も子もない状態にしてしまうのを危惧したのか・・・スっと握っていた拳を下ろした。
「 わかりました。今日のところはこれで・・・貴重なお時間を取らせてしまいすみませんでした。もし何かありましたら、名刺にわたしの連絡先がありますので、何卒―― 」
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そそくさと退散する神代さんを玄関で見送り、私たち2人は――ホッと溜息を吐き胸を撫で下ろした。
「 あからさまに怪しんでたね・・・まぁ、当然って言えば当然なんだけど 」
「 す、すんません・・・つい――姐さんって呼んじまって 」
マツさんは、小刻みにペコペコと頭を下げていた。
「 いや、唐突だったから仕方ない部分もあるよ。しっかし面倒な事にならなければいいんだけどねぇ。多分――私は当分の間こっちには来れないかもしれないしね 」
「 そ、そうですね・・・ 」
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陽が落ちすっかり暗くなった19時頃――、表の砂利道に車が進入してくる音に気付き、パスタを食べる手を止め2人で表に出た。
姫野さんが乗ってきたであろうその車両は、四輪駆動の軽自動車で、異様に車高が高かった。
多分特注であろう一回りも二回りも大きなタイヤを履いているからなのだろう。
車体が妙に小さく見えてしまい、バランスが変だった・・・
だが、これなら悪路をものともしないだろう。
しかもよく見るとルーフキャリアが装着されているらしく、車の上にもかなりの量の荷物が積み重ねてあり、しっかりと縛られて固定されているようだった。
「 おう! 待たせたのぉ! 最大積載重量を余裕でオーバーしとるから、捕まりゃせんかヒヤヒヤじゃったわ。スピードも出んし、ブレーキも全然利かんしな! 」
すこぶる機嫌が良さそうな姫野さんが、車から降りてきた。
「 若頭! ご苦労様です! 」
「 お疲れ様です! すみません無理を言って―― 」
「 はっはっ! こんくらい全然無理じゃないわい! 総動員で、言われた物は全部揃えたわ! 後部座席をフラットにして積めるだけ積んで、車の上にも少し積んどる。もう1台来るけんな! 積め切れんかった分は全部そっちじゃ 」
「 ありがとうございます! とにかく中へ 」
「 おう! 」
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「 ――と言う事がありまして、高岡さんに警戒してって伝えてもらえますか? 」
「 ああ了解じゃ! そいつの名刺、ワシがもらっといてもええか? 最悪、脅しをかけて黙らせにゃあならん! 」
姫野さんは淹れたてのコーヒーを啜りながら、サラっと怖いことを口走っていた。
「 い、いや、脅したら私たちが関係あるってことを認めるようなモンだし、できるだけ穏便に・・・ 」
「 春乃さんが直接話した感じじゃと――、そいつの第一目的は何じゃと感じた? 」
「 う~ん・・・まぁカテゴリーとしてはまだ――都市伝説的なオカルト的な範疇だと思うんですよね。大怪我を治してくれる宗教団体が、九州に存在するって感じの噂があって――それを追いかけて調べてる人なんでしょうけど 」
「 う~ん、まぁあまり金銭目的な匂いはしなかったかな~? ジャーナリスト魂が疼いてるって印象でしたけどね 」
「 ほうか。それなら今は必然的に人の流れは止まるし――まだ放置でええかもなぁ 」
「 とにかく、警戒を怠らないようお願いしますね 」
「 ああ。春乃さんの邪魔をするやつはワシが許さん! こっちはワシに任せてくれぇ 」
「 ありがとうございます! 」
「 で? いつ出発するん? 」
「 そうですね。今からでもいいんですけど、めっちゃ寒いしなぁ・・・どうせ向こうもまだ夜中だろうし、ちょっと仮眠をとってから陽が昇る前の朝方に転移しようかと―― 」
「 ほうか。じゃあそれまでワシとマツで番するけぇ~、春乃さんは寝てくれぇ。マツ! 風呂の準備せえや! 」
「 は、はいっ! 」
突然命令されたマツさんがビクッと跳ね上がり、バタバタと浴室に向かって行った。
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御言葉に甘えて一番風呂をもらい、ヤクザに警護してもらいながら、羽毛布団に滑り込んで眠りに就くことにした。
明日から怒涛の日々が予想される・・・
ナゼなら、簡易的な吊り橋とはいえ――谷に橋を架けるという大役を見事全うしなければならないのだから・・




