第9話 ライベルク王国へ
無事に何事も無く森の外に出てきた。
デュランさんは男三人の腕上で完全に寝入っているような状態だ。傷は完治していると思われるが、体中が血塗れのままなので一見重篤な状態にも見える。
「 呑気に寝やがって目覚める気配すらねぇなー。しかし無駄に重いなこいつ・・・ハルノ殿と隊長の命令が無ければ、俺はぜってー付き合ってねぇぞ 」
「 す、すまないフォルカー殿。この恩は決して忘れない。ハルノさん、大隊長殿、本当に助かった。それから甘えついでに、ハルノさんには是非もうひと働きお願いしたい! 」
「 ああ、商人の息子さんでしたっけ? もちろんいいですよー! 乗り掛かった舟だし! でもいくつか魔法を試してみるだけで、治る保証なんてどこにも無いですよ? 」
「 いえ、高位の大神官以上の御力をお持ちのハルノさんならば、必ずや事態は好転すると思います! 」
カノンさんの、まるで根拠の無い期待に満ちた眼差しが――私の心にチクリと刺さった。
――治らなかったらどうしよう・・・
「 いやいや、マジで期待しないで! ――ってかアイメーヤさん! ちょっとその言い方感じ悪くないです? 」
「 え? いやいや冗談ですよ! 俺も元はハンターの端くれなんで、何となくノリで――ワザと悪態ついてみただけですよ! 」
「 心配すんなよお前たち。ハルノ殿なら何とかしてくれるはずだ! 」アイメーヤさんはそう言ってカラカラと笑っていた。
「 私はやれることをやるだけですよ。それに、情けは人の為ならずって言いますしね 」
「 え? それはどういう意味ですか? 」アイメーヤさんがキョトンとした表情で聞き返してくる。
「 人にかけた親切は、いつか回りまわって自分に返ってくるって意味ですかね? なので自分の為でもあるんですよ 」
「 なるほどー。しかしそこにたとえ打算があったとしても、人を救うことには変わりない。それを可能にする御力を持つハルノ殿は、やはり凄いですよ! 」
「 褒めても何もでませんよ? しかし確かに起きないですねデュランさん。とにかくこのまま村に運びましょうよ―― 」
▽
大所帯で村に戻った私たちは中央広場で一息ついていた。それを見つけた村長さんが慌てて駆け寄ってくる。
「 これはこれは皆さん。御一緒でしたか! なっ!? そちらの方はお怪我を? 血塗れではありませんか! 」
「 心配無用だ。傷は治っていると思うのだがな・・・しかし目覚めないのだ。もちろん息はあるのだがな 」
「 そうでしたか――もしや皆さん森に入られましたか? 」
「 ああ、色々と事情があってな。だがもう解決済だ 」
「 詮索するつもりはございませんが・・・もしや樹人族に会いましたか? 」
「 ああ、だがどうしてそんなことを聞く? 」
「 昔、森の中で息子が足を骨折しましてな。まだ幼子だったんじゃが、重度の骨折で。その時、樹人族の1体がすり寄ってきて、何やら呪いのような唸り声を上げましてな 」
「 どうやら倒れている息子に魔法をかけたようでして、息子はその後、眠るように意識を失ったんです。そしてすぐにその樹人族は、森の奥に消えていったのですが 」
「 後々冷静になって考えると、治りを早める何らかの魔法をかけられたんじゃないかと・・・と言うのも、息子はそのまま丸一日眠り続けたんですが、目覚めた後固定のために巻いていた布を剥ぎ取ると、骨折がすっかり治っておったんですよ! もしやその方も、傷を完治させようとした樹人族が魔法をかけたのでは? 」
「 ほぉ、実に興味深い話だな。ハルノ殿はどう思われますか? 」
「 う~ん、そうか・・・なるほどー! 」
「 もしかしたら状態異常回復の魔法が効果無しだったのって、そもそもバッドステータスじゃなくって、グッドステータスだからってことなのかも? 」
「 う~ん。ということは・・・デュランさんの体が完璧に元に戻れば、目覚めるってことなのかも? でも傷は完璧に治ってますよね? でも目覚めない。何でだろうね? 」
終始思案顔の大隊長さんが、「 あっ! 」と言いつつ口を開いた。
「 村長の体験談を元に考えられる可能性は・・・もしかしたら失われた血液を魔法の力を借りて体内で急激に造り出している最中なのかもしれませんよ? 傷そのものは治っていても血が足りてないって可能性はありませんかね? 造血が完了すれば魔法効果もお役御免となり、こいつは目覚めるのかもしれませんぞ? 」
「 なるほどね! 消去法でいくと確かにその線が濃厚かもなー。死なない程度に攻撃し拘束したものの、カノンさんたちが謝罪に訪れたので、治りを早める魔法をかけたとか? 」
「 しかしもし本当にそうなら・・・なんちゅー親切なモンスターなんだろうか。ねぇ、カノンさんたちもそう思うでしょ? もうあなたたちは――あの森に足を向けて眠れないんじゃないですか? 」
「 いやぁ、面目ない・・・ 」
カノンさんたちは揃って地面へと視線を落とした。
「 さて我らは王都に急がねば! いつ目覚めるのかもわからんこいつの為に、これ以上足止めを喰らうのはちょっと厳しいですな。しかしながら決定権はハルノ殿にあります。ハルノ殿がお決めになってください 」
「 ええー!? う~ん、まぁ確かに 」
「 このまま一緒に待つのもなぁ・・・じゃあさ、カノンさん一筆――紹介状的なものをしたためてもらえませんか? カノンさんたちはデュランさんが目覚めるまでここで介抱するんでしょ? 私は紹介状持参でその件の商人さん宅にお伺いして、息子さんに魔法を幾つか試してみるのでー 」
「 あ、はい! ハルノさんさえそれで良ければ・・・是非それでお願いしたい! 」
「 今はまだ受けたこの大恩を返せる術がありませんが・・・いつか必ず! 」
「 そのセリフはまだ早いですよ。その男の子に私の魔法が効くかどうかも分かりませんからねー。まぁさっきも言いましたけど色々試してみるつもりです。情けは人の為ならずですよ! 気にしないでください 」
「 恐れ入ります・・・ 」
▽
▽
▽
さらに二日を要し、中継集落を二つ経由し――王都街目前まで辿り着いたらしい。
小麦畑だと思われるが、辺り一面黄金色の穂が風になびいて波打っていた。
この付近になると街道も整備され、美しい石畳の道路が縦横無尽にはしっている。
人通りも結構激しい。だが私たちが乗っているような「 輸送車 」は皆無だった。これは騎士団専用なのか?
街道はほぼ徒歩の人たちばかりで、たまに馬車を見るていどだ。
――良かった・・・こっちの世界にも馬が! ほぼ同じサイズでちゃんといるのね。
▽
さらに進むと、ぼんやりと何やら巨大なモノが視界に飛び込んできた。
――なんだ? あの背の高い人工建造物は・・・
「 ちょ! 何? このひたすら果てしなく続く高い壁は・・・ 」
見上げるほどの高い壁が左右にひろがっている・・・
視力がそこまで良くないのもあるし、時間的に薄暗いことも手伝って、壁の左右――その先の終わりが見えない。
「 王都街を守る外周の防壁ですよ。すごいでしょ? ずっと砦に詰めてたから俺も王都街に戻るのは久しぶりで嬉しいです! 」
アイメーヤさんは誇らしげな笑みを浮かべていた。
「 い、いや――凄過ぎるでしょ・・・ 」
正に圧巻の一言だった。
あの壁の中が全部――、街?
ここに来るまで三つの小さな村に宿泊させてもらったが、規模の違いがえげつない。
やっぱりアレか?
選ばれた上流階級の者だけがあの街の中で暮らせて、それ以外の者は、あの街の外側の集落に住んでいる――とかってパターンか?
「 あの中が全部街なの? もしかして上流階級ばかりが住んでるとか? 」
「 え? いやいや! そんなことはないですよ! もちろん貴族の方が居を構えてるエリアとか内周にありますけどね。商人とかハンターたちも多く住み着いてますよ 」
――それもそうか・・・商店やいろんな施設があるはずなので上流階級ばかりのわけがない。冷静に考えれば当たり前だった。
王都は大別すると、外周エリア、内周エリア、城郭エリアに分かれているらしい。
「 とりあえず入りましょう! わたしが警備兵に話をつけてくるので暫しここでお待ちください 」
そう伝えた大隊長さんが、壁に隣接するように設置された守衛所らしき建物へと駆けていった。
▽
「 お待たせしました。では参りましょう! 」
どうやら一般の人が吸い込まれている規格外の門は使わず、別の出入口から入るようだった。