第89話 議論
「 ドノヴァン殿っ! それではまるで、聖女様が侵攻のキッカケを作ったと言わんばかりの言い草ではないかっ! 」
「 人聞きの悪いことを申されるな! そういう意図は無いっ! ただ時系列に沿って事実を申し上げたまでだ! 」
私には軍の階級などはよく解らないが――
ライベルク王国軍の元帥という――多分軍で一番偉い階級の「 ドノヴァン・ライムンドさん 」というお爺さんと、宮廷魔道士団の団長さんらしい「 オーレインさん 」という――これまたお爺さんがお互い中腰を上げて意見をぶつけ合っていた。
この円卓の席には、国の中枢を担う重鎮が勢揃いしていると思われる。
既知の顔も少なくない。
国王様とオリヴァー殿下、リディアさんに騎士団長サイファーさん、その他にも名前は知らない(もしくは思い出せない)が――、顔だけは何度か見たことのある数名が座っていた。
ドノヴァンさんは初めてお会いした気がするが、オーレインさんとは以前城内でお会いし挨拶をした記憶があった。魔法使い然とした錫杖を、城内でも所持されていたことが強く印象に残っている。
ドノヴァンさんは、バンッ! と円卓を片手で叩き付けながら立ち上がり叫んだ。
「 では逆に聞くが、オーレイン殿は聖女様が余計な事をしたと暗に心のどこかで考えているからこそ、そのような発言に繋がるのではないのか? 」
魔道士オーレインさんも即座に立ち上がり反応した。
「 それこそ人聞きの悪い! この場にいる、いやミルディア城に詰めておる者ですら気付いておらなんだ事実に気付かれ、且つ御一人で事態を収拾し、粛清まで実行され治安を取り戻してくださったのだぞ! 余計な事などと微塵も考えておらんわ! 」
私がリューステール領の混乱を鎮めたのは――単なる完全な成り行きだ。
依頼を受け現地に赴き、邪魔をする敵を排除しつつ進んだだけ・・・
その結果、暫定的ではあるが領地の治安を取り戻しただけで、私個人の推理や推察を基に事を進めたわけではない。
だが結果だけしか見ていない者からすれば、領地を救った英雄として祀り上げるのも理解はできる。
事の重大さに鑑みても、確かに英雄クラスの働きだったとは自分でも感じる。
別に調子に乗っているわけではない。
客観的に見て、自分でもそう感じるのだ。
なにせ一般の民衆には1人も被害を出さず、それどころか民衆がほぼ全く気付いていない状態のまま――事態を終息させたのだ。
その結果だけを考えれば、正に神業だろう。
もうホントにただの成り行きで、全くの行き当たりばったりだったのだが・・・
真の功労者は、アンデッドを街へ下ろさせないために孤軍奮闘していた兵士さんたちだろう。
「 まぁそう熱くならないで下さい! 私も余計な事をしたとは流石に思っておりませんが、ただ――私がもたらした事態が結果的には帝国の侵攻を早めたのは事実なんでしょう 」
私が発言し口を挟んだことにより、激昂しそうになっていた2人は溜飲を下げた様子で同時に着席した。
帝国領地と王都の間にリューステール領地が存在する。
帝国側の視点に立つと、王都に攻め込むためにはまずリューステール領を陥落する必要がある。
王都側の視点に立つと、リューステール領は王都を守る盾であり矛なわけだ――
素人の私でも、その重要拠点さはよく解る。
辺境伯の独自裁量権を認め、好き勝手やらせていたのも、この重責を担わせていたからなのだろう。
しかし突然私とリディアさんが押しかけ、結果的にだが――辺境伯も黒幕である参謀役のミルバートンも、さらには真の黒幕とも言えるデカい魔物をも全て丸ごと始末したのだ。
リューステール領の政治的部分は瓦解し、把握できないほどの大勢の兵士も一晩で失ってしまった・・・
ここ数か月であるていど元の状態に戻りつつあるらしいが、暫定執政官のパルムさんは、今一つ領内を纏めきれてはいないらしい。
帝国側にどういう感じで一連の事件が伝わっているのかは解らないが、この一度瓦解した領地が、完全に立ち直る前に叩くのが好機と考え行動に移そうとしているのだろうか?
「 密偵からの情報を精査し推測した結果、帝国が実際に軍事行動を開始するまで、十日を切っていると思われる。故に我らがすぐに準備を始め挙兵したとしても、ナミエル湖で迎撃するのは間に合わない――ということですよね? 」
空気を読んだ騎士団長サイファーさんが、仕切り直し目的なのか――改めて問題提起する。
「 そうだな。すぐに準備を始めリューステール領地でぶつかるか・・・もしくはリューステール領を見捨て、その分しっかりと準備しグリム砦を枕に原野で迎え撃つか、その二択になるだろうな 」
ドノヴァンさんが選択肢を提示し、円卓に座る全員を見渡した――
「 しかし後者の場合、準備のために見捨てると申されたが、できるだけ避難はさせるべきでしょう? とはいえあまりにも急を要し、即座に対応できる受け皿がありませんが。その辺りは如何致しましょう? 」
何の役職に就いているのかは知らないが、三十代くらいの女性が、さらに問題提起する。
ここまでは特定の数人しか発言していなかったが――
ここからは喧々諤々となり、議論が白熱の様相を呈してきた。
「 いくら何でもリューステール領の民衆を、王都で全て受け入れるなんて不可能ですな。これからすぐに伝令を送り、暫定政府が民衆を説得し、その説得がことごとく成功したと仮定して、さらにすぐに行動に移ったとしても・・・果たして間に合うのか甚だ疑問ですな 」
「 どうせ全員を救えないならば、民衆も含め全て見捨てるのも選択肢に入れるべきでは? リューステール領地は民衆も含め全て諦める。その代わり渓谷の大橋をグリム側から落とすのです! そうすれば結果的に帝国の侵攻をかなり遅らせる事ができ、我らの準備に要する時間を大幅に稼ぐ事ができるでしょう 」
「 馬鹿な! そのようなことをよくも聖女様の御前で口にできるな! 逆に感心するぞ! 臣民を見捨てる事もさることながら――、大橋を落とすなぞ! 先人たちがどのような想いであの橋を架けたと思っておるのだ! 幾ら何でも暴論が過ぎるぞ! そもそも帝国に、占領した後のリューステール領地を整える時間を与えることになってしまうではないか! なにせこちらからもおいそれとは攻め込めなくなり、奪還そのものが難しくなるのだからな! 」
「 む、確かに仰る通りですね・・・失礼しました。幾ら何でも浅慮すぎましたね。確かに奪還そのものが難しくなりますね 」
「 いや、待たれよ。民衆をとりあえずグリム原野まで避難させる事に成功したならば、橋を落とすのは妙案かもしれませんぞ? 大橋を落とし時間を稼ぎ、準備を完璧に整える。言わずもがなリューステール領都を王都攻略の為の足掛かり拠点とする時間を――帝国に対しても与えてしまうでしょうがね 」
「 いや、貴殿も何を同じことを言っておられるのか? 確かに向こうからも攻めにくくなるだろうが、こちらからも攻め込むのが難しくなる! 膠着状態を良しとするならばそれでも良いのかもしれぬが、根本的な解決が遠のくだけだろう? 」
「 ええ、そこで橋をもう一つ架けるのですよ。無論、秘密裏に・・・ 」
「 いやいや! あの大渓谷に橋を架けるのが、どれほど大変な事柄か――解っておられぬわけではないでしょう? 」
「 そうですね。従来の我々だけでは、いくらなんでも時間が無さ過ぎて困難を極めるでしょうね。この場に間者が居ないと信じ意見を述べますが――、もし空を飛び、数十本の縄を対岸へと即座に渡すことが可能で、足場を形成することが比較的容易にできたなら? その場合はどうです? 」
「 え? 」
ハタと気付くと、全員が私に視線を集中させていた――
「 へ? 何? 私何も言ってないけど 」
正直私は――議論が紛糾し始めた時点で、内容をあまり聞いてはいなかった・・・
「 ドノヴァンどの 」って、上から読んでも下から読んでも「 ドノヴァンどの 」だなぁ~、とか考えていたていどだった・・・
芋ジャーを着てポテチをバリバリと食べながらこの場に座っているのが――あまりにも場違いだ。
元の日本だとあり得ない状況だろう。
たとえば会社の役員が勢揃いしている会議場で、役員でもない社員の女が同席し、ジャージ姿でお菓子を頬張っている! どう考えてもあり得ない絵面だ。
本来なら私もあるていど正装し、この場に座るのが礼儀であり常識なのだろう。
だが、私はもう自然体で過ごすことに決めたのだ。
嘗めているわけでは決してない――
ただ、自然体で生活したいだけだ。
国王様や殿下に対しては勿論だが、この場に座る全員に対し、私は敬意を持っている。
だが――必要以上に畏まることはもう止めたのだ。
願わくば、逆に私に対しても必要以上に畏まらないで欲しい、という想いも込めている。
結局「 カッコつけていない人 」が、一番「 カッコいい人 」なのだ!
この持論は曲げない。
つい最近テレビで――、ジルコニアを入れ不自然な白さの歯並びを垣間見せ、ブランド物の洋服で身を包み、自分に酔っている発言を繰り返し、カッコつけまくっている女性芸能人を見た時、私は心底カッコ悪いと感じたのだ。
やはり、人間は自然体が一番良い。
だが、たまに呆けているのが私の自然体だと言っても・・・流石にこの場で話を聞いていなかったことに対する言い訳にはならない。
「 ご、ごめんなさい! あんまり聞いてなかったです・・・ 」
正直に伝えると――騎士団長サイファーさんだけが、「 はっはっはっ! 」と大笑いをしていた。
「 嬢ちゃんに、大渓谷に大橋を架ける手伝いをしてほしい――という意見が出たんだよ。それからこれは俺の意見だが、ついでに民衆の避難の説得も嬢ちゃんが空を飛びながら行えば、一発で成功すると思うんだけどな! 」
「 え? ごめんなさい。最初から解るように説明してもらってもいいですか? すみませんホントに・・・ 」




