第88話 兆候
やはりここに出現した。
王都街をグルっと囲む巨大防壁の――すぐ外側の草原エリアだ。
陽はまだ高く、直視するとかなり眩しかった。
「 リディアさんごめんね。結局二人きりにはあまりなれなかったね 」
「 いえ、とても楽しかったです! 言葉の壁はありますが、あちらの方たちは誰もかれも親切で優しいですね。平和な世界を享受し安穏としていて――、そういった方たちを眺めているだけで、癒された思いです 」
「 そう? なら良かったけど・・・ 」
「 それに、こちらの世界には無い文明の産物がとても刺激的でした。あのシャワーと呼ばれる水が自動で吹き出す道具や、トイレにしても小さな突起を押すだけであれほどの水流を生みだしたり、車に関してはもはや理解し難いパワーとスピードで――正直乗っていても走っている車を眺めるだけでも、少し怖かったですね・・・ 」
「 私から見ればこっちの世界もかなり凄いけどね・・・魔法が普通に存在してる世界って、確かに使える人は少ないのかもだけど――やっぱ魔法って凄い力だよ。あ~こんな風に言うと、なんだか自画自賛してる感じになっちゃうけど。私のは厳密には魔法じゃないからね! 私のはデュールさんが埋め込んだ、単なる――そう、ゲームなんかで言うところの単なる技能みたいなモノだからね 」
「 技能? でございますか? 」
怪訝な表情だった。
リディアさんにとっては初めて聞く単語だったのか?
いまいちこの言語システムが理解できない。
「 さて・・・とにかく街に入りたいけど、とりあえずこの大量の荷物を運びましょうかね。ちょっと見てるだけでも気が滅入るけど 」
転移の際、どうやら物体に関してはその大小に関わらず――私の身体が僅かでも触れてさえいれば一緒に飛べるようだ。
勿論、間接的に触れているだけでいいらしい。
微かでも触れてさえいれば、何も問題無く一緒に転移するシステムだと思う。
今回はとある個人商店で、帆布と呼ばれる――ヨット船の帆などに使われる布を六メートル四方で一枚購入した。
目的は、大量の荷物をその拡げた布の上に積み重ね、風呂敷の要領で全てを飲み込むように包むためだ。
そして、一部を除く荷物を全て飲み込んだその巨大な帆布風呂敷の端を――私が指でちょいと摘まみながら転移魔法を唱えるのだ。
対象が生命体の場合は(まだ人間しか試していないが)、私の半径数メートル以内に入ってさえいれば問答無用で巻き込まれ、一緒に転移するのだと思う。
初回時、姫野さんが範囲内にいたにも関わらず、ウィン大陸に飛ばなかったのは――もしかしたら行き来できるのはウィン大陸側の人間だけなのかもしれない。
もしくは時間切れによる強制転移だったため、単純に転移対象ではなかったか・・・
その辺りは検証自体をしていないので――ハッキリとは判らない。
もしかしたら私が気付いていないだけで、たとえば小さな虫などが一緒に転移している可能性は否めない。
その場合、生態系にどういった影響があるのか全く予測はできない。
広島近辺や周防大島内で、今までにまだ発見されていない――たとえば「 新種の蟻 」などが発見されたら、もしかしたらソレを持ち込んだのは私かもしれない・・・
まぁそこまで細かく気にしていたら何も実行できないので、考えないようにしようと思う。
「 また鋼鉄ゴーレムを召喚かな~・・・意外とまとまってるし。鋼鉄ゴーレムなら余裕で運べそうな気がする 」
▽
二台の長台車に、それぞれ20ケースずつ缶詰のケースを積んでいる。
私とリディアさんはそれをゴロゴロと押しながら徒歩で移動し、残りの荷物を包んだ帆布は、鋼鉄ゴーレムが肩から背中に背負って――ドスンドスンと地響きを立てながら運ぶ。
結局――金物商品は、店内と裏の倉庫の中から搔き集めても、私が希望する物品は120万円分しかなかったのだ。
もはや数えるのが億劫なので、正確な数は把握していないが――夥しい数の取っ手の付いた鍋、フライパン、工具類、スコップや小振りのシャベル、釘やネジ等をケースで何箱も購入した。
お金が余ったのでその後ホームセンターへ赴き、「 点火王 」という商品名の柄の長い使い切りタイプの多目的ライターを六百個購入した。値段は六百個で約20万円ちょいだ。
在庫も含め六百個ほどはあると思います――と返事をした店員さんに対し、「 じゃあ、その六百個全部ください 」と真顔で伝えた後の――店員さんのあの驚愕した表情は、まるでギャグ漫画の一コマの様で、未だに何度思い返しても笑ってしまう。
さらに余った最後のお金で、「 ポータブル電源 」を一つだけ念の為に購入しておいた。
スマフォに関してはこれ以上さすがに検証自体が必要無い・・・と言うかすでに無駄だと判断したので――もうウィン大陸にいる間は、スマフォの電源はオフにすることにした。
なので、スマフォの充電に使うことは少ないかもしれない。
使うとすれば――電動アシスト付き自転車のバッテリーをフル充電するために使うだろう。
とにかく備えあれば患いなしってやつだ。
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ひぃひぃと呻きながら台車を転がす私とは対照的に、やはり基礎体力が私とは歴然の差があるのだろうか――リディアさんは平然と台車を押していた。
そして少し後方に位置し、あえてゆっくり悠然と歩を進める鋼鉄ゴーレム。
大門に近づくと、昼間ということも手伝ってか――大勢の人たちが出迎えてくれた。
今回は召喚に運ばせるだけではなく、私たち自身も荷物を運んでいることが一目瞭然だったせいか、予想通り大門警備の兵士さんが数名――すぐさま駆け寄って来た。
「 聖女様! お荷物は我々がお運び致しますので! 」
「 え? いいんですか? 霊薬の交換所まで運びますので結構距離がありますよ? 」
「 お任せください! 」
どうやら覚悟の上なのだろう。
私の役に立つためならば――この王国の兵士さんは、ある程度のことなら何でも肩代わりしてくれるだろう。私のためにって言うよりは、デュールさんへの信仰心なんだろうけど・・・
明日からのことを考え甘えることにした。
明日からは少しだけ商売っ気を出し商品を売ろう。
特に缶詰と多目的ライターは、ハンター相手には飛ぶように売れるかもしれない!
数名の兵士さんは、どこか誇らしく長台車をゴロゴロと転がしていた。
私はその背中を眺めながら、明日からのルーティーンを思い浮かべ気を引き締めたのだった――
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~約四か月後(元の地球時間換算)~
ここ数か月間は、判で押したような日々を送っていた。
三日おきに元の地球へ飛び、丸々二日間だけ滞在し――あちらで私を待っている事故被害者がいた場合、その人を治療する。
そして残りの時間で島内を廻り、できるだけ個人のお店で品物を仕入れる。
比較的大型のスーパーなどでも缶詰や日用品を仕入れ――こちらへ戻るといった流れの日々だった。
どうやら周防大島内でも――私は有名になりつつあるとのことだった。
定期的に大量の品物を買い付け、外国に支援物資として送っているらしい――との噂が急速に広まっているらしい。
さらに付け足すと、私はどこぞの富裕層で、たまに支援先の外国人も島内に招いている――という噂もあるようだ。
リディアさんやオリヴァー殿下をたまに連れて行っているので、至極当然な方向の噂だった。
とにかく、今のところ不審には思われていない印象だった。
噂話好きな島民の脳内設定的には、富豪の娘が道楽でボランティアをしている。
ある程度――そんな感じで固まったのかもしれない。
と言うのも、金持ちの道楽で海外支援ボランティアをしている偽善者だ。と揶揄する人も少なからず存在するらしいのだ。
正直どう思われようがどうでもいい。
立派だと賞賛されようが、偽善者だと罵られようが、本当に心底どうでもいいのだ・・・
始まりは自己満足だったのかもしれないが――、真に救済が必要な人を、私は着実に救済している自負があった。
故に、真の事情を欠片も知り得ることができない赤の他人から――どんな批評を受けようとも正直どうでもいいのだ。
▽
本日は惰眠を貪ってしまい、治療院に出勤したのはお昼を軽く回った辺りだった。
リディアさんは数日前に王宮から呼び出しが掛かり、未だ不在だ。
ほぼ脳死状態のまま――日課の霊薬製作に取り掛かろうとした直後・・・
この治療院の責任者であるヒルダさんの足音だろう――
廊下を駆けてくる騒々しい物音が響いた。
「 ハルノ様! 失礼します! 」
ノックと同時に私の承諾も待たず――勢いよく扉が開かれる。
振り返ると、やはりヒルダさんだった。
この焦った表情から察するに・・・またオリヴァー殿下が、アポも取らずに突然訪問したのかもしれない。まぁ王族なのだから、アポなんて取る必要は本来無いわけだが・・・
「 また殿下ですか? 」
私の顔には「 やれやれ・・・ 」と書いてある様な――あからさまな落胆が浮かび上がっていたと思う。
「 いえ、王宮からの伝令の方です。勅書をお持ちで 」
「 勅書? あー国王様の下達をしたためてある文書ってことですか? 」
「 その通りです! お呼びしても? 」
――何をそんなに緊張しているのだろうか?
――あ~あれか? 国王様の勅書がそこにあるってことは、国王様がそこにいるってこととほぼ同義だからなのか?
「 勿論、断る理由がありませんし 」
▽
「 ハルノ様! 御尊顔を拝し恐悦至極に存じます! 突然の来訪どうかお許しください! 」
王国の紋章を付けている軽装鎧の外観を見るに――ただの一兵卒ではなく、かなりの上級兵士なのだろう。
「 失礼します 」と言いつつ、製作部屋に入るなり片膝を突き――あまりにも堅い口上を並べ頭を垂れていた。
「 本来ならば国王陛下の名代として、わたくしが読み上げるべきですが――主神デュール様の名代であらせられるハルノ様の御前ではあまりにも無礼千万! どうかこちらを・・・ 」
そう言いつつ――書状を丸めて入れてあるのであろう筒を、両手で支え大事そうに眼前へ差し出した。
――自分で読めってことか?
「 い、いや、めっちゃ堅いな! もっとフランクな感じでお願いしたいですが・・・それと残念ながら私はこの国の文字が読めないんですよ。なので遠慮なく代わりに読んで頂きたいのですが 」
「 さ、左様でございましたか・・・そういうことならば失礼しまして 」
▽
▽
心底、溜め息しか出なかった。
とどのつまりは――明日、緊急の軍議を開くので私にも参加してほしい。と、ただそれだけの内容だった。
わざわざそれだけの事柄を伝えるためだけに、格式ばった堅苦しい手順を踏むのは止めてほしいものだ。
殿下は言うまでもないが、すでに国王陛下ともかなりフランクな関係性を構築している自信はある。
にもかかわらず、この様な暑苦しい手順をあえて踏んだということは・・・
それだけその緊急の軍議とやらに、国の重鎮やらお歴々がこぞって着席する予定なのかもしれない。
――軍議? 軍を動かす? もしかして・・・私を旗印にして戦争でもおっぱじめる気なのか?
「 う~ん、軍議? ですか? ・・・議題となる事柄が、武力サイドって意味ですよね? ナゼ私が出席? 私はこの国の兵になったつもりはありませんが 」
「 お、畏れながら! ハルノ様はライベルク王国を導き照らす光そのものでございます! 何卒愚かな我らに御神託を・・・ 」
――ダ、ダメだ・・・会話が全く成立していない。
「 ん~・・・まぁとにかく了解しました。では明日、空から向かいますかね 」
▽
▽
纏う鎧も含め全てが半透明なワルキューレ三体が、それぞれ両腕を変形させ、上からママチャリを吊り下げた状態で飛行する。
私はママチャリに跨って凍えていた。
上下【芋ジャージ】を着てダウンジャケットで上半身を固め、さらに防寒用の毛布に包まってはいるが――ここまでやっても滅茶苦茶に寒い!
――次に仕入れるアイテムは、「 貼るカイロ 」にしよう。またしてもバカ売れしそう!
シャルディア城中層の中庭に着陸する。
城内に駐留する大勢の兵士さんが、降りるべきポイントへと誘導してくれていた。
寒風吹きすさぶ中庭には――兵士さんだけでなく、チラホラと貴族っぽい人も散見される。
ただ私が降り立っただけで大歓声が巻き起こり、異様に沸いているこの雰囲気が――どこか不気味さすら覚えるほどだった。
降り立った私に向かって――群衆の中から法衣にも似たポンチョの様な布を被った2人のおっさんが、小走りで駆け寄って来る。
「 ハルノ様! よくぞおいでくださいました! ささっどうぞ、どうぞこちらへ! 」
2人のおっさんに促されるまま、私はママチャリを置き去りにして城内へと進んだ。
▽
初めて足を踏み入れるエリアだった。
もはや全てが顔パスで、王都内はおろか城内をも縦横無尽に探索できる私にも、まだまだ確認できていないエリアはある。
いや、むしろ足を踏み入れたことがないエリアの方がまだまだ広いのかもしれない。
「 どうぞ、こちらでございます! 」
巨大な防御塔を二つ有する北側の崖に沿って建設された一角に、軍議とやらに使う部屋があった。
観音開き扉を――2人のおっさんが左右それぞれに分かれてゆっくりと開けてくれる。
微かな陽が射し込むその部屋には――巨大な円卓が設置してあった。
王国の政治を司る主要な人物であろう男女が、等間隔にグルリとその円卓を囲んで直立していた。
部屋に足を踏み入れた芋ジャージの私に対し、その者たち全員から視線が注がれ、まるで誰かが合図を出したかの如く一斉に頭を下げてきた。
国王陛下の左にはオリヴァー殿下、右にはリディアさんが立っていた。
「 リディアさん! なかなか戻って来ないと思ったら、この集まりのために呼ばれてたんですね 」
「 はい! ご連絡が遅れ申し訳ございません! 」
「 いや、謝らなくても大丈夫よ! 」
私は国王陛下を真っすぐに見据えた。
「 で――陛下。一体何なんですかね? この物々しい集まりは。私が参加する意味はあるのですか? 何を会議するのか聞いてないんですけど 」
「 ハルノ殿。登城して頂きまして、まずはありがとうございます。この円卓では上座も下座もございません。この場では――ハルノ殿が日頃から提唱しておられる公平無私が存在しております。我々の忌憚のない提案を、是非ともデュール様の使徒様としての御立場で傾聴して頂き、その上で出来ればご意見を賜りたいと存じます! 」
「 議題ですが――、我が領土への侵略の兆候が発現したバレス帝国に対する武力行使についてでございます 」
「 え? マジで? まさか本当に戦争おっぱじめるおつもり? 」
軍議と聞いていたので、まさかとは思ったが・・・
これは、なかなかにキナ臭くなってきたな。




