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第87話 宗教法人

「 え? 宗教法人? 何言ってんの? 」


 高岡さんは真顔だった。

 冗談で戯言を吐いているわけではなさそうなのは、一目瞭然だ。

 私を宗教者と定め、高岡さんたちが信者になると言い出したのだ。


「 ちょ、いやいや宗教って! そもそも私は無神論者ですよ? とある人から聞いた話だと確かに神は存在するらしいけど、辺境惑星の生命体のことなんぞ気にも留めてないらしいよ? 私たちの想像を遥かに超越した次元に存在はしているらしい。でもあまりに高次元にいる為、全く交わることのない存在らしいよ? それが本当の神の正体・・・ 」


 そうデュールさんは確かに言った。

 そもそもデュールさん自身がかなり高次元の存在だが、そのデュールさんすら本当の神様には会ったこともないらしい。

 薄っすらと存在を感じることができるだけみたいだ。

 オリヴァー殿下風に言うならば――、神様からすれば私たちなんて塵芥(ちりあくた)・・・いや、それ以下だ。


「 いえ、本当ん神様なんて関係なかとです。いくら祈ったっちゃ通じん神様なんて、いてもいなくても同じばい。わたしたちにとっては春乃さんこそ神そのものです! 人智を超える能力(ちから)で絶対に元通りにはならんはずのこん傷ば、全く違和感が無か状態にまで治してくれました。こん地球上にこんな奇跡ば起こせる存在は春乃さんばおいて他にはおらん! 断言できます! 」


 鬼気迫る雰囲気を纏い、言葉に熱を帯び始めた高岡さんの頬はほんのりと紅潮していた。


「 いやいや、ちょっと落ち着いて! 確かにとんでもない超能力だとは自分でも思うけど。いきなり神様ってのは飛躍しすぎだよ! 私のベースは普通の人間だし、自慢じゃないけど頭もかなり悪いよ? それに魔法障壁を全部消せば簡単に殺せる矮小な存在だよ? そもそもさ、私を教祖にして宗教団体を作る目的は何? 」


 左右後方に伊藤さんと佐伯さんを従えた高岡さんは、ずいっとテーブルに身を寄せ乗り出しつつ切り出した。


「 勿論、春乃さんば支援する為です! 今後、救済活動ば成される折にはまずわたしたちが率先して動き、春乃さんのお手間を少しでも省く事ができればと! 」


「 いや支援してくれるのは助かるけど、わざわざ宗教法人なんて設立すんのはやり過ぎだと思うよ? 」


「 そうでしょうか? 信じる者の心の()り所は必須やて考えとーと。これから救済される人たちが信者として増えることば予想すると、やっぱりあるていどの枠組みは必要です! 宗教法人団体て言うたっちゃ特殊な活動ばするわけやなかです。春乃さんの支援に特化した団体ばい。まず姫野さんば理事とし普段は責任役員としてリーダシップを発揮して頂きます。春乃さんにはご都合ん良か時にご挨拶ば頂くていどで問題はなかかて思います! 」


 姫野さんを一瞥(いちべつ)すると、満更でもない顔つきで小刻みに「 うんうん 」と頷いていた。


「 え? 姫野さんも承諾済みぃ? 」


 もちろん! と頷きながら、腕組みを静かに解いた。


「 え? マジで? いや、姫野さんやマツさんが怒るのを承知の上で言うんだけどさ・・・私のような得体の知れない、もしかしたらこっちの世界じゃ死亡してる事になってるかもしれない人間を教祖に据えて、さらには運営のトップに現役の極道(ヤクザ)が就いてるって! もうそれ――まごうことなきカルト宗教やんか・・・何も知らない外部の人たちは、間違いなく新進気鋭のカルト宗教が発足したと判断するんじゃないの? 」


「 それで良かです! それが一番の狙いでもあるけん! 」


 高岡さんは自信満々な笑みを浮かべながら、両の掌を組み合わせしっかりと二度頷いた。


「 はいぃ? どーゆーことですか? 」


「 春乃さんという超常の存在の支援ばしつつ御護りする為には、あるていど世間から白か目で見られるくらいん団体の方が都合が良かっちゃ。真の理解ば得た者だけで構成されるべきなのです。そしてそういった者たちだけが――春乃さんからの恩恵ば受けるべきやて考えとーと! 」


 ――なんだ? この圧倒的な説得力は・・・

「 なるほど! 」と、素直に感じてしまった自分に気づきハッとする。


 確かに・・・私の能力(ちから)を身をもって体験した人たちだけで構成される団体ならば――、これ以上ない結束力が期待できる。


 今後、私からの治癒や状態異常回復、さらに――場合によっては蘇生なんて恩恵もあり得るわけだ。

 そんな想像を絶する恩恵をふいにしてまで、自身の利益を優先し、たとえば私の情報をどこかに売るだとか仲間を売るだとかって行為は――まずしないだろう。

 本来得られる絶大な恩恵を今後一切受けられなくなる事を考えると、不義理を実行する者はまずいないはずだ。

 

 この思考パターン。向こうの世界でもあったような・・・気のせいか?


「 でも拠点はどこにすんの? 資金は? まさか白凰組が出してくれるとか? ってか、それぞれ仕事とかどーすんの? 」


「 教団施設は被害者が多数存在する地元福岡県で考えとります。資金は純粋に献金に頼るところが大きかですが、まずこちらの佐伯さんが、支度金として三億円出してくれるけん! 」


「 はぁ? 三億ぅう? はぁ? え? 三億って・・・あの三億円よね? 」


「 あの 」って何の「 あの 」なんだ? と――、心の中で自分自身にツッコミを入れた。


「 はい! こちらの佐伯さんは地元では有名な資産家でいらっしゃって、月々ん家賃収入だけで凄か金額になっとーと。しかも決してそれを鼻にかけとられん人格者でもあって、質素倹約ば心掛けておられます。でもあん時はそれが災いして――倹約の為に電車移動ば選ばれとったらしかっちゃけど・・・ 」


「 なるほど・・え? 佐伯さん本当にそんなに沢山――、本当に献金するおつもり? 」


 高岡さんの後ろに控える、つい先ほどまで下半身不随だった人間とは思えないほどの――お手本のような正座を見せる女性が畳に片手を突き、ズイっと前に出てきた。


「 ええ、そうです。当初はお嬢さんの白魚の手を見せられても――元々無傷だっただけの話で、言葉巧みに伊藤君が騙されているだけだと思っておりました。山口からこちらへ移動する車両も、失礼ながら反社会的な方が運転手だったので、もうこれは間違いなく何らかの詐欺だと・・・録音し、いつでも110番をかける準備をしていたくらいでしたが 」


「 ま、まぁ、それが普通の反応だとは私も思いますよ 」


「 しかも車内の会話はとても信じられないような――空想の世界の話で・・・高岡お嬢さんも、この反社会的な方々から洗脳されているのではないかと。そこまで考えを巡らせておりましたが。まさか全部真実だったとは・・・ 」

「 高岡お嬢さんには、本当に全てお嬢さんの言う通りの奇跡を起こせる人物なら、幾らでも喜んでお金は出します――と、お約束しましたので。この身体が本当に治るなら、幾らでも出しますと 」


「 いや、待った! それってつまり――絶対不可能だと思ったからどうせ実現しないと確信したからこそ、二つ返事でとりあえず承諾したってことでしょ? そんなの流石に無効でしょ? 」

 ナゼか深々と頭を下げる佐伯さんの言葉を遮り、私が待ったをかけた。


「 いえ、全く信じていなかったわけでもないんです。話せば長くなりますが、伊藤君が信じるなら、私も信じてみようかと思ったんです。僅かではありますがね。それにもう腹を(くく)っておりましたので。この歳になれば怖いモノもありませんからね 」


 そう言いながらニコっと微笑むご婦人に対し、私が返した笑顔は、完全に引き()っていたと思う。


「 ってか拠点が福岡って! 姫野さんが理事って! どうすんの? 姫野さん福岡に引っ越すの? 」


「 はっはっは! いや引っ越しはせんよ。全部リモートでええじゃろぉ。まぁ特に重要な案件だけは、春乃さんが最終的な意思決定をすることになると思うけん。その為にワシが間に()むだけの話じゃなぁ 」


          ▽


          ▽


 結局、承認してしまった・・・


 その代わり私への報酬はゼロ。

 姫野さんへの役員報酬も、必要経費以外はゼロにするという大前提だ。


 報酬として金銭を受け取ってしまっては、最初に掲げた私の理念に反することになる。


 実質的に高岡さんが矢面に立つ立場になるのかもしれない。

 実質的な運営も高岡さんの意思が大きく関わってくるだろう。やろうと思えば、私腹を肥やすこともできる立場になるのだろうが、高岡さんならば任せても大丈夫だろう。

 私は愚かで無知な人間だが――、人を見る目だけはある。


「 では、まだまだ存在する後遺症に苦しむ人たちば説得して、こちらへ送ります。春乃さんが定期的にこちらへ来られるまでこん家に宿泊してもらい、治癒ば受けるという流れで宜しいでしょうか? 」


「 ええ、それで構いませんよ。ですが――くれぐれも気を付けてくださいね。治った人が増えれば増えるほど、情報というのはどこかから必ず洩れるものですから・・・たとえ当事者が完璧に秘密を守っても、その家族や近親者から必ず洩れると思う。人の口には戸が立てられないので・・・ 」


「 はい。承知しとります! そん為の教団設立でもありますので! 」


          ▽


          ▽


          ▽


 ~翌日、午前~


 私たちはマツさんに車を出してもらい、周防大島のスーパーマーケット「 中央フード 」に到着した。


 姫野さんは新岩国駅まで3人を送り――自身も広島へ戻るために、昨日話がまとまった後すぐに出発したのだった。

 家を出る直前に、金貨を換金した現金214万円を置いて行ってくれた。


 さらにとりあえずの謝礼だと言って、佐伯さんと伊藤さんの連盟という名目で、佐伯さんが現金500万円を無理やり置いていった・・・


 あれほど報酬は受け取らないと言ったにもかかわらず、テーブルの上に無造作に置かれ、突っ返しても頑として受け取ってくれなかった・・・しかも、まるで逆ギレしたかのように。

 正直おばさんの扱いには慣れていないので、成り行き上――不本意ながら受け取ってしまった形になってしまった。


 仕方がないので、とりあえず暫定的にではあるが――この平屋のとある場所に隠してある。


「 姐さん。マジで缶詰を全部買い占めるおつもりで? 」


「 ええ、一個一個が小さいので――ケースで買ってもこの車で運ぶなら問題ないし、向こうでは携帯食料は重宝されますからね! しかも開けない限り賞味期限が二年とか三年でしょ? 向こうの人々からすれば、もうそれ自体が魔法みたいなモノですからね。バカ売れすると思うんですよね 」


「 なるほど! 確かにそうですね! このハイエースなら相当な量が運べますよ 」


          ▽


「 は? え? 全部って・・・在庫も含め全部? で、ございますか? 」


 誰が見ても明らかに困惑した表情を浮かべ、スーパーの店員のおじさんが言葉を詰まらせていた。


「 おう! この店にある缶詰全部じゃ! モモ缶からミカンの缶詰やら焼き鳥や魚の缶詰やら、種類は問わん、全部じゃ! 」


 マツさんは少々高圧的な態度で懐から札束を一つだし、冗談ではなく本当に買うという意思を見せた。


「 しょ、少々お待ちください! 」


 そう言って――店員のおじさんは慌ててバックヤードに突入して行った。


          ▽


          ▽


 応対がスーパーの店長に代わり、そこからはスムーズに進んだ。

 と言っても、すでに三十分以上が経過している・・・


「 ご、515020円です・・・ 」


 結局かき集めても141ケースとのことだった。

 ケースによって24缶入りや12缶入りと様々なので――総個数は把握できていない。当たり前だが種類によって値段も様々だ。


 ハイエースというワゴンタイプ車に積めるから問題ないと伝え、数名積み込みを手伝って欲しいとお願いしたのだが、住所を伝えると――店の2トンショート車で配送してくれるとのことだった。

 私の勝手な想定ではあるが、この時間帯ならまださして忙しくはないだろうと考えていた。

 店が暇な時間帯に来店し、できるだけ迷惑の掛からないように――と、配慮したつもりだった。

 だが無料で配送してくれるならそれに越したことはない。お店側もあるていど自分たちの都合で動けるのだろうし、その方が逆に迷惑が掛からないのかもしれない。


「 では遅くなっても構いませんので、本日中に配送をお願いします! あっ! あと長台車のような物があれば、それも売っていただきたいのですが―― 」


 そう伝えると、店長さんは少し困惑の表情を浮かべた。


「 う~ん・・・売り物じゃないんですけど、バックヤードに取っ手が取り外し可能な長台車がありますのでそれでも良ければ。数自体は余り気味なので 」


「 それで構いません。何万円くらいですかね? 」


「 う~ん。勿論中古なので――1万円で結構ですよ 」


「 ありがとうございます! では二台もらえますか? 2万円で 」


「 か、畏まりました・・・ 」


          ▽


 次は、寂れた商店街にある――個人が経営しているであろう金物屋に向かった。


 ド田舎の島とは言え、本土と陸路で繋がっている大橋エリア付近は想像以上に栄えている。


 一通りの商業施設があり、普通に暮らすだけなら――島を一歩も出なくてもあるていどの品物は手に入る。


 全国的な大手運送会社の営業所もある。

 当たり前の事だが――そもそも通販を活用すれば、手に入らない物などないだろう。


 私も全て通販を活用し、あの平屋に全て届けてもらえればかなり楽だ。

 サイトを閲覧(えつらん)し、ポチポチ押せばいいだけだし。

 勿論、一部配送料や代引き手数料が余計に掛かってしまうという金銭的デメリットはあるが。


 だが、できるだけこの島にお金を落としたい。

 そしてあるていどの規模のショッピングセンターとかではなく、失礼ながらこういった寂れてしまった商店街のお店をできるだけ活用したい。


「 調理器具が必要なんです? 姐さんも向こうでは御自分で炊事とかされるんですか? 」


「 いえ、売るためですよ! 向こうの調理器具ってかなり粗末な物が多くて、現代日本の品物なら耐久性も申し分ないし、需要あるかなって思って 」


「 なるほど! 」


          ▽


「 御免ください~ 」


「 はいはい~ 」

 店内に入ると、高齢の御夫婦が――奥から暖簾(のれん)を掻き分け仲良く出てきた。


 私たちを確認すると、明らかにギョッとしていた。


 マツさんの外見はそこまで威圧的ではないため、どちらかと言うと――外国人のリディアさんに対してビックリしたのだろう。


「 あら~、外国の人もおるん~? こんなほーとくない(汚い)店に何の用なん? 」


「 鍋やフライパン、あとスコップやシャベル、(くわ)や鎌、釘やボルトナット、ドライバー等の工具、バランスよく150万円分ほど売って頂きたいんですけど! 」


 私の申し出を聞いた御夫婦は、目を丸くして絶句していた。


「 はぁ? 150万円分? 150万円? 」


「 そうです。一万円が150枚です! どうせお金を使うなら、とある強いご縁がある――この島の個人商店で使いたいと思って! こちらで購入した品物は、こちらの外国の方の母国に送って便利に使ってもらうためなんです! 」


 やはり嘘も方便だ。

 誰も傷つかない嘘なら問題はないはずだ・・・多分――


「 おお! なるほどのぉ! 国際的なボランティアか何かかい! お若いのに見上げたもんじゃあ! そういう事なら、ワシらも喜んで協力するでぇ! 」


 おじいさんの表情には目に見えて活力が宿り、おばあさんと一緒に手を取り合って喜んでいた。

 微笑ましい光景だった。マツさんとリディアさんはかなりほっこりとした様子で、自然と笑みが漏れていたのだった。


 だが私は――ボランティアと偽り、自身の商売のためにこの老夫婦を騙している罪悪感で、チクっと胸が痛んだのだった。

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