第85話 庭付き一戸建て
私たちは拠点まで戻った後――、付近のエミル草採集を主な生業としている村に入った。
もちろん殿下の身分は隠してある。
軍の訓練目的で森に入るため立ち寄った――という体にしてある。
村の中央広場を半ば強引に占領し、私とリディアさん、そして殿下と組合長で椅子とテーブルを設置し、紅茶を淹れ飲んでいた。
陽は少しだけ傾いている。外気は冷たく、かなり肌寒い。
「 道中、散々話し合っておいてアレですが・・・もう一度だけ整理しよう 」
「 はい 」
リディアさんが即答する。
「 つまりあの亡霊アズールは、武人としての最後を迎えるために手当たり次第に勝負を申し込んでいたわけじゃなくって・・・何者かは知らないけど、モンド寺院の地下にいるヤツを斃せる逸材を選別するために勝負を申し込んでいた――と、ここまではいいよね? 」
「 はい 」
またしてもリディアさんのみが返答する。
殿下と組合長は腕組みをしたまま、紅茶にも口を付けず聞き役に徹していた。
「 んで、リディアさんのような凄い剣士をやっと見つけたと。で――、魔法が効かないらしいから確実に斃してもらうために、その魔法の剣を託したと? 」
「 はい。そのようですね 」
「 ってかさ、亡霊とはいえ仕組みは全然全くわかんないけど、魔力とやらを使って実体化もできたわけじゃん? ならさ、自分で戦えばよくない? あんな強いのに。なんでわざわざ生者相手に選別作業なんてしてたんだろうか? 」
「 わかりません・・・アズール殿は、その者を同胞と申しておられましたが 」
「 ううむ、謎・・・でさ――その魔法の剣を与えたのがデュールさんってことなのよね? 」
「 はい。そう申しておられましたね 」
「 ダメだ・・・わかんない事だらけだわ。あのアズールって人、死んでから亡霊――ってか魔物になって何百年経つんだろうか? そして何で今なの? その結界とやらで封じられているその何者かは、どんな悪さをするんだろうか? そもそも本当に斃さなければならない相手なんだろうか? 」
「 確かに謎だらけですね 」
リディアさんも紅茶のカップには口を付けず、怪訝な表情を見せていた。
「 実際に真剣を交えたリディアさんには思うところがあるとは思うんだけどさ。でもあえて言わせてもらうとさ・・・ 」
「 これ以上関わる必要ってあると思う? もう帰ってもよくない? 一応ハンター組合で問題視されてた亡霊アズールは消滅したわけだし。たとえばさ、そのモンド寺院の地下にいるヤツが、夜な夜な外に出て来てそれこそこの村を襲撃するとか――、そういう悪さをするなら、まだ私たちが直接動く必要性も分かるんだけどさ 」
「 ・・・・・ 」
何か言い掛けて、リディアさんは口ごもった――
「 ん? リディアさん遠慮は無し! 忌憚なき意見ってやつを聞かせて 」
「 で、では――、遠慮なく 」
「 我々剣士は、剣を通して相手と会話致します。時に実際話すよりも、雄弁に語り合うことも珍しくはありません。この神剣と共に、アズール殿の意志は確かにわたくしが受け継ぎました 」
そこまで言い終わると、リディアさんは一口紅茶を含み飲み込んだ。
「 確かに仰る通り――、その何者かを討伐する目的が曖昧で不明瞭ではありますが・・・それを探ることも含め、やはりここで下りるべきではないかと 」
「 う~ん、確かになぁ~・・・デュールさんの名前も出てきたし、消化不良で有耶無耶のままにすると、私の気質的に後になればなるほど気になって仕方がない――って状態になっちゃう可能性は間違いなくあるよな~ 」
――でも、めんどくせえぇぇぇ!
安っぽいMMORPGゲームじゃあるまいし・・・
意味不明のクエストが発生し、イベントだからって理由だけで何にも疑いすらせず、武器や防具を買い揃えてメンバーを募り、嬉々としてダンジョンへと身を投じる。
ゲームならまだしも、実際にそれを実行するとなると・・・
――あり得ない。めんどくさ過ぎる。
だが、リディアさんのような本物の剣士同士でしか理解できないであろう思念伝達。
達人クラスの領域にいる者同士だからこそ成立する――、意気投合的なモノも解らないでもない。
私は唸りながら、ふとリディアさんの腰に帯剣されている――件の神剣に目をやった。
その両刃剣の刀身は、まるでステンレスのような滑らかな艶があり、単純な鋼でないのは一目瞭然だった。漆黒の柄部分には何やら縦に白い文字が彫られており、なかなかに凝った意匠だ。
「 ちょっとそれ――、持って見てもいい? 」
リディアさんの腰の得物を指差しながら私が言う――
「 勿論でございます! どうぞご覧ください! 」
リディアさんは、抜身のまま腰のベルトにぶら下げている神剣を器用に捻りながら抜き取り、クルリと眼前で回し柄部分を私の方へ向け差し出した。
「 では――、失礼して 」
柄を握ると――、白い文字が仄かに光った気がした。
『 ・・・現在、結界モード発動中です。マスターの認識時間単位で、結界が自然融解するまで――残り7281時間です 』
「 はいぃ? 」
――ま、またあの声だ。あの女の人の声!
「 リディアさん! 今――声聞こえたよね? 女の人の声! 」
急かすように同意を求めたが、リディアさんは口を半開きにしたまま――キョトンとした表情を見せた。
「 え? いえ――、声? でございますか? えっと、わたくしには何も・・・ 」
「 マジか・・・ 」
――どうやら、転移時に聞こえる女の人の声と同一と見て間違いない!
デュールさんが製作した剣ってのは眉唾な気がちょっとしてたけど・・・
どうやら、本当にデュールさん作のようだわ。
――ってか7281時間? 7281時間経つと結界が崩壊するってことかぁ?
7281時間って・・・何日だ?
えっと、百日が2400時間だろ?
え? ほぼ三百日後?
「 マジか! どうやら結界が融けるまで、まだ三百日ほど猶予があるらしい。デュールさんが創った剣で間違いないわこれ・・・私には声が聞こえる 」
「 え? 」
テーブルを囲む――私以外の3人が見事にシンクロし、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を並べていた。
「 しゅ~りょー! よし帰ろう! まだ三百日もあるんなら、流石に今すぐどーこーって事態にはならないでしょ? とりあえずこの村に数名の兵士さんで滞在してもらって拠点にしてもらおう! モンド寺院に誰も近づかせないように規制を張ってもらうために! 森に入る事自体はもう問題ないと思うけど・・・殿下――、その方向で動いてもらえますか? 」
「 え? ええ勿論、構いませんが・・・調査も兼ねて軍を駐屯させる方向で調整致しましょう 」
「 そうですね。周囲の調査も大事ですね。でも安全第一でお願いしますね。くれぐれも地下の調査は慎重にお願いします。僅かでも危険だと感じたら、即時撤退で! 」
「 はい、心得ております 」
オリヴァー殿下は気品のある物腰で敬礼を行った。
兵士さんを危険に晒してしまう懸念はあるが、このままノリで突っ込むよりも、やはり先に調査をじっくりとするべきだ。
デュールさんが絡んでいるのは間違いない事が判明した。
たとえ意図的に絡んでいなくても、介在しているのは間違いない。
ならば、その結界とやらの効力は絶対的と見ていいだろう。
何者かは知らないが、地下に拘束されているその者と一戦交えるのは時期尚早だ。
呆れるほどの猶予がある。
まだまだ様子見でも問題ないだろう。
逆に、そのうち忘れてしまわないか不安になってくるほどの長い期間だ。
「 じゃあ、来たるべき決戦に備えて英気を養いますかぁ~。王都に戻ったら、以前リディアさんと約束してた二人旅に出ますかね。あっちの故郷へ―― 」
「 ん? あっちの故郷? 」
組合長が不思議そうに首を傾げていた。
「 ああ、気にしないでください 」
私が別の世界でデュールさんに拉致されて、こっちに強制連行されて活動しているという事実を知る者は少ない。
さらに言えば、世界間を行き来できると知っている者もかなり限られている。
デュールさんの使徒という事実はもう誰に対しても隠す気はないが、世界間を行き来できる能力は、念のため極力隠すことにしている。
「 じゃあ帰りましょうか~ 」
▽
▽
▽
現地のラノール村に12名の兵士さんと大方の物資を残し、我々はまたしても丸々二日を要し王都へと無事戻ってきた。
~王都外周、南門エリア宿屋前~
「 では――、これからリディアさんと二人、水入らずであっちの世界で遊んできます! 殿下とはまたの機会に! 」
「 はぁ・・・俺はまた除け者ですか 」
オリヴァー殿下は細い溜息を吐きながら、誰の目にも明らかな落胆っぷりで肩を落としている・・・
ちょっと可哀想ではあるが、以前から約束していたことなのだ。
ここで気を使って殿下も一緒に! なんてことはない。
リディアさんとの約束が反故になってしまう。
「 まぁ、陛下のお許しが出たら次回は殿下も連れて行きますよ! 」
「 ほ、本当でしょうな! 必ず! 必ずですよ! 」
私の両肩を鷲掴みにし、興奮冷めやらぬ様子だった。
「 え、ええ、必ず! お約束します! 」
「 では、俺は陛下に報告するのでここで失礼する! ハルノ殿、必ずですよ! 約束ですよ? 」
そう言いながら殿下の様子は一変した。
まるでスキップするかの如く――、軽やかに踵を返し馬車に乗り込んだ。
そして兵士を大勢引き連れ、城郭エリア方面へと去って行った。
「 ではリディアさん、転移する前に準備をしよう。まず服装だね! 向こうで奇異な目で見られないためにも服を買いに行こう! あと武器は置いて行かないと――、銃刀法違反で逮捕されてしまうから・・・ 」
「 え? このデュール様の神剣もですか? 」
酷く焦った様子で、剣の柄をギュッと握っていたが・・・その気持ちも解らないでもない。
多分この世界の人たちにとっては、どんなお宝よりも価値があると思うし――、単純に性能だけで考えても文字通り神話級のお宝だ。できれば肌身離さず所持していたいと思う筈。特に騎士ならば、それこそ寝る時も抱きしめて眠りたいくらいだろう。
「 うん。さすがに目立ち過ぎるし、職質とかされたらかなり厄介な事になるからね・・・想像しただけで頭痛がしてくるほどに。でも転移先は小さな島だと思うので、警察関係者は少ないとは思う。なので持って行ってすぐ隠しておくって手もあるけど・・・あー、やっぱダメだ! 不確定要素が多すぎる! やはりこっちの信頼できる人に預けておいた方がいいと思う 」
「 うぅ、畏まりました・・・ 」
その表情から、不承不承であることは明白だった。
▽
その後、陽が傾く頃合いまで服を選び、顔パスで借りることができる専用馬車で、騎士団詰め所へ向かった。騎士団長のサイファーさんに神剣を預けるためだ。
「 うおおおおお! なんと美しい! 本当か? 本当にデュール様が御創りになった神剣なのか? 」
捲し立てるように、次々と質問攻めにあった。
私たちが戻るまでサイファーさんが好きに使ってくれていいから――、という条件を提示すると・・・またもや雄叫びを上げ、二つ返事で承諾してくれたのだった。
▽
▽
~翌日早朝、ヒルダさんの治療院傍の空き地~
「 もう季節的にかなり寒いね。でも向こうはまだ暑いだろうから――この服でも汗かきそう 」
「 ハルノ様! 何から何まで揃えて頂き、感謝の念に堪えません! 」
「 いやいや、必要経費ってやつでしょ? 気にしないで 」
私の服装は、いつもの淡いブルーの民族衣装だ。
チャイナドレスをもっとゆったりとラフにしたような――、ある意味雑な作りのチュニックだった。
下はハーフパンツのような、これまたゆったりとした作りで、丈が長めのチュニックに大半が隠れている。
足元は姫野さんにプレゼントしてもらったローカットスニーカーだ。
リディアさんも私とほぼ同じ服装にしてもらった。
ブラック基調のチュニックに御揃いのハーフパンツ。
足元は脛まで隠れる牛革のブーツだ。
背中にも革製のリュックを背負っている。
正直、私がカインズさんから頂いたバッグよりも高級に見える気がする。
「 では、早速行きますか! 神威の門! 」
『 転移対象2名を確認しました。これより転移を開始します。霊子エネルギー充填完了済。滞在時間は約74時間となります。74時間が経過しますと、強制転移が発動しますので御注意ください。ちなみに転移後3分経過で、再び転移することができます 』
『 座標を修正中・・・60平方キロメートル以上の陸地を捕捉しました。位置修正後、転移を開始します・・・ 』
▽
▽
「 やっぱここに出現か! 吉田葡萄園! 」
「 リディアさん。とりあえず充電ついでに葡萄を食べよう! 」
「 はい! 」
スマートフォンの電源をオンにする。
ぶるっと一瞬だけ震える小さな板を見つめる。
暫くして浮かび上がった時刻表示は、11時32分を示していた。
王都帰還の道中、馬車の中で手巻き式充電器をグルグルと回すのを小一時間ほど頑張ったお陰で、微量ではあるが電力を取り戻していた。
▽
「 すみませ~ん! また葡萄が食べたくなって来たんですけどぉ~! 」
遠目に、つる性落葉低木にぶら下がる葡萄を摘み取る作業をされている女性を発見し、大声を張り上げた。
多分、以前お世話になった――吉田佳代さんで間違いないだろう。
私たちに気付いた佳代さんは、ブンブンと振り子のように手を振って応え、駆け寄って来てくれた。
「 あら~、この前のお嬢さんじゃん! どうしたん? また観光? 外国の方と一緒に? 」
「 そうなんですよ! こちらリディアさんと言います。ルーマニア人なんです 」
ここは嘘も方便だ。
咄嗟にルーマニア人と嘘をついたが、完全なる英語圏やフランス語圏の人種だと言ってしまうと、日本人の中には結構話せる人がいたりするため、すぐにボロが出てしまう可能性が高い。
だがルーマニア語は確か・・・インドヨーロッパ語圏で、ロマンス諸語に分類だったはず・・・
孤立して発達したため、他の言語との違いが大きいはず。
この島の人をバカにする気は毛頭ないが、流石にこんな小さな島で、ルーマニア語を完璧に理解できる人はまずいないだろう。
「 へぇ~、留学生かいね? またすんごいべっぴんさんじゃねぇ! 折角来てくれたんじゃし、ゆっくりして行ってねぇ 」
「 ありがとうございます! でもすみません、お仕事中にお邪魔してしまって・・・できれば彼女にもここの葡萄を食べさせてあげたくて。それでまたついでにスマフォの充電もさせてもらえると有難いんですが・・・毎回図々しくてすみません 」
「 ああ、全然いいわいね~。じゃあ事務所で待っといて! 葡萄洗ってすぐ持って行くけん 」
「 ありがとうございます! 」
▽
失礼ながら、相変わらず事務所と呼ぶのが憚られるほどの掘っ建て小屋だった・・・
勝手知ったる小屋の中で、充電器をスマフォに繋ぎ――通話の履歴から「 姫野さん 」を選んでタップした。
『 おお、春乃さん! 電話できとるってことは、今また周防大島に居るんか? 』
「 そうなんですよ。ついさっきこっちに飛びまして、今日はお供の外国人さんも一緒なんです 」
『 ほうか。ちょっとワシはすぐにそっちには行けんけぇね。代わりにマツに電話してみてくれぇや。ビックリすると思うでぇ! 』
姫野さんが通話口の向こう側で、「 クックック 」――と含み笑いをしているのが微かに聞こえた。
「 え? ビックリ? 分かりました! じゃあかけてみますね。また後で! 」
『 おう! 』
姫野さんとの通話を切り、「 マツさん 」を選んで通話をタップした。
『 あっ、もしもし! 姐さんですか? どうもマツです! お久しぶりです! 今もう周防大島ですか? 』
「 はい! 今「 吉田葡萄園 」っていう果樹園にいるんです。姫野さんからマツさんに電話しろって言われてかけたんですけど 」
『 実は俺も今――、周防大島に居るんです! 居るって言うか、住んどるんですよ! 姐さんの一戸建ての管理人としてですけど 』
「 はいぃ? 私の一戸建て? え? どういうことですか? 」
『 こっちで拠点にできる家を姐さんにプレゼントしよう! ってことで、若頭が一戸建てを買うたんですよ! 中古の平屋ですけどね。でも平屋っちゅーても結構広い庭付きなんスよ! まだ登記申請が済んでないんで、厳密にはまだ若頭の所有じゃあないかもですが。今――司法書士に頼んで手続きしとる最中なんスよ 』
「 はぁ?? 庭付き一戸建てぇ?! 」
『 はい! 今から車でお迎えにあがりますんで! そこでお待ちください 』




