第83話 いざ尋常に
森の内部、樹々が疎らで少しだけ開けた空間に、ソレは佇んでいた。
リディアさんを先頭に、ジリジリと近づく。
リディアさんはすでにヘルムを装着しており、背中からカイトシールドも取り外し左手で構え、尚且つ抜剣もしていた。
我々が広場に足を踏み入れると、『 魔力の塊ってこんな感じに見えるのかな? 』という第一印象のソレは、ゆっくりとこちらを振り向いた。
魔力そのものを視認、及び感じることができない私にも、アレが黒い靄のようなモノに見えるということは――あの靄自体は魔力そのものではない何か別の異質なモノなのだろう。
リディアさんのみならず、後方に控える殿下も組合長も、得物を構え臨戦態勢をとっている。
もちろん私も、いつでも魔法を叩き込める状態だ。
魔法の選択はすでに心の中で終わっている。
「 オオオォォォオオオオオォォォ・・・ 」
人型の黒い靄が、ブツブツとくぐもった声で、いくつかの言葉を発したかと思った矢先――
今度は突然、何やら激しく唸り始めた。
すると見る見るうちに、纏わりつく靄が人型の輪郭に浸透するように薄くなっていった。
筋肉の隆起が甚だしい――、屈強な巨漢へと変貌する。
眼光鋭い精悍な顔つきで、褐色の肌を持つ男性だった。
両の剛腕には――やはり湾刀をしっかりと握っていた。
上半身はハーネスのみで、そこに二刀の鞘を背中に括り付けている。
足元は、まるで日本古来の忍者などが装着していた脚絆にも似た物を装備しており、かなり目を引いた。
「 ・・汝―、剣に生き、剣に死ぬる者か? 」
「 ・・我は修羅なり! 修羅道に入滅した者なり! 」
「 さぁ、我と斬り合え! ――死力を尽くし超えてみせろ! 」
亡霊とは思えない快活な発声だった。
リディアさんが、さらに近づく――
「 貴殿は・・・本当にあのアズール殿か? いや――、アズール殿であろうとなかろうと関係はない 」
「 いいでしょう、お受けします! わたくしリディア・ルゥ・ブラックモアが、謹んでお相手させて頂こう! 」
アズールと思われる亡霊が不敵な笑みを見せる。
「 よいぞ! なかなかの剣気よ! 相手にとって不足はない。女子とて、剣を握ったからには容赦はせんぞ! 」
「 我の魔力切れが先か・・・お主が地に突っ伏すのが先か・・・ 」
「 いざ! 尋常に!! 」
亡霊アズールはそう掛け声を張り上げながら――独特な構えで両の剣をグルリと回した。
「 ハルノ様。実体化したということは、わたくしとの一戦に剣士の誇りをかけるという証かと。アズール殿にも魔法障壁をお願いします! 」
「 わかったわ。でもねリディアさん―― 」
「 私がこれ以上はヤバイと判断したら、独断にはなるけど割って入るよ? 騎士の矜持ってやつが命よりも尊重されるのは百も承知だけど・・・それでも! ――たとえリディアさんに恨まれても割って入るよ? 」
「 うっ・・・畏まりました。その時は潔く敗北を認めます 」
私は無遠慮に――グイグイと剣聖に近づいた。
正直ものすごく怖い・・・だが、試す為でもあるのだ。
ここで問答無用で私に斬りかかってくるならば――、この一騎打ちは無効だ。
私は堂々とこの亡霊を葬る口実ができるって訳だ――
「 公正を期す為に、あんたにも防御強化魔法をかけてあげるわ。騎士道の観点から拒否権はありませんよ? 」
アズールは少しだけ面喰った表情を垣間見せたものの、深々と頭を下げた――
「 かたじけない! 」
どうやら即座に意図を酌んだようだった。
「 え? 」
予想に反して素直な反応だったので――、私は拍子抜けしていた。
「 じゃ、じゃあ・・・いくわよ 」
「 女神の盾! 」
アズールの上半身から――盾の形をした光帯が浮かび上がり、即座に掻き消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リディアはアズールと対峙し、違和感を覚えていた。
――妙な感覚だ。
いざこうして相対すると、まるで覇気を感じない・・・
――これほどまでに鍛え抜かれた肉体を持ち、伝説に残るほどの剣技の持ち主ならば、気圧されるほどの凄まじい覇気を纏っているのだろうと想像していたが・・・
――見た目とは裏腹に、まるで農夫が剣を構えているような・・・そんな錯覚さえ覚える。
――アンデッドに身を堕とした事が原因なのか?
それとも魔力を実体化の為に使っている所為なのか?
――だが、やはりただ者ではない。
斬り込む隙がまるで無いではないか・・・
「 いざ! 参る!! 」
先に動いたのはアズールだった。
――速い!!
まるでテレポートでもしたのかと思うほどの踏み込みで、一気に距離を詰めた!
その勢いを殺さず、左逆袈裟斬りで斜めに斬り上げる!
リディアは咄嗟に盾を前面に押し出し、身を丸めて左方向へと飛ぶ――
ギャリイイイィィィイイイ!!
斬撃が盾の表面を奔り、火花が迸っていた。
自ら後方へ飛ぶことで衝撃をいなしたが・・・
もうこの一撃の攻防を目の当たりにしただけで、ここにいる誰もが――リディアが敗北してしまう未来のヴィジョンを見てしまったかもしれない。
スピードもパワーも尋常ではなかった。
アズール自身の速さもさることながら、その斬撃の速さと重さに、リディアは率直に感服していた。
『 剣技の極意――、初太刀を疑わず二の太刀要らず 』
まさに雲耀! まさに雷!
だが――、疾風迅雷の初撃を受け切ったのは大きい。
――確かに脅威的ではあるが、全く対処できないというわけでもない。
だが、こちらが斬り込む隙も無い。
――さらに問題なのは、覇気も殺気もまるで感じないところだ。
間違っても油断なんぞしてはいないが、殺気を読むことができないため、妙に感覚が狂ってしまう・・・
これが、剣を極めた者が辿り着く――最終境地なのか?
リディアが立ち上がり体勢を立て直した瞬間、そこを目掛けてまたしてもアズールが踏み込んでくる!
眼前に迫り、真っ向斬りで右腕の太刀を頭上から振り下ろした!
――避け切れない! 無理だ、受けるしかない!
咄嗟に右膝を地に突け盾を頭上に掲げ――、下から右手を支えとして捻じ込み、十字受けでモロに受けた。
ガイィィィー--ン!!
さらに右側から――アズールの左太刀が、ガラ空きになった胴部分目掛けて横一文字で追撃してくる!
「 くっ!! 」
防御は無理だ!
――アズールの軸足の左膝目掛け、右手の細身剣で三段突きを繰り出した!
無理な姿勢で繰り出した突きなんぞ、クリーンヒットしても大した効果は無い。
しかも魔法障壁で大幅ダメージカットされ、その衝撃のほとんどが無効化されている。
だが、アズールは少しだけバランスを崩した。
それでもお構いなしに、そのままリディアの右脇腹を斬り払う。
「 ぐあぁ! 」
リディアはまるで力任せに投げられたように、真横へと吹き飛ばされた。
「 リ、リディアさん!! 」
我が主人の危ぶむ叫び声が、中空に霧散していた――
「 ほぅ、なかなかの機転だな。天賦の才か――、修練の賜物か 」
アズールは剣を下げ、リディアに対し素直に賞賛していた。
――天賦の才? いや違う。単なる咄嗟の悪足掻きだ。
――ハルノ様の魔法障壁が無ければ・・・間違いなく脇腹を抉られ勝敗は決していた。
「 どうした? 本来ならばこの時点で敗北している――、とでも考えておるのか? 」
「 ・・・・・ 」
「 ならば笑止! 曲がりなりにも初撃を入れたのはお主の方だぞ? 我にもお主と同じ防御強化が掛かっておるのだろう? そのお陰でこうして傷が付かぬのであろう? ならば条件は同じではないか! 敗北を認めるにはまだ早い。さぁ立てぃ! 」
間違いなく最強の相手。
勝ち筋が全く見えてこない。
だが、確かにここで諦めるにはまだ早い!
リディアは脇腹を押さえながら、主人の魔法効果の偉大さを改めて実感しつつ、ゆっくりと立ち上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




