第82話 エンカウント
~三日後~
結局、準備に二日間も要した。
ハンター組合で話をまとめた翌日――
まだ陽も出ていない早朝に、城からの急使が宿まで押しかけて来て、護衛の部隊を準備するので待ってくれとの伝言内容を伝えてきた。実質オリヴァー殿下からのストップがかかってしまった状態で、出発は見合わせとなったのだ。
その間リディアさんは単身城へと戻り、装備を整えていたらしい。
▽
本日出発すると聞いている。
朝一宿の食堂でパンを頬張っていると、リディアさんがカシャカシャと金属音を弾ませながら姿を見せた。
「 おお! リディアさん。これはまた凛々しいですね! 」
「 お早うございます! 勿体ない御言葉でございます! 」
リディアさんは、鎖帷子を編み込んだ白銀のサーコート(袖なしの上衣)を纏い
左腕にはシルバーガントレット(板金籠手)
両脚はシルバークウィス(板金もも当て)
両足にもシルバーグリーヴ(板金すね当て)を装着していた。
背中にはカイトシールド(中型盾)を背負い、小脇にヘルム(板金兜)を抱えていた。まるで現代のジェットヘルメットのような形状だ。
そして腰に携える武器は、いつもの片手剣ではなく――細身剣だった。
同じく片手で扱う剣ではあるが、柄部分が大きな球状の鋼に囲まれており、手首を守る盾の役割を果たしているのだろう。
攻撃を――この柄で受けたり逸したりできるのかもしれない。
右手にガントレットを装備していないのは、この剣を扱うからなのだろう。
「 南門外に、護衛の部隊を展開済でございます! ご準備宜しければハルノ様よりお言葉を頂き、部隊を鼓舞して頂ければ――と。組合長は一足先に集合場所へ向かったようです 」
「 い、いや、ちょっと待って――鼓舞は良いんだけどさ・・・まさかとは思うけど、以前みたいに100人単位の護衛部隊じゃないよね? 」
リディアさんは胸の前で拳を握りしめ、騎士特有の敬礼を張りきって行った。
「 この度は、32名でございます! 」
「 32でも多いな・・・状況によっては、ギリギリ兵站要員が必要な規模なんじゃ? 」
「 補給は問題ないと聞いております! 物資は恐竜二頭に運ばせますし、天幕も必要最低限のみと聞いておりますので! 」
「 そ、そうですか。まぁお任せします 」
▽
軍の専用馬車で、南門を抜け草原エリアに到達した。
もはや私は、王都街のあらゆる施設で顔パスが利き、軍の専用馬車も使いたい放題だった。
「 おお、ハルノ殿! お待ちしておりましたぞ! 」
草原を吹き抜ける風に髪をなびかせ、朝っぱらから爽やかすぎる笑顔で、オリヴァー殿下と強面のハンター組合長が出迎えてくれた。
ちなみにカノンさんのパーティーは、別の依頼を遂行中で同行はしないらしい。
「 まさかとは思いましたが、殿下もご一緒されるんですね・・・ 」
「 なっ! なんでそんなに残念そうなんですか! ご迷惑ですか!? 」
オリヴァー殿下は、心底焦った様子で訴えかけた。
「 い、いえ、迷惑とかはないですけど・・・時期国王様なんですよね? そんなにポンポンと気軽に遠征してもいいのですか? 前回の襲撃の件もありますし、もう少し御身を大事になされた方が・・・ 」
「 何を仰いますか! 俺はハルノ殿の護衛ですよ? ブラックモアばかり贔屓にされているご様子ですが、俺の事も失念なさらぬよう――お願いしたい! 」
「 ああ・・・リディアさんは兎も角、殿下に関しては――国王様があの場の勢いで言ったことだと未だに思っていますが、まだあの話は活きてたんですね・・・ 」
「 だから、なんでそんなに残念そうなんですかぁ! 」
眼下に整然と並んでいる兵士さんの間から、思わず吹き出してしまった様子で笑いが捲き起こっていた。
本来ならばここはかなり厳粛な場のはずだが、笑いが漏れても許されているということは――オリヴァー殿下と一般兵士の間柄は、意外と近いのかもしれない。
「 ごめんなさい。別に残念ではないですよ! ただみずから危険に身を投じるのは王家の人間としてどうなんだろうか? と思っただけです 」
「 心配ご無用! 自分の身は自分で守ります! ――とは、もう今さら言えませんよね・・・ 」
「 だが! 前回のような不覚はもう取りませんよ! 」
「 まぁ、有事の際は私が守りますよ。とりあえず出発しますかぁ・・・ 」
「 だから! なんでそんなに残念そうなんですかぁ! 」
▽
▽
▽
事前情報通り、我々は丸二日を要し――【西の森】の端に到着した。
すぐ傍には例の葉っぱ収穫を主な生業としているらしい――小さな村があった。
「 組合長さん。この森ですよね? この森全域に、ゴーストの剣聖が徘徊してるんですよね? 」
「 ええ、モンド寺院に近づけば近づくほど、遭遇する確率は上がるらしいですが 」
森の奥へと視線を移しながら、組合長さんが呟いた――
「 では陽が出ている明るい内に探索しましょうか――、それで暗くなる前にはココに戻る感じで行きますか? 殿下もそれでいいですかね? 」
「 はい。ではこの場所を拠点と定めましょう 」
▽
部隊の兵士さんの大半を入り口に残し、鬱蒼とした薄暗い森の中へと――少数精鋭のみで突入した。
「 そう言えばこの森で――火を熾すのに便利な葉っぱが採れるのよね? 」
「 はい 」
「 でもさ、そこまで可燃性高いってヤバいんじゃ? 森林火災とか頻発するんじゃないの? 」
私の素朴な疑問には、いつもの事ながらリディアさんが答えてくれる。
「 わたくしも詳しくは存じませんが――どうやら群生している間は魔力がほぼ消失しているらしいので、何の変哲もないそこらの草と同じらしいですよ。無理やり切り離すと――突然、魔力を帯びて可燃性が高くなるみたいですね 」
「 へぇ~、不思議だね。切り離されることで危機を感じ――内包してる魔力を放出するのかね? 」
「 なるほど。そうかもしれませんね 」
「 ところでアズールって、後世に語り継がれてるって事は、相当強いんでしょ? 流石のリディアさんでもヤバくない? 」
「 そうですね。どれほどの手練れかは未知数ですね。様々な逸話がありますが、どれも尾びれ背びれが付いてしまった誇張されたものばかりですので。実際どれほどの強者だったのかは――ハッキリとは・・・ただ 」
「 ただ? 」
「 ただ、湾刀を扱う二刀流の剣士だったそうです。凄まじい剛力で、森を開拓する際に、一薙ぎ毎に大木を斬り倒しながら練り歩いたと。そしてあっという間に開墾が終わったという伝説があります。ハルノ様クラスの魔道を備えた剣士ならばともかく――流石に誇張が過ぎる逸話だとは思いますが・・・ 」
「 いや、あながちそうとも言い切れないかもしれませんよ 」
女子の会話に、組合長さんが口を挟んだ。
「 と言うと? 」
「 対峙したハンターの証言と一致する部分が多いですね。二刀流の剣士で、凄まじい剛力だったという点が特に・・・ 」
「 ふむぅ~ 」
「 ハ、ハルノ様っ! 」
少し先行していた斥候役の兵士さんが、突然叫びながら駆け寄ってきた――
「 どうしました? 」
「 いました! 半透明の巨漢が・・・この先の広場に! アンデッドの魔物という点は、間違いないかと思います 」
「 よし! お前らは後方支援に徹しろ! ハルノ殿とブラックモアの邪魔だけはしないようにな 」
即座にオリヴァー殿下が指示を飛ばす。
「 はっ! 」
数名の兵士たちは、後方に下がる準備を始めた。
▽
「 あれか・・・ 」
半透明のソレは巨大な黒い塊だった――
かろうじて男性と判別できる輪郭で、剛腕二本にはそれぞれ――所謂キリジのような、湾曲した幅広刀身を備えた剣をぶら下げているように見える。
「 リディアさん準備は? 」
「 はい。問題ございません! 」
「では、魔法障壁を張り直すね 」
「 いえ、ハルノ様。お待ちください! 」
【女神の盾】を掛け直そうとした私を、リディアさんが片手を上げて制する。
「 え? 」
「 アズール殿の自我が残っていて、原初の破壊衝動にまだ支配されておらず――本当にただ純粋に剣士としての勝負を望んでいるのならば、わたくしだけハルノ様の魔法に守られているのは、フェアじゃないのでは? と考えてしまいまして・・・ 」
「 ふむぅ、騎士道精神ってやつですか・・・それは気高い精神だとは思いますが、正直この場で私にとって一番大切なのは、騎士の矜持よりも、いや――何をおいてもリディアさんの身の安全です! リディアさんが傷つくのは見るに耐えられないと思うし、本来ならばリディアさんには危ない事はしてほしくないんですけどね 」
「 う~ん、ではこうしましょう! あのゴーストが本当に剣の勝負を望んでいるだけだと確信できたら、あのゴーストにも私が魔法障壁を張ってあげるって条件でどう? それならフェアでしょ? 」
「 今張ってるのがいつ切れるかわかんないし、張り直すね! 」
リディアさんからの正確な返事を聞く前に――私は問答無用で【女神の盾】を唱えたのだった。




