第81話 伝説の剣聖
「 こ、これは、これは紙? 紙ですか? 」
カノンさんは、私が注いであげたストレートティーを口元に運ぶ手を止め、マジマジと紙コップを観察していた。
「 うん。そうそう、紙でできたコップなんですよ。ここだけの話、この施設の器ってさ――今日使ってたんだけど何だか不衛生っぽくてね・・・ 」
「 しかし零れないんですか? 浸透して、ふやけたりとかもしないんですか? 」
「 う~ん、多分大丈夫だと思いますよー! で? 話ってのは何でしょう? 」
「 ああ、すみません! ちょっと前置きが長くなりますが宜しいですか? 」
「 ええ、勿論! 順序立ててお願いします 」
「 はい! 実は――徒歩ですと二日以上掛かるのですが、王都西の森の中に、【モンド寺院】という古代から存在する廃寺があるんです 」
「 お寺? 」
バチバチな典型的日本人の私にとっては、寺院という単語を聞くと、どうしても東大寺とか金閣寺とかを真っ先に連想してしまう。多分私の脳内で、勝手に一番理解しやすいであろう単語に変換されているだけなんだろうけど・・・
「 はい。寺院と言っても要塞のような造りでして、古代の文献には、僧兵を百人単位で時の権力者に提供していたとされる記述もあるらしく――、勿論武力としてでしょうが。つまり現代のデュール様を信仰する主な寺院などとは一線を画し、いわゆる傭兵稼業みたいな事も、寺院ぐるみでやっていたようです 」
「 ふむ、功徳を積むだけじゃなく、臨機応変に時の政治にも絡んでたって事ですね? 」
「 はい。ですが、そこは重要な所じゃないんです! 」
「 ・・・・・ 」
――重要じゃないんか~い!
「 実は最近になって、そのモンド寺院の廃墟を含む森全域に、とある亡霊が出るようになりまして、今現在討伐依頼が出ているんです 」
「 ん? 亡霊? ゴーストとかの魔物ってことです? 」
「 はい。そうです 」
「 で? それを私に討伐してほしい・・・とかって内容の相談ですか? 」
カノンさんは私から視線を外し、後ろに控えるリディアさんを見据えた――
「 いえ、ハルノ様はあくまでセコンドで、一騎打ちで剣を交えてほしいのは、傾国の美女でありながら、王国一の剣士と名高いリディア・ブラックモア卿にお願いしたく・・・ 」
そう言うと、カノンさんは深々と頭を下げた。
「 世辞はよせ! そもそも実体の無いゴーストやレイスを相手に、得物が鋼剣のわたしがどうやって戦えと? 本来ならば、武器に属性付与し戦うのが常套なのだろうが、自慢ではないが――わたしは魔法の類を一切使えないぞ? ハルノ様に付与をお願いするのか? そもそもハルノ様ならば瞬殺だろうに。にも拘らず、ナゼわたしなのだ? 」
リディアさんの疑問は尤もだった。
「 実はその亡霊――、どうやら【グランドマスター・アズール】のようなんです 」
「 なに!? アズールと申されたか! もしやあの伝説の? 剣聖のあのアズールか? 」
リディアさんが思わず身を乗り出し、珍しく激しい興奮を見せていた――
「 はい。その魔物自身がそう名乗っているそうなんですが。討伐に向かったハンターの中に剣士がいた場合にのみ、その亡霊は魔力を消費し、一時的に実体化するそうなんです。多対一で臨むと実体化せずそのまま襲ってきて、剣士との一騎打ちのみを希望し、応じると実体化するらしいんです 」
「 ここからは俺の勝手な憶測ですが・・・亡霊アズールは魔物になってなお、剣士としての死に場所を探して彷徨っているんじゃないかと。互いが死力を尽くした真剣勝負の果てに、自身が斃されることを望んでいるのではないかと! 少なくとも俺はそう確信しています! 」
「 な、なるほど・・・その伝説の剣聖に勝てるのは、リディアさんしかいないと? そしてリディアさんに斃されるのなら、そのゴーストも納得する――ってか満足して成仏すると? 」
「 はい。ハルノ様のポーションのお陰でまだ犠牲者は出ていません。が、今のところ討伐に向かった者は全員敗北しています。武装して森に入っただけで問答無用で襲われるんです。組合から直接討伐依頼が出ているのも頷けます。誰も勝てないからと言ってこのまま放置もできない・・・もう頼れるのは、ハルノ様とブラックモア卿しかいないと 」
「 なるほど。そう言われてここに来たのか? さしずめ組合長の差し金か? ハルノ様とも面識があるお前が頼みこめば――ハルノ様が快諾すると踏んだか? 」
リディアさんが捲し立てるように言い放った。
「 ・・・さ、さすがの慧眼ですね。恐れ入りました 」
「 でもさ、そんな古代人の亡霊が、何で今頃になって暴れてんの? 死んだのが何年前か知らないけど、その亡霊は今まで何してたの? 」
「 い、いやぁ、流石にそこまでは 」
「 まぁいいわ――、とりあえずハンター組合で話を聞きますかぁー 」
「 ありがとうございます! 」
▽
▽
「 これは聖女様! よくぞおいでくださった! 」
ハンター組合の執務室に案内され入室すると、眼帯で左眼を塞いでいる隻眼のおじさんと、秘書っぽい女性が出迎えてくれた。
「 どうも! 遅くにすみませんねぇ。そー言えば、玄関先で私たちがポーションを配ってた時以来でしたっけ? 」
「 そうですそうです! あの時は、まさかデュール様所縁の御方だとは露知らず、ご無礼を・・・それにブラックモア卿の御顔も存知ておらず、とんだ非礼を――この場を借りてお詫びしたい 」
「 気にするな。わたしはずっと陛下の御傍で宮廷に詰めていたのでな――知らぬのも無理はない。そんなことより、剣聖アズールの話を・・・ 」
「 はい―― 」
「 おい、何をしている! 飲み物をお持ちするんだ! 」
「 は、はい! 」
組合長にどやされた秘書っぽい女性が、慌てて退出していく。
それを見届け、私たち3人は椅子に腰を下ろした――
「 ちょっと待って、組合長さんの話を聞く前に一つだけ――、カノンさんの話だとその亡霊は森に侵入する者を襲うんですよね? んで相対しても基本的に一騎打ちを望むだけ、ってカノンさんから聞いたんだけど・・・じゃあさ、そもそも論なんですけど、放置じゃダメなんですか? 森に入らなきゃいいだけの話なんじゃ? 」
組合長さんは、「 ふむ 」と考え込む仕草を見せた後、口を開いた――
「 西の森では【エミル草】が採取できるんです。通称【火種草】や【着火草】と呼ばれてるアレです 」
「 ん? 草? 何それ? 何に使うの? 」
私の素直な疑問にはリディアさんが答えてくれた。
「 人々の生活には欠かせない必需品の一つで、火を熾す際に使用する――若干魔力を帯びた草類です。主に種火の基とするモノですね 」
「 生活魔法を行使できる者にとっては無用の長物かもしれませんが、魔法を扱えない大半の者にとっては、非常に便利な草類なのです 」
「 なるほど。火を熾すのって大変ですものね。つまり人々の生活のために採取しなきゃならない。でも森に入ると襲われるかもしれない。安心して採取作業がしたい。だから討伐してほしいって流れですか? 」
「 はい、仰る通りです! 」
「 で、カノンさんの話だと――私じゃなくってリディアさんに討伐をお願いしたいってことでしたけど・・・ 」
「 はい。セルケトを簡単に討伐されたハルノ様ならば、いくら相手が伝説の剣聖とはいえ、圧勝することができると予想致しますが、俺もカノン・ヘルベルの推察を聞き、ちょっと考えさせられましてね。俺も以前は一介の剣士でしたから、気持ちが解ると言うか何と言うか、剣聖アズールの最後を想うと・・・できればアズールの希望を叶えてやりたい――と、そう思うようになってしまって 」
「 アズールの最後? 」
またしてもリディアさんが答えてくれる。
「 古代の文献によれば、毒殺されたようですね 」
「 なるほど・・・せめて武人としての最後を――と、そういうことですか? 」
「 そうです 」
扉がノックされ、「 失礼します 」と言いつつ、先ほどの女性が木板を抱えて戻ってきた。
「 大変お待たせしました 」
「 あー、すみません。いきなりアポも無しでこんな遅くに訪れた挙句、気を使わせてしまったようで 」
「 いえいえ! 粗茶ですがどうぞ! 」
――う~む、本当に粗茶なのだろうか? 日本文化の根幹とも言える謙遜の文化・・・
その文化を心得ていないと、「 粗茶ですが 」などと言う言葉は、出てこないはずなのだが――
これもまた勝手に脳内変換されているだけで、実際この人が発している言葉の――本来の意味とはまた違うのかもしれない。
「 ――ノ様? 如何致しましょう? 」
ハッと気づくと――隣に座るリディアさんが、私の顔を覗き込んでいた。
「 ああ、ごめん。別の事考えてたわ! とりあえず受けるかどうかは、リディアさんに任せるかな~。もし戦うなら、私は補佐に徹してリディアさんに痛い思いはさせない! 逆に思うところがあるなら断ってもいいと思うし―― 」
「 はい。正直に申しますと・・・本当にその魔物が伝説の剣聖アズールならば、戦ってみたいですね! 組合長やカノン殿のようなセンチメンタルな想いはありませんが、わたくしの技がどこまで通用するのか、試してみたいのです! 」
「 う~ん、まぁリディアさんがそう言うなら決まりかな~。とりあえず今日はもう遅いから、ゆっくり寝て明日準備を整え出発しようか。それでいいですかね? 組合長さんも 」
「 ええ勿論! 願ったり叶ったりですが、いやちょっとお待ちください! 報酬の話がまだですが、正式に依頼を受けたという形で宜しいですか? 」
「 ええ、そのあたりの事は全て組合長さんに丸投げしますよ。ってか組合長さんも一緒に来るんでしょ? 」
「 はい! 同行しても良ければ、俺も最後まで見届けたいと思っています! 」
古代と現代の剣聖同士の一騎打ち。世紀のビッグマッチだ。
組合長さんの表情には、特等席で観戦できる至福を、思いっきり享受できる喜びが溢れているようだった――




