第8話 人質交換
視界いっぱいに点在する樹々たち――
その内、眼前の数本だけがビクビクと震えだした。
比較的、まだ若い広葉樹のようだが・・・
驚いている合間に一瞬で人型を成し、私の眼前に8体の樹人族が現れた。
――おおお! これぞファンタジー世界のモンスター! 巨大サソリもあれはあれでインパクト大だったけど、また違った趣のあるモンスターだ!
――いや、感動している場合ではないわ・・・しかしこのモンスターからは邪悪なものを感じない。
事前情報のお陰でそう思い込んでいるだけかもしれない。でもやはり恐怖を感じない。
相対するとよくわかる。
根拠は全くないけど、この樹人族たちは私に対して攻撃とかはしてこない気がする。
「 ハルノ殿! お下がりくださいっ!! 」
アイメーヤさんが叫びながら駆け寄ってくるが、私が手で制し動きを止めさせた。
「 あーあー、テステス。樹人族の皆さん。私の話してる言葉がわかりますか? 」
【 ・・・ワレワレ・・ノ・・・ドウホウ・ヲ・・・カエセ 】
「 勿論お返しします! なのでそちらも私たちの仲間を返して頂きたい。こちらの勝手な都合でご迷惑をかけたことは謝ります。なのでどうか怒りを静めて頂きたい! ほらカノンさんたちも謝って! 通訳しますから 」
「 え? あ、はい―― 」
カノンさんたち三人は武器をしまい、頭を垂れて謝意を示した。
「 本当に通じるのか・・・ハルノさん、通訳をお願いします 」
「 申し訳なかった――、責任は全てリーダーの俺にある。こいつらもそちらに捕らわれている奴も、基本的には俺の指示に従っただけだ。だからデュランを解放してもらえないだろうか? 身代わりが必要なら喜んで俺が代わろう 」
私はカノンさんの言葉を一言一句違えず、そのまま樹人族に伝えた。
周りで聞いている者たちにとっては、ただ単に――二人が全く同じ言葉を連ねているだけの復唱に聞こえるだろう。
だが樹人族の言葉が私にのみ解るならば、樹人族の方も、このメンバーの中なら私の言葉にしか反応しないと推測した。
私が伝えた次の瞬間、反応が見えた。
森の樹々がみずから脇道に寄るように移動し、気づけばそこに一本の道ができていた。
このまま進んで奥へ行け、という意思表示だろう。
「 ハ、ハルノ殿・・・そいつらは何と? 」
恐る恐るといった様子で、大隊長さんが小声で呟く。
「 いえ、特に返事は無いけど・・・まぁ、このまま進めってことなんでしょうね 」
「 わ、罠では? 我らを一網打尽にするための・・・ 」
「 いやぁ、襲うならもっと早い段階――それこそ森に入った時点で襲い掛かってきてるでしょ? それに彼らからは悪意を感じない。単なる思い込みだと言われればそれまでなんですけどね 」
大隊長さん以下、全員無反応だった。
「 まぁとにかく奥へ行ってみましょうよ。怖いなら私だけで行ってきますけどね 」
「 むぅ! 見くびらないでいただきたい! 我ら騎士団、このていどで怖気づくほど弱者ではありませんぞ! 」
ちょっとだけ嫌味な感じを醸し出してけしかけたが、効果てきめんだったようだ。
「 この奥にデュランがいるのか・・・ 」
▽
私たち六人は、森が意思をもって作ったとしか思えない開けた道を進んでいる。
その真後ろから、8体の樹人族がピッタリと寄り添うようについてきていた。
「 こ、これってやっぱり――、罠なんじゃ・・・何だか絶対逃がさないぞ! って圧を感じますけど 」
アイメーヤさんは大隊長さんとは違い、恐怖心を隠しきれていない様子だった。
まぁ潜ってきた修羅場の数が違うのだろうし、大隊長さんと比べるのは酷だろう。
私も正直、怖いといえば少し怖い。
だが――、自分でも不思議なくらいに落ち着いているなとも思う。巨大サソリとの命がけの戦闘という、いきなり無茶苦茶ハードモードな修羅場を経験したせいなのだろうか?
▽
どれくらい歩いただろう・・・
樹々の方がみずから避けてくれているので、かなり快適に歩を進めることができている。
私が抱える通称苗木と呼ばれる樹人族の幼体は、相変わらず「 オオオォォォオオオォォ 」と、声にもならない音を発していた。
やはり直接頭の中に響いて、言語として受け取っているのは私だけのようだった。
「 あ、あれは!! 」どうやらゴールのようだ。
比較的太い樹の根本に、寄りかかるようにして男性が座っていた。
戦士風の装備から見ても、デュランさんで間違いないだろう。
「 デュ、デュランッ!! 」
カノンさんとウレックさんが、私を通り越し駆け寄る。
「 おいしっかりしろ! 助けにきたぞ! 」
両手両足が血塗れだった。
捕えられた時に触手のような枝で、両手両足を串刺しにされ拘束されたらしいが――
その時の出血だろうか?
だがそれ以上の攻撃は受けていないように見受けられる。
呼吸も脈拍も一応は問題ないらしいが、完全に意識を失っていた。
出血量が酷かったのかもしれない・・・
「 ハルノさん回復を! 治癒魔法をお願いします! 」
「 ええ、もちろん! 」
「 全治癒!! 」
へたり込んでいるように座るデュランさんの周りに、眩い白色光が纏わりつき、やがて収束していく。
▽
「 意識が戻りませんね・・・傷は完璧に治ってるはず 」
「 ありがとうございます! おい! デュラン起きろ!! 」
ウレックさんがバシバシと容赦なく平手打ちを叩き込む。
いわゆる往復ビンタってやつだ。
――往復ビンタ、してる人初めて見た・・・
「 なんで起きない? ・・・心の臓は確かに動いている。死んじゃいない! おい起きろ!! 」
「 ちょっとそこ、どいてもらえますか? もう一個魔法をかけますので 」
「 ああ、はい、すみません、どうぞ! 」
デュランさんを取り囲む三人を押し退けて、もう一度唱える。
「 状態異常回復! 」
黄色を帯びた光がデュランさんを包み込む――
▽
――むうぅ、効果がないな!
つい先ほど魔法を使う際、苗木は森に降ろした。
すぐさま樹人族の1体が拾い上げていたが・・・
これで一応は人質交換終了と見て良さそうだが。やはり意識が戻る様子がない。
「 とりあえず村まで運びますか? これだけ男手がいれば何とか運べるでしょ? 」
「 そうですね。ハルノ殿の言われる通りこのままここにいても意味はない! 生きてはいるんだ、目覚めるのも時間の問題だろう。運ぶのはお前たち二人とフォルカーで担当しろ。ハンターのお嬢さんは俺と警護だ。お嬢さんが先頭、わたしが殿だ 」
大隊長さんがテキパキと役割分担を決め、即座に行動を開始した。
男三人が横並びになりデュランさんを抱え、隊列を組み歩き出した。
ちょっと間抜けな運び方、というか運ばれ方だが。
できるだけ寝ている体勢に近いままの方が良いだろう、という考えだった。
こんなに真横に膨らんでも楽々と進めるのは、森自体が協力してくれているからに他ならない。
樹人族が、ナゼだか8体から7体に減っているが――
来た時と同じように、やはり真後ろから付かず離れずでついてきている。
行きは逃がさないぞ! 的な感もあるにはあったが、帰りは見守ってくれているような、そんな雰囲気だった。