第78話 多忙
「 ハルノ様、御戻りになられていたのですね! 伝令が酷く慌てた様子で襲撃だと申しておりましたが・・・ご無事ですか? 一体何が? 」
「 え? これは、た、建物が・・・ 」
もうすっかりド深夜の時間帯となり、私は定期的に――睡魔が手に持つ三又の槍でチクチクと突かれていた・・・
中空に光源魔法をホバリングさせているので、この辺り一帯だけは眩い光に照らされかなり明るい。
単騎の馬で駆けてきたリディアさんは軽装鎧を身に着けておらず、またしても上半身は下着の様な出で立ちだった。背中に片手剣のみを背負っているだけだ。
よほど焦って駆け下りてきたと見える――
「 あ~、ちょっと予定が早まりましてね。で、帰って来たらいきなりコレですよ。何だか知らないけど私を攫って帝国とやらに連れて行き、【魔法のポーション製造機】として働かせたかったみたいですねぇ。かなりの力業で連れて行こうとしてきたので、こちらもつい本気で相手してしまってねぇ 」
「 何と愚かな・・・ハルノ様に敵う筈もないのに 」
「 この者が主犯ですか? 何名かはハルノ様がすでに誅殺なされたとお聞きしましたが―― 」
リディアさんが一瞥したその先には、私が唱えた【状態異常回復】の効果で、薬品による眠りから醒めた衛兵さんたちが1人の男を囲んでいた。
両脚が復活し一命をとりとめた後、縛り上げられ芋虫状態にされた賊の1人だ。
「 多分主犯ではないと思います。とりあえずこいつを尋問して頂きたいんです。こいつを殺すのには何の躊躇いもないんですけど、後から後から湧いてきて、その都度戦うのも骨が折れますし、全て吐かせて敵拠点を一気に叩きたいんです 」
「 何と勇猛な御言葉・・・ 」
「 でももうかなり遅いし、かなり眠いし・・・とりあえずこいつを牢に入れておいてほしいんです。久しぶりにリディアさんとも一緒に寝たいしさ、尋問は明日でお願いしたいんです 」
「 あ~、身体も洗いたい・・・血塗れだし 」
「 御意 」
「 お前たち、徒歩で東門詰め所へ連行しろ! そしてわたしが明日訪れるまで、交代で常時見張るのだ! 抵抗した場合、頭部にダメージを与えない方法ならば即殺して構わん! その折はハルノ様が蘇生してくださるのでな 」
「 承知致しました! 」
「 皆さん疲れていると思いますが宜しくお願いしますね! お詫びに明日、1人1人にお酒を進呈しますので、楽しみにしておいてください! 」
「 おおおおおっ! 」
「 ハルノ様、ときにヒルダ女史は中でしょうか? 治療院が一部破壊されておりますが・・・無事ですか? 」
「 ああ、ヒルダさんは宿屋に直行してもらってますよ。これから騎士団の調査が入るらしいので―― 」
「 言わずもがな治療院を壊した犯人は――私です・・・まぁちょっと派手にやり過ぎましたかねぇ、修繕は国王様に甘えようかと 」
▽
▽
~翌日、午前~
床には乾いた泥が貼り付き、尋常ではない無数の埃が舞う宿部屋・・・
これはこれである意味風情があるのかもしれないが、まるで中世ヨーロッパなどが舞台の、大作映画の中に入り込んだ――そんな錯覚を未だに覚える。
日本の旅館や高岡さんのお宅に泊まった直後だと、流石に拒絶反応を起こすかと少々不安ではあったのだが、意外とすんなり順応することができている。
私の護衛を務めるリディアさんが一緒だったことも大きな要因だろう。
昨夜は久しぶりに、筋肉質で張りのあるリディアさんの肢体を堪能することができたのだ。
そのお陰か――、朝までぐっすりと熟睡することができた。
「 東門詰め所はあちらです 」
リディアさんと2人、騎士団が管轄する東門詰め所まで足を運んだ。
尤も私は、リアカー自転車での低速移動だが――
私とリディアさんの姿を視界に捉えた衛兵が駆け寄ってくる。
「 これは聖女様! ブラックモア卿! おはようございます! 」
「 ご苦労! 賊はまだ生きているか? 」
「 はいっ! 一見まるで廃人のようですが――、今朝もパンを与えたところ即座に口へ運んでおりました 」
▽
~東門詰め所、獄舎~
ガインッ!
「 おい! 尋問の時間だ! 起きろ! 」
リディアさんは鉄格子を片手剣の鞘で殴り、中で背を向けて寝そべる賊に怒号を飛ばす。
「 ひっ!! 」
リディアさんの怒号を意に介している様子は皆無で、私を見た瞬間、亀のように丸くなりブルブルと震え始めた。
「 おい! 今からここを開けるが妙な動きはするなよ! もしその素振りを見せれば、瞬間腹を斬り割くからな! 」
リディアさんによるダメ押しの脅しも、やはりまるで聞いてはいない風で、私だけを見て怖がっている様子だった。
「 ひっ! ひいぃ! 」
私が凝視していると、男は更に丸くなり防御を固める姿勢となった。
「 どうやら――、わたくしが行うよりも、ハルノ様が尋問なされた方が口を割りそうですね・・・ 」
「 そうだね。ちょっとやり過ぎた感は薄っすらとあるのよね、相当怖がってる・・・ 」
▽
▽
~東門詰め所、外門~
「 こっ、こっこっ! これは、き、騎士団長殿! 」
「 どうしたどうした? お前はニワトリかぁ? 俺如きに出会ったていどで、そう狼狽えるなよ。ところで嬢ちゃんはいるか? 」
「 じょ、嬢ちゃん? 」
「 巷で噂の聖女様のことだよ 」
「 あっ! はっ、はい! 牢で、昨夜捕縛された賊の尋問をなされておられます! 」
「 そうか、ご苦労 」
▽
~東門詰め所、獄舎~
「 邪魔するぜ! 」
「 おお、サイファーさん! 騎士団長様御自身お越しとは! 」
古傷まみれのサイファーさんは、歴戦の戦士然としており、基幹組織の長というよりは、勇猛果敢な武人という印象が相変わらず強い。
「 首尾はどうだ? 」
未だ小刻みにブルブルと震え続けている賊の男を、サイファーさんが見下ろしている。
「 意外にもすんなりと終ってしまいました。こいつが嘘を言ってるとも思えませんし・・・とりあえずサイファーさんへの報告は、リディアさんにお任せします。私は交換所にお酒を届けに行ってきますので 」
「 え? 御一人で? わたくしも同行を! 報告ならばこの書記官が・・・ 」
隅で羊皮紙片手に尋問内容をしたためていた書記役の衛兵を、リディアさんが指差す――
「 いや後で合流しよう、お城でね。サイファーさんに事の顛末を報告してあげて。帝国とやらも絡んでる感じだし、私の手には余るかもだしね。まぁ、いよいよになれば帝国だろうが何だろうが、降り掛かる火の粉は全力で掃いますけどねぇ 」
「 おー、こわっ・・・ 」
サイファーさんのその呟きを、立ち去る背中でしっかりと聞いたのだった。
▽
▽
~マリアさんに全権を任せてある交換所~
「 ハルノ様! 」
私の愛車と成り果てているママチャリを遠方から視認したためか――、交換所建屋前の通りで、マリアさんと共にカインズ商会手代の男性たちが出迎えのために立っていた。
「 お疲れ様です! 今日はこの運んで来たお酒を、お店に売り物として並べてほしいんです 」
リアカーに被せてあるグリーンシートをババっと剥ぐり、様々な酒瓶がぎゅうぎゅうに詰まった中身をドヤ顔で見せつける。
「 おお! これはもしや、あの日の祝宴の席で振舞っておられた物ですよね! 」
「 そうそう! ちょっと卑怯かもだけど、聖女公認のお酒って触れ込みで売ってほしいのよ! 多分バカ売れすると思うし! 」
「 畏まりました! では早速――、価格設定について詳細をお聞きしたいのですが 」
「 あ~、私はまずお酒に詳しくないし相場もよくわかってないんですよね。なのでカインズ商会の方たちの目利きは確かだと思うんで、全部お任せします! でも一つだけ、常識の範囲内でお願いします。あまり高額にならないようにお願い 」
「 畏まりました! 」
私はリアカー部分を切り離し、後はカインズ商会の男手に任せることにした。
「 リディア様は御一緒じゃないのですね 」
「 今は、サイファーさんと一緒に東門エリアに居るよ。後でお城にて合流予定! 」
「 ってことで、私はお城に向かうので――、じゃあ後は宜しくね 」
「 はい! お任せください! 」
早速マリアさんは、チョークを片手に三角看板の文言を書き換えていた。
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~シャルディア城、礼拝堂~
勢い良く開け放たれた礼拝堂の扉から、焦った様子まる出しで、国王陛下とオリヴァー殿下と御付きの者数名が雪崩れ込んできた――
「 お、お待たせ致しました! 何やら不穏な報告も受けましたが、御無事でしたか? 」
「 ええ問題ないです! 現場で騎士団長さん自ら検分されてますよ。私もたった今到着したばかりですのでお気になさらず、しかしアポもなくいきなりすみませんね 」
「 とんでもございません! して――、いよいよデュール様を御招来なされるのか? 」
礼拝堂内にいる我々の視線は、自然と眼前に設置してある男神像に向けられた。
「 ええ、多分いちいち呼ばなくても、あの人の言葉を鵜呑みにするなら、もう私がこのエリアに入った時点で認識してると思うんで、このまま待ってりゃ現れると思いますけどね 」
「 さ、左様ですか・・・ 」
そして次の瞬間、私の予想通り――
男神像のちょうど真横に、強烈に発光する眩い光塊が、ブワッと拡がったのだった!
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