第76話 大量仕入れ
「 あっお母さん! 春乃さん、お母さんが目ば覚ました! 」
リビングでテレビを見ながら、冷蔵庫に入っていた缶ジュースとお菓子を頂いていた私は、ダイニングキッチンの方に顔だけを向け、娘に背中を支えられた母親が身を起こしたのを確認した――
気を失っているだけなのは明らかだったので、枕だけを差し入れ、目が覚めるのを待っていたのだ。
「 あれ? 未佳・・・あれ? 未佳の手が治る夢ばみたと・・・ 」
未佳さんは、まるで婚約指輪を見せつけるかの如く――誇らしげに指を揃えた手首を、母親の眼前に差し出した。
「 え? 治っとる? やっぱり――、夢じゃなかったと・・・ 」
「 お母さん、治っとぉー・・・指が元通りになっとおー 」
抱き合いながらギャンギャン泣く親子を眺めつつ――、お菓子をバリバリと食べていた。
私の存在にハッと気付いた高岡母は、膝で歩き――私の座るソファへとにじり寄った。
「 私の魔法を間近で見て、ビックリして気を失ったようですが・・・もう大丈夫ですか? 」
「 はい! この度は、娘の為に、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます! うう・・ううぅ・・ 」
フローリングに頭を擦りつけ、何度も何度も呪文のように感謝の言葉を連呼していた。
「 いえいえ! 怪しさ満点で近づいてごめんなさい。最初は同じ事故に遭った者同士――何とか仲良くなってからって考えてましたけど、単刀直入に、最初から強硬手段で治せば良かったですよね 」
「 と、とんでもない! こちらこそ不審者扱いして、ごめんなさい・・・ 」
高岡母は、手がもげそうなくらいにブンブンと振っていた。
「 いえ・・・知らない人間が家に上がり込んで、いきなり宇宙人云々とか言い出したら――当然の反応だとは思いますよ 」
▽
高岡さんのお宅は3人家族で、先日一時的に父親が戻っていたらしいのだが、単身赴任の身であり、もう赴任先に戻ったらしい――
今日から、また2人で生活するところだったらしい。
とりあえず混乱させるだけだと思うので、父親に知らせるのは私が待ったを掛けた。
「 未佳さんの怪我を知らない人に、真実を話したところで、そもそも信じる人はいないでしょうが・・・念の為に他言無用でお願いしますね 」
「 とりあえず手術を担当した主治医には、もう会わない方がいいですね。外に出る時は手袋をするとか工夫してください。あと詐欺になっちゃう可能性もあると思うんで、保険金とか障害者手当も、辞退なり申請取り消しとか・・・まぁその辺りの事は全然詳しくないんで、正確にこうした方がいいとかはわかんないけど―― 」
「 とにかく、当面治った事がバレないように生活して下さい。マスコミ関係にバレたら、あなたたちが追いかけまわされたりするかもだし――、せっかく救ったのに、そんなことで苦しむ姿は見たくないですから 」
「 わ、わかりました。でも・・・未だに信じられない 」
母親の方は未だに夢見心地だが、娘の未佳さんは、私の能力を完全に信じ切っている様子で、ひたすらハイテンションだった。
「 春乃さん! 今日は泊っていって! 」
「 きょ、今日? このままですか? 」
「 うん! せめて御馳走させて! よかね? お母さん 」
「 ええもちろん! いえちょっと待って! 御馳走より謝礼はどうしましょ・・・お父さんに相談すりゃ、500万円くらいなら、すぐに何とかなるけど・・・ 」
――ご、ごひゃく! もらえるものなら欲しいが、いやいや! 何を考えてるんだダメだ!
「 い、いや要りませんよ! お金の為にやってるわけじゃないし、私が勝手にやってることですからね。それより私の支援者をここに呼んでもいいですか? 実はかなりクセが強い人たちなので、ビックリさせない為に、離れた所で待機してもらってるんですよ 」
「 もちろん! 大歓迎ばい! 」
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~翌日~
昨夜は少しはしゃぎ過ぎた。
冷房がガンガンに効いているリビングで、超高級肉のすき焼きに舌鼓を打った。
締めは残った煮汁に、「 とき卵を絡ませたうどん 」をぶち込み、美味しく頂いたわけだが・・・
あまりの美味しさに、狂喜乱舞してしまった――
指が復活し、以前と変わらず違和感なく御碗が持てる――と、暫く号泣していた高岡さんが印象的だった。
驚きだったのは、姫野さんがもらい泣きをしていた事だった。
泣いていたというか、涙が滲んだていどだったとは思うが、私はその瞬間を見逃さなかった。
勿論、本人は全否定していたが――
姫野さんは間違いなくアウトサイダーではあるのだろうが、やはり悪人ではない。
極道だからといって、その全てが悪人ってわけではないのだ。
少なくとも、負傷者の痛みが理解でき、共感できる人なのだ。
私の眼に狂いはなかったと言ってもいいだろう。
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▽
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~午後14時20分~
~周防大島~
結局、治癒するのは高岡未佳さんだけとし、高速道路を経由して周防大島まで戻って来た。
未佳さんには悪いが、当面の間は試金石となってもらう。
2人目以降は、その様子見が終わってからでもいいだろう。
なんらかの要因でバレてしまい、マスコミに追いかけまわされる・・・などの状況に陥った場合は、勿論救いの手は考えてある。
とりあえず些細な事でも気になる事が発生したら、姫野さんに即連絡するようにと伝えて別れたのだった。
「 春乃さん、ホンマにもう帰るんか? リミットまで、まだ丸一日ほどあるんじゃないんか? 」
「 え? 何? 寂しいの? 」
「 あ、あほか! 別に寂しいとかそぉーゆーんじゃねーわ! ただせっかく来たのに勿体ないのぉ、と思うてな 」
「 またすぐに来ますよ! そもそも、別に最大まで霊子エネルギーとやらが回復していなくても、ゼロじゃない限り転移できますしね。ただエネルギー残量が少ないと、滞在時間が短いですよ、ってだけの話だと思いますから 」
「 ほうか、ワシにはようわからんが・・・ 」
「 最後にもう一つ――、仕事をお願いしてもいいですか? 」
「 おう! 何でも言うてくれ! 」
私は通りの向かいにある「 波多野酒店 」という、本当に営業しているのか不安になるほどの、寂れた小さな商店を指差した。
「 これからあのお店のお酒を、買えるだけ買おうと思うんです。ほらあの酒屋さん! で、買ったお酒を車に積めれるだけ積んでもらって、人気の無い場所まで運んで欲しいんです。あの店先に置いてある――鉄の荷車も、無理言って売ってもらおうかと思ってるんですけど、まぁダメ元で! 」
「 おう! そりゃ勿論手伝うが、また手土産か? 前回の酒の土産が好評じゃったんか? 」
「 ええ大好評でしたよ! なので今度は、私が仕入れたお酒って触れ込みで、ムコウのお店で売ろうかと思って! 」
「 おお! ムコウで商売始めるんか! ガッポリ稼いで、また金貨をぎょうさん(たくさん)持って来てくれぇや! あいつらの組織の稼ぎになりゃあ、ワシらも組織として恩を売れるけんなぁ! 春乃さんもこっちの「 円 」が手に入って、更に資金が増えりゃあ――、今後酒だけじゃのうて、様々な品物を仕入れる事ができるようになるじゃろ? まさにWIN&WINの関係ってやつじゃなぁ 」
▽
ピンポ~ン! ピンポ~ン!
扉をスライドさせると、チャイムが店内に鳴り響いた。
「 御免くださ~い! お酒を売って欲しいんですけど~ 」
私が店先で声を掛けると、めちゃめちゃ小柄なおじいさんが、暖簾を跳ね除けて奥から出てきた。
「 ほい~ほいほい、おお! また綺麗なお嬢さんじゃなぁ~、買い物に来てくれたんか? 」
「 ええ! ビール系以外でお酒の種類は問わないので――、とりあえず100万円分お酒を買いたいんです! あと追加で5万円払うので、店先に置いてある鉄の荷車を売って頂けませんか? 運ぶのに使いたいので 」
「 はぁ?! す、すまんが・・・もう一回言うてくれんか? 何万円分じゃと? 」
「 100万円分のお酒です! 」
「 え? お嬢さん、そんなに買うてどうするん? 地の人じゃなかろう? この島には観光? ほんまに買うてくれるんなら断る道理がないけんど・・・観光先で大量に買って、持って帰るのはどうするん? うちは配達もしとるけんど、流石に島の外までは無理ですよ? 」
「 配達は大丈夫です。離れた所に車を待たせてあるので、荷車はこの島の中で使う為です 」
「 ほんまに100? ・・・お嬢さん、ほんまに言うとるんか? いや買うてくれるんなら嬉しいけんど・・・あ~あれか? 最近流行の、企画モノの動画でも撮っとるんか? 田舎の店で100万円使ってみようみたいな! そうじゃろ? カメラはどこに隠しとるん? お嬢さんは有名な人なん? 」
「 い、いやそうじゃないんですけど、ただこの島のお酒を御土産にしようかなって、ただそれだけなんですけど 」
「 ほ、ほうか・・・でもどの酒も、普通に本土でも売っとると思うけんど、いやまぁ、断る理由がないけどが、しかしお嬢さんみたいな変わったお客さんは、長いこと商売しとるけんど初めてじゃわ 」
ビール類を除く日本酒や焼酎、ワインにウイスキー、ジンやリキュールなどなど・・・一本数万円もするお酒が何本もあったので、想定していたよりも総本数は少なくなった。
少ないと言っても、六十本以上はある。
更におつまみとなる乾き物や、スナック菓子なども相当な数を購入した。
運ぶのを手伝う為、姫野さんとマツさんが店の中にズカズカと入ってきた。
マツさんが私のことを「 姐さん 」と呼んでいた所為だろうと思われるが、店主のおじいさんは全てを察した様子で、接客態度が激変してしまい、ぎこちなくなっていた。
多分私のことを、極道組織の組長の娘とか、またはそれに近い設定を、脳内で一瞬の内に創り上げたのだろう。
その結果、最初は売り物じゃないから荷車は売れない――と言っていたはずなのに、やっぱり持って行っていいと、思い出したように言い出した・・・私は、少々罪悪感を覚えたのだった。
 




