第75話 改造人間
~20時15分~
姫野さんたちが迎えに来てくれた時点で、既に18時を少し回っていたわけだが、こちらは夏真っ盛りなので、その時点ではまだバチバチに明るかった。
だが流石に20時ともなると辺りは暗くなり、夜の帳が下りていた。
夜が訪れたとはいえ、こちらの闇は闇ではない。
視界の中を探せば必ずどこかに人工的な光はあるし、よほどド田舎の山中にでも行かない限り、真の闇が訪れることはまずない。
突然、一寸先からモンスターや魔物が飛び出してくる可能性がある、真の闇を味わったことのある私にとっては――こちらの世界の闇夜なんて昼間と大して変わらなかった。
山口県から高速道路に乗り、現在、福岡県の宗像市を目指している。
完全治癒を施すべく、記念すべき一人目に会うためだ。
「 でも春乃さん、マジでどうするつもりなん? いきなり会いに行っても、ワシらと一緒じゃあ門前払いじゃろ? ちゅーか通報されると思うわ。まず誰を治すん? 」
「 ってかその前に、姫野さんたちはこんなにも私に付きっ切りになってて大丈夫なんですか? 組の事とか色々仕事もあるんじゃないの? 」
「 あ~、ワシらの仕事は基本、一般人に店経営さしたりとか、完全に丸投げじゃけぇね。数日空けるくらいならな~んも問題ないんじゃわ。それに春乃さん関連は、組長からも「 全面的に協力せぇ! 」って正式に御達しも出とるしなー 」
「 そうなんですね。有難いです 」
「 有難いんはこっちの台詞じゃわ。命だけじゃのうてその他諸々――、春乃さんおらんかったら今頃どーなっとった事か・・・ 」
「 ホントそうですよ。若頭のおっしゃる通りです! 」
運転している組員のマツさんも同調していた。
「 ん~、まぁ検索したら被害者の会があったからさ、私も一応父親亡くしてる被害者側なわけじゃん? なんで、そこを糸口に近づこうかと思ってるんですけどね。んで申し訳ないけど、二人にはどこか離れた所に隠れててもらって――ダメですかね? 」
「 おう! まぁ考えがあるんなら任せるわ。ワシらが出張ってもロクな事にはならんしな 」
「 とりあえず家々を廻るって言っても、約七~八割の人たちはまだ入院中じゃん? だからとりあえず、退院して自宅療養になってる少数の人たちから治そうかと 」
「 ほうか。しかし自宅療養になったっちゅーても、全然軽うないのぉ。この二十代の女なんか、手を潰されて親指と人差し指が無いなってしもうとるやないか・・・痛かったろうになぁ。綺麗に切断してもうたんなら、まだ何とか繋がったんじゃろうけど、潰されたら、そりゃどうにもならんわなぁ・・ 」
「 では明日、その人から行きましょう! 」
「 了解じゃ! とりあえず今日は、本州の端っこで泊まりじゃな! ワシが宿取るわ 」
そう言って姫野さんは、スマフォで検索を開始した――
「 いや若頭! そーいうことは自分がやりますんで! 」
マツさんは相当焦った様子で、チラチラ後部座席に頭を振っていた。
「 うっさいわ! ええけぇ、お前は前だけ見て運転しとれや! 」
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~翌日、午前10時05分~
平日ということも関係しているのか、昨夜の旅館はガラガラだった。
第一印象は、明らかにアウトローな人種として映ったとは思うが――、我々が到着し出迎えてくれた旅館の女性陣は、眉一つ動かしてはいなかった。
突然押し掛けた形にはなったのだが、「 フグの刺身 」と「 瓦ソバ 」と呼ばれる――文字通り熱々の瓦の上に乗った茶そばを用意してくれており、満足度はかなり高かった。
実はフグの旬は冬らしく、出来れば寒い時期にまたお伺いしたい。
だが味だけで言えば、夏場が一番美味しいらしいのだが・・・それって夏場の方が旬ってことなんじゃないの? と疑問に思ったが、口には出さなかった。
フグの刺身と一緒に、クイクイと日本酒を呷る姫野さんを横目に見て、この時ほどお酒が飲めることが羨ましいと思ったことはないかもしれない。
「 さて行くか! じゃあ昨日話とった――指を失くした女からでええな? 」
「 はい、お願いします! 」
「 よしマツ、広陵台からじゃ! 着いたら起こせ、ワシは寝る! 」
「 はいっ! 」
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~宗像市、広陵台~
~午後14時35分~
私は現在、新興住宅地にある団地の個人宅前に居る。
建ててから、せいぜい十年くらいしか経過してないんじゃないかと思われる――比較的綺麗な二階建てのお宅の表札を凝視していた。
「 ここか? 高岡さん。ここで間違いない 」
ピンポーン!
ステレオタイプなインターホンの音が鳴り響く。
カメラに顔がよく映るように、あえて真正面に立つ――
『 はい? どなたでしょう? 』
暫く笑顔を崩さず待っていると、中年の女性と思しき声が応対に出た。
「 あっ、突然すみません! わたくし春乃と申します。実は例の列車脱線事故の列車に私も乗っていたのですが、その時一緒に乗っていた父を亡くしておりまして――、それで被害者の会に私も入らせて頂きたいと考えておりまして、で――同じ市内に住む高岡さんが、会に入っておられるかもしれないと思い至りまして! もしそうなら直接お話をお聞きしたいなと思い、無礼を承知で本日訪ねさせて頂いたのですが 」
『 はぁ・・・ちょっとお待ちください 』
怪訝な声音が全てを物語っている。
完全に不審がっているのかもしれない。
暫く待っていると玄関の扉が開き、品の良さそうな奥さんが顔を出した。
「 どうぞ・・・娘が会うと言ってますので―― 」
「 おお、ありがとうございます! お邪魔致します! 」
第一関門クリアだ!
いや――、ここをクリアしてしまえば第二はもうないだろう。
最初にして最大の難関と言ってもいいかもしれない部分を、すんなりとクリアしたのだ。
▽
家に上がり込んだ私は、一階のリビングに案内された。
私の姿を見るなり、L字のソファに座っていた若い女性がすぐさま立ち上がり、不思議そうな表情のまま会釈をしてくれた。
事前情報通り、その左手は包帯でグルグル巻きにされており、大怪我を負っているのは一目瞭然だった。
王都で私が治した――手首を失った男性のことを思い出した。
「 どうも! 突然アポも無くすみません。私は春乃と申します。実はあの列車に乗り合わせておりまして、私は無事だったんですけど父が亡くなってしまいまして―― 」
若い女性高岡さんは視線を落とし――「 それはお気の毒に・・・ 」と、ポツリと呟いている。
「 で! ですね、高岡さんは被害者の会に入っておられるのかな? っと思いまして、もし入っておられるなら私も被害者の会に入りたいので、御紹介頂きたいなって思いまして―― 」
「 あの失礼ですけど・・・本当にお父様が亡くなられたとですか? 」
「 ええ本当ですよ、勿論! 」
「 失礼ですけど、あなたには何て言うか・・・悲壮感みたいなモノが感じられん。あげん大事故に居合わせて目の前で実の父親が亡くなって、いくら自分が無傷でも・・・こげんも早う立ち直れるもんなんかなって。わたしなんて未だに毎晩、悪夢でうなされとるし・・・ 」
前言撤回だ・・・第二関門だなこれは。
高岡さん親子は、もはや猜疑心の塊と化しているように思えた。
「 あ~・・・実はですね、いや! 乗り合わせていたのは本当なんです。父が死んだのも本当です! ただ、亡くなった父にまだ会ってないんですよね 」
「 はぁ? 」
高岡親子のリアクションは、見事にシンクロしていた――
――ここはもう、出来るだけ正直に話すべきだな・・・
ただ、あるていどの脚色はするけど。
被害者の会に私も入らせてもらい仲良くなり、一気に複数人を治す算段だったのだが・・・
「 実はですね、私――事故の瞬間にですね・・・宇宙人に誘拐されて保護されたんですよね! 」
「 はああぁ? 」
さらに見事なシンクロ・・・
「 ちょっとぉ! いきなりなんば言いよっと? 」
「 いえ! ふざけてるわけでも何でもないんです! 本当なんですよ・・・私、宇宙人に改造されまして、改造人間なんです! 」
「 ちょっとぉ、あんたさっきから一体なんね! 一体どげん狙いがあって娘に近づこうとしたとね!! 」
高岡母は激高していた。
「 狙いは・・・治すためですよ! 今、その証拠をお見せします! 」
「 聖なる光球! 」
私は光源魔法を唱え、リビングに――突如眩く発光する光の珠を出現させた。
「 なっ!! 」
親子はあまりの眩しさに顔を反らし、しかめっ面になりながらも驚愕の表情を垣間見せる。
「 これは光源魔法です。これ以外の魔法だと刺激が強すぎますし――、特に攻撃魔法をお見せした場合、このお家が一部破壊されるかもしれないので・・・この魔法が一番安心で安全なんです! 」
光の珠を意思の力で掻き消した。
親子はあんぐりと口を開けたまま――放心状態だった。
「 えっ? 何? 何なん今の・・・ 」
「 信じられないと思いますが、魔法なんです。私、身体を宇宙人に改造されて魔法が使えるようにしてもらったんです! で――ここからが本題なんですけど、ゲームによくある回復魔法と言えば解りやすいかな? 治癒魔法と言えばいいかな? 実は私、どんな傷も治せる能力があるんですよ! 」
「 えっ? 」
「 しつこいようですが、あの列車に乗っていたのは本当に本当なんです! 父が亡くなったのも本当です。で、私のこちらの世界での当面の使命は、あの列車で被害を被った方たちを救済する事かなって考えたわけなんですね 」
「 そしてその記念すべき一人目が――、高岡さん、あなたってわけです! 」
「 え・・・ 」
「 とてもじゃないけど信じられない気持ちは重々わかります。私はあなたのその手を元通りにする為にここに来たわけです! どうしても受け入れられないと言われるのであれば、このまま何もせずに退散します! ですが、一縷の望みに賭ける思いが少しでもあるならば、その包帯を全て取り払ってもらえますか? 」
▽
あるていど放心状態から回復した高岡さんは、訝しみながらも、包帯を恐る恐るクルクルと剥ぎ取り始めた。
▽
縫合は完璧に成されているが――、かなり痛々しい傷口が露わとなった。
「 予想だけど、縫合が裂けると思うから・・・一瞬だけだと思うけど激痛が走るかもしれない。それだけは覚悟してくださいね 」
「 全治癒! 」
私に差し出された左手に向かい即座に唱える!
ビリっと縫合が裂け、「 うぅぅうう! 」と高岡さんが悶絶したその瞬間――
細い真っ白な骨が伸び上がり、同時に筋組織がシュルシュルと螺旋を描き纏わりつき、あっという間に爪も復元され、元通りの五本指に戻った。
ドガッ!!
真後ろで鈍い音が響く――
「 お母さん! 」
振り向くと――、高岡母が白目をむいて倒れていた。
どうやらダイニングの食卓テーブルに、頭かどこかを倒れる時にぶつけた様子だった。
「 あ~、あまりにも信じられない光景を目の当たりにして気を失ったのかな? 打ちどころ悪かったらヤバいなこれ・・・外傷は無くてもヤバいかもしれないから、一応お母さんにも魔法かけときますね 」
「 全治癒! 」
しかし高岡母は、その後暫く目覚めることはなかったのだった・・・




