第74話 島流し
「 ああ~、殿下! やっぱごめんなさい。やっぱキャンセル! 」
ニコニコと柔和な微笑みを湛えていた殿下の表情が、一変――困惑に変わった。
「 えええっ! ナゼっ? ナゼです?! 」
「 ちょっと確認しておかないといけない事を思い出しちゃって・・・でも三日、いや四日後には必ず登城し、デュールさんを呼び出します! お約束します確実に! これは確約です 」
「 むううぅ、分かりました・・・約束ですよ? 本当に次は必ずですよ? 準備を進めておいても宜しいですね? 」
「 はい、次は必ず! 」
▽
護衛の兵士を引き連れた殿下の大名行列が、城郭エリア方面に向かって――大通りを戻って行くのを見送りつつ、ある疑問に思いを馳せた。
こちらの世界の北方面は、元の日本での南方面・・・
宇品港と呼ばれる広島最南端から転移し、そこからかなり北上して王都に入ったわけだが・・・
じゃあ王都から転移したら、元の日本では大海原の上にいきなり出現するのか?
転移した途端に――いきなりドボン?
広島の海ってことは、瀬戸内海か・・・小島が多く点在しているらしい。
「 多島美 」と呼称される所以なのだろうが、ドボンと海中に放り出された後は、最寄りの小島まで自力で泳ぐ羽目になるのか? 最寄りって一口に言っても、最低でも普通に数キロとかあるんだろうけど。もしくは、四国の土地まで到達している距離なのか?
これは、リアカー自転車に乗っての転移は危険すぎるな・・・
そんなことをグルグルと道端で考えていると、殿下の御一行と入れ替わるように、リディアさんが通りの向こうから戻ってきた。
私が製作している間は、交換所へ手伝いに行っていたのだ。
「 ハルノ様。只今戻りました! 」
息を切らしたリディアさんが私の前で急停止し、息を整えつつ敬礼する。
「 ご苦労様。交換所はどんな感じでした? 」
「 概ね順調です! 初日のような殺到はもうありません。御触書が効果を発揮していると思われます 」
「 そうですか・・・実は、これからまた転移しようと思ってます! また留守番をお願いしたいんですけど 」
リディアさんの表情が、みるみるうちに変貌する。そう――珍しく私に対し憤怒の表情だった。
「 な、なぜですか! またもわたくしを置いて、御一人で行かれるのですか? わたくしはハルノ様の護衛です! 一時的ならばまだしも、また数日間あちらに滞在なされるのでしょう? わたくしには、もう耐えられません! 」
「 お、怒らないで・・・じゃあ次回は絶対! 絶対に連れて行きますから! リディアさんと二人だけの旅に! ね? 怒らないで 」
「 わたくしと二人だけですか・・・ハルノ様の故郷で、二人だけで過ごせるのですか? 」
「 うん、約束! 次は絶対に連れて行くから! 」
「 それならば――、承服致します・・・ 」
どうやら溜飲を下げてくれた様子で、私は安堵の溜息を漏らしていた。
▽
治療院真横の空き地でスタンバイ――
リディアさんとヒルダさんに、人払いをお願いしている。
間違っても――誰かを転移に巻き込むようなヘマはしない。
「 神威の門! 」
『 転移対象を確認しました。これより転移を開始します。霊子エネルギー充填完了済。滞在時間は約74時間となります。74時間が経過しますと、強制転移が発動しますので御注意ください。ちなみに転移後3分経過で、再び転移することができます 』
『 座標を修正中・・・60平方キロメートル以上の陸地を捕捉しました。位置修正後、転移を開始します・・・ 』
▽
▽
「 よ、吉田葡萄園? ブドウの木が、ブドウがすごい生ってる! どこだ? ここ・・・ 」
つる性落葉低木が――見渡す限り辺り一帯を占め、たわわな果実をこれでもかとぶら下げていた。
果樹園の入口・・・どうやらどこかの小高い丘にある――商業的栽培を目的とした農園近くに転移したようだ。
「 あれ? お客さんかいね? 」
四十代後半と見られる女性が、タオルを首からさげた作業着姿でそこに立っていた。
「 あっ! いえ、すみません。ちょっと迷っちゃって・・・スマフォのバッテリー切れちゃって、検索もできなくて、すみません――無断で入っちゃった感じになっちゃって・・・ 」
「 ああ、いいのいいの! 葡萄を買いに来たお客さんかと思っただけじゃけん! 」
「 あっ! では葡萄を一房買いますので、どこかでスマフォを充電させてもらえませんか? 」
「 コンセントくらい貸すわー! 別に、無理にお金使わなくてもいいやん! 」
「 あ、いえ、本当に食べたいので! 瑞々しい葡萄見てたら食べたくなりました! 」
「 そう? そんなら卸値で売ってあげる! 」
「 ありがとうございます! 」
▽
農園内にある管理事務所へと案内された。
事務所とはいえ――失礼ながらただの小屋だ。
私は早速コンセントを拝借し、充電があるていど完了するまで、購入したもぎたての瑞々しい葡萄を頬張ることにした。
「 これはサービスじゃけぇ! 」
そう言って、農園を経営する一家の奥さんである吉田佳代さんが、コップになみなみと注いだジュースを持って来てくれた。
「 あっ、すみません! ありがとうございます! 頂きます 」
私が腰かけている長椅子の真横に、佳代さんも腰を下ろした。
「 で? 宇品からって言うとったけど、周防大島には何しに来たん? 」
――周防大島! ここは島の中なのか! よくわかんないが――この地の地名を知ることができた!
「 え~っと、まぁ何となく・・・ぶらっと――そんな気分でして・・・ 」
「 ああ~、ごめんごめん! 別に根掘り葉掘り聞く気はないんじゃけど。女の子が一人って結構珍しいけんね! 」
▽
▽
『 おお、春乃さん! 電話が繋がっとるってことは――こっちに来とるんか? 今どこや? 』
「 周防大島って所らしいです! これから桟橋まで行って、フェリーで広島市内まで行こうかと! 一応陸路もあるみたいですけど、多分フェリーの方が断然速いと思います 」
『 いや! そこでのんびりと釣りでもして待っとってくれ! ワシがそっちに行くけん。こっちはまだ何かと危ないけんなぁ! それに向こうの世界の拠点から飛んだら――周防大島じゃったんじゃろ? なら帰りのことを考えたら動かん方がええで! ワシも宇品からフェリーで行くけぇ。ああ待てよ・・・治療の旅に出るんなら、こっちに来てもろうた方がええんかのぉ? まぁええわ――周防大島なら車のまんま山口方面に出れるしな! 取り敢えずそこで待っとってくれぇ! 』
「 分りました! では、御言葉に甘えて待ってます。できるだけ桟橋の近くまでは移動しておきますね 」
『 おお、頼むわ! 』
通話を終了した私は、近くの寂れた商店のガラス戸に貼ってある――妙な文言に目を奪われた。
【 汚水が浄化される牡蠣の貝殻売ってます 】
――ん? 汚水が浄化される貝殻? 牡蠣って、あの海のミルクって呼ばれる――あの牡蠣だよな?
――貝殻が売り物になるのか? 何だか妙に気になる・・・
▽
「 御免下さい! そこの張り紙が気になって、お邪魔したんですけど・・・ 」
商店に入ると、岩下水産と明記されている発砲スチロールが、所狭しとうず高く何個も積まれていた。
「 は~い、いらっしゃい! 何か? 」
すぐに――恰幅の良い六十代くらいのおばさんが出てきた。
「 あっ、すみません突然。あの張り紙に書いてある――汚水が浄化されるってのが気になっちゃって! 」
「 ああ、牡蠣の貝殻のことじゃね! もうそのまんまの意味なんよ。汚い話になるけど――トイレの汚水が溜まる浄化槽に牡蠣の貝殻を入れとくと、また洗浄水として再利用できるくらいにまで綺麗になるんよ! 富士山とかにはもうすでに設置されとるよ! 排水を一切出さないトイレって触れ込みで! 内部の循環だけで洗浄水を賄うらしいんよ 」
「 ええ! そんなことが可能なんですか? 」
「 うん。そうらしいよ! うちは専門家じゃないけぇ正直詳しくは解らんけど、単なる受け売りにはなるんじゃけどね。何でも通常の浄化槽に追加した層の部分に、牡蠣殻と活性炭を入れるんじゃって! で――牡蠣殻の表面の微生物が大活躍して、魚が住めるくらいにまで、また綺麗になるらしいよ! その仕組みで――洗浄水の循環を延々と繰り返しとるらしいわ。炭酸カルシウムも溶け出して、硝酸も中和するらしいよ 」
「 よく解りませんが、すごいですね・・・捨てる部分なはずの貝殻に、そんな凄い力があるとは 」
「 じゃろう? この辺りは牡蠣が特産じゃけぇねぇ、貝殻はなんぼでも――文字通り腐るほどあるんじゃわ! 」
「 ホントにすごいな。トイレの汚水が、まさか貝殻放り込むだけで・・・時間はかかるのかもだけど、魚が住めるくらいのレベルにまで浄化されるとは 」
「 じゃろ? まぁトイレに使うんは極端な例じゃけど、浄化したい水源なんかがあるんなら、貝殻が詰まったコレを何袋かぶち込んどけば、あるていど綺麗にはなると思うよ! どう? 一袋買っていく? 」
「 あっ、検討します! もしかしたら後日――大量に購入させて頂くかもしれません! 」
「 ほうか! 待っとるで! 」
▽
▽
~3時間後、桟橋付近の防波堤~
「 おお、春乃さん待たせたのぉ! ・・・って! ホンマに釣りしとるやないか! 冗談で言うたのに 」
釣り竿を構えたまま振り返ると、姫野さんとマツさんが――呆れた表情を隠さずそこに立っていた。
「 ああ、すみませんわざわざ! あのおじさんと意気投合しちゃって・・・予備の竿を借りちゃったんですよ! 」
少し離れた所で竿を振っている――私に釣り竿を貸してくれたおじさんが、こちらに顔を向け目を見開いていた。
憶測だが、明らかにヤバめな職業の男性たちと、私が知り合いなのだと認識し――、これ以上関わるのはヤバい! とでも思っているのだろう。
「 とりあえず竿を返してきんさいや。車ごとフェリーに乗ってきたけぇ、車の中で話そうや! そもそもどの話も、人前でできる話じゃあないけんなぁ! 」
「 わかりました 」
▽
桟橋横の無料駐車場に駐車してある車に乗り込んだ――
後部座席に並んで座る姫野さんが、車の中央ケースから、ゴツイ茶封筒を取り出し私に手渡した――
「 これは? お金ですか? 」
デカめの茶封筒は、かなりの厚みがあった。
「 ああ、金貨を日本円に換金した分じゃわ 」
「 いくらあんの? この厚み・・・ 」
「 189万じゃな 」
「 えええ! 想像以上に凄い金額ですね・・・ 」
「 手数料引かれてその金額じゃわ。一応言うとくが、ワシらは中抜きしとらんけんな。特殊な奴らに買い取ってもろうたけぇ、手数料もそれなりに取られるんじゃわ 」
「 い、いや十分ですよ。これからも買い取って頂けるんですかね? 」
「 おう! むしろまだあるなら――いくらでも持って来てくれ! って言うとったわ 」
「 おお! 今後の計画に明るい兆しが見えてきましたよ! 実は、今日も持って来てるんです 」
「 おう、後で受け取るわ。んでこっちが――頼まれとった情報じゃ 」
さらに中央のケースから封筒を取り出し、私に手渡してくれた。
中から何枚かの紙を取り出し、目を落とす。
「 負傷者のリストですね。ありがとうございます! 」
「 言い付け通り――、現代医学じゃこれ以上回復が見込めん奴だけを書いとる。名前、年齢、現住所、後は分かる範囲で職業、家族構成とかじゃな。何人かは連絡先も分ったけぇ書いてあるわ。あ~、一人だけすでに連絡取った奴もおる。三十代の女じゃけど 」
「 お~・・・凄いな! ありがとうございます! 」
「 でも春乃さん、どうやって治癒魔法をかけるんじゃ? 魔法使えますんで治してあげます! 無料です! って言うても――誰も信じんじゃろ? ちゅーか間違いなくカルト宗教の人間か、詐欺だと思われるじゃろうな。下手したら即通報されるで! 」
「 しかし、何らかの方法で対象に近づくことさえできれば――春乃さんなら、すれ違いざまに一瞬で治せるんかもしれんが・・・それに広島からじゃと結構距離がある奴らばっかりじゃ。こっちが出向くんなら、春乃さんの時間が限られとる関係で、各家廻って治療ってわけにはいかんしなぁ。まぁ、春乃さんがこっちに来る度に――最低でも一人ずつ治すとかかのぉ? 」
「 ああ、そうですね。基本一人ずつで! 全員治療するとなると――かなり時間はかかるだろうけど、一応確実な方法は考えてます! 多分上手くいくとは思うんだけど 」




