第73話 不穏
「 子供食堂 」の運営を開始してから、一週間が経過した。
一週間という単語は勿論通じるし、この世界の人たちも日常で使っている。
少なくとも私の脳内では、「 一週間 」という単語で聞こえている。
だが、この世界の人たちは十日区切りで暦を作るため――、ついつい七日で区切ってしまう私にとっては、違和感を感じてしまう時が多々あった。
旧約聖書の冒頭だったと思うが、神様がこの世を七日間で創ったことが、一週間の由来とされているらしい。それに倣うと、こちらの地球は十日間で創られたのだろうか?
私はずっと治療院に籠り、毎日配達されてくる蒸留水と小瓶に手をかざし、脳死状態で魔法を唱える日々だった。
お陰様で魔法のポーションのストックはかなりの数となり、正直もうこれ以上は置き場に困るほどの勢いだ。ちなみに交換所への輸送は、カインズ商会の従業員の方に手伝ってもらっている。
▽
子供食堂の運営は、すこぶる順調だった。
王家の後ろ楯パワーを思う存分活用させてもらい、ハンター組合で御触れを出してもらった影響が、如実に出ていると思われる。
簡単に言うならば――
チケットを買い占めない。
食事に訪れた孤児を邪険にしない。
交換した霊薬を転売しない。
国外に持ち出さない。
などなど――、結構細かい内容で御触れが出されていた。
そして私はいつの間にか「 聖女 」と呼ばれる存在になっており、デュール神がこの国を選び神託を授け、実務のために遣わされたのが――私なのだという噂が街中を駆け巡っていた。
今や子供でも知っている周知の事実となっているのだ。
正直、聖女と呼ばれるのはムズ痒いが、勿論悪い気はしなかった。
いい気になって調子に乗らないように――と常に心掛け、自分を律することに努めている。
「 ハ、ハルノ様! 」
ヒルダさんが血相を変え、部屋に飛び込んできた。
「 ど、どうしました? 」
「 で、で、で、殿下! 殿下が! 殿下がお見えです! 」
「 え? オリヴァー殿下? 王子様の? 」
「 そうです! 」
開け放たれた扉を、コンコンとノックする音が響いた――
ハッと振り向き視線を向けると、そこには・・・
「 ハルノ殿! 未だ登城されないので、こちらから出向きましたぞ! 」
オリヴァー殿下が、1人で部屋の入り口に立っていた。
「 うおっ! まさか1人で街へ下りてきたんですか? 」
「 いやいや! 護衛をわんさかと引き連れてますよ。今は表にたむろしてますがね 」
「 そうですか・・・で、何の用ですか? 」
オリヴァー殿下はガクッと膝から崩れ落ちるモーションをワザとらしく行い――、よろめきながら部屋の中へと入ってきた。
「 ハルノ殿・・・何だか、俺に冷たくはないですか? 」
「 え? そんなことないですよ! 」
「 そ、そうでしょうか? 何だか蔑ろになさっている気が、しないでもないですが・・・ 」
「 考えすぎです! 」
――とは言ったものの、蔑ろにしている自覚が、薄っすらとだが確かにあった。
「 ハルノ殿、デュール様よりの御神託を賜る件はどうなりました? さすがに日数が経ち過ぎているかと・・・ご報告しなくても良いのです? 単刀直入に申しますが、父上はもうとっくに痺れを切らしておりますぞ 」
「 ああ、そういえば――放置してたな。子供食堂のことで頭がいっぱいで・・・ 」
「 放置って・・・俺や父上は兎も角――デュール様を蔑ろにするのは、流石にマズイのでは? 」
「 う~ん、確かに色々と聞きたいこともあるし、そろそろ呼び出してみますか? 」
「 おお! 是非! 」
「 ですが礼拝堂の中だけ、しかも限られた人だけしか立ち合いはできないですよ? それでもいいですか? 」
「 え、ええ・・・勿論です 」
少しだけ落胆したオリヴァー殿下には、何やら淡い期待があったようだ。
そんな印象を受けた。
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~王都街、西門エリア貧民街~
王都唯一の闇ともいえる退廃地区。
孤児院に保護されていない子供や、ホームレス、奴隷落ちした挙句に棄てられた者など、この世の不幸を体現する者たちの巣窟と成り果てている地区だ。
勿論、宮廷もただ手をこまねいているだけではない。
何とかこの地区を浄化しようと、過去様々な政策を打ち出した。
だが現在に至るまで、今一つ効果は上がっていない。
たとえば、とある大規模工事で大勢の人夫が必要になった時、半ば強制的にこのエリアのホームレスなどを雇用した。
勿論――賃金もしっかり支払ったわけだが、長期的な就労支援とはいかず、一過性の政策で終わった感は否めなかった。
結局、永続的な働き口が必要なのだ。
まずは受け皿をしっかりと作らなければ、事態の好転は望めないだろう。
刹那的に日銭を稼がせても、結局は元の木阿弥なのだ。
こと人が暮らすという点に於いては不向きな――混沌としたエリア。
だが、好んで根城としている連中が存在する。
▽
ボロボロの掘っ立て小屋が、地下の大広間へと続く入り口となっており、小屋部分には――最低2名の見張り番が常駐している。
小屋の扉をワザと勢いよく開け放った盗賊あがりのラザークは、咄嗟に身構えた見張り番の片割れに向かって、無遠慮に酒瓶を放り投げた。
「 ほれ! 安酒だ! 」
「 あっ! こりゃどうも! いただきます! へへへ 」
見張り番の2人は下卑た笑みを浮かべ、ズカズカと進むラザークに道を開けながら、ペコペコと会釈をしていた。
「 ボスは下にいるのか? 」
「 はい! 今日は朝まで下にいる――と、言われておりました 」
「 そうか―― 」
▽
全て木製の螺旋階段を降りて行く・・・
陽の光は届かなくなり、壁に備えてある――燭台の蝋燭の灯りが頼りだ。
階下突き当りの部屋の、扉の隙間から――微かな灯りが漏れていた。
「 ボス、帰ったぜ 」
「 存外早かったな 」
「 ああ、あまりイジメるのは好きじゃないんでな 」
「 ははは! まぁ座れ、一杯やるか? 」
机を挟んで、ボスの向かいの椅子にラザークが座る。
「 いやいらん! 酒を入れると隙が生まれる 」
「 相変わらずだな! では早速、仕事の話に移ろう 」
「 聞こう―― 」
「 お前は丁度街を出ていたから知らんだろうが、十日ほど前、デュール神の御使いと称される聖女が、天より舞い降りてきたそうだ―― 」
ラザークは「 はぁ? 」と呟き、怪訝な表情を見せた。
「 まぁ聞け! その仰々しい御登場は脚色だとしてもだ、この聖女の能力は本物だ。飲み干せば、あるていどの負傷を瞬時に治してしまうポーションを創り市場に出している。今ではそれなりの数が出回っており、ワシも最初は眉唾の効果だと踏んでおったが、どうやら失った腕が復元した者も実在するそうだ 」
「 信じられんな・・・ 」
「 ああ、無理もない。だが真実だ! 治癒という側面に於いては――希代の魔道士なのだろう。その点は、もはや疑う余地がない―― 」
「 ほう・・・ボスがそこまで認めると言うことは、本物なのだな。だが一本いくらするんだ? 」
「 いや、直接売っているわけではない。どうやらある種の募金をすると、見返りとしてそのポーションの配布を受けることができるらしい 」
ラザークは俄然興味が出てきたのか――、椅子の背もたれに身を預けていた姿勢から、前のめりの姿勢になっていた。
「 まとまった数を盗むつもりか? 」
ボスと呼ばれる初老の男は口の端を歪め――、独特の笑顔を見せる。
「 そうだ! だが、盗むのは聖女ごとだ! 」
冷静沈着なラザークも、ついに吹き出した。
「 はははは! その聖女とやらを誘拐し、俺たちのためだけに――ポーションを製作させるのか? こりゃあ面白そうだな! 」
「 どうせ求心力が低下した王家の――プロパガンダに利用されておるのだろう。なまじ能力が本物だったことで重用されておるのだろうが・・・とどのつまり、王家に食いものにされて終わるだけだ。その点、我らならばきちんと報酬も支払う。女が好きそうな家具も用意しよう 」
「 だが、それほどまでに貴重な魔道士ならば王家が黙っておらんだろう? 全力で奪還しにくるんじゃないのか? 」
「 勿論、逃走ルートは考えてある。王家が手を出したくても出せない所まで逃げればいいだけだろう。まずは調査からだがな 」
ラザークは「 ははは! 」と笑いながら、今度は逆に仰け反り、背もたれに身を預けた。
「 お前は本当に察しがいいな! 」
「 察しがいいというか、単に消去法だ。良い案だと思うぞ。これ以上ない手土産になるだろうしな 」
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