第71話 シャルディア城にて
シャルディア城内は、蜂の巣を突いたような大騒ぎとなっていた。
防御塔や礼拝堂が建っている――シャルディア城中層のこの広大な中庭で、私はじっと待つことにしたのだ。
もうかなり日が傾き、夕暮れになりつつあった。
上空からこの広場に、リアカー自転車ごと降り立った私。
今――、遠巻きではあるが、数十名の近衛兵に取り囲まれている状態だった。
姫野さんからもらった強化プラスチックメガネや、砂塵を吸い込まないようにと防塵マスクを装着した私。
この奇異な出で立ちに加え、ワルキューレの異様な外見のせいなのか、未だに身構えている兵士もいるにはいるが、基本的には――あるていど周知が済んでいると確信した。
「 武器を下ろせ 」「 敵ではない 」「 使徒様が帰還なされたのだ 」などの声が、漏れ聞こえてきたからだ。
▽
すでに半開きの状態だった――中庭と城内を隔てる巨大な観音扉が、ゴゴゴと鈍く鳴きながら、目一杯開かれる。
――おお! 来た来たぁ!
どこかで見たことのある連中が、こぞって駆けて来る。
「 ハルノ様! よくぞお戻りになられました! 」
先頭はリディアさんだった。
ヘルムこそ装着していないが、本来着込みである鎖帷子を、外衣部分に使用した白銀のサーコートを纏っている。騎士然としていてカッコイイ。惚れ直した気分だ。
「 おお! リディアさんも到着してたんですね! 道中問題ありませんでしたか? 」
「 はっ! 問題ございません! 」
胸部で右拳を握る敬礼の動作も、いつにも増してカッコイイ。
リディアさんから少し遅れて、さらに大勢走り込んでくる――
目を凝らすと――国王陛下、オリヴァー殿下、宰相さん、サイファー騎士団長、グリム砦所属のラグリット第三大隊長、そしてアイメーヤさんまでもが、一斉に息を切らして駆けて来た。
さらにその後ろには、大勢の貴族と思しき一団も、驚愕の表情のまま雁首を揃えていた。
「 うおっ! アイメーヤさんもいたの? 」
「 どうも、お久しぶりです! ブラックモア卿に、帰還の道中グリム砦に立ち寄って頂きまして、その折――仔細をお伺いしまして。それでブラックモア卿の護衛も兼ねて、大隊長共々罷り越した次第です 」
「 なるほど! 」
「 よくぞご無事で! 御戻りを心待ちに致しておりましたぞ! 此度はリューステール領の騒乱に巻き込んでしまったようで・・・ハルノ殿と入れ替わる形で、調査団を派遣しましたので――真相解明まで今暫くお待ちいただくことにはなりますが 」
「 そうですか。まぁ完全な成り行きでしたけどね。何とか一応、事態も終息したと思うんですけどねぇ。まぁ後はお任せします 」
陛下の後ろから遅れて、オリヴァー殿下が飛び出してきた。
「 ハルノ殿! これまた度肝を抜く帰還ですね! 」
殿下も、満面の笑みで迎えてくれた。
そこにはもはや打算などは皆無のようで、心底嬉しそうだった。
「 お陰で城内は大騒ぎになってるぞ! 目立つのが嫌いな嬢ちゃんが、こんなド派手な御帰還とはな! どんな心変わりなんだ? つーかソレは何だ? 嬢ちゃんと一緒に降りてきたソレは・・・ 」
「 騎士団長さん。これはですね・・・一応1人用の乗り物なんですよ! 実は騎士団長さんが一番喜びそうな御土産を――持って帰るためにここまで乗って来たんですよ! 尤も途中から召喚を使って、大幅にショートカットしましたけどね。やっぱ空を飛ぶと、何倍も速いですねぇ 」
「 はははっ! まさか空から御帰還とはなぁ! しかし、俺が喜びそうな土産とは? 」
サイファーさんは思わず身を乗り出していた。
私はリアカーの中に両手を突っ込み、適当に二本取り出して、ドヤ顔で高々と掲げて見せた。
「 これです! 私の故郷の、お酒各種で~す! 」
「 おおおっ! 酒かぁ! こりゃあいい! 」
「 ハルノ殿! 我らにも積もる話が御座いますが――、宴の準備が整っております! 御足労をお掛けしますが取り敢えずは城内へ――、今宵は祝宴と参りましょうぞ! 」
「 え? 準備が整ってる? 帰る日を連絡してたわけでもないのに? 」
「 ははは! いつお戻りになられても対応できるようにと――、ブラックモアからの報告を受け、すぐに準備万端整えお待ちしておったのですよ! 」
「 な、なるほど・・ 」
――何だか気を使わせて申し訳ないな。腰を折るのも悪いし、デュールさんに報告するのは明日でもいいか・・・
「 了解しました。では失礼ながら、自転車ごと持って行きますね。あのデカい籠の中は――全部お酒なので、皆で全部飲みましょう! 」
「 おお~! 」
▽
▽
「 う、美味いな! なんだこの酒は・・・果実のような香りがほんのりする。滑らかなのにしっかりとした旨味があるな! 嬢ちゃん、これは何て酒なんだ? 」
「 う~ん、これは日本酒というお酒で純米吟醸って書いてありますね。私は全然お酒飲まないので、正直お酒関係は全然詳しくないんで――、それ以上のことはわかんないです。ごめんなさい 」
「 ほおぉ、ニホンシュか! 覚えておこう。感謝する! 」
騎士団長サイファーさんは食事にほとんど手を付けず、私が多くの侍従さんと協力し――テーブルにズラっと並べ準備したお酒を、少量ずつテイスティングするように、次々と口に運んでいた。
宴会場と化した大広間には、壇上の陛下をはじめ――この国の重鎮が数多く歓談していた。
様々な派閥の貴族たちも大勢参加しているらしいのだが――、なにぶん急だったようで、予め喧伝された上で人が集まる晩餐会などと比べると、その参加人数は雲泥の差らしい。これでもかなり少ない方なんだそうな。
姫野さんが用意してくれたお酒は、基本的には陛下を中心とした――限られた人たちにしか献上されていない。
大声で「 美味い、美味い! 」――と、その都度サイファーさんが歓喜の雄叫びを上げているので、飲みたくても飲めない貴族たちが、さっきから恨めしそうに――こちらへと羨望の眼差しを向けている。
「 うまいっ! これは干し肉ですよね? こっちのパリパリした薄いのも美味い! 」
「 それは私も大好物ですよ。美味しいですよね 」
サイファーさんとは真逆で、アイメーヤさんはお酒に手を付けず、ビーフジャーキーやポテトチップスを、バリバリと音を立てながら凄い勢いで食べていた。
ちなみに大隊長さんは兎も角――、アイメーヤさんは一兵卒に過ぎないのでこの場には相応しくない、との声が貴族たちから漏れ出ていた。
流石に黙ってはおられず、「 ふざけるな! 私の友人だ! 」と私が一喝し――遠慮するアイメーヤさんを無理やり参加させたのだ。
その後、血の気が引いた貴族のオッサン3人が、私に対し深々と謝罪をしてきたので、アイメーヤさんに謝罪しろと伝えた。
勿論アイメーヤさんもその謝罪を受け入れ――、今は何事も無かったかのように両者歓談している。
もう問題は無いだろう――
▽
オリヴァー殿下が壇上から降りてきた。
「 ハルノ殿! 楽しんでおられますか? ところでブラックモアから聞き及びましたが、何でも【ポータル】を既に発見されたとか? ということは、カラフ遺跡遠征はもはや必要無いのでしょうか? 」
「 ああ、すみません。殿下に於かれましては、ずっと遠征の準備をしてくださっていたのに、無駄になってしまって 」
「 いやいや、何を仰いますか! デュール様より賜った使命を全うできたことに、そしてそれに対し――間接的とはいえ俺も関われたことを誇りに思いますよ! 陛下も同じ想いかと 」
「 そう言って頂けると少し救われますね。まぁ何のために私に捜索させたのか、明日にでもデュールさんを呼び出し確かめようかなって思いますが 」
「 なっ!? 明日デュール様を? この城に御招きになると? 」
「 ええ、まぁ明日か後日、また礼拝堂で呼びかけてみようかと 」
「 おお! こんなにも短いスパンで、再びデュール様のご尊顔を拝する機会が訪れようとは・・・なんたる僥倖! 差し支えなければ、俺も父上も是非同席させて頂きたい! 」
「 ええ、必ず事前に声掛けますね。ってか、この城の中だから必然的に立ち会うことになると思いますけど 」
ス、スパンって・・・現代日本人が使う微妙な横文字が、こっちの世界の人たちの会話の中に、こうやってちょいちょい入ることがあるけど、何だか違和感を感じてしまう。
▽
~1時間30分後~
「 はぁはぁ、すみません・・・お待たせしましたハルノ様。お変わり御座いませんか? 王都街では天使様が城に降り立ち降臨なされた――と、大騒ぎになっておりました! 」
「 あ~、ごめんねマリアさん。結果的に急かしてしまったね。ごめんなさい。まぁちょっと派手な凱旋になってしまったのは否めないね 」
王都街で様々な仕事をしてもらっていたマリアさんを、お城の方にお願いして呼びに行ってもらっていたのだ。
「 いえいえ、急ぐのは当然で御座います! 」
「 まぁまぁ、とりあえずマリアさんも飲んで食べてゆっくりして! 話は食べながらしましょう 」
▽
「 なるほど! じゃあ明日からでもスタートできるのね 」
「 はい! むしろいつになったら開始するんだ! と、クレームにも似た声が多数入るくらいに、期待値が凄いことになっています 」
「 そ、そうなんですね・・・ポーションの量産をせねば。明日から忙しくなるわ。デュールさんは後回しでいいなこりゃ 」
「 ええ? デュール様を後回しとは? 」
「 ああ、気にしないで! 私の中であの人の優先順位は――最下位だから 」
「 えええっ!? 」
「 手持ちのポーションは、今何本? 」
「 え~っと・・・32本です 」
「 そっか・・・後、最低でも70本以上は作っておきたいね 」
取り敢えず、明日一日やる事は決まった。
魔法のポーションを量産し、遂に――満を持して「 子供食堂 」の運営を開始するのだ。
「 ハルノ殿! 」
会食エリアで、マリアさんリディアさんと話し込む私に対し――壇上から国王陛下が声を掛けてきた。
「 あー、はい! 」
「 こちらへおいで下さいますかな? 」
「 はい 」
壇上に駆け上り、陛下と殿下の御前に立つ。
「 ハルノ殿、御高配賜り感謝致しますぞ 」
「 へ? 」
「 本来ならば、ここには我らではなく、ハルノ殿がお座りになるべきところ。我らの顔を立ててくださり、感謝しております 」
「 え? いや、そんな気は毛頭ありませんでしたが・・・どう考えても、壇上には王家の人が座ってないとダメでしょう? 別に貴族の方々の目を気にして、陛下の顔を立てて――とかってのは、頭の片隅にも無いですよ? 」
「 そ、そうでしたか・・・ 」
「 何だかまだ私の事を――ちょっと誤解してますよね? うまく言えませんが 」
国王陛下は、少し焦った様子でブンブンと手を振った。
「 いえいえ! そのような・・・と、とにかくハルノ殿。ブラックモアから聞き及びましたが――何でもデュール様の使徒様という紛れも無き事実を、公にするとご決断なされたとか 」
「 あー、そうですね。その方が今後何かとメリットがあるかと思いまして。まだ調査中ということではありますが、リューステール領の件もありますし、無益な派閥争いを繰り広げる――貴族の方をまとめるためにも得策だ、とリディアさんに言われたので 」
「 おお! それは素晴らしい慧眼、英断かと存じます! 正直に申しますと、我らにとってもかなり有利な状況となりますので、大変助かります! 」
「 そうですか・・・まぁそれもあって、あんなにも目立つ感じで帰還してきたんですよね 」
「 なるほどなるほど! そこでどうでしょうか? ここに集まった者の中には、未だハルノ殿の存在に疑問を感じておる罰当たりも多いと見受けられます。その罰当たり共を心酔させるほどのデモンストレーションに、御協力して頂けませんかな? 」
陛下はグイっと上体を起こし、ニヤッと無邪気な笑顔を見せていた。
「 ええ、勿論構いませんが・・・でもどうやるんです? 」
「 実はですな、一昨日と昨日に死亡した者の亡骸を数体――、この城まで運ばせております。勿論老衰などの自然死ではございません 」
「 ええっ! な、なるほど・・・蘇生魔法という奇跡を行使し、信じさせると? 」
「 左様です 」
「 しかしそのためだけに、連日死体を探してたんですか・・・ 」
「 うっ・・・いえ、探していたと言いますか――我が王都にはかなりの数の民が生活しておりますからな。残念ながら、事故などで死ぬる者が数名は存在しますので 」
陛下は少しだけ罪悪感があるのか――少々言い訳じみた言い回しになっていた。
「 ああ、別に責めているわけじゃあないですよ。一石三鳥の良い案だと思いますし 」
「 お、恐れ入ります。では早速! 」
陛下が出入口の方を一瞥し、右手を挙げた。
▽
担架の要領で、板の上に寝かされた死体が3体。城の兵士たちの手で運ばれてきた・・・
宴会場内の私の眼前に、静かに置かれる。
何かの下敷きになったのか・・・下半身が血塗れの、思わず目を背けたくなる死体もある。
一目瞭然的な分かりやすさを求めて、どこからどう見ても死んでいる死体を特に選んだわけではないんだろうが――、それにしても、血が滴っているのはどうかと思う。
飲食と共に楽しく歓談する場に、まだ血の匂いがする死体を運び込むとは・・・
普通に常識で考えれば、これこそ神を冒涜し、死者を冒涜する行為の一つかもしれない。
だがここは現代日本ではない。少しくらいは目を瞑ろう。
一部事情を知る者以外――全員、驚愕の表情のまま絶句していた。至極当然の反応だろう。
暫くして・・・一体何が始まるのかとザワつき始める。
陛下が、グラスを片手に立ち上がった。
「 みな傾聴してほしい! 我らは派閥の垣根を越え一枚岩となり、より盤石とならねばならん!こちらにおられるハルノ殿は、何を隠そう主神デュール神様の使徒様であられる! デュール様よりの神命を、このたび見事果たされ、本日王都へと御帰還なされた! だが、この事実に疑念を持っておる者も、卿らの中にはまだ存在するだろう。故に、その疑念をこれからハルノ殿御自ら払拭してくださる! よいか! 刮目せよ! 」
――口上が長いな。
「 蘇生! 」×3
▽
一呼吸おいて微睡みながらも――、朝起床するのと何ら変わらない身の起こし方で生き返る者たち・・・それを目の当たりにした貴族の者たちは、全員漏れなく絶句していた。
そこかしこで、パリンパリンと――ガラス製の器を落としている者が続出していた。
その光景を壇上から眺めつつ、今度は【紙コップ】や【プラスチックのコップ】を仕入れて、こっちの世界に持って来よう、と思ったのだった。




