第70話 王都へ向けて その三 伝説の幕開け
まだ白々としている肌寒い早朝。
ミリュウネさんたちと別れ、それぞれの旅を再開するために行路を戻した。
頭を失ったリューステール領は行政が大混乱していると予想されるが、ミリュウネさんたちには何一つ伝えてはいない。ミリュウネさんたちは、まず東寄りに位置する歓楽街サラムへお酒を売りに行くらしいので、異変に気付くのは随分後の事になるのかもしれない。
▽
よく寝たせいか、今日はペダルが軽い。
お酒での餌付けが功を奏したのか、天幕内で眠る特権を与えられたお陰だ。
ソロだったら、土魔法で簡易ベッドを創り、リアカーに被せているグリーンシートを布団代わりにして就寝していたことだろう。それこそ砂混じりの冷たい夜風に襲われ、何度も目を覚ましていたことだったろう。
その点、天幕内は快適そのものだった。
寒くもなく暑くもなく、天幕にぶつかる風の音が多少耳障りだったていどだ。
ペダルが軽いのにはもう一つ理由があった。
それは、お酒の数が単純に減ったからだ。
約二十本ちょいのお酒が消費され、空き瓶もミリュウネさんが買い取ってくれた。
かなり精巧な瓶であるのは勿論のことだが、ミリュウネさんが言うには、特に様々な模様のラベルがこの世界の人たちにとってはかなりアーティスティックに映るらしい。新しい酒を入れて売るのかもしれないし、たとえ空き瓶のままでも十分インテリアとしての商品価値があると判断したようだった。
余談だが――念のためラベルの綺麗な剥がし方も伝授しておいた。
お湯を沸かし少しだけ冷ましたら、ラベルが貼られている上までそのお湯を瓶に注ぐ、そうして暫く待つと・・・あら不思議! 魔法のように綺麗に剥がれるのだ。まぁ別に内部にお湯を注がなくても、ジップロック的なモノにお湯を入れ大きな水風船のようにして、シール部分に直接当てても綺麗に剥がすことができるのだ。
さらに中身の入ってるお酒を十本どうしても売って欲しいと懇願され、無下に断ることもできず承諾した。
言い値で買うから! と迫られたが、お酒自体に興味も縁もないし、そもそもこの世界の相場がわからないので、ミリュウネさんに値段は決めてもらった。
その結果、中身は何であろうと一本=大銀貨五枚という値が付いた。
結果私は、合計――金貨五枚と大銀貨二枚を手に入れたのだった。
▽
進めど進めど景色は一定で、まるで代わり映えがない・・・
本当にこっちで合っているのか? と――定期的に疑心暗鬼となり、手書きで書いてもらった地図をその都度見返していた。文字は読めないのでイラストだけで書いて頂いた物だ。
私が所持している紙にボールペンを使って書いてもらったのだが、滑らかな書き味にかなり感動していた様子だった。勿論そのボールペンは無料で差し上げた。まだ二本あるので問題はない。
説明によると、グリム砦に立ち寄るのはかなり西寄りに一旦戻ってから北上しないといけないらしく、今回は見送ることに決めた。
現在、東寄りのルートでゆるやかに迂回する形で北上している。
ミリュウネさんは、「 この辺りは巨大サソリのテリトリー外なのでご安心ください 」と言いながら、せっせと書いていた。
得意気に、「 それなら私が倒しましたよ! 」とは勿論伝えたりしていない。
どうせ信じないだろうし、もしかしたら私が倒した個体以外にも、似た様なのがいるのかもしれないし・・・
しかし目印となるモノが極僅かで、今どのあたりを走行しているのか、マジで訳が分からなくなってくる・・・
▽
▽
▽
さらに三時間が経過した。
荒涼とした大地から一転――、徐々に緑が増え始めた!
地図に書いてもらった通りだ。
このまま進み人の手が入った田園地帯まで進めば――もうこっちのものだ。
「 うおっ! やばいな・・・赤色に変わったぞ。これって電池切れ間近ってやつなんじゃ 」
ハンドル部分に貼り付いている――操作パネルの電力残量ゲージがあと二メモリとなり、赤色に変色していた。
そもそも、電動アシスト付き自転車に乗るのは初めてだった。
当初姫野さんは、いわゆるロードバイク? マウンテンバイク? 私は詳しくないのでよく判らないが、悪路をものともしない――軽量化に特化し耐衝撃性のある自転車を選んでくれていたそうだ。
それにプラスして、荷物がかなりの量詰め込めるバカでかい真四角のリュックを買おうとしていたらしい。
だが組員のマツさんが、リアカーを牽くタイプがいいんじゃないかと言い出し――その意見を採用しこの自転車を選んだそうだ。
リアカーを安定的に牽くために中央スタンドのある自転車で、尚且つ電動アシスト付きとなると、どうやらこれが一番適しているということに落ち着いたらしい。
ちなみに、タイヤも「 パンクしないタイヤ 」なのだそうな!
よく分からないが、空気を入れるタイプのタイヤではないのだろう。
とにかく、全ては電力ありきなのだ。
電力のアシストがあるからこそペダルも軽く、悪路でもそれなりに進むことができ、ここまで来れたのだ・・・
だがもし電力がゼロになったら・・・途端にただただメチャクチャ重いママチャリに変貌することだろう。
その瞬間はもう間もなくやってくる。
「 やばいかもな。まだ後どれくらいあるだろ? まだ五十キロとか余裕である気がする・・・ 」
▽
その後六キロばかり走ると、ついに電力が尽きてしまった!
案の定、メチャクチャ重いママチャリに成り果ててしまった。
もはや苦行以外の何ものでもない・・・
もし後丸一日この状態の自転車を運転するとなると、あまりの苦行で私は悟りを開き、デュールさんと同格になれるかもしれない。
「 やべえ。マジでしんどいなこれ・・・歩いた方が楽なんじゃないか? 」
大量の酒瓶も食料もここに捨て置き、リアカーを切り離してママチャリのみで進むか?
とりあえず歩いて王都を目指すか?
そのどちらも一つの手段だろうとは思うが、しかし姫野さんたちの心意気を想うと――そんな罰当たりなことは断じてできない。
「 あっ! 」
「 いいこと思いついちゃったかも・・・ 」
「 うあー! 思いついちゃったから仕方ない! これはもうやるしかないよなー・・・思いついちゃったしなー 」
内なる眼で確認してみる――
魔法名は仄かに光り、再使用可能を知らせていた。
「 精霊召喚! 」
私はおもむろに魔法名を叫び――半透明でしなやかな肢体を持つ、女性型の翼人3体を召喚した。
私が、戦死者を選ぶ者と名付けた召喚だ。
「 私が乗ったこの自転車を、リアカーごと持ち上げ王都まで運んで頂戴! 」
召喚に共通しているのは無表情で無機質な部分であり、女性型のワルキューレたちも例外ではなかった。私の指示をちゃんと聞いているのか――不安になるくらいに無反応だった。
だが次の瞬間
ワルキューレたちが均等に分れ、リアカーの左右にそれぞれ1体、自転車の傍に1体、という配置に付いた。
「 うおぉ! 浮いたぜー! 」
均等に分れたワルキューレたちが、両翼をはためかせ浮かび上がった!
上から引っ張るように、私が乗った状態の自転車とリアカーを引っ張り上げた。
それぞれの両腕を変形させ、何本もの触手が肩口から伸びている状態となり、全体を支えているのだった。
「 やべえ! 高いとこ怖いけど・・・面白い! 」
「 いや~、絶景! 絶景! 」
ちょっと向かい風が強く肌寒いが、このまま飛行した状態で王都を目指すのだ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~ライベルク王国、王都外周エリア~
ちょっと早めの昼食を食べ一仕事終え、また小休憩に入った時だった。
家屋の修繕を生業としている職人のマナレムは、修繕中の家の屋根に寝そべり抜けるような青空を眺めて微睡んでいた。
昼食と夕食の、丁度中間のこの時間はいつもウトウトタイムだった。
「 ヤバい! また睡魔が・・・屋根で寝たらヤバい 」
だが次の瞬間――睡魔もブッ飛ぶ我が目を疑う信じられない光景が飛び込んできた!
そう、信じられないモノが――、大空を悠々と飛んでいるのだ!
「 なっ、なんだあれえ!! 鳥じゃねぇ! 3つの何かが飛んでる! 何かを運んでいるのか?! 」
マナレムの目には、どう見ても半透明な天使そのものに映った。
空の色が透き通る天使3体が、揺り籠をどこかに運んでいるように見えた。
「 い、いや、3体じゃねえ。あの籠に誰か乗ってるぞ? 人か? 間違いねぇ・・・人だ、陸人だ! 」
一旦、屋根の上から王都を見下ろした。
どうやら気付いたのは自分だけではないらしい。
そこかしこでどよめきが巻き起こっていた。
往来の人々は皆上空を指差し、悲鳴にも似た歓声を上げている。
「 な、何なんだアレは・・・天使様か? デュール様の眷属の天使様なのか? じゃあ――あの陸人は誰だ? 天使様が運んでるあの人は? 」
あまりにも突然過ぎる我が目を疑う光景だった。
呆気にとられ、思わず屋根の上から滑り落ちそうになるほどの衝撃だった。
「 あ、あぶねえ! 」
自分の声と重なるように、「 危ない!! 」と叫ぶ大声と破壊音が――下の往来を発生源として耳に飛び込んでくる。
大声の方向に目を向けると、小型馬車の客車部分が、路沿いの商店に突っ込んでいた。
どうやら御者が上空の天使に気を取られ運転を誤ったのだろう、と即座に推測できる状況だった。
「 だ、誰かぁ! 医者を呼んで来てぇ!! 子供が轢かれてる!! 」
どこぞの婦人が半狂乱で叫んでいた――
目を凝らすと、確かに小さな女の子が、破壊された商店の扉の傍に倒れていた。
「 気の毒に・・・片足が潰れてるんじゃないのか? 可哀想にな。あれじゃもう歩けないだろうな 」
マナレムは心の底から同情していた。
だが――、自分にはどうしてやることもできない。
憐れむくらいしかできないのだ。
!!!
突然――、頭上が暗くなった!
反射的に、マナレムがハッと見上げると・・・
そこには3体の天使が揺り籠を持ち上げた状態で、自分のすぐ傍を急降下してきたのだ!!
「 うおおお!! あ、あぶねえ! 」
やはり天使様だけじゃない!
確実に人がいた! 間違いない――陸人の女性だ。
固唾を呑み目で追いかけると・・・事故の現場に、3体の天使と何者かが乗った揺り籠が降り立った。
次の瞬間・・・一瞬だったが眩い光が激しく膨張し――そしてすぐさま収束していき倒れている女の子の身体にその光が浸透していったように見えた。
「 おい! 嘘だろ・・・何事も無かったかのように――、立ち上がったぞあの子 」
「 まさか嘘だろ 」
女の子自身も信じられないといった身振り手振りで、呆気にとられている。
その様子がここからでもよく解った。
「 間違いない! デュール様が遣わされた――、御子様に違いない! 」
マナレムの両頬には、自然と一筋の涙が流れていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




