第7話 そうだ!返却しに行こう!
「 自業自得だな―― 」
大隊長さんが吐き捨てるように呟いた。
カノンさんたちパーティーメンバーは、全員項垂れてしまい返す言葉もない様子だ。
「 ハルノ殿も失望されている御様子だし、これ以上は時間の無駄だな。気の毒には思うが我らも先を急ぐのでな 」
そう言って私以外のメンバーは、輸送車が停めてある防護柵方面に歩き出した。
「 いや待ってください。確かに彼らのやり方には失望しましたが、力を貸さないとは言ってないです 」
カノンさんたちの表情に一瞬喜色が浮かんだが――みずから引き締めるようにすぐに掻き消えた。
「 何かあれば私が回復しますし皆に防御魔法もかけますので、一緒に謝りに行きましょう! 」
「 あ、謝りに? 」
「 ええ。ある程度の知能があるなら、モンスターという括りの中で生きる生物とはいえ、意思の疎通は図れるんじゃないかと! 」
「 つまり苗木を戻し、謝罪をしてデュランを開放してもらえ・・・と? 」
「 ですです。商人さんの息子さんでしたっけ? その子の病気も私の魔法で何とかなるかもしれないし・・・いやまぁ、そこは完全な希望的観測なんですけど・・・ 」
「 おおお! 確かに! 高位の治癒魔法が扱える貴女ならば、あるいは! 」
カノンさんたち三人はお互いの顔を見合わせ、アイコンタクトで同意を得た様子だった。
「 ハルノ殿! お人好し過ぎませんか? いや何というかその――ハルノ殿に意思決定権がある以上、我ら騎士団はそれに従うしかないのですが。こちらはお願いしている身ですし。しかし甘すぎますな! 」
踵を返しこちらに戻った大隊長さんは、渋々といった様子で溜息をついた。
一応は私の意向に付き合ってくれるみたいだが・・・
「 まぁまぁ、若い内は失敗を繰り返し成長していくものじゃないですかー 」
「 わ、若い内って・・・ハルノ殿の方が幼いような。あ、いやそうか! 実年齢は―― 」
大隊長さんの脳内で、何やら勝手に完結したのだろう。
「 一体、貴女は何者なんですか? 騎士団のお偉いさんのあの接し方を見ていると、ただ者じゃない。それに高位の治癒魔法を使いこなす幼い少女って! もう何が何だか疑問しか浮かばないんですが・・・ 」
街のハンターたちからすれば、本来畏敬の念を抱く存在の王国騎士団の大隊長さんが、外国の女性に対し常に敬意を払っているかのような振る舞いをしているので、もうそれだけでかなり衝撃的なのかもしれない。
――しかし少女か、カノンさんがお世辞で言ってるようには見えないし。
「 え? 少女って・・・いやぁ~少女に見えますか~! 」
ついついムフフ笑いをしてしまう。
実年齢23歳の私が少女・・・
この世界の――、少なくともこのウィン大陸の人たちと比べると、かなり幼く見えるのだろうなぁ。
メイクもしていないスッピンだし。
元々童顔なので、幼く見えるのは理解できるけど。
とにかく若く見られることは良いことだ! 素直に喜ぶべきだ。
こっちのメンバーの大隊長さんとアイメーヤさんは、私の実年齢を何歳だと想定しているのだろうか?
特に否定しなかったせいで、転生を繰り返している存在だと本気で思い込んでいるのだろうか?
まさか、数百歳とかって思い込んでたりして・・・
いたずら心が疼き、ちょっとだけ笑いが込み上げてきたのだった。
▽
「 こ、これが苗木ですか? ちょっと可愛い気もするけど。いや、やっぱちょっと気味が悪いかなぁ・・・ 」
まるで小さな盆栽のような――、小振りのモゾモゾと動く樹だった。
【 カ、カエリタイ・・・モドリタイ、カエリタイ・・・ 】
私の頭の中に、無機質な声が響いた――
耳から直に聞こえてくるのは、オオオオォォオオ・・・と、何やら喋っているのか鳴いているのかも不明な、動物の鳴き声とも似つかない何とも言えない音なのだが。
「 あ、あの――なんか帰りたいって言ってますけどこの子 」
「 え? 苗木がですか?? ハルノ殿には苗木の声が聞こえるのですか? 」
「 え、ええ、たぶん・・・どう考えてもこの子の言葉かと 」
「 ――本当に驚かされるな・・・ハルノ殿ほどの賢者になると、魔物の言語まで理解できるのか 」
大隊長さんは本当に驚愕している表情で、感嘆の声をあげていた。
もしかして私の言語能力のスペックは・・・人類に対してだけじゃなく、知能をあるていど有する対象ならば意思の疎通が可能となる仕様になっているのだろうか?
あの銀髪おじさんが、こちらの世界で困らないようにそういう仕様にしてくれたのだろうか?
▽
「 とりあえずこの子を森に帰してみましょう! 確実に何らかの反応があるんじゃないかと! もしなければ私たちと共に森の奥に入ってデュランさんって方を探しましょう! 」
「 はい! 貴女ほどの魔道士様と騎士団の隊長殿が味方に付いてくれていれば、どんな魔物が出てこようと勝てそうな気がしてきますよ! 」
「 ちょっとカノンさん! 謝りに行くんですよ? 戦うとか――そんな意識はとりあえず捨ててくださいね! 」
▽
明るい日差しのもと改めて見渡すと、村の西に広がる森はかなり広大だった。
この村一帯から北部にある王都方面にかけて、とにかく緑が多く広がっている。
鬱蒼とした森は、ある意味砂塵が舞う荒野よりも時に危険なのかもしれない。
御者の兵士さんと侍女のマリアさんの二人は村で待機中だ。
残りのメンバーは全員森に入っている。
被衝撃を一定割合カットする効果を付与するため、【女神の盾】を自身も含め全員にかけた。
「 アイメーヤさんをはじめ大隊長さんもカノンさんたちも、特異な魔法を使う私を怖がったりはしないんですね 」
森の中を歩きながら、ふと考えた――
私という異分子をすんなり受け入れてしまっているこの世界の人たちに、ナゼだか突然強く違和感を覚え、ついつい心の声を吐露してしまった。
「 恐れる必要がどこにあるのですか? 確かにハルノ殿の御力は、間違いなく神の領域のものでしょう。途轍もなく驚異的です。だが、間違っても悪しき方向に使う人ではないでしょう? これでも人を観る目はあるつもりです 」
大隊長さんが、私がこう答えて欲しいと思った通りの返事をしてくれた。
少しホッとし安堵の溜息が漏れる。
他の皆も、「 その通りですよ 」と言ってくれていた。
▽
体感時間にして1時間以上は歩いただろうか・・・
できるだけ歩きやすい道ならぬ道を進んでいるのだが、掛けた時間の割にあんまり進んではいないような・・・そんな気がしてならない。
先頭を歩いていた大隊長さんが、急にピタリと止まった。
そして左手を使い、全体止まれ! の合図を出す。
「 まずい! これは囲まれたな――、おいフォルカー! ハルノ殿の盾になれ! 」
「 承知! 」
突然鞘から剣を抜き放った大隊長さんが、アイメーヤさんに指示を飛ばす。
「 樹人族ですか? 」
私には周囲の変化がまるで判らない。
どれも普通の樹々に見える――
「 上手く隠蔽している気もしますが、微かに複数の魔力を感じます。間違いなく囲まれている! おいハンターたち! お前たちもハルノ殿の盾になれ! 最優先はハルノ殿の安全確保だ! 」
「 了解した! 」
私以外の全員が得物を抜き放ち、臨戦態勢となった。
コーセーと呼ばれている女性なんて――今にも矢を放ちそうな勢いで、キリキリと弓の弦を引っ張っている有様だ。
「 いやいや待ってよ! 私の話聞いてた? 戦いに来たわけじゃないんですから! まずは武器をしまいましょうよ! 」
「 しかしハルノ殿! ハンターたちが言うように森は奴らの独壇場! たとえあなたの治癒魔法があるとしても、致命傷を受けてからでは遅いのです! 」
「 と、とりあえず武器をしまってよ! 話がややこしくなっちゃうじゃん! 私に苗木を頂戴! 」
私はウレックさんが背負っている革バックから――、奪い取るようにして苗木を取り出した。
そして抱き抱え、三歩前に躍り出たのだった。