第69話 王都へ向けて その弐 饗宴
ちょうど砂塵を防ぐことができそうな岩場があるということで、ほんの少しだけ移動した後、火を熾し敷物を広げ、宴が始まった――
ミリュウネさんたち商人の身内が5人。道中の護衛を務める専属ハンターたちが8人だった。
元の地球の馬と比べると、かなり大型の馬たちが、先ほどからしきりに嘶いていた。
▽
「 この酒も美味いな! ハルノ殿――これはワインですよね? 」
ハンターの1人が、ほろ酔い加減で、ウザいくらい酒の種類について質問してくる・・・
――やべえ! めっちゃ飲むやん、この人たち・・・
――わたしゃお酒を飲まない(全く飲めないわけではない)当然だけど、お酒に関しては全くもって詳しくないって、事前にあれほど言ったのに・・・
「 え~っと・・・あーそうですね! これなら私にも判ります! これは赤ワインですね! 」
「 おお、やはりワインですよね! しかし我らが偶に飲む物よりも、かなりの上物だなぁ~! しかしこの紙切れが貼り付いているのが実に奇妙ですなぁ~。羊皮紙よりも薄い! こんなにもピッタリと貼り付いておるのが奇妙・・・こんな上等な紙が存在するとは! しかもこの様々な紋様がまた美しい! 豪華絢爛な装飾ですなぁ。さらには見たこともない異国の文字がびっしりと! これは何を用いて記されておるのだ? 実に奇妙だ。しかし美味い! 」
「 お~、ハルノ殿! こちらのは? これもワインですか? 」
「 あー・・・えーっと、ちょっと見せて下さい 」
緩衝材を剥ぎ取り、クルリと瓶を回し確認する。
「 あー、そうですね。これは白ワインっぽいですね 」
――ってか、この世界にも普通にワインはあるのね。
酒場でウィスキーみたいな色のお酒を飲んでる人は何人も見てきたけど、あれってビール系だったのだろうか? やはり、お酒のことはわからんな・・・
というか――、ウィスキーとかブランデーとか、何がどう違うのか全くわからんし。
ちなみに今私が飲んでいる物は、姫野さんが私の大好物だと未だに勘違いしているコーラだ。かなり生温いが・・・
「 おお~! では、こちらも少し頂いて宜しいか? 」
「 ええ、どうぞどうぞ! 」
すでに、二十本以上の様々な酒瓶が空になりつつあった。
野営するために、この人たちを利用しようと大盤振る舞いし過ぎたかもしれない・・・
だが、今さらケチっても仕方がない。もはやそんな空気ではなかった。
商人のミリュウネさんはお酒もそこそこに、私が次々剥ぎ取った緩衝材を手に取り、マジマジと凝視したり、空瓶を覗いたり、コルクを抜くのに使った道具を弄り回したり、思い出したようにママチャリを観察したり――と、何やら落ち着きが全くない子供のようだった。
「 ハ、ハルノさん! このピカピカと光っておるのは・・・何なのでしょうか?! 」
ミリュウネさんが、ママチャリのハンドル部分に付いている――電動アシストの操作パネルを指差していた。
「 うおっ! オフにするの忘れてた! すみませんちょっと・・・ 」
まだ暗くなりかけだったことも関係あるだろうが、ついつい電源をオフにするのを忘れていたのだ・・・
「 ああ、これはですね、なんと説明していいか・・・ちょっと悩みますけど、電気の力を蓄えておりまして、その力をちょっとずつ小出しに使い、私の両脚の動きをアシストしてましてね。結果的に推進力の素になっているモノなんですよ! 」
ミリュウネさんはキョトンとしていた。
「 むむ? え? デンキ? デンキとは? 」
「 う~ん、あー、空が荒れてる時とか――雷が稲妻となって中空を走るのを見たことがあります? あれは雲の中に蓄積された電気が、放電されるから起きる現象だと思いますが・・・まぁその雷の極々小さいモノが、この【箱】の中に入ってる感じですかね。んで、ちょっとずつそのパワーを小出しで使ってるってわけです! 上手く説明できませんで・・・すみません 」
「 なんと! 誠ですか? 天の御力を行使されておられると? 何を仰っておられるのか? まさか・・・わたしが酔っていると思い、からかっておられるわけではございませんよね? 」
ミリュウネさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情のまま、疑問を投げかけてきた。
「 滅相もないですよ! 本当です! 私は頭が悪いので、いまいち理解してない部分がありますが、概ね間違ってはいないはずです 」
「 さ、左様ですか・・・ですが、しかし天の御力をどうやって? どうやって取り出し、制御しておられると言うのですか? 」
――め、めんどくせえええ・・・
「 う~ん、どうなんでしょう? 一番簡単なのは、水力発電とか風力発電なのかな? 急激に流れ落ちる水流の力で羽根車を回し、その動力で発電機を回し、最終的に電気に変換するわけです。風力発電は・・・その水流が風に変わるだけで、後は同じですかね 」
「 む、むむ・・・全く理解できませんな。つまりそのハツデンキなる物さえあれば――わたしにもデンキが作れるということですか? 」
――やっぱこの人秀才だな! 私の拙い説明を一回聞いただけで、要点を的確に掴んでいる。
「 そうですね! ああ、超小型の発電機をお見せしましょう! 」
姫野さんが用意してくれた、「 手巻き式充電器 」をバッグの中から取り出した。
「 これは――、このレバーを立ててグルグルと回すだけなんです。これで微量ではありますが、電気を作れますね 」
「 おお! これが? こんなに小さい物が? 「 ハツデンキ 」なのですか? ちょっと、ちょっと手に取って見せて頂いても? 」
ミリュウネさんは、酷く焦った様子で手を伸ばしてきた――
「 ど、どうぞ! 」
ぐるぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる・・・
ミリュウネさんが激しくレバーを回すと、ジー、ジー・・・ジー・・・と、小型手巻き充電器が唸っていた。
「 こ、これでデンキが作られているのですか? 今わたしがこれを回して作ったデンキが――この小さな器の中に詰まっているのですか? 」
「 ええ、そうですね 」
多分、単体で回しても意味は無い。スマートフォン等の――対象となる機器に繋いだ状態で回さないと、意味が無いだろう。
だが、ここでスマートフォンを取り出して、眩く光る液晶画面を見せると――また面倒なことになりそうだ。騙すようで申し訳ないが、単体で回してもらうことにした。
ミリュウネさんは忙しなく回すその動作を――、急に止めた。
「 ハ、ハルノさん! そろそろ教えて頂きたい! 貴女は一体・・・一体どういった組織に所属しておられるのですか? このわたしが、見た事も聞いた事も――触れた事もない物ばかり所持しておる! 摩訶不思議だ。物の怪に唆されている気分ですよ・・・あ、いやこれは失礼! 失言でしたな・・・は、はは 」
――物の怪って・・・またやけに日本的な言い回しだなぁおい。
まぁ私の脳内で、私が一番理解しやすい言葉に自動で変換されているだけで、別にミリュウネさんが意識的に使っているわけではないんだろうけど・・・
「 う~ん、実はですね、私はライベルクの国王様直属の配下でして、とある任務で方々を飛び回っているのですよ! なので守秘義務が多く、あまりおいそれとは詳細などを話すことができないんですよ、立場上―― 」
完全なる嘘だ。
実際はデュールさん直属のポストに私が在籍し、その同格ポストに、陛下たちが控えている感じだろう。
だが、ここは嘘も方便だ。
自分も含め――誰も傷つかない嘘は、ついても良いと思っている。
「 なんと! 平民の恰好をしておられるのも、カモフラージュでしたか! いやはや、これだけの未知なる道具を見せられては――信じる他ありますまい・・・ 」
天下御免のエンブレムを、これ見よがしに見せつければ早いのだろうが――今は所持していない。
今現在は、預けていた騎士団の1人から――リディアさんに手渡しで返却されているはずだった。
「 ハルノさん! わたしはこの出会いを大切にしたい! ハルノさんさえ良ければですが、今後とも是非! 良好な関係を構築したい! ハルノさんが国王陛下から賜る任務を、物資や人員の面で微力ながらお手伝いできることがあるやもしれませんし―― 」
「 ええ勿論! 是非こちらこそお願いします! 陛下は勿論ですが、王都にいる騎士団の団長さんや、グリム砦のラグリット第三大隊長さんなどに、私の名を出して頂ければ取り次いで頂けると思います 」
「 おお! ラグリット殿ならばわたしもよく存じております。王都で商品を仕入れた帰り、グリム砦に立ち寄り――我がリューステール領の特産品などを売り捌き、自領に戻っておったところだったのですよ 」
「 そうでしたか! ラグリットさんは元気でした? 」
「 ああ、残念ながら今回はお会いすることは叶わなかったのですが――、御健勝だと思いますよ 」
「 そうですか。それはそうと明日もあることですし――そろそろこのあたりで・・・ 」
宴もたけなわだが、流石にこれ以上消費されると――せっかく準備してもらったのに、配布分が無くなってしまう。私も調子に乗って開栓しまくったので、別にミリュウネさん一行が悪いわけでは決してないのだが・・・
「 おお、そうですな! お~い! そろそろお開きだ! 明日もまだまだ移動しなきゃならん! 酔い潰れる前に、明日に備えて寝るぞ! 」
「 ・・・・・ 」
「 おい! 早く夜番の順番を決めてくれ! お前たちを雇っているのは、ハルノさんの上等な酒を飲ませるためじゃあないんだぞ! そもそもお前たちは遠慮というモノを知らん! 雇い主のわたしの器量が疑われてしまうだろう! 」
「 へいへい・・・ 」
チクチクと嫌味を口走り始めたミリュウネさんに対し――護衛のハンター8名は、嫌悪感を隠さず渋々といった様子で腰を上げ片付けを始めた。
「 ああ、寝ずの見張り番はいりませんよ! 私が用意しますので 」
「 え? 」
「 暁の軍隊! 」
黒い影複数が――ムクムクとあっという間に膨れ上がり、外套を纏った長身痩躯の武装した戦士が8体顕現した。
「 うおおおお! 何だこいつらぁ! 」
「 あー、ビックリさせてごめんなさい! この者たちは、私が召喚魔法で創り出した護衛の兵士です。寝ずの番はこの者たちに任せますので、皆で安心して眠れますよ! あくまで念のために先に伝えておきますが――私の荷物を盗もうとかしてしまうと、この者たちに八つ裂きにされますので一応ご留意を・・・ 」
「 ・・・・・ 」
「 ハ、ハルノさん。魔道士様だったのですか! しかも召喚とは・・・ 」
戦闘行為など激しい行動がなく、尚且つ朝までならば――霊子エネルギーとやらの消費も、そこまで激しくはないだろう。
起きた瞬間に任意で送還させれば、十分日中の間で、再詠唱可能待機時間は終わるだろう。
「 そうなんです。私一応、魔道士なんですよ! 」
「 まったく貴女という人は・・・一体どれだけの引出しを持っているんですか 」
ミリュウネさんは完全に呆れた様子だった。他の方たちも同様に、開いた口が塞がらないようだった。




